湖の異変④
どれだけ過ぎただろう。急に下におろされたかと思うと、袋の口が開いた。
マルーシャはここはどこだろうと周囲を見渡してみた。
「何? ここ厩舎じゃない? こんなところにきて何をしようとしているのよ。散歩ってどういうことよ?」
「声が大きいよマル―シャ、今は休憩中だから人がこの中にはいないけど、どこを兵士が歩いているかわからないんだからね」
あわてていうアルに対してマルーシャは口を手で押さえながら声をひそめてランドにもう一度聞き返した。
「ねえランド、いい加減教えてくれてもいいじゃない。こんなにこそこそして何を始めようとしているのよ?」
「俺達はこれからスシュル湖に行くんだよ」
「ええっ!」
「しいっ! マルーシャ声が大きいよ」
「ごめんなさい、それ本当なの?」
マルーシャは声をひそめて聞き返した。
「ああ」
「でもスシュル湖の周辺は立ち入り禁止になっているじゃない。私もお父様にどうして禁止になったのか何度もたずねたけど、駄目のいってんばりで何も教えてくださらなかったわ」
「僕達もずっと行っていなかったんだよ。だけどランドがスシュル湖の夢をよく見るっていうものだから、近々見に行こうっていう話はしていたんだよ。そうしたら今日、総帥をはじめ、上官のほとんどが午後から城をでる予定が急に入ったんだ。こんなチャンスはめったにないし、決行を決めたのだってついさっきなんだよ。ちょうど、君からご指名があったから堂々と作戦を実行できたってわけ」
マルーシャを包み込んでいた袋を完全にはがすのを手伝いながらアルは簡単に説明すると、今度はランドがマル―シャにどうしたいのか確認をした。
「マルーシャ、どうする? 戻ってきて城を勝手に脱け出したことがばれたら塔軟禁どころじゃすまなくなるかもしれないぜ。確実に地下牢行だろうな。決めるのはお前だ。どうしたい? 行きたくないんだったらまたあの塔に戻してやる」
「もっもちろんいくわよ。行くに決まっているでしょ。地下牢でもなんでもはいってやるわ」
ランドはマルーシャの心を見透かしているかのように、ニヤリとして大きく頷いた。
「でもどうやって抜けだすの? 最近私もなんどかやってみたけど、昔みたいに簡単に城から出してもらえないのよ」
「そりゃあ、お前はその姿のままででようとするからだろう。大体王女が一人で馬にのって城の外を散歩したいなんていって、はいそうですかなんて許可するほうがへんだぜ。まっ安心しろ。俺達に考えがあるんだよ、いいかこれからこの服に着替えろ」
ランドはそういうと、馬小屋の脇の高く詰まれた牧草の中に隠していた服を取り出すとマルーシャに差し出した。
「そっそれ、男物の服じゃない、私にきろっていうの? スシュル湖に行くだけならこれでもいいでしょ?」
「王族専用馬車に乗って行くんじゃないんだ、そんなドレス姿で都の中を歩いていると目立つだろうが、これは俺達が時々城を出るときに着ている俺の服だ、少々大きいだろうが袖口と裾を折って腰紐を占めればきられるだろう」
「ちょっと、でも待って、そんな勝手なことをして夕方帰ってくる時ばれているんじゃない。戻ったら大事になっているんじゃないの?」
「いいんだよ、先のことを気にしていたら何もできないだろうが。 それにお前と違って強引に城門から出ようなんてしなくても出入り口は他にもあるんだよ。それとも何か、お前はやめてもいいんだぞ。大人しくあの部屋に戻してやってもいいんだぞ」
マルーシャは暫く考えながらランドとその横で何も言わずにただ黙って頷いているアルの顔をみて決意は固まった。
マルーシャはランドから服を受け取ると、高く積み上げられている牧草の上まであがると、その向こう側の壁の間に体を滑り込ませ、器用にランドから渡された服に着替えた。その服は少しマルーシャには大きいようだったが、袖と裾を折り何とか着替えた。
「服を着替えたら、脱いだ服はこの袋の中に入れてその辺にかくしておけ」
ランドはそう言うと、マルーシャのいる場所に小さめの袋をほり投げてきた。
マルーシャは言われた通りに脱いだ服をその袋の中に詰め込んで、その干し草の中に服を隠し牧草の上からおりてきた。
すでに二人も私服に着替えていた。マルーシャは何も言わずにスタスタと厩舎の中を歩きだした。
「おいマルーシャどこに行くんだ? ルカが戻ってきたら出発するんだぞ」
ランドが険しい顔をしながらマルーシャに向かって怒鳴った。
「安心しなさい。間違っても、厩舎の外にでて誘拐されそうになったなんて叫んだりしないから。この中は昼休憩中は誰も入ってこないんでしょ。それぐらい知っているわ。こんなこともあろうかと厩舎の中にもある物を隠しているのよ」
マルーシャはそう言うと、自分専用の馬がいる厩舎に向かい歩き出した。
マルーシャの馬がいる場所につくと、柵をくぐり中に入ると奥の角のレンガを数個引き出し始めた。
「マルーシャ何をしているんだい?」
マルーシャの行動を興味深そうに眺めながらアルがたずねた。
「この場所は元々、普通の馬達のと同じつくりだったの、でも壁があんまり汚かったから作り変えてもらったの。だから広くするついでに壁の中に今のレンガを積み上げてきれいにしてもらったのよ。もちろん私の監視付きでね。その時この場所だけ、小さな空洞をこっそり職人さんに言って作ってもらっておいたのよ。元の壁との間に何か隠せる空間をね」
そういってマルーシャは空いた空間に手を突っ込んで何かを取り出し、また壁を元に戻して柵の外に出てきた。
「こんなこともあろうかと、ここに隠しておいて正解だったわ」
そういって大切そうに手に持っていたのはマルーシャが以前よく遠乗りに出かける時にはいつも背中に背負っていたリュックだった。
「そんなところにいつも隠していたのか?」
「そうよ、女の子はいろいろ必要なものがあるのよ、今回のように準備の一つもさせてくれないまま部屋から連れ出されることだってあるかもしれないでしょ。あら、あなた達もちゃんと荷物用意してあるんじゃない」
そういってマルーシャは大切そうに自分のかばんを背中に背負うと、ランドに笑顔を向けた。
「恐れいりました王女様」
アルがマルーシャに向って頭をさげていうとマルーシャは笑顔を2人に向けた。
「そうよ、私を誰だと思っているの、これでも王女様よ。未来を見通せなくて王女はつとまらないわ」
「よくいうぜ、普通の王女様はそんなところに物を隠したりしないと思うぜ」
「あらランド、それをいうなら、普通の貴族は一般兵士に志願したり、兵士に志願したと思ったら訓練をさぼって脱走したりしないんじゃないの」
「くっくくくっ! これはお前の負けのようだなランド。僕達は普通じゃないってことだな。我らの王女様の勝利だ」
アルは二人のやり取りを聞いて笑いをこらえながらランドの肩を叩いた。
三人はしばらくとりとめのないことを話しながら、ルカがくるのを待っていた。
「しかし、あいつはどこまで用をたしに行きやがったんだ。この調子じゃ休憩が本当に終っちまう」
ランドはイライラしながらその場をウロウロし始めた。その時東の厩舎の方から声が聞こえてきた。
「おおーいお前らどこにいるんだあ~?」
遠くで声を低くしたルカが三人の姿を探しながら厩舎の中をウロウロしていた。
「ルカ、ここよ」
マルーシャはルカの声のする方に向っていうと、それに気付いたルカが駆け足で近づいてきた。
「焦ったよ、お前らの姿がみえないから先に言っちまったのかと思ったぜ」
「おいルカ、お前何をしていたんだ? その後ろの荷物は何だ?」
ランドがルカを睨みながらいうと、ルカが後ろに背負っている大きな荷物に視線を向けながら言った。
「あっこれ? さっき用をたしていたら、ジースが俺宛に大きな荷物が届いていて、休憩が終るまでに取りに来ないと処分してしまうって言っていたって聞いたから取りに行っていたんだよ。何か大切なものだったらやばいだろ」
「で、中身も確かめずに持ってきたのか?」
「ああ、リュックになっていたし中身を確かめている時間がなかったしな、後で大事なものだったらこの厩舎の中の何処かに隠しておけばいいと思ってよ」
「で、誰からだったんだ?」
「あっ聞くの忘れた」
ルカはそういいながら背負っているリュックをおろして中を確認していたルカの目が驚きと感動に代わっていた。
「ねえルカ、中に何が入っているの?」
マルーシャがルカに近づいてその中を覗くと、その中身はぎっしりと食料やいろんなものが詰まっていた。
「いったい誰からかしら? こんなにたくさん」
マルーシャはリュックの一番上に入っていた箱を開けると、マルーシャの大好物の干し肉と卵のサンドイッチがぎっしりと入っていた。
「どうやら、今回の計画は一部の人間にはばれていたようだな」
マルーシャの後ろから荷物の中身をのぞきこんでいたランドが心辺りがあるかのような口ぶりで言った。
「ばれているって誰だよ? 俺誰にも言ってないぜ」
「こんなに食料をすぐに用意できるのはこの城の中で一人だけだろうが」
「グレナだっていうの?」
「ああ、昔から彼女にだけはばれていたからな、まっ黙っていてくれるつもりでこれをお前宛にしたんだろうから、これはありがたくいただいておくか、よし、これはお前が責任をもって持っていけ、さっ、ぼやぼやしていると城から出られなくなるぞ」
ランドはそう言ったと同時に、一人スタスタと歩き、今度は入ってきた東側ではなく北側の出入り口に向って歩き出した。
「まっ待てよ。俺まだ着替えてねえんだぜ」
ルカは慌ててリュックを肩にかけると自分の私服を隠している場所に駆け出した。




