3話 異常だからこそ名門貴族
ミレイア
「ふぅ。……はぁぁ」
重苦しい空間から帰ってきて、自室にある俺が前世の記憶で作ったリクライニングチェアに座った。
この世界に転生して二十九年。転生当初は、無双、ハーレムなんてものを想像していたが、こんな深いため息を吐くとは思わなった。
前世で自分がどうやって死んだか覚えてないが、剣の名門貴族で侯爵家という何かの才能を期待させる家に転生して、最強という言葉が俺の頭の中でずっと巡っていた。
そして、剣を初めて持つとその他を圧倒する程の才能に俺は目覚めた。
もうその後は、毎日修行して、その修行の成果を見るために家の仕えている騎士を相手にしてボコボコにしたりと、全員が怪我で相手できなくなったら国の騎士を相手にしてちょこっとボコしたりして、この世界を楽しんでいた。これも、「ロタナスの剣」トレイア家の長男で、才能に溢れていたから出来ること。
この二十九年間で最も楽しいと思えたのは、この何も知らない無知の頃と、嫁であるエキナセアと結婚してから今までと言える。
その他の時期は、楽しい思い出もあるが、思い出すと胸というか、その奥にあるよく分からない物がポカンと空いて苦しくなる
コン、コン。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのはセヴァ。右手にはお盆を持っており、ティーポットとティーカップが乗っている。
セヴァは俺の隣に来た。
「お疲れでしたね。まぁ、これも何でも許されるディヴァインウォリアーの責務です」
「それなのに、俺が行くって言うのをダメって言うのは違くないか?」
「ディヴァインウォリアーが国を出ると、他国が警戒し、民衆は不安になりますからね。それで、今回の会議の議題はどんなものでした?」
「ルーンドバットの討伐だよ。そこまで強い魔物じゃないのに、この国にまで来て話すことか?」
「ふふっ、そう言えるのはカラン様などの強者だけですよ。それに、「神格国」であるロタナスから騎士団を派遣できるのは、ディヴァインウォリアーであるカラン様だけですからね」
セヴァはそう言いながら、ティーカップに淹れた紅茶を机に置いた。
会議の後の紅茶は、疲れた体と心身に温まる。カップ一杯に入っていた紅茶を一気に飲んだ。
こういう気分の時はあそこに行きたいけど、今あいつ居るかな?あいつが居ないと楽しくないからな。
「セアとミーはどうしてる」
セアは、エキナセアの「セア」から取ったもので、ミーは、娘のミレイアの「ミ」から取った。
こう呼んでいるのは、愛称が大事だと俺は思ってるから。
「お二人とも、すでにご夕食を済まし、ミレイア様は就寝なさいました。今はエキナセア様がデザート時間を満喫中です」
おっ、もうそんな時間か。
壁に掛かっている時計には、すでに十時を回っていた。子供は寝る時間だ。そして、大人は楽しみの時間。
ご飯か……。ここ三日間、この時間帯に仕事が入って家族と夕食を食べれていない。朝食と昼食はちゃんと食べているが、夕食を食べないと!
夕食を食べないと、質の良い睡眠が取れない。
だが、今日はセアがまだデザート時間を過ごしている。もう、ご飯はいらないからデザートで今日は済ませよう。
一人で食う質の良いご飯より、家族と食う飯だ。
「セアは自室か?」
「はい。セレティア様とご一緒に、今日、下町にある「スイショート」で買ったケーキを食べていると思います」
チッ。はぁ、急に気分が萎えた。魔法空間に保管しているスイーツを取り出そうとしていた右手を戻した。
セレティア……なぜ、お前が居る?いつもいつも俺の癒しの時間を邪魔しに来るババア。
ババアという歳でもないが、ムカつくからババアと言う。
セアの所に行きたい。でも、あのババアと会うことになる。
苦渋の選択とはまさにこのことだろう。
「セヴァ。ババ……じゃなかった、セレティアをその部屋から追い出すことは出来るか?もちろん、暴力は問わない」
「申し訳ありませんが、私がそんなことを出来ると思いますか?」
一発KOとはいいませがと付け足すセヴァ。まぁ、この返答は分かっていた。
過去にも同じようなことをセヴァに言って、セヴァが力ずくでセレティアを追い出そうとしてくれたけど、帰ってきたら鼻血が出て、常時掛けているサングラスのような眼鏡が無くなっていて、歯も何本か逝っていた。
執事として笑顔を絶やさないように頑張っているのを見るのが辛すぎた。
「チッ、あの暴力魔人。そんなんだから捨てられたのに」
「ははッ、手加減はしてもらったんですけどね」
あれに才能をあげたのは間違いだったと神は思っているだろう。いや、才能よりも血筋か。最強の血筋、しかも本家の濃い血を継がせたのは今世紀最大の失敗だ。
あのババアはこれを「ギャップ萌え」と謳っているが、ギャップがあり過ぎて萌えの域を越えて、恐怖が勝ってるんだよ。……なんてことを言えば、お得意の神速蹴りを食らって死ぬ。
……仕方ない。三日も一人で夜を過ごすのは精神的・身体的にしんどいからな。今日こそ、ガツンと言ってやろう!
椅子から立ち上がり、戦闘準備に入る。久しぶりに本気を出すだからか、全身がボキボキ鳴る。
あのババアというか、この家の人間が口で話し合うなんて行為はほぼしない。だいたい、目と目が合うと戦闘開始なんていう教育を行っている狂った家だ。話し合いという言葉を知っているのかってレベル。
「セヴァ、俺が十二時を越えても帰ってこなかったら、そういうことだ」
目と目が合えば戦闘開始なんていかれた教育をしているが、家の中では武器は使わず拳だけと、ほんの少しだけ理性が残っているのが分かる。
ディヴァインウォリアーである俺は、トレイア家の人間だから武道にもある程度の教養はある。だが、才能は無かった。ある程度出来るのは、トレイアの血筋だから。
そのせいで、家の中ではこき使われっぱなしの人生を送って来た。まぁ、外では剣に才能を極振りしていたおかげで楽しかったが。
そんな俺がこれから対峙するのは、武と剣どちらの才能も持っている化け物。しかも、戦場は室内。
セアの部屋は俺のすぐ近くにある。だから、向こうも俺の殺気を感じて、戦闘準備をしているだろう。
自室を出て、セアの部屋の前に立つ。そして、ドアノブに手を掛けると一気に扉を開けた。
「ハロ~、マイブラザー?」
「ハロー、出戻り姉さん?」
イラついているから、何も考えていなくても勝手に言葉が出てくる。
「ハハッ!!久しぶりに楽しめそう!!」
これから、端から見たら殺し合いと言っていい戦いをする顔とは思えない。そして、愉快に笑いながら、まずは出合い頭の音速パンチを繰り出してきた。




