二人の王女③
その頃ランドは地下牢の前で足止めされていた。
どこから聞きつけたのかフツ王が死んだと聞いた使用人達がノアーヌ王女が地下牢にまだいると聞きつけ、王女様の命はお助けくださいと、群がってきてなかなか地下牢までたどりつけずにいたのだ。何度も王女の命はとらないと説明しても信用できないとその場を動こうとはしなかった。
「くそっ! このままじゃらちがあかないな。まったくどうなっているんだ。この城の人間達は」
ランドも剣を振り上げるわけにもいかずお手上げ状態だった。早くしないとマルーシャの身も心配だし、一度戻るかどうしたものかと思案していた。
こういう場面はアルやルカの得意分野でランドには苦手な分野だった。その時後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「あらランド! あなたまだそんなところにいたの。いったい何をしているのよ?」
その声はマルーシャだった。マルーシャはアルとバルデの都の男一人を連れて現れたのだ。
「お前こそなんでそこにいるんだ。お前は人質じゃなかったのか?」
「ええそうよ。だから私の身代わりならちゃんと二人置いてきたわよ」
笑顔でいうマルーシャにわけがわからないと、ランドはマルーシャの横にいたアルに視線を移すと、アルは苦笑いを浮かべながら答えた。
「いつもの手だよ。簡単にバルデの都の人達の心をつかんじまったってわけだ」
「そうか…ならいいが」
「ランド、どうして地下牢に行かないの?」
ランドが地下牢の前の通路で立ち止まっているのでもう一度たずねた。
「目の前がみえていないのか? この人だかりで下に行けねえんだよ」
「まったく仕方ないわね、私にまかせて」
そう言うとマルーシャは一緒に来ていた男を呼ぶと、耳元で何かをそっと話した。すると男は頷くと、行き先をふさいでいる使用人達に話をしに行った。
男が一言二言しゃべると、あんなにかたくなに動こうとしなかった使用人達がいっせいに通路を開けたのだ。
あっけにとられているランドにマルーシャはにっこり笑って一言言った。
「こういうことは同じ国の人に説明してもらうのが一番なのよ。外交交渉は私の方が上手みたいね」
自慢げにいうマルーシャにランドはあえて何も言い返さなかったが、今回はマルーシャの活躍を認めざるをえなかった。ランドはだまって先に地下牢に続く階段をおりて行った。
マルーシャも久しぶりにランドより勝っているものがあると発見できてなんだかうれしく自然と顔がほころんでしまうのを必死で抑えながらランドの後に続いた。
なぜかマルーシャとアルが通過すると少し距離をおいて使用人達も後をぞろぞろとついてきた。ランドがようやく地下牢に着くと、ラールシア兵数人とその向こうにフィスノダ兵らしい若者五人が剣を構え、地下牢の前はピリピリとした空気が張り詰めていた。
「ご苦労だった、お前達はさがっていろ」
ランドはその場にいたラールシア兵達を自分の後ろにさがらせ、彼らの前で立ち止まった。
「俺がラールシア軍第一部隊総指揮官のティーゼルンだ」
ランドが静かに名前を告げると、五人は突然今まで構えていた剣を目の前の床に置き、慌ててその場に正座をし、頭を床につけた。そして一人がしゃべり始めた。
「失礼な態度をとり申し訳ありません。あなた様にお願いがあります。我が国の王が亡くなったと聞きました。この奥の地下牢におられるのは、フィスノダ国、王女ノアーヌ・ザディブ・フィスノダ王女様です。負けた国の王族は捕らえられ処刑されるのが常とききます。ですが、この国の民には王女様が必要なのです。どうかお取りになるなら我等五人の命を差し出します。我らの命だけではご無理なのは百も承知でお願いいたします。どうか王女様の命をお助けくださいますようお願いいたします」
「あなた達! もうおやめなさい」
地下牢の奥から女性の声が響き、暫くして王女らしき女性がランド達の前に姿を現した。
「姫様、出てきてはなりません」
兵士の一人が静止したが、ノアーヌ王女はその手を払いのけ、彼らの前に立ちランドの方に顔を向けた。
「わたくしがフツ王の娘、ノアーヌ・ザディブ・フィスノダでございます。父が死んだ今、この命はもうわたくしのものではございません。お好きなようになさってくださいませ。ですがどうかこの城にいる人達には何の罪もございません。御慈悲をお願いいたします」
「姫様、我等もお供いたします」
ランドは大きく息を吐き出して話だした。
「ご安心ください。我々はあなた様を捕らえにきたのではありません。確かにこの城から逃がすわけにはいきませんが、この城にいていただく限り、どこにいていただいてもかまいません。我々はあなた様の命を取りにきたのではありません。ですからこんなところにいつまでもいなくてもいいのですよ」
ランドがめずらしく丁寧な言葉使いでそう言ったが、まだノアーヌ王女を含め護衛兵五人は信じられないといった様子でその場を動こうとしない。
困り果てたランドは頭をかき始めた。それを後ろで見ていたマルーシャがそっとランドの真後ろの行き、ランドの耳元でささやいた。
「ランド、交代しましょうか?」
ランドは顔をしかめてマルーシャに顔だけ向けた。
「ああ、頼む…王女様」
マルーシャはにっこりしてランドとバトンタッチした。突然総指揮官の後ろから現れた女性の兵士に驚いているノアーヌ王女達にマルーシャはおくびることもなく近づき一言しゃべった。
「ノアーヌ王女様、私の顔に見覚えがないかしら?」
ノアーヌ王女はラールシア軍総指揮官の後ろから現われた鎧をつけた女性をみて驚いた表情をみせながらも、じっとマルーシャの顔をみつめた。
そんなノアーヌ王女をみて、マルーシャはいつもの笑顔で彼女をみつめながら付け足した。
「昔この城を訪問した時、セジード王子様と一緒に遊んだわね、私あなたの事はよく覚えているわよ、ノア―ヌ姫」
「あっあなた様はラールシア国のマルーシャス王女様? でも……まさかそのようなことは…」
信じられないものをみたかのように、ノアーヌ王女は両手を口にあてその場に座り込んでしまった。それを見たマルーシャはしゃがみ込み、驚いているノアーヌ王女に笑顔で言った。
「そうよ、そのまさかよ。フィスノダの政権が変わってしまって交流が途絶えてしまっていたから、会ったのはお互いほんの子供の頃だけれど、私はあなたのことをよく覚えているわよ」
「どうして…ラールシアの王女様のあなた様がここに…」
ノアーヌ王女の質問に対してマルーシャはすくっと立ち上がり、右手を胸のところに持っていき、一礼し右手をおろすと再びしゃべりだした。
「話せば長くなりますノアーヌ王女様。それよりも今後のあなた様の処遇についてお聞き入れいただきたいことがあります。我がラールシア軍は、この戦いのケジメとしてフツ王様の命は奪ってしまう結果になってしまいましたが、この私の名に誓ってノアーヌ王女様、あなたの命は保障いたします。本国がどう決めようとあなたに手は出させはしないわ。今あなたをみて再度決心しました。必ずあなたの命は守ってみせます。ですからこんな薄暗い地下牢なんかにもういなくていいのですよ」
マルーシャはじっとノアーヌ王女を見つめ、右手を差し出した。しかしノアーヌ王女は首を横に振り両手を胸のところでくみ祈るように静かに言った。
「ご好意は感謝いたします。けれどわたくしならばもう覚悟はできています。戦いに負けた国の王族として処刑されるのであったといたしましても、わたくしは潔くそれを受け入れましょう。戦いなどという醜い行為をしかけた我が国の王族がいてはこの国は生まれ変われません。この国の人々がこれから先は平穏に暮らせるように、マルーシャス王女様のお力でラールシア国の国王様にお口添えしていただけるのであれば、それだけで本望でございます」
まだ頑なに自分が処刑されると疑わないノアーヌ王女に、マルーシャも大きく首を横にふり、キッパリとした口調で言い返した。
「ノアーヌ王女様、戦いは終わったのですよ。戦いに勝利したラールシア人の私が言うのは間違っているかも知れませんが、いがみ合ったり、奪い合ったり、殺しあったり、そんなことはもう終わりにしましょう。私達は元々一つの民族なのですもの。あなたをひと目見てわかったわ。あなたはこの国を誰よりも愛している。そんなあなただからこそ、私はこの国の為にあなたに生きていてほしいのです。この国を変えられるのはこの国に生まれ、あんなに国民に愛されているあなたにしかできないわ。フィスノダがラールシアの支配下になろうともフィスノダの人達を本当の意味で救えるのはあなたしかいないわ。王家の一員として戦いの責任をとるというのなら生き続けてこの国が以前以上にすばらしい国に生まれ変われるように力をつくしてみてください。過去は消すことはできないけれど、未来はこれからどんな風にだって変えられるわ。過去の失敗を繰り返さないように、未来に生きる者たちに自慢できる国にするために一緒に頑張りましょう。愛すべき国とそこに生きている人々の笑顔のために。私達はそれをできるチャンスを神様から与えられているのですよ」
マルーシャはもう一度しゃがみこみ、ノアーヌ王女の手を握り訴えた。
「マルーシャス王女様…」
涙を流しながら頭を下げるノアーヌ王女をマルーシャはそっと抱きしめた。
「ノアーヌ王女様! あなたの使命はこの国の為に生き続けることなのですよ。もう悪夢は終わったのだから。さあ一緒に庭園に行きましょう。あなたの無事を祈っている人達にあなたの笑顔をみせてあげてください。私も早く戻らなきゃ、私の身代わりがよけいなことをみんなにしゃべる前に…」
マルーシャはノアーヌ王女にウィンクしてみせた。そしてマルーシャはノアーヌ王女を支えながら共に地下牢をでて大歓声の中を2人の王女は庭園に姿を現した。
「王女様!」
フィスノダ人もラールシア人も関係なく戦争の終結を心から喜んだ。




