湖の異変③
三人は大きな溜息をつきながらマルーシャをしばらく眺めていた。
ここ数日の間、こんなやり取りが毎日のように続いていたのだ。マルーシャがこの塔の窓から同じ言葉を延々と叫び続けたかと思うと、暫くして、その言葉が書かれた紙を窓からばらまくのだ。そのたびに兵士達はそのまかれた紙を拾い集めるために訓練が中断されるのだった。
総帥に苦情をいっても、王女様の気がすむまで我慢してくれの一点張りで、陛下もマルーシャの言い分を聞きいれる気がまったくないのは明らかだった。
その為、兵士達の間でもかなり不満がたまってきているのか、そのしわ寄せがマルーシャの唯一の幼馴染で部屋に出入りが許されている貴族の子息である三人がマルーシャが叫びだすたびに止めてこいという命令で、いちいち来る羽目になるのだった。
「おいルカ、窓を全部閉めろ」
部屋のドアのところにもたれかかりながら立っていたマルーシャを無視して、ランドが突然、マルーシャの部屋の窓の一つを閉め始めた。
それと同時に、ルカも残りの二つある窓を閉め、アルも今入ってきたドアを閉めた。
マルーシャの今いるこの塔は、ラールシア国建国以前からある古い塔になっており、木戸を開けると、すぐ外気が入ってきて、昼間はいいが夜は中で光を灯していると虫が入ってきて、大変だった。
もちろん新しい塔には王族専用の部屋が用意されていて、マルーシャ用の部屋には虫よけの網が窓に入ってあった。
白い清潔感のある壁紙に天蓋用の寝台、大きなバルコニー付きであったが、マルーシャはその部屋は気に入っていなかった。
明るくもなく、どことなく土の香りがしそうなこの部屋でいろいろ考えるのが大好きだった。
この部屋は元々物置部屋として使われていたのをマルーシャが頼み込んで、自分の隠れ家のように、使うようになったのだ。
ここなら兵士の訓練の様子も窓から見ることができ、自分の部屋からは見ることが出来ないスシュル湖がある森も、地平線の向こうにかすかに見えるシアフィの森も見ることができるからだ。
このラミド城にある10の塔の中で一番高い塔でこの部屋は最上階にあった。
しかもこの塔は一つの階に一つの部屋しかなく、部屋は四つ窓があり、城から城外の景色をみるのがマルーシャのお気に入りだった。
そこに上がるのは螺旋階段であがるしか方法がなかった。
まさしく、他の人からみればそこは牢獄のような部屋だった。
城の使用人や兵士達の間ではマルーシャは数日前からマルーシャの問題行動で、陛下がよく塔でおとなしくしていろ! という怒鳴り声を聞いていたせいか、マルーシャが国王にあそこに閉じ込められていると思っている者も少なくなかったが、そこのいるのはマルーシャの意思でいることの方が多かった。
ただ、国王から、そんなに好きなら夜もそこにいなさいと見張りの兵士を部屋の前に付けられ、塔の入り口には外から鍵をかけられて自由が利かなかったのも事実だった。
だが、そんなことでおとなしくなるマルーシャではなかった。下にいる兵士の交代時間のほんの一瞬を狙って、塔の窓から、縄で器用に登り降りし、城をでようとさまざまな計画を実行してはつかまりを繰り返していた。
「なっ何よ。私を怖がらせようとしているの? 私は暗い部屋なんか怖くないわよ。そんなことをしても私はあきらめないんだから」
いつもマルーシャがこの塔から叫んでいると、決まって三人が駆けあがってきて、ルカとアルがマルーシャのご機嫌取りに何かと話かけたり、いろいろ持ってきたりして暫く過ごしてまた下に降りて行くという繰り返しだったのに対して、今日はいつもと様子が違っていた。
マルーシャは戸惑いながらその場で呆然としていた。三人は窓を全部締め切り、扉も閉めた薄暗い部屋の中で、ソファーで呆然としているマルーシャの目の前に立ち、互いの顔を見合わせた。
マルーシャは三人を交互にみながら三人の真意をうかがおうとしたが、何を始めようとしているのか計り知ることができなかった。
三人は互いの顔を見合い、ニヤリとした顔付きをしたかと思うと、突然ルカがどこに隠していたのか、大きな袋を取り出すと、目の前に座っているマルーシャにその袋を被せた。
突然の出来事にマルーシャが驚き、抵抗するまもなく、全身を大きな袋の中に押し込められてしまった。
「ちょっと、あなた達何するのよ、こんなことをしていいと思っているの!」
マルーシャは何とか袋から出ようと両手でもがいたが袋はびくともしなかった。やがて疲れたマルーシャは抵抗するのをやめ大人しくなった。
「よし、マルーシャ、今から散歩にでかけるぞ、お前は今から大きな荷物だ、何も声をだすな」
聞こえてきた声はランドの声だった。その声にマルーシャは聞きたいことがたくさんあったが、ふいに体が宙に浮いて、部屋を出ようとしていることに気が付いた。
どこに行こうとしているのかわからなかったが、他の人間なら冗談じゃないとさらにもがいて抵抗しているところだろうが、この三人の行動なら何か考えがあるのだろうと大人しくされるがままになっていることにした。
マルーシャは三人の内の誰かの肩に担がれ、螺旋階段を歩いているようだった。
三人が下についたところで、塔の入り口でマルーシャの部屋の前に立っていた兵士二人の兵士がランド達に話しかけてきた。
「その大きな荷物はなんだ? さっきは持っていなかったじゃないか」
「ああ、これは布団です。さっき姫様の部屋に大きな鳥が侵入してきて、姫様のお昼寝の布団に糞をおとしていったので、汚れた布団を捨てるように言われたんです。代わりは塔の中にあったのを使われるらしいです。あっそれから姫様がこれから窓を閉じて少しお休みなされるようだから夕刻まで誰も入れないでほしいとのご伝言です。目が覚めたら窓を開けて呼ぶそうです」
ランドが視線を上にやり、いつも昼間なら全開の木戸が全て閉ざされているマルーシャの部屋に視線を向けながらいうと、見張りの兵士二人は顔を見合わせてうなずき、三人をそのまま通した。
そしてその塔の扉を閉ざし、また何事もなかったかのようにその場に立ち尽くしていた。
「おいランド、こんなにうまくいくと思っていなかったな。本当にこのまま城を抜けだすのか?」
ルカは後ろを振り向きながら小声でランドに向かって話しかけた。
「ルカ! 口を慎め、どこで聞かれているかわからないんだぞ」
「すまんつい、あっ、そうだランド先に厩舎に行っててくれ、俺、用をたしてからすぐいくからよ」
「早くしないと置いて行くぞ、昼休憩が終ったら脱け出しにくくなるんだからな」
ランドは周囲に警戒しながら後ろのルカに向かって言った。
「わかった」
ルカはそういうと一人は離れて何処かへ行ったようだった。
マルーシャは何がなんだかわからないままずっと無言のまま袋の中で大人しくしていた。




