白い妖精が棲みつく場所───ナニワの令嬢は山を歩くようです。
Around the World in Ice 後編 『アールヴヘイム』編開始です。
熱帯雨林がウリの、ジメジメ王国ヴァナヘイム。中でもその国産品として世界に名高い【宝樹ユグドラシル】は、船乗りの間では大陸を横断するには欠かせない頑丈性と柔軟性を兼ね備えた世界一の木材として名高い。
輸入すれば一本あたり1m³あたり金貨百万枚を超える【宝樹ユグドラシル】は、ヴァナヘイムの経済を支える主要産業であり、私が王家を通じて直接取引をしたいと考えた最初の要因でもあった。
宝樹ユグドラシルを扱うパイプで、一番大きく利権の幅を利かせているのは当然王家。そこと交渉出来れば、一番安価にユグドラシルを手に入れることができる。私がここにきた最初の目的はそうや。
せやけど、兄さんの暗躍の片棒を担がされたり、キャスパリーグ王の気まぐれでニマーヌ様が私と交渉するようになったり、色々こじれたせいで、こうして国道をわざわざ通い、一番エルフの村に近い道まで移動しなければならない不幸に見舞われているのだった。
「サーシャ様、見えてきましたよ。エルフの山です」
ミヤハは一本数千万のユグドラシルが大量に生えた、文字通り宝の山を指す。
本来なら目的の品を目の当たりにして、もっと気分を上げるべきところやけど、胸中は残念ながらそれほど愉快な状態にはなってなかった。
「あぁ~……もう歩きかいな」
地獄の一丁目が目前に迫ってきとる。思い切って最後の命乞いをミヤハにすることにした。
「ミヤハ……やっぱり今回の商談、なしにするのはどうや」
「ナシはないですよ。サーシャ様。ここまで来たんだから、立派にお勤めを果たして下さいませ」
ヨトゥンヘイムが恋しいと思いながら、私は誘導されるまま馬車を降りた。
エルフの村までは、馬車で移動できへん。せやから国道の一番近い所まで馬車で来たら、後は山を登って行く。
「おいこれまーじで、私がすることか?」
ローヒール、サマードレスで、山道を登っていく私と愉快な仲間たち。悪役令嬢、山を登る───なんて、新聞の一面を飾りそうな絵面で行列を作り、私たちは山道の洗礼を受けていく。私の前と後ろには護衛のオジサンが前方と後方につき、万全の警備体制で私たちの進軍は続いた。
「山を登るより降りる方が楽って、誰かエルフたちに教えてやってほしい」
「お辛いことと存じますが、少しの辛抱でございます」
私の隣を歩くヴィーダルはそう言う。こいつは私の盾であり杖であり、目やった。私が転びそうになれば助け、矢が飛んでくればその身を挺して肉壁となる。暑いという前に水を差しだし、暇さえあれば扇で風を送るのが彼の役目や。
「さぞ歓待してくれるんやろうな」
「そのように訊いています。問題ありません」
ヴィーダルは扇で私を仰ぎながら、余裕の足取りで隣をするすると上がっていく。さすがエルフ、山の中は平地とさほど変わらんらしい。
「疲れた」
「もう少しでございます。姉様」
適当な愚痴にも対応してくれる面白い玩具。いざとなれば、彼におぶってもらうことも視野に入れつつ、私は地面を見ながらなるべく無心で歩みを進めた。
山の中は舗装されているとはいえ、人が二人、ギリギリ歩ける程度の幅しかない。
自然と共に歩むエルフの価値観によって作られた道らしいけど、コチラにしてみればただの悪路。全て石畳に変えろとは言わんから、せめて馬車が通れるぐらいに道の幅は広げて欲しかった。
◇
山の中を進むにつれて、森は段々とその深さを増していく。差し込む陽射しは天井の木々に奪われ木漏れ日も失せた。足元には草の代わりにキノコが生え始めとる。だからといって暗闇が視界を埋め尽くしているというわけでもなく───。
「サーシャ様、綺麗ですよ。光です」
「ほんまに。何度来ても相変わらず綺麗な場所やな。森の中やのに、光る海の上に立ってるみたいや」
後ろを粛々と歩いていたミヤハの声に返事をする。私たちの足元は文字通り光の絨毯が広がっていた。
淡く蒼い燐光が、海の波のように一面へ満ちていく。冷たい光でありながら、まるで私たちを歓迎するかのように波立ち、私たちが立つ半径数メートルの範囲だけを、柔らかく照らし出した。
「森に警戒されているようです。姉様」
私たちの感動に無粋な真実を突き返してくる律儀なヴィーダル。
私も幻想的な光景に浸る間もなく現実に引き戻された。
「ヴィーダル? そこは黙って頷いておけばええねん」
「……ハッ! ……配慮が足らず……申し訳ございません」
以前に来た時も同じように感動した私は、当然この現象について暇な時間を使って調べ上げた。
それによれば、この森の奥にしか生息しない虫やそれよりも小さいバクテリアは、外部からの大きな動物が入ってきた時用の警戒行為として、青い燐光を発する仕組みになっとるらしい。
私たちが歓迎を受けているように思われる淡い青の燐光は、実際には森の警戒信号というなんとも皮肉なオチを思い出し、哂いが零れた。
「───そろそろです。姉様、寒くはありませんか?」
ヴィーダルの言葉に頷く。
先ほどまで鬱蒼とした熱帯雨林と湿度に悩まされていたのが嘘のように、今じゃここは霜が張るぐらい冷たい。
ココは『雲霧林』と呼ばれる常に霧や低い雲に覆われた高い湿度を持った森林地帯と、石灰岩が溶けてできた地形が重なった結果生まれた、自然が生み出した南国の冷蔵庫。
地中深くの巨大な洞窟網から噴き出る冷たい冷気によって、植生が変わるほどの、隔絶された世界。
吐く息を白くさせるこの聖域は、内陸のエルフたちが住む神秘の森として、|白い妖精が棲みつく場所と地元では呼ばれていた。
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