宴とマル―シャのけじめ①
作業を終えて城に戻った兵士達はそれぞれ城の中にある兵士専用の宿舎塔に汚れた軍服を着替えに戻って行った。マルーシャも周囲の様子を伺いながら自分の部屋に小走りで走って行った。
幸いなことに宴の準備で皆忙しいらしく誰もマルーシャに気づく者はいなかった。マルーシャが自分の部屋の扉を静かに開け中に入ろうとした瞬間、部屋の中から声が飛んできた。
「マルーシャス様! なんですかそのお姿は、もうすぐ宴がはじまります。急いでお仕度を」
驚いて顔をあげると、そこには仁王立ちをしたグレナが立っていた。
「グッグレナ! あなたどうしてここにいるの? 宴の準備で忙しいんじゃないの?」
慌てて扉の方に向き直り、泥だらけの顔を隠そうとしたがすでに遅く、グレナは腕を組んで険しい顔になっていた。
「ええ! 忙しゅうございますよ。ですが他の侍女にマルーシャス様の宴用のドレスの着替えの手伝いにこさせて卒倒されてはめんどうですからね。それにしましてもなんですかそのお顔は、嘆かわしい…髪の毛まで泥だらけではございませんか」
「これにはいろいろ事情があって…」
「言い訳はけっこうでございます。時間がございません。隣の部屋に湯浴みの用意がしてありますので急いで入ってくださいまし」
そう言うとグレナは先に隣の部屋に行き、お湯の調節をしてからアルーシャを湯ぶねに押し込み髪の毛についていた泥を洗い流し、タオルで急いで乾かしながら気持ちよさそうにしているマルーシャに話しかけた。
「マルーシャス様、皆様とお別れはできましたか?」
「ええ、みんな笑って天国に行ったわ。いつかみんなまたラールシア人に生まれ変わって戻ってきてくれるといいんだけれど」
「そうでございますね。マルーシャス様が無事こうしてラールシアに帰ってこれたのも、彼らのおかげですものね。これでスーリア王妃様もきっと天国でほっとなさっていらっしゃることでしょう」
グレナは微笑しながら言った。
「そうだといいんだけど」
「ですがマルーシャス様! おてんばもこれからはほどほどにしてくださいませ。もう立派なレディーなのですからね。これからは王女様らしくおしとやかにしていただかなくてはなりませんよ」
グレナの声も次第に遠く聞こえマルーシャはなんだかうつらうつらしてきた。
「マルーシャス様!」
グレナの大きな声にマルーシャはあやうく顔が水面につきそうになった。
「聞いているわよ。おしとやかにでしょう。はいはいわかっているわよ」
「さあ、湯浴みはこれぐらいにして、お着替えいたしましょう」
グレナは大きい布でマルーシャの体をくるむと、先に隣の部屋に行き、続きの衣装部屋から今夜のドレスを出して戻ってきた。それをマルーシャにてきぱきと着せると、鏡の前の椅子にマルーシャを座らせ、マルーシャの長い金髪を乾かすと器用に髪を結いはじめた。
髪が結い終わると、グレナはドレスと一緒に持ってきた宝石箱を開け、真珠のティアラを髪にのせた。そしてお揃いの真珠のネックレスとイヤリングをつけた。
「マルーシャス様、今夜は国中の貴族の方々がお見えになられるのですからね、くれぐれもぼろを出さないようにお気を付けてくださいませ。なるべくしゃべらず、常に笑顔をお忘れなく。よろしいですね」
「ええ! こんな感じでしょ」
マルーシャは鏡ごしににっこり笑って見せた。グレナは頷くと、宝石を片付けに衣装部屋に行き、水色刺繍が全体に施されたロングドレスにあう靴を持ってきた。マルーシャはそれを履くと立ち上がり、全体を鏡に映し出来栄えを確認した。
「さあ、これでお支度は整いました。わたくしは宴の準備に戻りますので、会場の用意が出来次第、エセルを呼びにこさせますからエセルの後に続いて大広間に来てくださいませ。大広間に着きましたら、扉の前でお待ちくださいませ。国王様がすぐこられますから、国王様が大広間にはいられましたらそのすぐ後ろに続いて入ってくださいませ。よろしいですね。大広間には既に帰国した王女様をひと目みようと多くの貴族の方々が集まってきているのですからね。つまずいたりいたしませんように」
「わかっているわよグレナ。お願いだからそんなにプレッシャーをかけないで」
マルーシャは鏡ごしにグレナを睨み返した。
「マルーシャス様には言い過ぎるという言葉は存在いたしません。あなた様は王女様なのでございますよ、戦いの間は王位継承権を放棄していたとはいえ、戦いは終ったのです。あなた様はもう王女の地位にお戻りになられたのですからね、お立場をおわきまえくださいませ」
グレナも負けずに鏡の後ろから鏡越しにさらにマルーシャの顔をのぞきこんだ。
「はいはい、気をつけるわ。王女らしくでしょ。でも…このドレス歩きにくいのよね。どうして女性も正装はズボンじゃないのかしら?」
マルーシャは自分の姿を鏡で見ながらまじめな顔で言っていた。グレナは大きくため息だけつき何も言わず頭をさげて部屋をでて行った。一人になったマルーシャはまた椅子に腰掛けた。
マルーシャはふと、戦いが終った直後の事をなつかしく思い起こしていた。ラールシアに帰還途中、サミュが何者かに襲われ怪我を負い、モビレの砦に急遽滞在することになった間、残党がまだシアフィスの森付近に潜んでいるおそれがあるかもしれないと、兵士達とのすぐの出発が許可されず、連絡を受けた本国から護衛官率いるスエル総帥がじきじきにモビレの砦に迎えにくるとの連絡を受け、それまでマルーシャならびに兵士達はモビレの砦で足止めされることになったのだ。
さらに最悪だったのは、本国からの指示で兵士達はアルーシャと同じ身長のサミュと同期のナウルに女装させマルーシャの身代わりをたて、何事もなかったかのように3日後に到着したスエル総帥と入れ替わりに先にラールシアに出発してしまったことだった。
(あの女装には大笑いしたけれど、意外にもかつらをするとマルーシャによく似ていたのには驚いた。何かあったら身代わりを頼めるかも…なんて密かにひらめいたのはみんなには内緒だ)
そして兵士達が先にラールシアへと発った後が悲惨だった。結局マルーシャはさらに三日間も足止めされ、六日間もモビレの砦にいたのだ。ようやく七日目に、まだ体は思うように動かせなかったが、それ以外は顔色がよくなってきていたサミュも一緒に帰ることになった。
マルーシャは自分と同じ馬車にサミュを乗せると言い張ったが、もしもの襲撃があった場合足手まといになるからと別々にさせられ、付き添いにとサミュにはモビレの砦にいたサミュの同期のセルがまだ任期が終わっていなかったが特別に同行して帰還することになったのだサミュとなら馬車の中でもおしゃべりができて楽しそうなんて思っていたのに…一緒に乗り込んだのはスエル総帥とお堅いきつい香水をつけた迎えに出向いてきた重臣二人だった。
しかも…スエル総帥以外はどうみても護衛というより足手まといにしかならないだろうと文句を言いたくなる状況で、帰りの馬車の中は散々だった。
さすがのマルーシャも精神的にまいってしまい、ラールシアに翌日到着した時には、先に戻っていたランド達三人の顔を見た途端ほっとして気が緩み、その場に倒れこんでしまったほどだった。
その後マルーシャが気が付くと、自分のベッドにいたが、丸一日部屋から出してもらえず、マルーシャ専属の侍女のエセルから、ランド、アル、ルカの三人は、マルーシャス王女を戦いにおいて、そばにいながらかなりの無理をさせたという罪で翌日から三日間の城内の宿舎舎内自室謹慎令がだされているというのだ。
マルーシャはあわててランドの部屋に駆けつけたが、意外にも三人はランドの部屋に集まり三人でカードゲームをしてくつろいでいる最中だったのだ。
これにはマルーシャは真っ赤になって怒ったのだが、ランド達は「お前のおかげで、いい休暇を過ごさせてもらっているよ」なんて笑いながらいうもんだから、余計心配して損したとカンカンに怒ったが、考えてみたらそれもそうだと、マルーシャはランド達が謹慎中の間、自分もなんだかんだと理由をつけては侍女のエセルを丸め込み、部屋にはエセル以外入室禁止にし、その隙にこっそりとランドの部屋に入りびたった。
もちろん、悪事の仲間に引っ張り込まれたエセルはその間ずっと青い顔をしていたが、面白いことにエセルが青い顔をすると決まってアルが駆け寄り何かと心配し、しまいにはマルーシャはもう部屋に戻れと怒り出すしまつ。
マルーシャはおもしろがってアルをからかったりしながら謹慎という名目の休息を満喫したのだった。
マルーシャにとって何年かぶりに感じたおだやかな幸福感を感じる時間を過ごすことができた。
マルーシャが思い出して一人笑っていると、扉のノックの音と共にエセルの声が聞こえてきた。
「マルーシャス様、準備が整いましたので大広間の方にお越しくださいませ」
「わかったわ。すぐ行くわ」
マルーシャは大きく深呼吸すると鏡に向かって言った。
「マルーシャス・ロウェン・ラールシア、あなたは今夜は王女なのよ」
そう言うとマルーシャは廊下で待っていたエセルと共に大広間に向かった。




