8話 師匠になる
子供の扱い方はミーで学んでいるので、少年が泣き止むまで待つ。
・・・・・・というか、この時計塔の中ってこうなってたのか。時計塔は俺たち貴族もよく使わせてもらっている。いままで気にもしなかったが、いざ中に来てみるとなかなかに興味深い。
真っ暗で何も見えないし、何も聞こえない。
『ライト』を使って出口を見つけて、時計塔から出ようとする。いや、ちょっと待て。この少年は鐘の修理に来たと言っていたな。
俺は二十メートルはある梯子の頂上に向かって、壁ジャンプを駆使して二回のジャンプで到着する。
そこには先ほどと場所が一つも動いていないセヴァが立っていた。
「ご無事でしたか」
「あぁ、それよりもこの「その少年は」・・・・・・あぁ、何とか間に合った」
「いつもいつも自分の心配をしてると思うな」と言われたように気分だ。それに、今回は完全に俺が悪側なので、いくら自分の主とはいえ心配されるなんてことはなかった。まぁ、セヴァは俺がこのくらいの高さで怪我するなんて思ってないだろうけど。
少年は泣き止んではいるが、泣いていた時の余韻からかまだ呼吸が苦しそうだ。
「どう責任をとるんですか?それに、これは立派は不法侵入ですよ」
「責任ねぇ。というか不法侵入?この時計塔って国のだろ?」
「はぁ。マネージャという家名に聞き覚えはありますか?」
「マネージャ・・・貴族にそんな家名の奴いたか?」
俺がそう答えると、セヴァは時計塔のすぐ近くにある家を指さした。
その家は、この下町にある家にしては立派だ。大きさはまだしも、外観の装飾や使っている素材はそこらへんの貴族よりもセンスが良くいいものだ。
あの家がそのマネージャという貴族の家なのだろう。下町に住む貴族とは珍しいが。
「……あの」
「お!起きたか、少年。さっきはすまなかったな」
俺はそう言って、少年を地面におろした。
すると、俺はセヴァに襟を掴まれそのまま、遠くへ投げられた。
・・・・・・
「すみませんね。我が主が」
セヴァに投げ飛ばされたカランに目が行っていた少年は、セヴァの言葉に少し遅れながら言った。
「え、い、いえ。それよりも僕を助けてくれてありがとうございます」
少年は九十度の深いお辞儀をした。
セヴァは片膝を着いて屈み、少年の肩を両手で持ち、姿勢を元に戻させる。
そして、少年と目が合うとセヴァは肩を離した。
「いやいや、あれは我が主のバカが出ただけなので、君の責任は一つもありませんよ。それに、この時計塔がマネージャの物と気付かなかった私のせいでもありますから」
この事件。割合で言ったら、完全にカラン・セヴァ側が十で悪い。
セヴァは主であるカランの分も背負いながら、深く頭を下げた。
それを見た少年はまたすごい勢いで頭を下げた。
この光景に、セヴァはまだ風潮が残っていることに、そしてそれが子供にまで広まっていることにため息を吐いた。
その風潮とは「貴族は絶対」
元からそういう風なのは存在していたが、それが完全に露わになった原因はカランが活躍した魔王軍との戦い。
魔王軍との戦いは王国騎士団と王国魔法師団、トレイア家が最前線に立っていた。
この最前線のメンバーのほとんどが貴族、そして英雄級の活躍をしたカランは侯爵家。
民たちは貴族に助けられたと言っていい。
だが、貴族の本文は平民を守ることだ。
このノブレス・オブリージュ精神を持っているのが貴族としての正しい在り方だ。
しかし、世の中にはノブレス・オブリージュ精神を持たない貴族もいる。
そして、カランたちの活躍に目をつけた悪い貴族たちは「自分たち貴族のおかげでお前たちは助かった」という、戦った貴族たちの手柄を自分たちの物にした。
この少年はマネージャという平民にしては裕福な家系だからこそ、世間についてある程度知っており、この風潮を真に受けてしまっている。
世の中は知らない方が良いこともある。その典型がこれだろう。
この風潮を流した貴族と協力した者も国王自ら処分をしたが、それもつい最近のこと。
カランが国に帰ってくるまでは手出しできずにいた。トレイア家の人間に頼もうとしても、魔王軍との戦いでの消耗が激しく、頼むことが出来なかった。
なら、国直々に捜査しようにも国自体の消耗も激しかったので、何も出来ない状況が続いた。
まぁ、その後カランが帰って来ると、一瞬でその貴族たちを見つけ出し、捕まえることが出来たが、この何も出来ない間に大分広まってしまった。
今は改善に勤しんでいるが、完全にこの風潮が無くなるのはまだ先らしい。
「ノブレス・オブリージュという言葉があるように、貴族は平民のためにある。その貴族自身がこんな怖い思いを平民にさして、無償で帰らせるわけには行きません。我々で出来ることがあれば何でも仰ってください」
セヴァからの提案に少し戸惑いながらも、少年はセヴァに答えた。
「なら!僕に剣を教えてください!」
「ほう。剣を?」
少年は大きく息を吸った。
「強い人間にしてほしいんですッ!たとえ、どんな強敵が相手でも身体が動き、抵抗でき、攻撃を食らわせることが出来る!……そんな強者に!」
セヴァを見据える少年の眼に、セヴァは懐かしさを覚えた。
かつて、同じような眼をしていた少年。
違う所と言えば、目の前の少年には具体的な目標があるところだ。
「ふふ、いいでしょう。そのお願い、必ず叶えてみせましょう。……それに、どうやら貴方には才能もあるようですし、私たちも将来が楽しみです」
少年のその返答を待っていたとはいえ、実際に帰って来ると実感が湧かない。
それに、少年はセヴァの言葉に疑問を持った。
「私たちっていうのは、先程投げ飛ばされた人もですか?」
「えぇ、そうです。……ところで少年、いやレギネに質問があります」
突然、自分の名前を呼ばれたことに驚いたが、まずはこの質問に答えれるように集中する。
そんな少年ことレギネを見たセヴァは、小さく頷いた。
「私と先程、私が投げ飛ばした男性、どちらの方が強いと思いますか?」
この質問にレギネは考える素振りも見せず答えた。
「あの投げ飛ばされた男性です」
「……その理由は」
貴族といえど、戦線の最前線に立つような者は男爵家や子爵家などの下級貴族。
伯爵家以上の者は国の行政に関わるので、戦闘に参加することがない。だから、戦闘能力が低い。トレイア家はロタナスの剣という立ち位置で例外。
レギネは背に四本の剣を持っていることから、侯爵家の人間だと分かっているだろう。
だが、レギネが投げ飛ばされた男性をカランだと知っているならまだしも、レギネは今日初めてカランを見たし、レギネはあの男性がカランだと気付いていない。
それなのに、レギネはカランの方が強いと即答した。それに、セヴァは興味が湧いた。
「あの男性の方が強い覇気が見えました」
「覇気が見える……なるほど。君は『特性』持ちだったか」
「ッ!流石は侯爵家ですね。僕の特性は『覇気視』人の強さを覇気として具現化し、見る事ができます」
『特性』
決められた者に宿るのではない。これは神からの祝福。
レギネが特性持ちと知り、セヴァは笑みを浮かべた。どこまでも似ていると。
「レギネ。君はなれるかもしれない。……平民初の王国騎士団の団長に」
その言葉にレギネはまた実感が湧かなかった。




