湖の異変②
「私は絶対あきらめないんだから! お父様が何て言おうと私の決意は変わらないわ。真実を教えてくれないんだったらどんな手を使っても自分で確かめにいってやるんだから」
「お父様のばかぁ~!」
南の塔の最上階の部屋に着いたマルーシャはその塔の窓から、トルベル王が城から離れていくのを眺めながらマルーシャは長い時間、塔の窓からさまざまなことを叫び続けた。
どれだけの時間叫んだだろうか、マルーシャも叫ぶのに飽き始めた時、鍵のかかっていない部屋の扉がノックもなく開けられ、マルーシャが扉に視線を向けるとそこにはマルーシャと同じ年頃の少年が二人立っていた。
「マルーシャ、塔のてっぺんで生活している気分はどうだい? そろそろあきらめる気にはならないのか? 今日も派手に陛下の雷が落ちたらしいじゃないか。毎回毎回よくいろいろ考え付くよな。なんだその泥まみれの姿は、囚われの王女様っていうよりいたずら坊主って感じだな。体中泥だらけじゃないか」
ルカは面白そうに部屋の中をのぞき込みながら言った。
「ふん! 考え事をするにはちょうどいいのよ。きれいな服に着替えたってここじゃあすぐ真っ黒になっちゃうでしょ。ルカ、冷やかしなら帰っていいわよ」
マルーシャはそっぽを向きながら言い返した。
「おいおいそのいいぐさはないんじゃないか? 呼んだのはお前だろ。訓練を抜けてくるのは、みんなの視線が痛くて大変なんだぞ、なあアル」
ルカは腰に手を当てながら軽くため息をついてから後ろのアルに視線を向けるとアルはにっこりと笑顔をマルーシャに向けた。
「王女様がまだ高い塔の中に囚われのままだって聞いたからはげましてあげようと焼きたてのパイと林檎ジュースも食堂でもらってきたんだけど、いらないかい?」
アルが後ろに隠していた瓶とバスケットをマルーシャにみせた。
「あらアル、気が利くじゃない。ちょうど喉が渇いていたところなのよ」
マルーシャは、アルを見た途端に扉に近づくと、アルが持ってきた林檎をしぼった果汁の入った瓶の蓋をとると勢いよく飲みだした。そしてアップルパイを口いっぱいに頬張りながら、あきれて眺めている二人に向かって聞き返した。
「ねえ、今日はお父様どこへ行ったの? 軍でスシュル湖について何か話していなかった? あなたたちを呼んだのはそのことを聞こうと思ったからよ」
兵士の格好をした二人はやれやれといった様子で互いの顔をみあいながら部屋の中にはいってきた。
「そんなことだろうと思ったよ。だけど、今朝のあれはやりすぎなんじゃないのか? あの騒ぎで陛下の出発がかなり遅れたんだぞ」
階段の所にいたもう一人のランドも最後に入ってきて部屋の中を見渡しながら言った。
「あら、いい気味よ。お父様は毎日城をでているのに私だけ城をでちゃいけないなんて意地悪いうんだもの」
「仕方ないだろ、戦争が激しくなってきたんだ。戦はシアフィの森のむこう側で起こっているといっても、都に敵が潜んでいないとも限らないんだからな」
「でも、だったらせめてスシュル湖だけでもいってもいいじゃない。お父様ったら都の視察なら連れていってくださるけど、スシュル湖だけは禁止だって、私が馬に乗って城を出ようとしても、門番が門からださないように命じてあるのよ。塔の外に見張りまでつけて邪魔するのよ」
マルーシャは北側の窓の辺りに視線を向けながらブツブツ文句を言った。
「いい加減陛下の足を引っ張る事はやめたらどうだ? もう言葉もわからない子供じゃないんだから。それとも、この塔の窓も封鎖して、真っ暗にしないと反省できないのか? なあマルーシャ、スシュル湖の事は、俺達にまかせておけよ。湖が正常な状態になったら陛下にお願いしてお前もいけるようにしてやるから」
ルカとアルの後ろで部屋の壁にもたれながら腕を組んでいたランドがいうと、マルーシャはランドに近づき目を輝かせた。
「やっぱり、ランドはスシュル湖に何が起こっているのか知っているんでしょ。知っていることを教えなさいよ!」
マルーシャがランドに詰め寄ったが、答えはノーだという事はわかっていた。
いつもそうだ。
軍事機密はたとえ王女であろうと漏らしてはならないというのは軍人の使命だった。
それを破る事は、投獄されるぐらい重い罪だった。
「なあマルーシャ、謹慎中なんだから勉強もしなくていいんだろ。いいよなあ、一日中昼寝できてようー。俺なんか毎日訓練と学業の両立でくたくただぜ。お前は知らないだろうけどな、今じゃ城中の笑いものになっているぜ、王女がとうとうおかしくなったってな」
ルカがアルがもってきたアップルパイの切れ端を一口つまむと、自分の口に放り込みながら言った。
「何を言っているのよ。私だって男だったら兵士に志願をしていたのに、お父様に言ったら、怒鳴られたわ」
「当たり前だろ。お前も変わっているよな。兵士なんて人殺しの訓練だけじゃないか。どこがいいんだよ」
「私は人を殺したいんじゃないわ。その逆よ、私が強くなって、多くの人達を守りたいのよ。それに…まあ、あんたに言ったところで仕方ないわね。その噂なら知っているわよ。グレナが最近私のところに頻繁に顔をだしては小言をいいにくるもの。どうせ私は頭がおかしわよ。今までいろいろ試したけど、どれも失敗だったんだもの。これしか方法がないのよ。お父様ったら、私の話なんてまったく聞いてくれないんだもの。総帥とばかりこそこそ話ししちゃって、塔の外のあれなあに? 王女の私を監禁よ。兵士に見張りなんかつけさせなくってもいいと思わない。発声練習でもしていないと、声もだせなくなったら大変でしょ。剣の練習もだめ、兵士達と一緒にトレーニングも駄目、馬の世話も駄目、駄目ばっかり! もううんざりよ。閉めたければどうぞ! 最後に叫んでやる!」
マルーシャは急に窓に近づくと、窓の外に体を突き出し大きく息を吸い込んだ。
「お父様のわからずや!! 聞いてくれないんだったら家出してやる!」
「あああっ、また余計なことを…これだから変人王女って言われるんだぜ」
「大きなお世話よ!どうせ私は変人ですよ~だ!」
「マルーシャ、そんなに身を乗り出したらあぶないよ。それにそこから叫んでも今昼休憩中で兵士達はこの塔の近くでは訓練はしていないよ」
窓に身を乗り出して外に向って叫んでいるマルーシャに対して、慌てた様子もなく静かに近づき、やさしくマルーシャの両肩を掴んで部屋の中に引き戻したのはアルだった。
「あら、そうだったの? どうりで案外静かだと思っていたのよ。なあんだ、大声だして損しちゃったわ。じゃあ、ビラ攻撃でもしようかしら。ここから紙をばらまけばもしかしたら一枚ぐらい総帥のところに届くかもしれないし、今日彼はお父様とは別行動で兵士に訓練を指導しているんでしょ。あなた達もこんなところにきていないで、早く休憩所に行きなさいよ。何も教えてくれないなら用はないわ。お昼食べそこねるわよ。訓練兵さん達」
マルーシャは、部屋に勢ぞろいした幼馴染三人に向かって腕組みをし、睨みつけながら言放った。
「俺達もそうしたいところなんだけどな、朝から聞こえる雑音がうるさくて訓練にならないから、辞めさせてこいと上官から命令がきたんだよ」
「何よ、戦場じゃあ殺し合いじゃない、か弱い女の声なんかでいちいち集中できないようじゃ一番にやられるわね」
マルーシャはフンッとそっぽを向くと自分のお気に入りの緑色をしたビロード生地のフカフカのソファーに腰をおろし、足を前に組んで、横においていた読みかけの本を手に取るとその本を読み始めた。




