招かれたのはウサギ小屋? ───ナニワの令嬢は、既にお家に帰りたいようです。
冷気噴き出る、幻想的な森林地帯。アールヴヘイムの聖域に足を踏み入れて数分。
私たちの眼前に、朧気ながら人工的な灯りの輪郭が姿を現した。耳を澄ませると、雑多な足音に混じり、私たちの知るどの国とも違う響きの言葉が流れてくる。
この地の文化を象徴する、すべてのエルフ語の祖となった古の言葉。 発音が歌のように上下し、聞きようによっては妖精の調べとも取れるその言葉が、森の静寂を縫うように行き交っとった。
「歓迎は……されてへんみたいやな」
「そのようです……恥知らずな」
ヴィーダルが眉間に皺を寄せ、拳を握りしめる。会話の断片から漏れてくるのは、商売相手への感謝状を準備する者の態度やなかった。
『人間だ……また性懲りもなく』 『蛮族が山を登ってきた……またテントを張る気かな?』 『村長はなぜあのような者達を……』
囁くような、だが確かな蔑みを孕んだ言葉の数々。それは村の入り口からというより、頭上を覆う天井のような木々の隙間から、降るように聞こえてきた。
「見られていますね」
ミヤハの言葉に頷く。
「少し警戒して行こう。ヴィーダル、頼むで」
「随時警戒中です。お任せ下さい。姉さま」
ヴィーダルの静かな返答に満足して、私たちは門番エルフの前までやってきた。
門番と言っても扉や柵があるわけではない。一対の彫像の前に立ってるだけや。
彫像は伝統的な半神半人の形───大きな銀楼果の瞳と長い耳の形をしていた。
彼らに固有の神はおらへんが、彼らにとってあの像は清貧、知恵、力の象徴として存在しているらしい。村の伝統工芸というだけあって、その彫刻技術には目を見張るものがある。
「(よくきたな。商人)」
門番エルフだけは歓迎ムードをだそうとしているのか、似合わない笑顔を浮かべて私たちを村に招き入れた。
「(随分警戒されてるみたいやな。人間はまだ嫌いか?)」
「(村の人間全てがそうだ。攻撃されても、気にしないでくれ)」
「(無茶言うわ)」
忌避感を視線で感じながら、私たちの行列は最初に用意された家?に通された。
通された客人用のログハウスは、控えめに言っても「最悪」やった。木の上に棲み処を作るツリーハウス式が彼らの誇りらしいけど、用意された地上の一軒家は天井が低く、カビ臭い。地面には申し訳程度に藁が散らされとるだけで、到底まともな大人が住む場所やなかった。
「ウサギ小屋か……?」
「ウサギ小屋ですね」
ミヤハは即座に居住不可能と判断し、村の外にテントを張る準備を始めた。それを止めたのは、ヴィーダルやった。
「姉様、これは内陸のエルフが彼らなりに考えた『持て成し』です。このベッドも、彼らにとっては貴重品。どうか、彼らの好意を無為にしない方がよろしいかと」
ヴィーダルの真っ直ぐな瞳に、私は膝を叩いて立ち上がった。
「……ふむ。よし、じゃあ一日だけ泊まろう。そんで今日中に感謝状もらって、明日にはここを発つ。一秒たりとも長居したくない」
「姉様、それでは!」
「くどい! ……ええか、商売っちゅーのはお互いの文化を尊重して初めて成り立つもんや。一方的な歩み寄りや我慢でなされるもんちゃう。こっちはわざわざ山を登って、ここまで来た。それが客に対する私なりの誠意や。それの返礼がこの『家畜小屋』か?」
ヴィーダルが言葉を飲み込む。標高が高いせいか、少しの口論でも息が上がった。下のヴァナヘイムの空気が「軟水」なら、ここは「硬水」や。肺にどっしりと重く、硬い空気が、余所者の私を拒絶しとるようやった。
「(姉様、使者の方が来られました!)」
そうこうしていると、ヴィーダルが木の梯子を上ってくる音に気が付き、私に声をかけた。
「早速かいな。ええで、行動が速いに越したことはない」
私は膝を叩いて立ち上がった。少々乙女らしからぬ行動に少し恥じらいながら、服装を正す。
「(長より、人間の商人へ言伝を預かってまいりました。エルフ語の分かる者はどちらか)」
梯子を上ってきた使者のエルフが、事務的に問いかける。
「(翻訳は不要です。私が全部聴きましょう)」
私が返した言葉に、使者の美しい顔が驚愕に染まった。
家の外で様子を伺っていたエルフたちからも、ざわめきが上がる。
無理もない。私が喋ったのは、ただのエルフ語やない。彼らと同じ訛り、同じリズムを持つ古の言葉そのものやったからや。
「(……どこで我らの言葉を?)」
「(ニマーヌ様より手紙のやり取りで少々。拙いかもしれませんが、ご容赦下さい)」
私の謙遜に、使者はしみじみと微笑った。ここはニマーヌ様の故郷でもある。かつての知己がいるのかもしれん。
「(いえ、素晴らしい発音です。とても良い『耳』をお持ちなのですね)」
使者の態度は、先ほどまでの「人間扱いしない」冷たさから一変し、深い一礼と共に敬意の籠もったものに変わった。
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