長期休暇①
葬礼の儀の翌朝ランドとマルーシャが共に城に戻ると、まだ夜明け前というのもあってか、王族関係者専用の召使達以外は起き出している者も少なかった。この日ばかりは兵士達も見張りの当直係以外は皆休んでいた。
「ねえ、ランドは今日はどうするの?」
「そうだな、部屋で大人しくしてるさ。明日からまた忙しくなりそうだしな。その前に地下食堂によってあいつらを起こさないとな。部屋に戻って休ませないと明日の勤務に支障をきたすからな」
ランドはそう言うと馬を馬屋に戻し、まっすぐ地下食堂に向かおうとした時マルーシャが引き止めた。
「あっ、私も行く。みんなの寝起きの顔を久しぶりにみちゃお。ランド、起こす役目は私に任せてよね」
マルーシャはいたずらっぽく笑って見せた。
「おっおい、そんな泥まみれの服のまま行く気か」
呆れ顔でランドはマルーシャの服を指差しながら言った。マルーシャはランドの言葉でハッとして自分の体に視線を向けた。確かに泥だらけだった。誰かにみられでもしたらそれこそ大変だ。
「それもそうね。すぐ戻るから私が着替えて戻ってくるまでそこを動いちゃだめよ。私が起こすんだから、いいわね!」
そう言うなりマルーシャは走りだした。だがすぐ引き返してきた。
「どうした? 忘れ物か?」
「本当は私が口出しすることじゃないからだまっておこうかと思っていたんだけど、いいこと教えてあげる。昨日の夜スエル総帥から聞いた話なんだけど」
「総帥から?」
「ええ、スエル総帥、あなたがあなたのお父様ともめてるところみていたようね」
「総帥が…」
ランドの顔が少し引きつっているのをみたマルーシャが小さく笑みを浮かべると、突然ランドの首に腕をまきつけ、ランドの耳元で声を小さくして言った。
「おじ様ね、あなたとサミュが軍に入隊する時、それぞれ同じように息子をよろしくお願いしますと頭をさげにいらしていたらしいわよ。サミュの怪我にしても、あなた達第1部隊の兵士が帰還した時兵士達からサミュの怪我のうわさを耳にしたらしくて、しばらくしてスエル総帥に怪我の治療代はおじ様が負担するから最高の治療を受けさせてやってほしいって申し出があったらしいわ。でもスエル総帥から、サミュがこの城に到着してすぐあなたがランナさんのところに連れて行ったって聞いて安心したご様子だったそうよ。おじ様にとってあなたと同様サミュも大切な息子のようね。ただ不器用なのよあなたと同じで」
マルーシャはそれだけ言うとパッとランドから離れ、驚いた顔をしているランドに向って笑顔をみせ自分の部屋のある塔にかけて行った。後に残ったランドは暫く空を見上げて大きな溜息をつきながらも微笑んでいた。
それからしばらくの間、ランドは馬屋の柱にもたれかかりながらマルーシャを待つ間、ランナが言った言葉を思い出していた。
(守らなければいけないものか…お婆はなぜ俺の命もと言ったんだ? マルーシャを守る為に俺は死ぬわけにはいかないが…他に俺が生き続けなければいけないわけがあるというのか? 考えれば考えるほどわけが分からなくなる。光の剣のことも詳しく知らべ直したいし…まとまった休暇がとれたらシアフィスの森の墓参りでもするか。まっ取れればの話だが、あそこに向うだけでも丸々一日はかかるからな。城を抜け出して数時間で戻れる距離じゃないからな。まっそれも明日からの祝賀祭が終わって、軍法会議の結論次第だな、いつか全てのかたがついたら親父と酒でも飲みに屋敷に戻ってみるか)
ランドが物思いにふけっていると、マルーシャはピンク色のゆったりとしたドレスに着替え走りながら戻ってきた。本当に急いできたのだろう、髪にはまだ泥が少しついていた。
マルーシャは髪を洗わずそのまま髪をおろし櫛でといただけなのだろう。あえてランドは何も言わずマルーシャの顔を見るなり地下食堂のある塔に入って行った。
2人が地下食堂に着くと、マルーシャが言った通り多くの兵士達が床や机に座ったままで酔いつぶれて寝込んでしまっていた。地下の食堂は今朝に限り朝食はなしとなっていたため兵士達だけが朝の静けさの中ところどころから聞こえるいびきの音が地下食堂に響いていた。
入り口で怒鳴って起こそうとしたランドの口をマルーシャが慌てて自分の手でふさいだ。
「私にまかせて!」
いぶかしげにマルーシャを見たランドに、マルーシャはいたずらっぽい笑みを浮かべながらウインクすると、ランドを入り口に残しそーっと床に寝ている兵士達をふまないように食堂の真ん中まで歩いて行き、そこで眠っているルカのそばまでたどり着くと、しゃがみ込んでルカの耳元で大きく息を吸い込んで叫んだ。
「敵襲! 起きろー!」
マルーシャの大きな声が地下食堂に響いた。するとさすがは戦火をくぐりぬけた戦士達だけあってすぐに起き上がり身構えた。
だがそこが地下食堂だと気づき、マルーシャが食堂の真ん中でお腹を抱えて笑っているのをみて、兵士達が口々にマルーシャに文句を言おうとしたが入り口で仁王立ちしているランドに気づき、何も反論せずゾロゾロと頭をさげながらランドの横をすり抜け自分達の寄宿塔へと戻って行った。
アルもさすがに起き上がり、入り口のランドのそばに行きランドに話かけていた。
しかしあの大声にも起きない者がまだ一人残っていた。一番近くでマルーシャの声を聞いたはずのルカである。マルーシャは呆れ顔でもう一度ルカの耳元に顔を近づけ息を吹きかけながらこうしゃべった。
「ルカリオ様、早くお起きになって、もう朝ですわよ」
マルーシャはノアーヌ姫のしゃべり方をまねて言ったのだ。
「えっ? ノアーヌ姫!」
そう言うなりルカはマルーシャにいきなり抱きついた。
「ちょっちょっとルカ! 何するのよ、離しなさいってば!」
完全に寝ぼけてしまってマルーシャを離そうとしないルカに、マルーシャは入り口で笑っている二人に助けを求めた。
「もうっ2人とも! 笑っていないでこの寝坊スケを何とかしてよおー」
マルーシャは叩いても離してくれない寝ぼけているルカの腕をはがそうともがきながら2人に助けを求めた。
「自業自得だろ、変な起こし方をするからだ」
ランドはそういいながら入り口からマルーシャのいる場所まで近づき言った。
「そうだよマルーシャ、こいつがノアーヌ姫に一目ぼれしたのは君も知っていることだろう。会いたくても会えないノアーヌ姫の真似なんかしたら、離してくれないのは当たり前だろう」
アルも笑いながら一緒に近づいた。
「私が悪かったわ、だから助けてよ二人ともーっ」
マルーシャの必死の言葉に2人は顔を見合わせ、2人がかりでルカの腕からアマルーシャをひっぺがした。そしてランドはまだ寝ぼけているルカを抱え座らせると、両腕を後ろから羽交い絞めにし力を込めた。
するとルカがようやく目を覚ました。
「あれ、ここは? ノアーヌ王女様は? あれー?? おっかしいな…頭がガンガンするぜ…くそー昨日飲みすぎた~頭いてえ~」
「しっかりしなさいよルカ、何寝ぼけてるのよ! ここは地下食堂でしょ。ノアがいるわけないじゃない。まったくしょうがないわね」
抱きつかれたことをまだ怒っているマルーシャに対し、頭を押さえながらルカが周りを見渡した。そしてようやく状況を理解したルカは、昨夜のことを思い出し、ランドがそばにいることに気が付くとランドにくってかかった。
「ああぁランドてめぇ~! 何だよ昨日のあの態度は! 仲間だろう! 水臭いじゃないかよおー、俺なんかなあ俺なんか…」
ランドの胸倉を掴みながらいうルカにランドは一言言った。
「昨日は俺が悪かった」
ルカはランドの言葉でパッと掴んでいた服を放し、くるりと向きを変えてポツリと付け加えた。
「わっわかればいいんだよ。お前には俺達がいること忘れんなよ」
「ああ、何かあったらまっさきにお前に言うから」
ランドは心にのしかかっているジイールのことは何も口にはださなかった。まだうまく説明できる証拠も何もなかったからだ。そんなランドの心の中を見透かしているかのようにその後は三人は何も聞かなかった。
「さて、そろそろ部屋に戻って休もうぜ、このままだと明日まで二日酔いが残りそうだ」
ランドはそう言うと大きなあくびをし、首をぐるぐるまわし歩きだした。三人もそれもそうだと、その後はみんな無言で各自の部屋に戻って行った。
マルーシャも一睡もしていないせいか体中がだるく、部屋に戻ってすぐ、そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
その日の夕方、ランド、アル、ルカの三人は国防会議から呼び出しを受けた。
会議室にはトルベル国王とスエル総帥の他、国の重臣達が席についていた。
ランド達三人が入っていくと、会議に出席していた全員の視線がいっせいに三人に集中した。三人が空いていた席につくと、議長のギルドが机の前に置かれている資料に目を通しながら明日からはじまる祝賀の祭典に向けての城内外の警備の命令の詳細を告げた。
「本日、君達に来てもらったのは他でもない。明日からはじまる祝賀の祭典に乗じてフィスノダ国の元兵士の残党が王族の皆様のお命を狙ってこないとも限らない、そこで君達を中心に兵士達は気を引き締めて警備にあたってもらいたい。フツ王が亡くなったとはいえ、敵国の王女がまだ生きているのだ、いつまた我が国に牙をむくかわからぬでな」
その命令を聞いたルカは急に立ち上がり目の前の机を両手で叩きながら議長ギルドに向って抗議した。
「ギルド議長、今の言葉は訂正してください。フィスノダ国はもう敵ではありません。ノアーヌ王女は戦いなど起こすような人物ではございません。戦いはもうおこりません!」
ルカが抗議すると、重臣達は口々にしゃべりだし、議長がルカの言葉に対しこう言い放った。
「しかし、君達もラールシアに帰還する際、残党に襲われたと報告を受けておるぞ。フィスノダ国の王女にその気がなくても、我が国を逆恨みしている残党がいないとは言い切れまい。我々は可能性を言っているのだよ。用心にこしたことはないではないか。 それから兵士達の今後、だが暫くの間は軍は解散せず、戦闘体制を崩さぬように」
「お言葉を返すようで申し訳ないのですが、祝賀の祭典が終わり落ち着きましたら、軍は一度解散し再度希望者を募り新たに軍の体制を立て直した方がよいのではないでしょうか?」
無言で聞いていたランドがギルド議長に向かって静かに進言した。
「君達に意見は聞いてはいない。決定は我々がくだす。君達は決定したことを兵士達に伝え命令を遂行すればいいだけの話だ。話は以上だ! さがってよい」
ランドは何も言い返さなかったが、ルカは今にもギルド議長に掴みかかろうとするかのような勢いだった。すると黙って聞いていたスエル総帥が突然立ちあがりトルベル国王に向かって話しだした。
「陛下、軍の総帥としてわたくしもテイーゼルの意見に同意見であります。戦いは終わったのです。これ以上若者を兵士として抱え込むままでは国は繁栄いたしません。それよりも再度残留希望者を募り、その者達を優秀な軍人として鍛え上げ、万が一、国を守る意味でのリーダー的役目をはたせる人材の育成の方に力を注いだ方が、今後のラールシアには最善ではないかと思われます。明日からの祝賀の祭典が終り次第、とりあえず最前線に行っていた兵士達には優先的に交代で三十日間の休暇を与えてやりたいと思っております。なお今現在在籍している兵士全員にも順次休暇を与え、家族と今後を相談する機会を与えてやりたいと思っております。それからのち軍は一度解散し、今後軍に残る者には今までと同様に未成年者には学業と生活の保障を、それ以外の者には、付く任務に応じてそれなりの給金の支給が必要になってくるのではないかと。陛下いかがでしようか」
「スエル総帥、少し兵士に甘すぎませぬか」
口々に抗議する重臣達に代わって、ギルド議長がスエル総帥に向って言った。するとスエル総帥がいきなり机を叩いた。一瞬会議室は静まり返った。
「兵士達は生身の人間です。あなた方の都合のいい操り人形ではありません。戦いが終わった今、彼らにもそれなりの権利報酬をあたえて当然ではありませんか」
「総帥のいう通りだ。我々は彼らに頼りすぎておる。よって兵士達はスエル総帥の言った通りにすることとする。以上だ」
トルベル国王はそれだけ言うと席から立ち上がり、総帥を連れて会議室から出て行った。トルベル総帥は会議室をでる際、ランドの耳元で明日からの警備の振り分けはお前に任せるとだけ告げた。
ランドは総帥の鮮やかな手腕に感服していた。
スエル総帥はランドにとって尊敬している数少ない人物の一人だった。そしてそんな人物をそばにおいているトルベル国王もまたすごい人だと感心していた。
三人は去っていくトルベル国王とスエル総帥に頭を下げながら見送った。ギルド議長もしぶしぶながらも議会の終了宣言し、会議室を出て行った。
最後に残った三人は何も言わずに手を叩きあった。




