輪の剣①
翌朝、2人はお昼近くまで十分睡眠をとると、宿で遅い朝食を取ってから宿をでて食料を買いに町に出たが多くの店はまだ閉まっており、昨夜の店もまだ閉まったままだった。
夜店のでていた辺りは昨夜とは一変して静まり返っていた。仕方なく二人は港でパンや保存食、それに飲み物を買い足すとドンバ港を後にした。
ランドとマルーシャはドンバ港を離れてからひたすらシアフィスの森に沿って北へ向っていた。
ランドはシアフィスの森に馬を走らせながらマルーシャに昨日の店の店主に渡していた金貨のことを聞いてきた。
「マルーシャ、お前あの金貨どうしたんだ? 宝石ならともかく、急の出発で金貨なんか準備する余裕はなかったはずじゃないか? それに金貨なんか普段から持っていなかっただろう」
不信がるランドにマルーシャはニヤリと笑顔を向けて言った。
「ああ、あの金貨のこと? 城を出る時貰ったのよ。優しいお兄様方に」
ランドの顔が一瞬引きつった。
「まさか…今回の旅のことはあいつらの方からお前に教えたとばかり思っていたが、お前さては…あいつらを脅して俺が旅に出るのを聞き出したんだろう。金貨までまきあげて…」
「人聞きの悪いこといわないで…私は聞いただけよ。ランドが休暇をどう過ごす予定なのかを知らないかって。そしたら旅のこと教えてくれたのよ。金貨は旅の餞別だって二人がくれたのよ。そんなことより見て見て、昨日おじさんがくれた包みの中身ね、砂時計だったのよ。さっき気付いたんだけど、真ん中が細い空洞になってて、その周りから砂が落ちる仕掛けになってる変わった砂時計なのよ。それに不思議なのは、その穴を覗くと上からみるのと下からみるのとじゃあ周りの砂の色が光に反射して緑色に見えたり赤に見えたりするのよ、これもラールノダゆかりの物なのかしらね」
「見せてみろ」
マルーシャからその砂時計を受け取ったランドはその小さな砂時計を覗き込むと、確かに光の具合で砂の色が違って見えた。
「本当だな、これも高価なものに違いないな。いつかもう一度会うことがあったら今度はきちんとお礼をしないとな」
ランドはマルーシャにそれを返しながら言った。
「そうね。ところでランドのはただの方位磁石だったの?」
「いや、あれはたぶん、シアフィスの森の中で役立つ代物だと思うんだが」
「ねっねえ、じゃあ迷わずにラールノダ時代の墓にすんなりいけるかも知れないの?」
「ああその通りだ。シアフィスの森の中の道を逸れると抜け出せないといわれているのは、普通の磁器の方位磁石では役に立たないからなんだ。俺も正直どうやって行こうか思案していたところなんだ。いったいこれの前の持ち主の老人って何者なんだ?」
「もしかして預言者とか?」
マルーシャは冗談半分で言ったがもしかしたら本当にそうかもしれないと2人は顔を見合わせた。
シアフィスの森はラールシアとフィスノダの両国を二分しているだけあってシアフィスの森は広大な広さの木々が連なる森になっていた。
同じ木々が延々と続いているせいか、マルーシャにはどこが以前通った道なのかさえまったくわからなかった。昼過ぎからシアフィスの森の横を馬でかけている二人にいくつもの曲がり角の道がシアフィスの森の中に続いていたがランドは曲がる様子もなく、ただまっすぐにシアフィスの森に平行して馬を走らせていた。
このシアフィスの森の周辺には草原が広がっているだけで、半日北上しても近くには人家すら見えなかった。
「今日は日も暮れてきたことだし、そうだな…あの岩辺りで野宿でもするか、ここら辺りは人家もないし、シアフィスの森を抜ける道からは少し離れているから人も通らないだろう」
ランドはそう言うと、目の前の大きな岩が数個ゴロゴロと無造作に転がっている場所まで行くと馬をおり荷物をおろすと一人森の中に入り、落ち葉や枯れ木を集めてきてその岩のそばで木を燃やしはじめた。
マルーシャはなんだか疲れていたせいか、馬からおり、岩に背を向けるようにもたれながら腰をおろすともう動けなかった。
ランドがマルーシャに今朝買ったパンと干し魚を渡し2人は無言で食べた。食べ終わったランドは立ち上がると、万が一を想定して岩の周囲を念入りに調べ、一番まわりから死角になっている岩と岩の隙間に寝袋をひいた。
マルーシャはその寝袋に体を休め、満天の星を眺めるとようやく体が少し楽になってきた。マルーシャは夜空を眺めながらランドも寝袋に入るのを待ち、ランドがうつぶせになり、ひじをついて薪の明かりで何かの地図を広げていたランドに声をかけた。
「ねえランド、一つ聞いていいかしら」
「なんだ」
マルーシャの問いかけにランドは地図と方位磁石を眺めながら無愛想に返事をした。その返事をマルーシャは気にする様子もなく話だした。
「昨日は本当は最初からドンバ港に立ち寄るつもりだったんじゃないの?」
「ああ、満月だったことは忘れていたがな」
「やっぱり! だったら、スシュル湖からルーザ港に向ってそこからドンバに向えばよかったんじゃないの? 確か最短ルートだと、半日もかからない道があったんじゃなかったかしら? そうすれば昨日通った道をまた戻るようなことしなくてもよかったのに」
「そのルートなら俺も知っているが、スエル総帥に頼まれたことがあってな、わざと遠回りしたんだよ」
「えっ? スエル総帥に? あなた今回の旅は仕事抜きなんじゃなかったの?」
「ああ、直前に頼まれたんだよ。お前もうわさは聞いてると思うが、軍の人員削減にともなって近々各地にある軍の基地を縮小する計画があってな、ドンバ港の基地とロゴンドの砦もその対象に入っているんだが、ロゴンドの砦はニリアよりだろ、ロゴンドの砦から南の端のドンバまでドルタ平原に抜ける抜け道がやたら多いのにこの二箇所の人員を縮小するとなると、監視体制が疎かになるじゃないかってギルド議長の方から言ってきてな、ドルタ平原の何処かに新たに中継地点を増やし人員を分散させたらどうかって案がでてきているんだよ」
「なにそれ、それじゃあまた戦争が起こるかもしれないから人は減らしてもフィスノダの監視は続けろってこと?」
「ああ、それもあるが、ギロダの動きも気になるらしい」
「ギロダの事は私もいろいろうわさは聞いているけど、今にはじまったことじゃないでしょ。それにギロダからラールシアに入るには西の都があるドーラの都からイレド山脈の西の峠を越えてくるしか確か道は繋がっていなかったはずでしょ。監視を強化するなら城から北西の方角なんじゃないの?」
「ああ、だがどうやらドンバ港に駐在している兵士からの情報だと、シアフィスの森の南の海岸付近から港に怪しい小船が何隻も流れてきているっていううわさだ。まっ正確には船らしき残骸といったほうが正しいらしいがな。もしかしたらネルーミ川を南下してきた船じゃないかってな」
「ええっ!ネルーミ川って船で海にでられるの?」
「俺もネルーミ川に関しちゃあわからねえが、船で海にでるのは不可能だろうな、シアフィスの森の南の海岸沿いは海よりかなり高い位置にあって、俺も自分で確かめたわけじゃねえが、ネルーミ川は途中で地下に流れ込んでいて、最終的に地下で海に繋がっているらしいからな。川をくだるのなら途中で船からおりるか、途中枝分かれしている川を西か東に曲がるしかねえだろうな」
「ええっ! シアフィスの森の中にギロダ軍がいるかもしれないっていうの?」
「これはあくまでも憶測にすぎないんだがな。上層部でもかなり警戒している事は確かだな。もしギロダがシアフィスの森の中を迷わず行き来できるのだとしたら、あの森に潜んでドルタ平原から一気にラミド城に攻めてこられたら防ぎきれないからな。今までなかったドルタ平原にも簡易的な基地を作れないかってことらしい、とりあえずその視察もかねて、ドルタ平原の中でいい場所がないか見てきてくれとスエル総帥に頼まれていたんだよ」
「何それ、戦争は終ったはずでしょ。今度はギロダ? それ本当なの?」
マルーシャはひじをつき上半身だけ起き上がりランドに向って言うと、ランドは視線を目の前シアフィスの森に向けながら険しい顔で言った。
「ギロダの政権は今不安定らしいからな。今すぐ戦争なんてことにはならねえと思うんだが、警戒はしておいたほうがいいことは確かだろうな。まっ基地の建設に関しては俺達には決定権はないからな、命令に従うしかないだろうな」
「戦争が終ってこれからラールシアとフィスノダは一つになろうとしているのに…また別の戦争が起こるのかもしれないの?」
「起きないとは言い切れないが、もしギロダが宣戦布告してきてもこの間の戦いのように長くは続かないだろうな。今フィスノダより貧困が広まっているってうわさのギロダが戦争を引き起こせば自滅するしかないことはあきらかだ、だがもし万が一自滅覚悟で攻めてきたとしても、ラールシアは必ず勝つ、心配するな」
「どうしてそう言い切れるの? 私もそう思いたいけど、また戦争なんかになったらラールシアだってどうなるか?」
「上層部の連中はどう思っているかしらないが、ドノーエ大陸が一つに戻ろうとしている流れをもう誰も止められない。例え一部の人間がどうあがこうと、人の絆は闇を必ず打ち砕くさ」
ランドは何処か遠くの未来を見ているかのように暗闇のシアフィスの森の中に視線をじっと向けながら言った。
「そうね、私もそう思うわ。いつか、ギロダも私達と共に生きられる時代がくればいいのに」
マルーシャはそれだけ言うと、満天の空を見上げながらやがてスヤスヤと眠りについた。ランドはすでに寝息をたてているマルーシャの寝顔を見つめながら心の中でささやいた。
(いつか、このドノーエ大陸は一つになる。そして、その頂点にはマルーシャ、お前がたつことになる、その時俺は…)
ランドは何かを睨みつけているかのような表情をしたかと思うと、仰向きになり満天の星をじっと見つめ静かに目を閉じた。




