金融の魔女は何やら秘策があるようです
商談を終え、フラッペ屋を後にした私たち。
また灼熱の馬車に揺られながら帰ってきた頃には、もう外は暗くなり始めていた。
邸の壁掛け時計をみると時刻は七時に。
外はまだまだ明るいが、そろそろ夕食の香りが各方面からしてくる時刻やった。
「ただいまー……」
扉が使用人によって開けられた瞬間、熱帯特有のまとわりつく湿気が、スッと引いていく。
(あぁ、帰ってきたわ)
労働の火照りを癒してくれるのは、言うまでもなく私が持ち込んだ氷の冷気。
中央ホールは人の出入りが激しい分、温度の変化はそれほど感じられへんが、湿度が明確に違う。べたつくような感覚はもうなかった。
(もう、貴族の連中もフラッペのことなんか忘れてるやろうか)
こっそり食堂へ向かおうとした私の背中に、空腹の獣のような叫びが突き刺さった。
「サ~~~シャ~~~!!」
フラッペを待ち続け、遂には干からびた冬虫夏草───ではなく、ウルスラに見つかった。
「ひじょ~に遅いお帰りで!」
「アハハ……た、ただいまやで~……」
恨みがましい視線を向けられながら、保冷櫃を差し出す。この飢えた獣にはこれが一番と判断した。ウルスラは箱の中に保管されたフラッペを物色すると、盗賊を彷彿とさせる手際の良さで、目当ての財宝を手に取る。
「ズゾゾゾゾゾ……」
ウルスラは待ちかねたフラッペに紙ストローを差しこむと、すぐさま吸引し始めた。
「誰も取ったりせえへんから、落ち着いて飲みや」
ジッとこちらを見つめながら、ウルスラは首を振る。そして一瞬で、一つ目のフラッペを空にすると、すぐさま保冷櫃から二つ目のフラッペを強奪した。
「あっ、こらっ!」
私の静止も待たず、か細い足をパタパタと動かしながら、ウルスラは私の部屋に逃げて行った。現在彼女は私の部屋に居候中やった。
「忙しいやっちゃな……」
「随分、お待たせしてしまいましたからね」
ミヤハは残りのフラッペを他の貴族へ届けるため、食堂へと向かった。私は先に部屋へ戻っているように言われ、他のメイドと共に先に部屋へ戻る。
部屋の中では紙ストローを口に加えたまま、感動しているウルスラの姿があった。
「この飲み物ちょ~美味しーじゃん。戦争終わったら、マリーン・ヴェイルでも出店してよ。出資するからさー」
ベッドの上ではしたなくフラッペを吸引しながら本を読むウルスラ。一日の殆どをこうして部屋で生活する彼女の趣味は本を読むこと。たまに絵も描くらしいけど、私は見たことがない。イマジネーションが、必要なのだとかなんとか。……悪い男に毒され過ぎな、気がしないでもない。
「お行儀悪いで。飲むんなら机座ったら?」
「メンドー」
私がしばらくじっと見ていると、ベッドの上で面倒になったのか、フラッペを飲み干して、空になったカップを机にコトンと置いた。
「なんか面白い話ないのー?」
「本読んでるやん」
外出でべたついたドレスを、使用人たちの手を借りて手早く着替えていく。一人で着替えれば、ドレスの着脱から体を拭くまで時間がかかるところを、数人係なら一瞬で終わる。別のドレスに着替え終わるまで、五分もかからんかった。
「本はいつでも読めんじゃーん。私はリアルな体験を聴きたいの~!」
そうは言っても、お子様が楽しめる童話のような体験はしとらん。出てくる話題は、戦争、謀略、税の苦しみ……など。およそ乙女の口から出るはずのない単語ばかり。
「当店のシェフは、現在艱難辛苦の真っ最中。ビターな話しか持ち合わせてはおりません。甘いお話をご所望でしたら、戦争終結までお待ちくださいませ」
なんて言ってはみたものの、本人は納得いっとらん様子。
「ヤーダ! 脚色込みでちょっとは面白い話に変えて話して~! 」
「めっちゃくちゃ言うやん。ていうか、リアルな体験をご所望なんやないの?」
脚色込みって、そりゃリアルな体験って言えるんか? 話を盛れってこと?
「この際フラッペがどーしてこんなに遅くなったのか! 盛って話をしてくれるだけで良いからさ~! ねぇ~暇なの~!」
断り続けるのも面倒やったから、私は椅子に座って今回の件の顛末をウルスラに話すことにした。彼女は初めつまらなさそうに聞いてたけど、課役の話の部分で、真剣に話を聴くようになった。
「へぇー……結局、根本的な解決は先送りにしちゃったんだねー」
「冷風大鞴を彼らはちゃんと手に入れたで。なんも問題はない」
私の返答に、ジト目でこちらを見て来るウルスラ。彼女もこの話の根本的におかしい部分に気が付いたようやった。
「ウッ……まぁ、確かにエルフがこの先も三つ目の小屋以外で、太陽の呪いに掛かる可能性は高い。エルフが完全に太陽の呪いに掛からんようにするには───」
「課役その物をどうにかしないとダメじゃん」
ウルスラはキッパリと言い切った。
「まぁ、うん。───きっとエルフたちもそこら辺は分かってる。けど、課役はどうにもできへんから、気休めに涼しい風を送れる冷風大鞴を設置しようって流れやと思うで?」
事実門番エルフの口から課役そのものをどうにかしたい、という話は出て来てない。課役自体は当たり前のこと、という風な捉え方をしてるようやった。
「問題の先送りっていうかー、延命処置? 結局苦しむことになると思うけどなー」
「いや、出来る範囲で頑張るって涙ぐましいやん? 邪見にするのはちょっと違うかなって」
……私も薄々感じてはいたけど、ヴィーダルの漢気に水差すのも違ったし?
欲しいって言われたものを買わせてやっただけやから、私は別に損はしてないし。
「サーシャさぁ~、商業倫理が泣いちゃうよ~? 不誠実でさぁ、容認しちゃいけない案件でしょ~?」
「これでもレンタルとか、色々試行錯誤して負担は減らそうとしたんやで? まぁ、太陽の呪いの仕組みとか全く説明してへん時点でこちらにも非はあるかも知れんけど」
「なんで教えてあげなかったの? キライだから?」
「そりゃもちろんエルフは嫌いや。融通利かんし、助けるつもりで手を伸ばしても振り払われるし。何より上から目線やし?」
「あー……、同族嫌悪てきな?」
「……はい?」
「だってそうじゃない? 身内に甘くて、他人に厳しい、高慢で自分で何でもしたがる。でも、穴があって誰かにいつも助けを求めてる……うん。やっぱり一緒じゃない?」
あーあ。マジ……プッチーンやわ。
ウルスラさん、一体誰の邸に居候してるか、お忘れやないか?
「貴様ぁ~……追い出されたいんか~?」
「怒ってるってことはさぁ? 図星ってことでおけ?」
「オッケーなわけあるかー! 誰がエルフだこらァ!」
私がエルフと一緒やと? そんなん絶対にありへん話。私は白ワンピのチビを抱えて扉の向こうに追い出そうとしたけど、寸でのところで逃げられた。
「私ならもっとスマートにエルフを助けてあげられるよ。サーシャが思いつかないような方法でね」
「へぇ……私に思いつかん方法? 言っとくけど、課役を何とか免除してもらえるようエルフに嘆願書書かせるとか、土下座させるとか、そういうのは無意味やで。キャスパリーグ王はああ見えて、損得勘定にはとことん冷徹な人や。あの猫王はたとえエルフが何人死のうと、それが効率のいいシステムである限り、使い続けるで。絶対に」
「万事このウルスラ様にお任せなさいって話。私を誰だと思ってるの? 」
「……金融の魔女?」
私の言葉に、ウルスラは微笑を浮かべて頷く。
夕陽の残光を背負い、紫の髪を揺らす親友の姿が、一瞬だけ巨大な怪物の影に見えた。
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