嵐の前の静けさ───ナニワの令嬢は、感謝状を受け取らないようです。
「(……ここまでの段取りで、何か問題はございますか?)」
事務的な説明を終えた使者が、無機質な視線を向けてくる。
「(ええ。概ね理解しました。……で、その後で貴方たちの『長』と直接お話をすればよろしいのですね?)」
私の問いに、使者の眉がわずかに動いた。その反応だけで、嫌な予感が胃のあたりを掠める。
「(いえ、今回の感謝状授与につきましては、村の治安維持を任されておりますフェオが、村長に代わりまして取り仕切らせていただきます)」
パチン、と扇子を閉じる乾いた音が部屋に響いた。
「(……事前の書簡では、感謝状は村の長より直接授与されると明記されていました。なぜ、そのフェオという者に変わったのですか?)」
ヴィーダルが私の前に一歩出、鋭く問い詰める。だが、使者は冷淡な笑みさえ浮かべて言い放った。
「(我が村の言葉を解するとはいえ、彼女は所詮、人間の商人。聖域の長が、そのような者とお会いになる道理はございません)」
「(……。……ヴィーダル、下がりなさい)」
私は極上の営業スマイルを顔に貼り付け、ゆったりと椅子に背中を預けた。
「(そうですか。でしたら、私も出向く必要はありませんね。ヴィーダル、代わりにアンタが出席してき。……使者殿も、そのようにお伝えください。私は忙しい身ですので)」
私が笑顔でそういうと、使者の顔色が明らかに変わった。こんなに涼しいのに、その白い頬には一筋の汗が垂れとった。
◇
シンと静まり返った部屋で、ヴィーダルは何かを言い出そうとして、その言葉を何度も飲み干しとった。よほど私の機嫌を損ねることを言いたいらしい。
「どしたんヴィーダル。話すことがあるんやろ?」
「姉様、行かないというのは本気ですか!?」
使者を追い出した後、ヴィーダルの悲鳴に近い声が上がった。カビ臭い部屋の空気が、彼の焦燥でさらに淀む。
「本気に決まっとるやろ。ええか、ヴィーダル。私はただの商人やない。ヨトゥンヘイム領を代表してここに来とる。トップが来たらトップが挨拶する。それが外交上の最低限の礼節や。……私を『人間』と蔑んで会わんというなら、私も彼らを『商売相手』として認めへん」
「ですが、それでは冷風大鞴の代金が……!」
「それを回収するのはアンタの仕事や。その筈やんな?」
私は席を立ち、扉へ向かう。だが、その行く手をエルフの衛兵たちが槍で阻んだ。
「なんやこいつら」
その瞬間。
背後に控えていた護衛の一人が、音もなく衛兵の死角へと滑り込んだ。彼らはフロストが「私の安全」のためだけに用意した、死神の飼い犬たち。エルフが槍を向けた瞬間、彼らにとってこの部屋は「交渉の場」から「殲滅の現場」へと切り替わっていた。
「いつでもぶち殺せるが……お嬢、どうする」
ボウガンの照準を押し倒したエルフの眉間に固定したまま、護衛の代表が初めて口を開いた。凍りつくような声。エルフたちの震える唇から、カチカチと音が鳴る。
「……客であるうちは殺さへん。───ただ、邪魔立てするなら、いつも通り『ヨトゥンヘイム流』に排除して下さい」
「了解」
縄で拘束され、床に転がされた衛兵を冷たく見下ろす。
「(どうして槍を向けたのです? 答え次第では、ここで消えてもらうことになりますが)」
「(……貴様には、村長より罪状が掛けられている! 欠陥品を売りつけ、我らの同胞を苦しめた罪だ! おとなしく捕らえられろ!)」
「(…………ほう、欠陥品?)」
私の口角が、不気味なほど滑らかに吊り上がった。
冷風大鞴はチョウベーさんの技術の結晶。それを欠陥品呼ばわりされるのは、私への侮辱以上に、私の『信用』という資産への宣戦布告に他ならない。
「(良いでしょう。薄っぺらな感謝状より、その不当なクレーム、真っ向から買い取って差し上げましょう。……当然、逃げも隠れもしない村長さんの口から、直接伺えるのでしょうね?)」
私の「魔女」のような微笑に、エルフたちは悲鳴を上げるように部屋から逃げ出していった。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




