ヴィーダルの決意────ナニワの令嬢は商談を終えたようです。
隣の席に移動した私とヴィーダルは向かい合って、この違和感の正体にケリをつける話し合いを始めた。
「なぁ、ヴィーダル。海辺のエルフはすぐにバナナくれたやん」
「外交的か内向的かの違いかと思いますが……」
ヴィーダルはどう説明したら良いものかと考えあぐねているのか、
「ざっくばらんに申し上げますが」と前置きして、
「海辺にいるほど陽気で、内陸に行けば行くほど、用心深いエルフが多いです。つまり友好の証である果実も、内側に行けば行くほど入手は困難になるかと。───特に銀楼果ともなれば、山の奥に住まうエルフが作る希少な果実。余程の信頼を積まなければ難しいかと」
……と、私に教えてくれた。
「ぐわぁ……めんどくさい。こいつら金払いも悪そうやし、ここで私が売らんかったら、それはそれで、私が悪者みたいな扱いされるんは目に見えてるし……ぐぬぬぬぬ……どうするべきか」
このまま私が商談切り上げて帰ったら後味が悪すぎる。金持ってない奴が悪いんやけど、私の人情が悲鳴を上げてるのが分かった。かといって、冷風大鞴は一つで家一軒が建つ値段。ポンと出せる値段やない。
そんな金があるなら、今戦争中で家に困ってる領民に家を建ててやった方が、よっぽど道理に適ってる。フロストたちやって、戦争で必死になって戦ってるのに、私が遠い国でエルフの支援とかしてたら普通にキレるやろ。
「姉様は世間体を気になされていらっしゃるのですか?」
「なんや、含みのある言い方やな。私が“周囲なんて全くお構いなしに振る舞う傍若無人な女”やと思ってんのか?」
「─────いえ、って、アイタタタ」
私はヴィーダルの長い耳を思いっきり伸ばしてやる。
その情けない貌が何よりも雄弁に語っていた。
「悪いのはこの耳か。私以外の声を聞こえんくさせたろうか」
「いえ、すいません姉様。ちょっとイメージが違い過ぎて。でも、少し親近感が湧きます。エルフは世間体を一番に考える種族なので」
そう言いながら、ヴィーダルは底にたまったフラッペの残りを口に流し込んでいく。
「私もある程度、そう言うことも考えたりするわ。今回の件やって、断ったら周囲にどんな目で見られるか」
「とかいって、姉様は自らの善性に基づき、助ける理由をお探しなだけでは……?」
口を拭ったヴィーダルは、まるで知った顔で微笑う。
(……こやつ、犬の分際で調子に乗ってるわ。成敗せねば)
「……ヴィーダル、こんどその耳に穴空けようか。私のピアスつけたるわ」
「……それだけはお許し下さい。耳はエルフのアイデンティティなので」
ヴィーダルはさっと耳を隠す。そんな愚かな従僕を哂いながら、私はやはりこの話に利がないことを自覚した。
「………やっぱりこの商談、私がする意味がないな。銀楼果も手に入らんのやったら、やる意味がない」
「姉様……あんな者たちですが、同じエルフのよしみとして救ってやりたい気持ちがございます。なんとかしてやれないでしょうか」
「そりゃあ、アンタはエルフやからな。私にしてみれば、ただの無礼者やぞ。散々村に入るのを拒んでおいて、今度は向こうの都合で、命を助けて下さいって。あいつらどの面下げて私のところに来たん?」
ヴィーダルはプライドが高い種族なのです、と弁護してきたけど、あいつらは厚顔無恥なだけや。
「村に入れることもできず、すいませんでした」の一つも言えへんやつらやぞ。
助けてもらうヤツにもそれなりの態度ってもんがあるやろ。
「お言葉ですが姉様。我々エルフ、恨みはもちろんのことながら、義理と恩義も決して忘れぬ種族。味方に付ければ必ずや、姉様の力になるとお約束いたします」
「あんなぁ、森から出てこれへん人達を味方につけたってどうにも……」
そう言いかけて、ポンッと手を打つ。そう言えばあの森の奥におるエルフより、ずっと忠実な人質がココにおるやんか。
「……あっ、せや。アンタが責任背負うならこの交渉、前向きに見てもええで」
「私が、ですか?」
突然狙いをつけられたヴィーダルは、きょとんとした顔で自らを指さす。私は薄笑いを浮かべて、ゆっくりと頷いた。
「せや。もし、内陸のエルフが金を払わんかったら、アンタに払ってもらうわ。払えるまで、一生アンタは私の僕。アンタなら払えるポテンシャルがある」
「今はただの案内役やけど、これからずっとアンタが私に借金を取り立てられて返済していくなら、この商談、今すぐでもオーケー出したるわ」
さあ、これで他人ごとではなくなったけど。
それでも、たかが“同じ種族”のよしみで助けたるか?
「一応、私はこれでも村長の息子で……村を継ぐ必要が……」
(せやんな。下手したらアンタの人生壊れるで。……一生私に使役される人生や)
「なんや。男に二言はないやろ。ドでかい借金こさえても、言ったことは飲み込まへんのが漢ってもんや。そうやろ、ヴィーダル?」
“自分は海辺のエルフだから無関係です、って顔もできるけど。仲の悪い内陸のエルフのために、アンタがそこまでする必要があるか。胸の内にもう一回聞いてみるとええわ。”
───そんな私の思惑とは裏腹に、ヴィーダルは覚悟を決めたような貌で、小さく頷いた。
「……責任を取れというなら。必ずこのヴィーダルが身命を賭して」
などと、キッパリ言い切りよった。その発言を、後で後悔するかも知れへんのに。
「おい……アンタ、本気で言ってんの?」
「……委細承知のつもりです。私はエルフのプライドを信じています。彼らは必ず借金を返します。持ち逃げなど……決してしません」
「ほぅ……分かった。ええで。アンタになら、プレハブ小屋に冷風大鞴を設置するだけの大金、貸したるわ。お前さんの漢気に免じて無利子無担保でな」
「ありがとうございます」
ヴィーダルは座ったまま、対面の私に小さくお辞儀をした。
これはこれまで、彼が私に仕えてきた労働の対価や。泡となって消えるならそれまでのこと。
「私はエルフを信用しとらん。……けどな、私の下で働いてたアンタのことは信用してる。橋渡しになってみせや、ヴィーダル」
「はい! 必ず」
◇
「(本当に、冷風大鞴を設置してもらえるのか?)」
門番のエルフは絶望から一転、蘇ったように目を見開いた。
「(ヴィーダルに感謝しいや。彼が説得してこんかったら、私が設置することはなかったんやからな)」
「(海辺のエルフが……?)」
「(私は族長の息子として、先祖に恥じない行動をとったまで。お前たちが私の村にしたことを忘れたわけではない。そのことを努々忘れるな)」
ヴィーダルは私と喋る時と打って変わって、なんだか偉そうな物言いに、門番エルフも渋い顔をした。
「(とにかく、設置が決まったんやから、アンタらもテキパキ動いてや。大事な知らせやろ? 同胞にはよう知らせたって。あと、エルフ語のマニュアルもないから、それはヴィーダル、アンタが作るんやで)」
「(承知した)」
「(畏まりました。姉様)」
話はまとまった。あとは、長話のあいだに溶けてしまったであろうフラッペの処理をどうするか考えんとな。
そう思って振り返ったら、貴族の分も全部飲んでしまってる護衛とミヤハの姿があった。全員腹ちゃぷちゃぷのまま、口を拭っている。
「ミヤハさん? 」
「お話が長いので、護衛の皆さんと一緒に処理させていただきました。……ケプッ」
溶けちゃうから仕方なく飲んじゃった。と、護衛の強面オジサンたちも謝ってくる。捨てずに済んだだけ良かったと思おうか。思った以上に長話したこっちにも責任はあるしな。
「ほんま、今日はえらい金が飛んでいく日やわ」
それでもって、銀楼果は未だに入手の目途が立たへんし。
「やれやれ……どうしたもんやら」
とりあえず新しいフラッペを買って、邸に戻ることにした。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




