終戦と新たなる決意①
その日の昼過ぎには城中に白の布が掲げられ、バルデ城の陥落とフツ王の死に伴いフィスノダ国の敗北を宣言し、ラールシア国に全権を委ねる旨がノアーヌ王女の言葉として国中に伝達された。
各地に散らばっていたフィスノダ国軍の兵士達もフツ王の死とバルデ城の陥落の知らせで次々と降伏し、戦いは一気に終息を向かえた。
そしてフツ王に雇われていたフィスノダ兵の多くのギロダ人達もフツ王の死の知らせに次々と早々に姿を消してしまっていた。
二日目の日の夜遅くには、ラールシア本国にいるトルベル国王の元にもバルデ城陥落によりラールシア国の勝利の知らせが伝えられた。
国王への報告書の中には、バルデ城の陥落に貢献したフィスノダ国、王女ノアーヌ・ザディブ・フィスノダ王女の存命を希望する旨の記述がこと細かく記されていた。
そこにはフィスノダ国民に絶大な人気がある彼女の存在が、これからラールシア国がフィスノダ国を統治するにあたり必要不可欠になることは間違いなく、彼女に政権を持たない国の象徴としての役割を任命するのが一番望ましく、彼女の存命が今後のフィスノダ国と我が国にとっての関係も有利に働くはずであるという内容が記されたラールシア国軍総指揮官とマルーシャス王女の二人の署名入りの嘆願書も添えられていた。
最後にバルデ城の城攻めに向かったラールシア兵の帰還に伴い、暫くの間の統治者と新しいラールシア兵の派遣の要請書が同封されていた。
マルーシャス王女の帰還予定を国王からたずねられた伝達兵が、マルーシャス王女からの伝言として、交代のラールシア兵が到着し、ノアーヌ王女の身の安全を確認した後、ラールシアに帰還するとの伝言が伝えられた。
ラールシア国内ではその報告書がラールシア最高議会で議論され、フィスノダ人の今後の反乱を防止するためにもノアーヌ王女の処刑の声が多数あがったが、国王命令によりノアーヌ王女の存命が決定され、議会は一先ず閉廷した。
その際トルベル国王が議会で発言した言葉は文章に記され、議会で決定した内容の書類と共に、バルデ城にいるマルーシャの元に届けられた。
【一】我がラールシア国はノアーヌ王女の処刑は行わないものとする。
【二】当分の間の統治者としてレクト・アズラルを派遣するものとする。
その書類の他に一枚の紙が同封されていた。これはトルベル国王陛下が議会で発言された言葉の抜粋ですというメモ書きが添えられていた。
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余は、こたびの戦いにおいて第一線で最後まで戦いぬいた我がラールシア国王女マルーシャスの判断がこれからの我が国とフィスノダ国の未来にとって一番最善であると信じている。
彼女は自ら敵国に攻め入り、自らの目でフィスノダ国の現状を目の辺りにしてなお、敵国の王女の存命を嘆願するということは、フィスノダ国にとってノアーヌ王女はなくてはならない存在なのだろう。彼女に抵抗の意志がないことはマルーシャス王女の書面から明らかである。
よって、ノアーヌ王女のことは全てマルーシャス王女に一任する。
このことは国王命令である
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届いた知らせを読んだマルーシャの目から涙が溢れた。それはマルーシャを一人の国を背負う王族の一員としてはじめて自分の判断を信じてくれたトルベル国王の心に触れたからだった。
それからさらに十日後レクト・アズラルは、大勢のラールシア兵と共にバルデ城に到着した。
それと同時にバルデの都の民へと、トルベル国王から大量の食料や物資も運び込まれた。
それにはノアーヌ王女はもちろん、マルーシャ達も驚いた。マルーシャは一言も報告書にバルデの都の住人達が貧困にあえいでいるとは報告していなかったからだった。
だがこのサプライズは、戦争の傷跡とフツ王の長年の弾圧で苦しい生活を強いられ続け、頑なに心を閉ざしていたバルデの都民の心を一気に溶かし、一変してラールシア歓迎ムードが起こった。
それからさらに五日間があっという間に過ぎ去った。
「さすがトルベル陛下だな。レクト殿を派遣するあたりも敵国とはいえこの国の内情もすでに把握しておられたようだな。やはりあの方はすごいお人だ。レクト殿ならノアーヌ王女とも折り合いをつけて暫くの間は荒れ果てているフィスノダ国をうまく統治してくれるだろう。これで安心して帰れるな」
「ええ、大変だったけれど、これで暫くの間はフィスノダ国も大丈夫ね。後はゆっくり彼ら自身の力で立ち直ってくれることを願うばかりだわ」
マルーシャと到着した物資の書類の整理をしていたランドが作業の手を休め、二人きりの部屋の中でおだやかな日差しを浴びながらすがすがしい達成感にひたっていた。そしてこの数日間をお互いに思い出していた。
二人はバルデ城陥落の日からそれぞれ慌ただしい日々を過ごしていた。ランドはそのままになっていたバルデ城への秘密の通路を元の状態に戻し、苦難の象徴だった城内の掘っ建て小屋の撤去の支持など、あわただしい毎日を過ごした。
マルーシャもまた、ノアーヌ王女と今後の打ち合わせをしたりする一方で、フィスノダ国前王のジャラル王とイレイア前王妃のフィスノダ王家の墓所への建墓の命令や、ノアーヌ王女は反対したが、マルーシャはフツ王の墓もそこに建てるよう命じていた。それは暴君だったとはいえ、ノアーヌ王女にとっては父親である。やさしい彼女のことだから、父の魂を弔いたくても、自分からは決して父の墓は建てないだろうと想像ができた。だからマルーシャは自分が滞在している内にフツ王の墓の建墓にとりかかる命令もだしたのだ。
マルーシャはラールシアに帰る前日、ノアーヌ王女とともに建設中の王家の墓所の視察にもおとずれていた。
その時、ジャラル前王とイレイア前王妃の墓所の前で涙を流しながらひざまずき、一心に祈っているノアーヌ王女に向かって話しかけた。
「ノアーヌ様、私ね、あなたとフツ様に謝らなくてはならない事があるの」
マルーシャは驚いて顔を上げたノアーヌ王女の横を通り過ぎ、フツ王の建設中の墓所の前で頭を下げるとノアーヌ王女の方を向き話しを続けた。
「戦いが終わってから、バルデ城で過ごして思い出した事があるの。昔、私がこのバルデ城でお会いしたあなたのお父様はとても穏やかな表情をしたお優しそうな方だったってことを思い出したのよ。とてもクーデターを起こすような人柄ではなかったわ。その彼がどうしてクーデターを起こすような人物に変わってしまったのかはわからないけれど、もしかしたら、彼の体に別の何かが入り込んで、ずっと彼の体を支配していたんじゃないかと思うの。だって、あの亡骸はとても穏やかな表情をしていらしたように見えたから。だとしたら、私達は早まってしまったのかもしれない。頭ごなしにフツ王様を悪人と決め付けて…もしかしたら別の解決方法があったかも知れないのに…本当にごめんなさい」
頭を下げながらいうマルーシャにノアーヌ王女は首を横に振りながら答えた。
「マルーシャス様、頭をおあげくださいませ…父はこの国を地獄へ落としいれようとしたのです。父があのようになってしまったのをずっとそばでみてきたわたくしも同じです。わたくしもこの国の民に長年地獄のような生活をさせてしまった責任がございます。あのクーデターの日、何かがお父様の身に起こったのだと思います。けれどわたくしはあの日の記憶がないのです。何か……大切なことを忘れてしまっているような気がしてならないのです。それがお父様を救える手がかりになったはずですのに……未だにあの日のことは何も思い出せないのです。ですがこれだけはわかります。お父様もフィスノダ国の人々も、長い苦しみからようやく解放されたのです。お父様のあの表情をみて確信しましたわ。お父様はやっとお母様の元に行くことができて喜んでいることでしょう。マルーシャス様、フィスノダ国民を代表して心から感謝申しあげます。本当にありがとうございました。このご恩はけっして忘れませんわ。でも……わたくしはあなた様に感謝の言葉だけしかお返しできるものがありません」
ノアーヌ王女は涙を流しながらマルーシャに頭をさげ続けた。
「頭をあげてちょうだい。お返しならもういただいているわ。私は王女としてのあり方を、あなたから学ばせてもらったのですもの」
「えっ?」
戸惑うノアーヌ王女にマルーシャは立ち上がり、今度はイレイア前王妃の墓所の前で頭を下げると、くるりとノアーヌ王女に向き直り、ポケットから金の刺繍入りのハンカチを取り出しノアーヌ王女に差し出した。
「これあなたの落し物でしょう。 ルアボ村のはずれの林の中にあった名もないお墓の前でこのハンカチを拾った時思ったの、こんな寂しいところまできて頻繁に掃除をする人はきっと心のやさしい人に違いないって、そしてバルデの都の人々があなたに対して神を仰ぐようなあの眼差し、私もラールシアに帰ったらそうなれるようにもっと頑張らなきゃって思えたの。だからいい目標ができて私本当にうれしいのよ。あなたさえよければこれからいい友達になってくださるとうれしいわ。あなたのことノアって呼んでもいいかしら? 親友として」
驚きの表情を浮かべながらノアーヌ王女はそのハンカチを震える両手で受け取りながら打ち明けた。
「マルーシャス様…わたくしにはもったいないお言葉です。これはわたくしの宝物なのです。わたくしを産んですぐ亡くなってしまったお母様の代わりに生まれてからずっと実の娘のように育ててくださったイレイア様からいただいた数少ない遺品の品なのです。まさかマルーシャス様が拾ってくださっていたなんて……なんとお礼を申し上げればいいか、無くした日から日数も過ぎておりますし探し出すのはもう無理かもしれないと諦めかけていたのですが再び手にすることができたなんて。ありがとうございます。本当にありがとうございます。マルーシャス様、こんなわたくしでよろしければぜひこちらからお願いいたしますわ」
「苦しみは終わったのよ。過去は変えられないけれど、未来はいくらでも変えられるわ。フィスノダ国の人々を笑顔でいっぱいにできるのはあなたしかいないわ。それはきっと、ここに眠る歴代のフィスノダ国の王族の方々も同じ気持ちだと思うわ。あなたはこれからも生き続けなければいけないわよ。しなければいけないことがたくさんあるのですもの。私もできる限り協力するつもりよ。だって私達はもう敵ではないのだから」
ノアーヌ王女の瞳から大きな涙が溢れた。マルーシャも涙を流しながらノアーヌ王女を抱きしめた。
その日、両国の王女は泣き笑いを繰り返し、互いに手を取り合ってバルデ城に戻ったのだった。




