ドンバ港③
「マルーシャいい加減にしろ!」
ランドは力ずくでマルーシャを引っぱろうとしたが、マルーシャはその場を動こうとしなかった。
「いやよ、行きたければ一人で行きなさいよ。大丈夫よ、ばれていないわよ。それより知りたくないのおじさんの宝」
「そんなこと言って、わなだったらどうするんだ!」
「もう! ランドは神経質になりすぎなのよ。ここは敵国じゃないわ。私が王女だってばれたってたいしたことないじゃないわよ。それにあのおじさんは悪い人には見えなかったわ」
ランドはマルーシャを力ずくで連れだそうとしたその時、店の店主が中から戻ってきた。
「待たせたね、これだよ、この裏に、城みたいな紋様が掘られているだろう。これはラールノダ時代ゆかりの品物に必ず掘られている紋様なんだよ。昔の人間はよくこの紋様は三つの守り神からなる城の証だっていって家宝にしていたもんなんだよ。この紋様のついたもんなら、この国にもたくさんあるが、フィスノダにもたくさんあったよ。戦争なんかなけりゃあ、家宝を売ったりしなかったんだろうけどな。まっ最近じゃあ、ラールノダの家宝なんて信じてる人間はすくねえが、この紋様の品物は大事にしてる人間はまだけっこういるんじゃないかな」
そう言って店主が持ってきた物をマルーシャの前にさしだした。店主が持ってきた物は、銀細工で装飾された丸い形の方位磁石のような物で、そのふたには人の顔が彫り込まれており、どことなく左右の顔の形が微妙に違うようにみえた。よく見ると、目の部分は右側の目には緑の石が、左側の目には赤の石が埋め込まれていた。その方位磁石をマルーシャは店主から受け取り、手に持って眺めながら、はじめてみる品物にマルーシャは興味深々に見入った。そしてその方位磁石の裏の紋様をみて自分の首にかけてある指輪の紋様と同じことにマルーシャは胸の高鳴りを覚え、心なしか胸の指輪が暖かくなってきたように感じた。
「すごい変わった方位磁石ですね。あっこの顔と目の色、僕とラン、いや兄さんとなんだか似てる気がする」
そう言うとマルーシャはランドにも渡してみせた。ランドもその方位磁石には興味があったのか、手に取り蓋を開け中身を眺めた。ランドの目に留まったのはその方位磁石らしい物の羅針盤の中央の磁針の形がランドの持つ剣の形に似ている気がしたからだった。
真剣な眼差しでみいるランドの様子とマルーシャの言葉に店主は少し驚きを見せた。
「それに見覚えがあるのかい?」
店主の言葉にランドはハッと我に返り、あわててその方位磁石を店主に返した。
「いや、こんな品物を見たのは初めてです。すごい物ですね。ラールノダの紋様…いやそんなはずは…」
若干動揺しているランドの顔を見ていた店主は聞き返した。
「あんたはこれの価値が分かるのかね。うれしいね。おや、あんたの目は緑かい? ここらじゃめずらしいね」
店主の言葉にランドはとっさにフードを深く被り直し下を向いた。
「そうでしょ。わた、いや僕のは赤だよ」
ランドの警戒には気づきもしないで、マルーシャは店主に近づき片目を店主の目の前で見せてやった。あわててマルーシャにフードを被せるランドの様子を首をかしげながらも、店主は一瞬同様した様子をみせたが、すぐ平静を取り戻し、方位磁石に視線を移しながら話だした。
「これは…実はお恥ずかしい話なんだが、わしも若い頃からラールノダの伝説を信じていてね。わしが見つけてやるなんてね。若かったんだね。いや、今でも信じているつもりだよ、怖いもの見たさで度胸試しのつもりでわざとシアフィスの森の中の道をそれて道なき道を馬で駆け回った頃があったもんだよ。そのたびにお化けの類に惑わされて、何度も川でおぼれそうになったり、気が付いたら木のつるに体を巻きつけられていたり、身動きできないことになったこともあったっけなあ。だけど、不思議と恐怖は感じなかったなあ、今思い起こせばそれで助かったのかもしれないなあってよく思うんだよ…そうちょうど満月の夜だったかな。あの時もわざと道をそれて適当に馬を走らせていたんだが、運悪く日が暮れてしまってな、気が付いたらその日は満月だって思い出した時は焦ったよ、今度こそやばいかなって覚悟した時、見知らぬ老人がわしの前に現れてな、この方位磁石をくれたんだよ。これを見ながら行くとシアフィスの森を無事抜けられるとね。まっそれのおかげで今のわしがいるんだけどね。それ以来古い品を集めてはわしなりにラールノダに思いをはせているんだよ。お前さんいまどきの若者にしちゃあ珍しく、ラールノダのことを知っているって顔だね。わしは考古学の専門家じゃないが、長年いろんな骨董品をみてきたわしの勘だが、この裏に刻まれている紋様はラールノダ王国の紋様に間違いない。わしはこれを見るたびに思うんだよ。ラールノダは崩壊したが、城は今も確かに存在しているってね。わしは今でもそう信じているんだよ」
店主はその方位磁石を握りしめ、暫く考え込むようにしてから、もう一度ランドを見詰めると、突然それをランドの方に放り投げた。
「お前さんにやるよ」
店主から投げられた方位磁石を受け取ったランドだったがそのまま店主につき返した。
「いえ、これは店主の家宝ではありませんか? そんな大切なものを自分がいただくわけにはいきません」
「いいんだよ。これはわしが持っていてもただ眺めているだけでなんの役にもたたない代物だ。これからシアフィスの森に入るんだったらもしかしたら旅人のあんたらには何かの役に立つかもしれない。それに、こういっちゃあなんだが、そいつはあの森でしか役に立たない代物、わしが死んだらただのガラクタ扱いだ。今夜会ったのも何かの縁だ。こいつの価値を見抜いたあんたのような人にもらってもらいたいとずっと思ってたんだ。あんたなら大事にしてくれそうだしな」
店主の言葉を聞いてもなおためらっているランドに、マルーシャはランドの手に自分の手を重ねてその手を引っ込めさせた。
「おじさんがくれるって言ってるんだから素直に貰っておきなさいよ」
マルーシャはそう言うと、再び店主の方に向き直り店主に近づいた。
「おじさん、あれは遠慮なくいただいていきます。ですが無料でいただくわけにはいきません。少ないですがこれで売ったって形にしてください」
そう言うとマルーシャは服のポケットから小さな空色の巾着袋を取り出し、袋の中身ごと店主の手にのせた。
「いや、こんな大金受け取れんよ」
店の店主は巾着袋の中身が金貨だと知るとマルーシャに返そうとした。
「いいえ、これはおじさんにとって宝物なんでしょ。本来なら、それっぽっちじゃ全然足りないでしょうが、なにぶん旅の途中だからそれしか持ち合わせがなくて…おじさんの宝物を譲ってくれるっていうのにそれっぽっちで悪いんだけど」
マルーシャはにっこりしながら両手を合わせて店の店主に言った。
「いやいや、わしがそれをあんたらに貰って欲しいって言っているんだから、本当に気を使わんでくれ」
そう言いながらその巾着を返そうとする店主にマルーシャは首を振って手をひっ込めてしまった。
「店主、こつの言うとおりです。この方位磁石はありがたくいただきます。ですが、その金貨だけではたりないでしょう。これも受け取ってくれ」
ランドはそう言うと自分の財布も取り出して金貨を数枚差し店主に渡そうとした、だが店主はそれは受け取らなかった。その代わりにポケットから包みを取り出し、マルーシャから受け取った小さな空色の布に金の糸でラールシア王家の紋章いりの刺繍がほどこされている巾着袋から中身の金貨を取り出し、金貨と包みを一緒にマルーシャの目の前に差し出し、マルーシャの手を掴むと、それをマルーシャの手に握らせた。
「こうしよう。わしはその方位磁石の代金として、このきれいな巾着袋だけもらっておくことにするよ。空色の布地は高価だからね。物々交換だ。だからこの金貨は返すよ。それにそいつはおまけだ。実はそれと一緒に貰った物なんだ、わしはこのきれいな巾着袋だけで十分だ」
「でも…そんな使い古しの巾着袋だけなんて…」
店主から金貨と包みを受け取ったものの、まだ戸惑っているマルーシャに店主は静かに話しだした。
「実は、これをわしにくれた老人が去り際にこういい残したんだよ。いつかわしの目の前に、緑と赤の瞳をした若者が現れるだろうってね。わしがもしその若者を気に入ったら、それをその若者に譲ってあげてほしいとな。あんたらを見るまですっかり忘れていたよ。久しぶりに楽しい会話ができてわしはうれしいんだよ。これはあんたらのもんだ。わしはこのきれいな巾着袋をもらえるんだったら、それだけで十分代金になるってもんだ。それに、ラールノダ国はいつか必ず復活する。いやして欲しいと願っているただの骨董屋のおやじの夢を笑わずに聞いてくれてうれしかった。ありがとうな」
店主は照れながら笑顔を二人に見せながら言うと、ランドは小さく頭を下げ手にしていた方位磁石をポケットにしまいながら言った。
「俺達がその老人の言った若者かどうかはわかりませんが、これは確かにいただいていきます。では我々は急ぎますのでそろそろ失礼します」
ランドは頭を下げ、マルーシャの腕を掴んで店の外に促した。
「おじさん、本当にありがとう。ラールノダは必ず復活するよ。いつかきっと…あっそうだ、おじさん、おじさんのそばに女の子の赤ちゃんの姿が見えるんだけど、もしかしたらもうすぐお子さんが生まれるんじゃないかな? おじさんとおじさんのご家族に神のご加護がありますように。さよなら。本当にありがとう」
「はっはっは!ありがとうよ。幻でもわしのそばに赤ちゃんがいてくれるなんてうれしいね。いい旅を祈っているよ」
マルーシャはランドに腕をひっぱられながらも、反対向きに歩きながら手を振った。それを笑いながら見守った店主は巾着袋に視線を向けて顔色が変わった。巾着袋の下の方に縫い付けられていた名前を見てハッとして頭をあげた。その時店の奥から背の小さな小太りの女の人が出てきた。
「あんた、あれはあんたの宝物だったんでしょ。見ず知らずの旅の人にあげちゃって本当によかったのかい? まあ確かに何の価値もない壊れたガラクタだったけど」
店主の奥さんらしい女の人の言葉に店主は2人の姿を眺めながら人ごみの中に消えそうになる2人に大きく手を振りながら言った。
「ガラクタなんかじゃないさ、あれは見る人が見れば宝物なんだ。あれはようやく正しい持ち主にたどり着いたそれだけのこと。わしはこれが手に入って十分ラッキーだったよ。こんな宝物わしらみたいな者が簡単に手にできるもんじゃないからね。これはこれから我が家の家宝だ。いやあーいい物をもらったよ。そうそう、それにあの子、わしの隣に女の赤ちゃんが見えるってよ。もしかしたらもうすぐ女の赤ちゃんが生まれるかもしれないって言ってたぞ。本当にそうなったらうれしいね」
「そうだね…ところであんた、それ何を貰ったんだい?」
店主の奥さんが自分の太っている大きなおなかをさすりながらふと、大事そうに店主が握り締めている布が目に留まり覗き込もうとすると、店主はさっとポケットにしまい込んだ。
「なあに、ただの小銭入れだよ空色のな」
そう言うと店主は笑いながら店の中に戻って行った。
骨董屋を離れた二人は宿には向わず、船がたくさん停泊している海岸沿いに向った。そこには多くの人達が紙の船を海に流すために集まっていた。マルーシャは海岸沿いをしばらく歩きながら、彼らから少し離れた場所まで移動し、骨董屋の店主に教わったように、船の底から満月を覗き込みながら願いを月に向って心の中で呟き、そっと船を海に投げ入れた。船はゆっくりと暗い海底へと沈んでやがてみえなくなった。
マルーシャはしばらくの間、波間に見え隠れしている満月を眺めていた。
「ねえランド、いつかラールシアとフィスノダはラールノダに戻れるかしら?」
「そうだな、戻れなくても二度と戦争は起こさせないようにしないとな」
「ええ、もう二度とあんな悲しい戦争はごめんだわ。さぁーて、何か食べに行きましょうよ。もうお腹ペコペコよ」
マルーシャは大きく伸びをすると、ランドの腕をとり、にぎわっている店の方にランドを引っ張って歩き出した。ランドはマルーシャに引っ張られるまま結局夜遅くまで夜店を見てまわる羽目になった。
宿屋に戻ってきたのはかなり夜がふけていた。部屋に戻ると、アルーシャはマントとブーツを脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れ込むように寝てしまった。
ランドはマルーシャに体を拭いてから寝るように言おうとしたが、笑顔で寝息をたてているマルーシャの寝顔をみているうちにあきらめてそのままにしてふとんをかけて自分だけ体を拭き、買ってきたキールの酒を飲みながら月明かりの光差し込む窓辺に腰掛け、貰った方位磁石とランナから受け取った地図とを交互に眺めた。
月明かりに照らされたランドの表情が一瞬変わった気がしたがすぐいつもの無表情な顔に戻っていた。だが心なしかランドの顔は笑みをたたえていた。




