5話 教会出禁だが回復してくれ
下町の住民が集まっている場所から少し離れて、古い建物が並び立つ、整備されていない道を二人の男が歩いている。
その二人はシワ一つ無い豪華な服を着て、大商人やそこら辺の貴族では到底手に入れることが出来ないワイバーンの革を使った靴を履いている。
見た目からはこんな暗く、古びた場所は似合わないが、寝起きのようなボサボサな髪に、死んだ魚のような目をしているのが、これらの要素を全てかき消している。
「はぁ〜、何で朝っぱらからこんな気分にならないといけないんだ?なぁ、セヴァ」
「仕方ありません、カラン様。これは、トレイア家の伝統です」
「伝統て。その伝統を守ってるのはあいつだけだぞ?」
前任の当主である俺の父親が亡くなったから、俺がトレイア家の当主になった瞬間に、「目と目が合ったら戦闘開始」という意味の分からない伝統制度を無くした。
これには各地に居るトレイアの分家に色々とクレームを言われたが、当主権限とディヴァインウォリアーの威圧で何とか治めた。
だが、本家の人間で、俺の姉であるセレティアだけはまだ続けている。
「当主と言っても、あんたは私のお・と・う・となのよ。何でもかんでも従うなんて、このセレティアの名が廃るってものよ」と、この言葉に少しだけ納得してしまった自分が居るのが情けない。
「俺はあいつの結婚生活のために、この伝統を廃止したのに」
セレティアは顔は良い。ツヤツヤな黒髪ロングに、眼鏡を掛けているその姿は、勤勉な清楚令嬢にしか見えない。
それに、普通に過ごしていれば、話すのは楽しいし、時々優しさも垣間見える。そして、トレイア家の本家の長女という地位。
表面的な部分だけ見ればとても優良物件だ。
ただ、その中にあるのは戦闘狂。
外では眼鏡を掛けているから戦闘にならないが、家の中では眼鏡を掛けずに過ごし、目が合う度に暴力沙汰を起こす。
正に戦闘狂という名に相応しい。
付き合ったら家に招く。そして、その時に関係が無くなる。
セレティアの全てを知るから。
そんなことを何十回も繰り返して、奇跡的に結婚まで辿り着いた姉に、楽しく過ごしてほしいという結婚祝い的な感じで、廃止を頑張った。
結局、伝統を頑なに守るセレティアは一年……いや、半年も保たずに離婚。
離婚理由は、毎日セレティアに気を付けながら生きていくのが辛くなったからしい。
でも、セレティアと結婚した公爵家の……誰かは忘れたが、よく半年も耐えたと褒めるべきだ。
そして、向こうに嫁ぐ形で行っていたから、この家に帰ってきて、今は皆の安泰の場を荒らしている。
だから俺は、あいつのことを出戻り姉さんと呼んでいる。
「ふふっ、賑やかで楽しいですねどね」
「セヴァ……お前はあの家に染まり過ぎてるぞ」
俺がセヴァに呆れていると、目的地である教会に着いた。
相変わらず、王都にある大聖堂と比べると大きさもそうだけど、何より装飾がショボすぎる。
教会と言っているが、見た目は廃病院のよう。
俺はノックもせずに、教会の扉を開けた。
教会の中には誰もおらず、扉を開ける音だけが響いた。
ただ、中から葉巻の煙とその匂いがした。
「ヘルスさん、居ますか?居るんでしょ?煙くて臭いですよ?」
「おい。教会に入る時はノックしろ」
「教会で受動喫煙を振りまいている奴に言われたくないな」
すると、「チッ」と舌打ちをして、教会の者しか入れないところから男が出て来た。
ボサボサな黒髪に、手入れされていない黒ひげ、葉巻の火が乗り移って穴が空いた黒服。あまりにも不格好すぎる。
これだけでも、この男が神父という役職に向いていないことはお分かりだろう。
「というか、お前らトレイアの人間は出禁って言っただろ?」
「あいつがまた暴れたんだ。ヘルスさんもあいつの凶悪さは知ってるでしょ?」
「知ってるが、それなら王都の教会に行けよ。あっちの方が腕も良いし、すぐ近くだろ」
そう。普通ならそこに行くのが普通だし、普段ならそこの教会に行っている。
だが、そこでは「ロタナスの剣の怪我を治すのが最優先」みたいになっていて、結構重症な患者の治療中や、三途の川を渡りかけている患者の治療中などの重要な時でも、トレイア家の誰かが来ればその全ての治療を中断し、トレイア家の治療に入る。
その怪我が、四肢などの欠損のような致命傷などであればいいが、こんなくだらない家族喧嘩で負った怪我で治療を中断され、中断したせいで助かるかもしれなかった命が失われるのは耐えられない。これじゃあ、ロタナスの剣の名折れ。
そんなことがあって、ここの教会に通いだしたが、多い時で一日四、五回来ていたから通い過ぎなのと、セレティアが教会内で暴れまくったせいで出禁になった。
「それともなんだ?王都の教会はお前がディヴァインウォリアーになってから神として崇めているから、前の信仰対象の剣神を信仰している俺たちの所に来て、『怪我を治してくださいお願いしますぅ!』とか言って祈るのか?」
そう言ってヘルス笑う。そして、俺も心の中で笑う。
ディヴァインウォリアーに対して禁句の言葉を言ったのだ。
「・・・・・・本当に神なんてものが居るとでも思っているのか?」
俺は睨むようにヘルスを見た。
すると、笑っていたヘルスの顔は、最初のイラついていた顔に戻り、ため息を吐いた。
「『ヒール』」
ヘルスがそう言うと、俺の右肋骨とセヴァの鼻などの怪我をしている所が緑色の光に覆われ、その光が無くなる頃にはズキズキとした痛みが無くなった。
「はぁ、これでいいだろ」
「はい。ありがとうございます」
俺の言葉に続くようにセヴァはお辞儀をした。
ヘルスは胸ポケットから葉巻を取り出し、指を鳴らして火を付けて、一服して言った。
「……ふぅ、さっさと出てってくれ。お前らが居ると不味いんだ」
「分かりました。でも、最後に一ついいですか?」
「さっさと言ってくれ」
「『あなたは学ばなさ過ぎる』。この世界は戦闘能力だけで生きていけるような世界ではありませんよ」
「……ふんッ。お前の倍、この世界で生きているんだ。そんなこと、とっくの昔に味わっている」
「ハハッ、そうですか。では、また怪我をした時に」
「……いや、お前たちは出禁だって言ってんだろ」
ヘルスは呆れてそう言った。
そんなヘルスを背に、セヴァが開けてくれた扉を通って教会から出た。
セヴァもゆっくりと教会の扉を閉めながら、小さく一礼をした。




