宴とマル―シャのけじめ③
大広間をでたマルーシャはなぜか自室には戻らず、心配して引止めようとするエセルを強引に大広間に戻るよう命じ、少し庭園の宴に顔をだしてくるだけだからと告げ一人庭園に向かった。
マルーシャは仮病を使ってでも大広間での宴をぬけ出してここにきたかったのには理由があった。
大広間には貴族や重臣達といった戦争にはほとんどかかわらなかった者達の戦争終結の宴のようなものだったが、この庭園での宴の場には貴族ではなく葬礼の儀に参列していた戦死した兵士の家族が大勢参加していたからだ。マルーシャは共に戦った仲間達の家族にどうしても一言言いたいことがあったのだ。
庭園にも大広間同様豪華な食事がテーブルいっぱいに並べられており、それぞれに人々は雑談をしながらお城の豪華な食事を楽しんでいるようだった。
そばでは演奏者達がにぎやかな音楽を奏でていたが突然マルーシャが姿を見せると、マルーシャに気付いた演奏者達が演奏を止めた為、人々の視線がいっせいに演奏者達に集中した。
その時、演奏者達の横の建物から大広間にいるはずの王女様が庭園に姿をみせたものだからざわついていた庭園が静まり返った。マルーシャは深呼吸をして中央に歩いて行った。
「今宵はお集まり下さりありがとうございます。この場を少しお借りして皆様に一言申し上げたい事がございます」
その場にいた多くの人々の視線が一斉にマルーシャに集中した。マルーシャは少し間をおいてからゆっくり話しはじめた。
「長い間皆様には苦しい環境の中、我がラールシアの為にお力をお貸しいただきありがとうございました。長きに渡って続いておりました戦いも多くの人々のおかげで勝利という形で終結宣言が出来るまでになりました。けれど、わたくしの力が微力だった為に多くの尊い命が神の元に召されてしまいました。この場をお借りしまして、一言お詫び申し上げます。本当に申し分けございませんでした」
そう言うとマルーシャは深深と頭をさげた。すると一瞬静まり返っていた庭園がざわめきだし、あっという間に多くの人々がマルーシャのすぐ近くまで駆け寄ってきた。
「王女様! 頭をお挙げくださいませ。王女様が頭をおさげになられる理由などどこにもございません。戦いを仕掛けてきたのはフィスノダ国の方だったではございませんか。それに王女様はみずから危険な戦地に赴いてくださり、見事勝利を勝ち取って下された。わしら王女様に感謝こそすれ、恨みを抱いている者などここには一人もおりません」
一人の老人がマルーシャに近づき目の前で跪きながら涙ながらに答えた。
その言葉に人々は皆頷いていた。その時、群集の中から貧しい身なりの一人の男がマルーシャの前に歩み寄りその場に跪くと頭を下げ話しはじめた。
「姫様、恐れながら申し上げます。わしは姫様と同じ部隊にいて戦死したラシャの父親です。わしは普段国境近くの山奥に住んで猟をして暮らしているもんですから城へははじめてまいりました。
今日わしがはるばる山をおりてここにこようと思いたったのは葬礼の儀があったからじゃございません。わしの死んだ息子が…毎回戦地から送ってくる手紙にいつもあなた様のことが書いてありました。辛い戦いの毎日のはずなのに、どの便りにも楽しい話題が書いてあって、王女様のそばでいられて幸せだといつも書いてあったものですから、手紙に書いてある王女様を遠くからでもいいからひと目拝見できたらとやってきたんです。あなた様は息子が書いてよこした通りのお人のようで安心したです。山をおりて来たかいがありました。姫様が生きてお戻りになられ、姫様をこの目で拝見させてもらって息子の死は無駄ではなかったと心から思えるようになりました。姫様どうか、これからもこの国をお願いいたします」
「姫様、恐れながら私も一言言わせてくださいませ、私の死んだ息子はラールシアに戻ってから息を引き取ったのですが、最後まで王女様のことを話しておりました。王女様はこんな自分達にも同じ仲間としていつもやさしく気遣ってくれたと…王女様と共に戦えてよかったと申しておりました。もう少し生きて王女様の笑顔をみたかったと…ですから王女様、これからも笑って生きてくださいませ。私達の子供達の分も」
白髪交じりの女性もマルーシャの前に近づき跪くと頭を地面につけながら話しだした。
「そうです。王女様、頭を下げなければいけないのはわたしらのほうです。今日も最後まであの子らを見送ってくださっていたのを拝見しておりました。本当にありがとうございました」
人々は怒り出すどころか、涙を流しながらマルーシャに近づき、一人また一人と跪き、感謝の言葉をなげかけてきた。そんな彼らの姿をみてマルーシャも泣き出してしまった。
「皆様、どうか立ち上げってください。私は今宵が終るまでは、王女である前にまだ一兵士です。ここにきたのは王女としてではなく、一兵士として皆様とお話をしたいと思ってきたのですから」
マルーシャはそう言うと、一人一人の遺族達の言葉を聞き頭をさげ握手をしてまわった。そして仲間達の思い出話を話してまわった。マルーシャが来たおかげで庭園での宴が長引き、貴族達は早々に宿舎や自分の屋敷に戻って行ったのに対し、庭園では予定より遅くまで人々が集い、最後には皆笑顔で城を後にした。
マルーシャは最後の一人まで見送り手を振った。それから暫くの間、マルーシャはすっかり夜も更けてしまった庭園の中で暫く一人で立ち尽くしていた。
心の中でずっと気になっていた犠牲になった兵士達の家族への謝罪ができ、一つ心の重石が取れた気がして、清清しい気分になっていた。
戦いで大切な家族を亡くしてしまった悲しみは消えることはないにしても、生き残った兵士の一人として、どうしても彼らの最後の勇士を伝えておきたかったのだ。
マルーシャはこれからの人生において、こんな戦争が二度と起こらない世の中であることを祈らずにはいられなかった。
「マルーシャス様―マルーシャス様―どちらにおいでですか?」
城の建物の中から庭園に向かってマルーシャを呼ぶ声が聞こえてきた。
マルーシャは片付けに来ていた召使達の邪魔にならないように庭園の隅に植えられている木にもたれながら星空を眺めていたため塔の中からは死角になっていることに気づき、慌てて立ち上がるとエセルにも見える場所まで歩いて行った。
「マルーシャス様、ああよかった。やはりまだこちらにいらしたのですね? もう兵士の皆様も地下食堂に集まって宴会をはじめております」
大広間の片付けを終え、マルーシャを捜していたエセルが近づいてきた。
「ありがとうエセル、部屋に戻って着替えてから行くわ。あっ、手伝いはいらないわ」
マルーシャがそう言うと、エセルは微笑み頭をさげてから塔の中に消えて行った。
「うーん! さあて! こんなドレス早く脱いで私も宴に行かなきゃ」
マルーシャは大きく伸びをして首を回しながら自分の部屋のある塔に入って行った。
暫くして人気がなくなってひっそりと静まり返った庭園の隅に二つの影があった。
「ダムダフ、そちは今宵のマルーシャスの行動をどう思う?」
「王女様の行動はご立派だったと思います。ですが国民に直接こたびの戦争の謝罪をし、頭をさげたことが貴族や重臣達の耳にはいりましたら…かなりの反発が予想されるだけに、王女様のお立場が心配です」
「何もわかっておらぬ石頭がそろっておるからな。だが、マルーシャスの気持ちもわからぬではない。マルーシャスのしたことは間違ってはおらぬ。時代は常に流れておる、この国も新しく変わらなければいけない時に来ているのかもしれぬな」
トルベル国王は未来を見据えているかのような眼差しで暫くの間満天の星空を眺めていた。




