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ランドの葛藤②

ランドは自分がここまで自分をコントロールできなかったのは初めてだった。

戦いが終わってもまだ終らない重圧、サミュの事も気がかりだった。


全てが自分の判断行動一つで変わってくる現実…戦争の終結という大役は終ったが、ランドの戦いはまだはじまったばかりだった。


ほんの一瞬の気の緩みが誰かの命を奪うことになる。

フィスノダ国との戦いの時以上に神経を研ぎ澄まさなければならなかった。


この100日間は忙しく過ごしながらもアルーシャの護衛を指示しながらも神経は休まる時がなく警戒し続けていたが、その積み重ねが知らず知らずのうちに心の中に貯まったストレスが爆発寸前になっていたようだ。


ランドにとって、父親との衝突はきっかけに過ぎなかった。考えなければいけないことがありすぎて、相変わらずの父の態度に感情を抑えられなかった。


食堂をでたランドはそのまま馬屋に向かい、自分の馬に跨ると勢いよく馬を走らせ城を出て行った。ランドはどうにかして心のもやを払いのけようと真夜中のラミドの都を横切り、スシュル湖のある森の中へと入って行った。そしてランドはスシュル湖のほとりにつくと馬をおり草むらの上に寝転がった。


自分でもどれだけ飲んだのか記憶がなかった。ランドは暫くその場に仰向けに倒れこんだ。聞こえるのは木々のざわめきだけだった。

暫く目をつむり森の息吹を感じていた。


ここはランドのお気に入りの場所だった。ここだけはいつも変わらず自分を受け入れてくれ、どんな時も必ず答えを導きだせた。


ランドはいつしか眠りこんでしまった。どれだけ眠ったのか、ランドが気が付くと辺りは霧が立ち込め、朝もやでまったく見えなかった。


「また何かあったようじゃな?」

「!」

ランドは頭上からの声に驚きとっさに起き上がると、剣に手を構えたが朝もやで何も見えなかった。周囲に意識を集中させながら様子を伺っていると、聞きなれた声が聞こえてきた。

「私じゃ」

「お婆!」

声の方に視線を向けると、ランナがランドのすぐ後ろに立っていた。


「飲み過ぎたようじゃな、私が刺客なら既にお主の首が飛んでおったぞ」

「…しかしお婆はいつもタイミングよく現れるもんだな…のぞき見の水晶でも持ってるんじゃないのか?」


「ほっほっほ、おもしろいことを言うのう。お主が私の散歩コースにいつもくるからじゃ。場所を変えれば鉢合わせたりなどせんわ」


「あやしいもんだ…」

ランドは握っていた剣から手を離して伸びをした。

「あいつはどうしていますか?」


「心配なら見にくればよかろう。お主と違って素直でかわいいぞ。いつまででもいてもかまわん。若いとはいいもんじゃな。安心せい、この私がなんとしても治してやるわ。少々時間がかかるだろうがな」


「ランナ女史、迷惑をかけてすまない。このとおりだ、あいつを助けてやってくれ」

ランドはランナに頭をさげながら言った。


「お主に名前を呼ばれるとなんだか気味が悪いわい。あの子のことは心配いらん。それよりお主にはまだ守らなければならないものが二つあろう」


「二つってなんのことだ?」


ランドはランナに聞き返すと彼女はニヤリとして答えた。

「わかっておろう。王女とお主自身じゃよ。あやつは今度こそ本格的に狙ってくるぞ。お前さんら二人はあやつにとってじゃまな存在だからのう。まっ特にお前さんの存在の方がと言った方がいいかの」


「それなんだがお婆、まだ俺に言っていないことがあるんじゃねえのか? あいつが例の剣を得たのは事実だろう」

「…」

「まあいいさ。聞いたところで状況はたいして変わらないだろうしな…」


「ランシェルド、過去は変えられぬが、未来は今を生きる者の決断しだいでいくらでも変わってくるものじゃ。忘れるでないぞ。過去は所詮過去じゃ。そればかりに囚われていると最後に負けてしまうぞ。何が最善か見極める勇気も必要じゃ。お主はまだ若い、お主には仲間という強い味方がおる。宝は決して手放すでないぞ。ほれ、その宝の一つがきたようじゃ、お邪魔虫は消えるかの。ランシェルドよ、時間ができたら私の館に顔をだしておやり、かわいい弟が喜ぶぞ、ほっほっほっ」


そう言うとランナはあっという間に霧の中に姿を消してしまった。

「あいかわらず言いたいことだけ言って消えちまいやがった」


ランドはランナが消えた場所を暫く見詰めていたが大きくため息をつくと、そばにあった大きな木の根元に腰をおろした。そしてランドは宝物が近づいてくるのを待った。 

暫くすると木々の間から足音が近づいてきた。


「ランド…どこにいるの?」

どうやら馬には乗っていないようだ。霧が濃いせいかマルーシャからはランドの姿が見えていないようだった。恐る恐る周りを気にしながら湖に近づいていたマルーシャをランドは木の根元で動かないまま眺めていた。しかしマルーシャの姿を見て噴出しそうになるのを堪えた。どこで転んだのかマルーシャは体中泥だらけだった。ランドは呆れ顔でマルーシャの後ろ姿を眺めていた。


ようやくランドの気配に気がついたマルーシャがふいに後ろを振り向きランドの姿を見つけて叫んだ。

「ランド! そこにいたなら早く言ってよ」


ようやくランドが後ろの木の根元にいたことに気づいたマルーシャは座っているランドの元に駆け出した。

「おっおいよせ! そんな泥だらけの体で近付くな」


マルーシャはランドの元に駆け寄ると、体中泥だらけなのもお構いなしにランドの胸にしがみ付いた。


「嫌よ! ようやく見つけたんだから。離してあげない! 私がこんなになったのもランドの責任なんですからね。一人で飛び出したきりなかなか戻ってこないんだもの…」


「お前には関係のないことだって言っただろうが…どうせ来る途中ぬかるみにでも突っ込んで馬から落ちたんだろう。お前のドジがなんで俺の責任になるんだ。何度も言ってるだろう。お前は王女なんだから、一人で城を抜け出すのは止めろって!」


ランドはマルーシャを離そうとしたが、マルーシャはよりいっそうしがみ付いてくるので諦めてそっと両腕をアルーシャにまわした。マルーシャはランドにしがみつきながらランドの耳元で小さな声で言った。


「ランドが辛そうだったから心配で…」


マルーシャは顔をあげランドの顔をのぞきこみながら話を続けた。

「ねえ、私じゃ何も役にたたないかもしれないけれど、一人で悩んだりしないで。アルやルカも心配していたわよ。サミュのことにしたってそうよ。私にできることがあったらなんでもするわ。だからもう一人で自分を責めたり、どこかに行ったりしないで…ランドがまた黙ってどこかに消えちゃうんじゃないかって思うと私…」


マルーシャはそこまで言うと口ごもってしまった。ランドはマルーシャのぬくもりを感じながらランナの言葉を考えていた。


(宝か…俺にはこんなに暖かいぬくもりがあったんだったな…)

ランドは心の中の氷が溶け出すのを感じていた。そしてこの温もりだけはなんとしても守り通さなくてはいけないと決意を新たにしていた。


「ランドどうしたの? いたいわ」

ランドは無意識にマルーシャをきつく抱きしめ返していた。


「ごめん…」

マルーシャを離したランドは急に立ち上がり湖の水で顔を洗った。マルーシャも泥だらけの顔と両腕を湖の水で洗い流した。


「あいつらなんか言っていたか」


「ええ、ルカなんかランドが飛び出して行ってからずっとランドの馬鹿やろぉーって叫びながら暴飲暴食を繰り返してやけ酒飲んでいたみたいよ。さっき城を出る時地下食堂を覗いたらあそこで酔い潰れていたようだったわ。アルや他の兵士達もみんなまだあそこにいたようだったわ」


「マルーシャ、今回はやけに遅かったな…」

ランドはニヤリとしながらマルーシャの顔を覗き込んだ。


「わっ私はすぐ追いかけるつもりだったのよ。でも地下食堂をでてすぐお父様にばったり会って、地下食堂の様子をみていたらしくて引きとめられたのよ。男は時には一人になりたい時があるものだよって…だから、私さっきまで城門でずっと待っていたのよ。なのにランドったらもうすぐ夜明けなのに全然帰ってこないから迎えにきてあげたのよ」


マルーシャはそれだけ言うと黙り込んでしまった。そんなマルーシャを見詰めながらランドは真剣な顔で言った。


「マルーシャ…約束だ。もう二度とお前に黙って姿を消したりしない。休暇は別として家出をする時は必ずお前には一言言ってからにするから安心しろ。サミュなんだが、さっきランナ女史に会ってあいつの事を聞いてみたら、あいつもよくなってきているようだ。すぐには無理だが必ずよくなるとお墨付きをもらったからあいつは大丈夫だ」


「そう、よかったわ。サミュのことも全てうまくいくわきっと。ねえランド、サミュには私も会いたいから、お見舞いに行く時は私にも声をかけてよね。でも本当によかったわ」


マルーシャはランドの腕の中で目をつむり安堵の溜息をついた。

「ああ、心配かけて悪かった」


ランドはそう言うとマルーシャの唇にそっと自分の唇を重ねた。一瞬のことだったが真っ赤になって目を見開き驚いて唇を押さえているマルーシャに笑いかけながらランドは立ち上がった。


「あいつらが起き出す前に城に戻るぞ」

ランドに手を引っ張られながら立ち上がったマルーシャはランドの顔をもう一度覗き見た。

ランドも心なしか顔が赤いようだった。


「もうこれっきりよ。そう何度も迎えにきてあげないんだから」


そう言うマルーシャにランドは笑顔を向けて何も言い返さず黙って頷いた。

それからランドはすぐに自分の馬を捜した。少し捜すとダノンはすぐに見つかり、マルーシャの馬のリアと一緒にいた。リアの方は胴体と足が泥だらけで痛いたしそうだった。

「ごめんねリア」

マルーシャは自分の馬に近づくと馬の顔をなでた。

ランドはマルーシャの馬のリアの足元にしゃがみこむと、リアの足を撫でながら足を曲げさせ足の状態を念入りに調べだした。

「どう?」

「このまま乗って帰っても大丈夫だとは思うが…念のため今日は乗らない方がいいな」


ランドは立ち上がりリアの背を撫でた。マルーシャはほっとして大きなため息を付いた。

「よかった…リア本当にごめんね」

マルーシャはリアの顔に自分の顔を近づけると、たてがみをやさしくなでた。


「仕方ない、マルーシャ、帰りはダノンに乗って帰るか。大臣達に見られると面倒だから、帰りは裏門から戻るぞ、リアもついてくるだろう」


「わかったわ、私もこんな姿は誰にも見られたくないし、それでいいわ」

マルーシャは泥だらけの自分のドレス姿に視線をやってから軽く溜息をついた。ランドはマルーシャの姿に関しては何も付け加えず、ドレス姿のマルーシャをダノンの背に横向きに座らせると、二人はラミド城に戻った。


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