新たなる戦いの序章①
「ようやくラールシアに戻れるんだなあー」
先頭を行くアルがつぶやいた。
バルデ城襲撃を行った兵士のほとんどが入れ替わりにバルデ城にきたラールシア兵に引き継ぎを行ったのち、ひとまずラールシアに帰還することが決まり、本国が用意した馬に乗りマル―シャもランドたちと共にペルトウ平原を突っ切る最短ルートでラールシアを目指していた。
「そうだな…とりあえずラールシアに戻ったら思いっきり食べまくって一日中寝てやるぞー」
そう叫びながらルカは右手の握りこぶしを空へつきあげた。
「あらルカ、まだ食べ足りないの? バルデ城でレクトがラールシアから大量に持参した食材をバルデ城の料理人が調理してくれたのをあんなに食べていたじゃない。ノアがビックリしていたわよ」
「えっそれほっ本当か? あれでも遠慮してかなり控えていたつもりなんだけどなー俺はただの大食い野郎としかうつらなかったのかなあ…」
ろこつに肩を落としているルカにマル―シャはクスクスと笑いながら、食事の後ノアーヌ王女がルカをみながらマルーシャに耳打ちした言葉を教えてあげることにした。
「安心しなさいルカ。ノアはルカリオ様はとても人を和ませるのがお上手なのね。拝見しているととてもおだやかな気持ちになれますわって言っていたわよ」
マルーシャはノアーヌ王女の言葉遣いを真似ながら言った。
「それ本当か? 本当にノアーヌ王女様がそう言ったのか?」
「ええ」
マルーシャの言った言葉を聞いたルカは本当にうれしそうだった。それをみていたアルがマルーシャに近づくと小声で話しかけた。
「マルーシャ本当にノアーヌ王女がそう言ったのか?」
「あらアルは疑っているの? 確かに少しおおげさに言ったかも知れないけど、あんな感じだったわよ」
マルーシャはただ笑ってごまかしたが、アルもつられて笑いながらふと自分の右手を見詰めながらつぶやいた。
「本当に終わったんだよな…俺達これからどうなるんだろうな…こんなに血に染まったこの手で…新しい何かなんて始められるかな…」
「アル…」
アルの言葉はマルーシャの心にも突き刺さった。この血に染まった剣のようにどんなにきれいに洗い流しても記憶までは拭い去れない…2人とも無言になってしまった。その時すぐ後ろにいたランドが言った。
「何言っているんだ。俺達は未来をつむぐために生きていくんだよ。俺達がすべきことは、この傷つけあってきた両国の亀裂を修復させながら架け橋となっていくことなんじゃないのか? 誰かが終わらせなければいけないことだったんだ。俺達が奪ってしまった命以上に、これから生まれてくるたくさんの命を守っていく義務ができたんだよ。形はどうであれ、それを一生かけてしていくことが、戦いに勝利し、生き残った俺達に課せられた使命なんじゃないのか」
「そうね、過去は変えられないし、私達はこうして生き残ったんだもの…よーし頑張るわよ!」
マルーシャは勢いよく馬を走らせた。
「おいマルーシャ、お前は王女に戻るんだぞ! 忘れるな!」
ランドは勢いよく馬を走らせて行マルーシャに向かって叫んだ。マルーシャは聞こえなかったかのようにその声には返事をしなかった。
「あいつ無視しやがった」
ランドは苦い顔をしながらマルーシャをみつめた。
「ランド本気でマルーシャが大人しく王女をやると思っているのか? それよりどうするんだお前ら…」
アルはルカに追いつきルカをからかいながら楽しそうにおしゃべりをしながらルカと並んで前をいくマルーシャをみながらランドに言った。
「どうもしないさ、戦いは終わったんだ。マルーシャは王女に戻って、俺達はこれからもラールシア軍を続けるだけだ、先はどうなるかまだわからないが、いずれにしてもマルーシャと俺達は生きる道が違うんだ」
「それでおまえは本当にいいのか?」
アルはもう一度繰り返した。
「ああ、俺にはまだしないといけないことがあるからな」
ランドはまっすぐマルーシャをみつめながらもどこか遠くを見詰める眼差しで言った。
アルはそれ以上何も言わなかった。
ラールシアに帰還途中のランド率いるラールシア軍の一行はようやくペルトウ平原の中ほどまで来ていた。早く進めば日暮れまでにはシアフィスの森を抜けられたのだが、なるべく負担がかからないように休憩を多く取りながら進んでいたのだ。
その日は雲はなく月がでて比較的暖かい夜だった。みな枝を集め暖をとり、それぞれ雑談をしていた。ランド達も火のそばに腰をおろしくつろいでいた。
「ランドこの調子で行けばあさって中にはラールシアにつけそうだな」
「ああ…」
「長かったな…戦争が始まった頃に比べたら俺達もずいぶん歳をとったよな」
ルカがつぶやくと隣に座っていたアルがルカの顔を覗き込みながら言った
「何いっているんだ。お前は何も変わってないぜ。相変わらず可愛い顔をしているしな」
「なんだとアル! 俺を童顔だと馬鹿にしているのか?」
ルカが真っ赤な顔で怒り出したのを見てランドもアルも久しぶりに大笑いをした。
「悪かったよ。ごめんって言っているだろう」
すっかり不機嫌になってしまったルカをなだめだしたアルを横目で見ながら、ランドはそっと立ち上がりその場を離れた。それはマルーシャが自分の視界からいなくなったからだ。ランドには戦いが終わったからと言っても気を抜けないわけがあった。
ランドはマルーシャの姿を捜しながら周辺を歩いていると、マルーシャは馬達をつないでいる草むらの中で、馬に草を食べさせていた。ここはシアフィスの森に近づいてきているせいか、雪は積もっておらず、草もそれなりに生えていた。
「マルーシャ、こんなところで何をしているんだ」
「馬達と話していたのよ、明日にはラールシア領内でしょう。もしかしたら早馬でいち早く行っている兵士の連絡で、もうこっちに向かえの馬車が向かい始めているかも知れないでしょう。そしたらもうこの子達とは暫く会えなくなるでしょう。だから今のうちにありがとうを言っているのよ」
マルーシャは馬達の背中を愛しそうになでながらランドに話した。
「マルーシャ…今までよく頑張ったな。もう戦いは終ったんだ。これからはもう剣を持つ必要はない。王女に戻ってお前の理想の国作りを進めていけばいい。お前なら立派な王女になれるさ」
「ランドは? あなたはこれからどうするの?」
「俺か? 俺はこれからも軍人を続けていくさ」
「それだけ? ランドは私と共に生きてはくれないの?」
マルーシャは馬から離れランドをじっとみつめた。暫くの沈黙の後ランドは静かに一言言った。
「マルーシャ…俺にはしなければいけないことがある。今は理由は言えないが、ずっとお前のそばでお前を守っていてやれないかもしれない…だから守れないかもしれない約束は出来ない、わかってくれ」
「わからないわよ…ランドはいつもそうだもの。私の言うことなんかいつも聞いてくれないもの。だからわたしもランドのいう通りにはしてあげない。私はこれからも自分のやりたいようにやっていくわ。誰にもじゃまはさせないんだから」
マルーシャはランドの横を通り抜け仲間のいる場所に走って行った。一人になったランドは一人空を仰いだ。犠牲にしなければいけないものがあまりにも大きくランドの心を締めつけ始めていた。
一人になったランドを遠くから見詰める影が二つあった。一つはサミュだった。サミュはマルーシャがここにくる前から馬の世話をしにここに来ていて、マル―シャの足音で驚ろかそうと隠れて機会をうかがっているところにランドが近づいてきたのに気付き、2人の会話を耳にしてしまい、出るに出られなくなってしまったのだ。
サミュは隠れながら切なそうにしているランドの顔をみていてふと怪しい視線に気がついた。
ちょうどランドからは死角になっている場所から何やら人影らしい月影が映っているのがみえた。よく見ると弓を構えている姿だった。
その矢はランドを狙っているようだった。サミュは気がつくとランドの方に走りだしていた。
「ランシェルド様危なーい!」
そう叫ぶと同時にランドを狙っていた矢がランドめがけて飛んできた。
サミュはランドの後ろに飛び込んだ。その瞬間ドスッという音と共にランドの足元にランドをかばい矢が肩に刺さったサミュが崩れおちていた。
「サミュ!!」
ランドは地面に崩れおちたサミュを抱き起こし、サミュに突き刺さった矢をひき抜いた。
「ランシェルド様! にっ逃げてください! あっあそこの岩陰のところから何者かがランシェルド様をまだ狙っていっ…います」
サミュはランドに必至に危険を告げようとした。ランドはあわててサミュの言った岩陰を睨むと、もう一度矢を放とうとしている何者かの影を捉えた。
ランドは腰の短剣を取り出し、その場所目がけて思いっきり投げつけた。その短剣は次に放たれた矢をはねのけ、風を切る鋭い音を立てながらその岩陰の男の肩の辺りに突き刺さった。するとそのそばで数人の影がうごめき、やがて気配は消えてしまった。その消えた気配の主をランドは知っていた。消える瞬間声が響いた。
「貴様にも悪運の素質があるようだが継承者は俺一人で十分だ。次は覚悟するんだな!」
ランドは見えなくなった影を睨んでいたが、ふいにサミュの苦しそうな声で我に返り視線をサミュに戻した。
「サミュしっかりしろ! 今手当てをしてやるからもうしゃべるな」
そう言ってサミュを運ぼうとした時、サミュが首を振った。ハッとしてランドは抜き取った矢の先に鼻をつけるとランドの顔がみるみる険しくなった。
「これは毒矢、おいしっかりしろ! そうだ、これを飲め」
そう言うとランドは苦しみだしたサミュを抱き起こしながら、ランデから受けとった毒の中和液を苦しそうにしているサミュの口に流し込んだ。そして運ぼうとしたランドにサミュは荒い息使いの中ランドの袖を掴み必死に何かを話そうとしていた。ランドはサミュの口に耳をあてるとサミュは苦しそうな息遣いでささやいた。
「ランシェル…ド様…ご無事でよかった…ようやく役に立てた…ぼっ僕をそばにいさせてくださってあっありがとうございます…に…い…さ…ん」
サミュはそう言うと意識を失ってしまった。
「サミュ! サミュ!」
ランドの叫び声が辺り一面に響いた。その声を聞きつけたマルーシャ達が駆けつけてきた。
「ランドどうかしたの? えっ! サミュどうしたの!」
ランドの膝で肩から血を流し意識を失っているサミュをみてマルーシャが駆け寄った。ランドは何者かに弓矢で狙われていた自分をかばって毒矢を肩に受けてしまったこと、とりあえず毒の中和液だけは飲ませたことだけを言うのが精一杯だった。それを察知したマルーシャはいそいで周りに指示を出した。
「あなた達は早くたんかの代わりになるものを持ってきて、毒が体を回らないようにして止血して、もっと清潔な場所で薬師に見せなくては。この近くにそういう施設はなかったかしら?」
マルーシャはサミュの鎧を外し肩の部分の服を短剣で裂き、自分の腰にぶら下げていた水袋から水を傷口に垂らし、傷口の部分に持っていた布で押さえ、きつくしばり流血を押さえた。そうしているとたんかを持った兵士達が戻ってきた。
「はやくサミュを…そっと乗せて。ねえアル、ここはどのあたりなの? このままじゃ毒が体をまわるか出血多量で危険だわ。今から森を超えるのは無理よね」
「確かモビレの砦なら薬師がいるが、かなりの距離があるぞ」
「でも、このままの状態でサミュをラールシアまで運ぶのは危険だわ。ひとまず兵士数名と私とアルはモビレの砦にサミュを運びましょう。ルカは後から兵士達と来て。それからサミュの容態をみてからどうするか決めましょう。どちらにしてもここよりはいいことは間違いないわ」
「わかったそうしよう」
「ランドしっかりして! サミュはまだ死んではいないわ。ねえランド!」
今のランドにはマルーシャの言葉が耳に入っていなかった。呆然としているランドにマルーシャがランドの体を揺すったが反応がなかった。
「こいつは俺に任せろ。それより急げ!」
ルカはランドをサミュから離し集まっている兵士達に指示をだした。
「お前らはサミュを慎重に運べ。ナウルとサム、お前らは先にモビレの砦に行って状況を説明して馬車を出してもらってこい! 後の数名はマルーシャの護衛についていけ。いいか気を緩めるな」
「はい!」
そう言うと兵士達はそれぞれの行動に移した。アルは念の為毒矢を布で包み、毒の中和液の空容器を拾い上げ馬の鞍の横の袋に押し込むとたいまつを持ってきた兵士の一人から受け取り、馬にまたがるとゆっくり月明かりの中をサミュを運ぶたんかを誘導した。マルーシャもランドが気になったが消えかかっているサミュの命の炎を救うのを第一優先に頭を切り替えた。




