葬礼の儀②
どれだけ時が過ぎただろうか、太陽は既に西に傾きかけていた。彼らは木々が燃え尽きるまでその場で敬礼を続け、やがて炎が消え、燃えつきた木がその場に崩れ落ちるのを見届けると敬礼をやめた。
しばらくしてランドがその場から離れると水の入った桶を手に持ち戻ってきて祭壇の前まで歩み寄ってきた。ランドは祭壇の下の隅に置いていた水の中に入った桶を手に持つと、まず祭壇の前で一礼し、まだ少しくすぶっている前まで歩み寄ると、しゃがみ込み、木々と共に炎の中にあってまだかなり熱をもっているイクーリア神像に桶の水をかけた。
そしてその像を手に持つと灰になって地面に崩れ落ちている灰と炭のようになっている上に移動させ再び敬礼したのち、頭を深深とさげ一礼した。
その場に残っていた兵士達も同様に一礼していた。それからすぐにランドは祭壇から少し離れた場所に積まれていたシャベルを取りに行き、祭壇の周辺の水をふくんだ湿り気のある土をひとすくいすると、イクーリア神像の上にかけた。
それを合図に兵士達が一斉にシャベルを取りに行き、灰の上に土をかぶせはじめた。ほとんどの者は頬に涙を光らせ、顔中をすすだらけにさせながら黙々と作業を進めていた。
夕日が地平線の向こうに近づこうとしていた。マルーシャも最初はその場に残り、その作業を見守っているだけだったが、突然シャベルの積まれているところまで行くと、一つを手に持ち土をすくいはじめた。
「マルーシャス様お止めください。そんなことをなさっては体が汚れてしまいます。作業は我々だけでいたしますので、マルーシャス様はどうか先に城にお戻りください」
マルーシャに気づいた兵士達は彼女を止めようとしたがマルーシャは聞こうとしない。
仕方なくマルーシャの前に数人が立ちはだかった。
兵士達がマルーシャが軍服を着て自分達と同じ場所にいたことで貴族達や重臣達から冷ややかな目を向けられていたことに気づいていたのだ。
その上全身泥だらけのまま兵士達と一緒に城に戻ったりしたら、またマルーシャの評判がさがることは目に見えていた。自分達の敬愛する王女がこれ以上好奇な目で見られることが耐えられなかったのだ。
兵士の一人がマルーシャの手からシャベルを取り上げた。マルーシャも兵士達が何を言いたいのかは十分わかっていた。けれど自分も最後までやり遂げたかったのだ。
マルーシャは兵士達が駄目ならばと、ランドのところまで行き、作業をしているランドの前に立ちはだかった。
「ねえ、私も共に戦った仲間よ。一緒に作業をしてもいいでしょう?」
ランドは一瞬顔をあげたが、すぐに視線を落として黙々と作業をしながら言い放った。
「王女のすることじゃない。城に戻る気がないんだったら作業が終るまでじゃまだから後ろに下がってろ!」
ランドの冷たい言葉に一瞬ひるみそうになったマルーシャだったがギュッと自分の手をにぎりしめながら、しばらく無言のままランドの作業を眺めた。そしてしばらくしてしぼりだすような声でもう一度ランドに向って話しかけた。
「私だって…あなたやみんなの言いたい事ぐらいわかっているわ。だけど…私は彼らが生きている時に何もしてあげられなかったわ。私は無能な一兵士でしかなかった…こんな私がこの国の為に戦ってくれた多くの仲間達に最後にしてあげられることがあるとしたら、天へと無事送ってあげることだけなの。私だけ仲間はずれにしないでよ」
マルーシャは向きを変えたランドの前にもう一度移動し、ランドに頭をさげた。ランドは小さくため息を付き、作業の手を止めマルーシャの方に視線を向け言った。
「好きにしろ!」
それだけ言うとランドはすぐに視線を地面に戻し、また作業を再開させた。
ランドの言葉にマルーシャはパッと笑顔になり急いでシャベルを取りに行くと、兵士達に混ざって作業をはじめ、泥だらけになりながらも最後までやり遂げた。
やがて灰の上には完全に土がおおいかぶさりその上にさらに乾いた砂がひき詰められ、そこには大きな土の山ができあがった。数日後からはここに戦死者の慰霊塔が建てられる事になっていた。
作業が終わってその土の山を一同が暫くの間眺めていると、マルーシャが突然その場にひざまずいたかと思うと、両手を広げたまま土の上にうつ伏せに倒れこみしばらく動かなかった。
驚いた兵士達がいっせいに駆け寄り心配そうにマルーシャの周りを取り囲んでいると、マルーシャは今度は仰向けになった。
「マルーシャどうかしたのか?」
隣にいたアルがマルーシャの顔を覗き込みながらたずねると、マルーシャは泥だらけの顔で笑って見せた。
「今みんなを抱きしめてあげたの。もうすぐ天の神様が彼らを迎えにきてくださるわ。その時までみんなが迷ってその辺をさ迷っていかないようにイクーリア神にお願いしたのよ。イクーリア神様の導きの後みんな自ら天に昇って行かないといけないでしょ。その時迷わないように天は上よって教えてあげようかと思って」
「そういうことなら俺も付き合うか。一人でも神の国へ行きそびれたら大変だしな」
ランドはそう言うとその場に仰向けに体を横たえた。
「よし! 俺達も付き合うか」
そう言ってそばで見ていたアルとルカも地面に腰をおろし仰向けになった。するとその場にいた兵士達も次々と地面に腰をおろすと仰向けになり、その場にいた全員が土の上に横たわると、土の山を取り囲む大きな輪ができた。
「願わくば、我らと共にこの地におられます我らの神イクーリア神、ここに眠る大切な私達の仲間の魂全てが迷うことなく天にむかえますようにお導きくださいませ」
マルーシャは仰向けになったままの体勢で両手を胸のところでくみ神に祈りを捧げた。その瞬間、今にも沈もうとしていた夕日の光の一筋が盛られたばかりの土の山の真ん中を照らし出した。
すると多くの光の玉が地面から浮き出てくるのが見えた。そして順にその光の光芒に向かって消えていったように見えた。仰向けになっていた兵士達はその光景を幻でもみているかのように瞬きもせずみつめていた。
彼らにはその光の玉一つ一つが生前の仲間の姿に見え、こっちに向かって手を振ったように見えたのだった。やがて夕日が完全に沈むと、辺りに冷たい風が吹き寄せてきた。
「あいつら全員無事天国に逝ったようだな…」
「ああ、いつか俺達もあの世に行ったら笑ってむかえてくれるさ。マルーシャのおかげかな」
ルカがポツリと言うと横にいたアルが言った。
「そうだな、ありがとうマルーシャ、おかげで仲間達をこの目で見送ることができた気がするよ」
アルはじっと空の先を見つめながら呟いた。
「何言ってるのよ二人共、私の力じゃないわ。きっと亡くなったみんなの魂に私達の思いが伝わったのよ。もう大丈夫だわ。みんな天へ行ったみたいね」
マルーシャもじっと空を見詰めながら言った。ランドも無言のまま空の向こう側を見るかのような視線でじっと上空をみつめていた。もうその場には暗い顔をしている者は誰もいなかった。みんなすがすがしい笑顔を見せていた。
しばらく沈黙が続いたその時、そんな静寂をかき消すかのように、グウーッという音が辺りに鳴り響いた。
「ごめん…俺の腹の虫が鳴った」
そう言ったのはルカだった。
「もうルカったら…しょうがないわね。お昼きちんと食べたんでしょ」
「何言ってんだよマルーシャ、もう夕刻じゃねえか、昼飯なんてとっくに消化されちまってるよ。しかし腹減った…今日は夕食はかなり後だしなあ~参ったな…はぁ~なんか食いてえなぁ~」
「お昼三人前平らげてたって給仕の子達が話してたの聞いたわよ、あなたそんなに食べてるといつかまん丸になっちゃうわよ」
マルーシャの言葉で二人の会話を無言で聞いていた兵士達がいっせいに笑い出した。
「こらお前ら笑いすぎだぞ!」
ルカは勢いよく起き上がると、笑っている兵士達に向かって怒鳴った。その声を聞いた兵士達は一斉に起き上がると、周りに置いていたシャベルを数個持ち城に向って逃げ出した。ルカはそんな兵士達をみて自分も笑いながら自分の汚れた軍服の泥を払い城に向って歩きだした。
ランドも勢いよく起き上がるとマルーシャが起きるのに手をかした。
「お前の顔泥だらけだぞ、これじゃあお前が王女だって誰も気づかないんじゃねえのか」
「あら、そういうランドだってすごい顔じゃない」
2人は顔を突き合わせて笑い出した。
「おーい!早く城に戻ろうぜ!」
ルカが先に歩き出しながら振り向きざまに叫んだ。マルーシャはルカに手を振りながら駆け出すとルカに追いつきルカの腕に自分の腕を差し込むと楽しそうに話しかけた。
「ねえ知ってる? グレナが言ってたんだけど、今夜は葬礼の儀が終わる夜だから豪華な料理が振舞われるらしいって言っていたわよ。それに今夜は特別に城が開放されて、貴族だけじゃなく一般の人々にも同じ宮廷料理が庭園でだけど振舞われるらしいしね」
「ああそうらしいな、だけど今夜は宴の間中ずっと城の警備にあたることになっているんだから宴のご馳走なんて俺には関係ないだろう」
ルカがマルーシャの顔を見返し、空いている手でお腹をさすりながら言い返した。するとマルーシャはにんまりして付け足した。
「それが今夜はそうじゃないみたいよ。兵士のみんなは城の警備があるから食べられるのは夜遅くからになりそうだけど、お父様から料理長に、兵士のみんなにも、今夜はお酒と豪華な料理を用意するようにって特別に指示があったらしいわよ。仕事終わりの今夜の食事は盛り上がりそうよ。今夜はルカのお腹の虫もようやく満たされるはずよ」
「そうかあ…豪華な料理がでるんならもうひと頑張りするかな。仕事終わりに酒とご馳走かあーどんなのがでるのか楽しみだなあー」
そんな2人のやり取りを後ろで聞いていたアルがランドに話しかけた。
「あの二人はあいかわらずだな、だけどマルーシャのあの姿を見るのはこれで見納めだな、なんだか複雑な心境だな」
「あいつもこれからは本格的にいろんな公務をこなさなけりゃならなくなってくるだろうし、戦いが終った今、俺達もこれからどうなるか…国の体制が新しく変わるように俺達の関係も変わっていくさ」
ランドが言うと、アルは目の前にそびえるラミド城に視線を移し小さな溜息をついた。
「これからはもう今までのようにはいかないだろうな。戦いが終ったのはうれしいが、なんだか寂しい気がするな…まっマルーシャのことだから、おとなしくしていられるかどうかはわからないだろうけどな」
アルは少し笑みを浮かべながら視線をマルーシャとルカに向け、二人の後ろ姿を眺めた。
「そうだな」
ランドはそれだけ言うと、昔を思い起こしていた。
突然アルがランドのみぞおち辺りを拳で軽く叩いた。
「安心しろ! この先もし何かが起こったとしても、お前は一人じゃないんだからな。俺もルカもマルーシャだってずっとお前の仲間だ! 忘れんなよ」
アルはそれだけ言うとランドの首に腕をまわした。
「仲間…ああそうだったな」
ランドは一瞬目を閉じて安堵の溜息をついた。そしてランドも自分の腕をアルの肩にまわし並んで歩きだした。
「ああ―っずるい! 何後ろで二人楽しそうに肩なんか組んで歩いているのよ! 私を真ん中に入れなさいよ!」
前を歩いていたマルーシャが後ろを振り向くなり叫んで二人の元に走って引き返してきた。
「俺も俺も!」
ルカも笑いながらマルーシャの後をついて引き返してきた。そして四人は並んで肩を組んで歩きはじめた。四人が並んで歩く後ろ姿は幼い頃とかわらず今もキラキラと輝きを放っていた。




