フツ王の最後
「フツ王、残るはお前だけだ。観念して降伏したらどうだ!」
ランドがフツ王を睨みながら叫んだ。
「フッフッハハハ、何をたわけたことを、勝負はこれからだ!」
そう言い放つとそばのテーブルの上に山済みになっていた葉巻と燃えかすをにじりよってきていた五人に向けて放り投げた。
一瞬灰が舞い視界が曇った。一同が一瞬目を閉じた瞬間を見て、フツ王は、椅子の後ろにかけられていた壁一面の大きなタペストリーをめくり姿を消してしまった。
「しまった! 壁掛けで隠していたのか」
ランドは急いでフツ王の消えた場所に駆け寄り、タペストリーをめくった。するとそこから大きな真四角な穴が現れた。
扉をつけずすぐ逃げられるようにタペストリーで隠し自分の椅子を置きカモフラージュしていたのだ。
ランドは瞬時に窓にかけより、まだ下に残っているラールシア兵に向かって大きな声で怒鳴った。
「お前ら! 下にフツ王が逃げた! 下でフツ王を捜して足止めしておけ!」
そう言い放つとランドもダストシュートに飛び込んで行った。飛び込む瞬間部屋の中の仲間にも叫んだ。
「お前らとマルーシャは階段でおりて来い!」
ランドはそれだけ言うとダストシュートの中に飛び込んで行ってしまった。その声にラールシア兵の心が一つになった。
マルーシャ達もいっせいに部屋を飛び出し階段を駆けおりた。もはや残っているダックスルーア兵は彼らの敵ではなかった。
一方下にいたラールシア兵達は突然の上からの怒鳴り声に動揺が走った。フィスノダ兵の数はもっと多いはずだが、ラールシア兵に向かってくるフィスノダ兵の数は思ったよりも少なかったため、下の城門付近はほぼ鎮圧しそうな勢いだった。
そこへランドの怒鳴り声である。
ラールシア兵は一箇所に縛りあげているフィスノダ兵に向かってだめ元でたずねた。するとどこからか声が聞こえてきた。
「王は城門の跳ね橋のすぐそばの見張りの塔の中から出てくるはずだ」
「そうだ! あそこの床があがると跳ね橋がおりる仕掛けになっているぞ」
「王様はそこから逃げるつもりだ」
どこから聞こえてくる声なのかわからなかったが、その声はいたるところから聞こえ、一人や二人の声ではなかった。どうやら数多くある掘っ立て小屋からのようだった。彼らの言う通り開くはずのない城門の跳ね橋がおりかけていた。
あわててラールシア兵達は城門に駆け寄り見張り塔を取り囲んだ。その時剣を振りかざしながらフツ王が外に現れた。
「ええいそこをどけ! このうじ虫どもが! お前らごときにやられる余ではないわ! ええい何をしておる。我が国の兵士はまだ千人はいるはずだ! この腰抜けどもめが! さっさと警護をせぬか!」
フツ王が自ら命じ、いざという時に自分を守るために小屋に待機させているはずのバルデの都の住人達やフィスノダ人の兵士達は一人も未だに出てこないでいたのだ。
ラールシア兵と戦っていたのは、お金で寄せ集めた兵士達のみだったのだ。
フツ王は自分に恨みを少なからず持っている恐れのあるフィスノダの若い男達の多くは、フィスノダの各地で強制労働させ、戦闘を好み、人を人とも思わない人間兵器を集めるための資金を作らせていたのだ。
もはやこのバルデ城にはフツ王に従い、国に勝利をもたらそうという忠実な部下は一人もいなかったのだ。
なんとか逃げ切ろうとやっきになって剣を振り回しているフツ王のところへようやくランドが追いついて見張りの塔の中から出てきた。
「フツ王もう終わりだ! もはやお前を守ろうとするフィスノダ国民は一人もいないようだな。この辺で観念したらどうだ?」
「何をほざいておるラールシアのうじ虫どもが! もう勝ったつもりか? この国の王はこの余だ! この国はお前らごときラールシア人に支配できはせぬわ! この国の王である余を倒せばこの国は滅びるぞ!」
隙があれば開いた城門から逃げ出そうと周囲の様子をうかがいながらフツ王が叫んだ。
「この国はあなたがいなくても滅びたりはしないわ!」
その声はマルーシャだった。階段で下にかけおりてきたアルやルカ、サミュの姿もあった。
「ふははははっ! 何をほざくかと思えば。お前ごとき小娘にこの国の闇がわかるはずがなかろう?」
マル―シャに視線を向けたフツ王は大きな高笑いをした。
「少なくとも、あなたが国王でいる限りこの国に未来がないことはわかるわよ。人の命をなんだと思っているの! 国民は宝でしょう。自分の欲望の犠牲にしていいものじゃないはずよ!」
「小娘がしったふうなことをぬかすでないわ。新たな国益を得る為に喜んで犠牲になるのが国民の義務であろう。わしはこの国を元の大国にしてやろうというのだ、お前らラールシア人を根絶やしにした後にな」
「なんということを…」
マルーシャはフツ王の言い放った言葉に言葉を詰まらせた。するとマルーシャの代わりにランドが言放った。
「一国の王が口にする言葉とは思えないいいぐさだな! フツ王、お前にこの国の国王を名乗る資格は最初からありはしなかったんだ! 潔く負けを認めたらどうだ? もう逃げる場所はないぞ! ラールシアもこのフィスノダもお前の好きにさせはしない!」
「ランド、何を言っても無駄よ! 彼の体はもう人のものではないわ! 人間の仮面をかぶった悪魔よ。ここは私に任せて! 仮にも国を守るべき立場の人間として、見逃すわけにはいかないわ!」
ランドの言葉のすぐ後にマルーシャは一歩前に足を踏み出しフツ王を睨みつけながら叫んだ。マルーシャは自分の剣をさやからぬき、フツ王に向けて剣を構えた。
「生意気な小娘が! お前ごときがこのわしに勝てると本気で思っておるのか? ふっ! だがまっ、せっかくだ相手をしてやろう。お前をやればラールシアはおもしろいことになるだろうからな。さあかかって来い!」
フツ王は余裕で嫌味な笑みすら浮かべている。フツ王はあわよくば、マルーシャを人質にこの場を逃げようと考えていることはその場にいる誰もが想像できた。
だがランドが何も言わない限り手出しはできなかった。ランドを含めアルもルカもマルーシャがフツ王の体に一突きでも剣が入ったら止めは引き受けるつもりで三人は握っている剣を持つ手に力が入っていた。
マルーシャはじりじりと動きタイミングを計っている。
「こないならこっちから行くぞ!」
そう言うとフツ王はマルーシャめがけて剣を振りかざした。
“キーン”剣がぶつかる音が響いた。かろうじてフツ王の剣をマルーシャが受け止めた。
「そんな腕でわしを倒そうなどとお笑い種だな」
そう言いながらフツ王は剣に力をさらに加えた。膝をついてしまったマルーシャだがとっさに歯を食いしばり、両手首に力を込め渾身の力を込めて受け止めていた剣を突然手放した。マルーシャはその弾みで反対方向へ体をずらした。
その瞬間マルーシャの剣は地面に転がり落ちたが、かなり低い体勢まで力任せに全神経を集中させていたため、急に受けていたマルーシャの力がなくなりフツ王の剣はバランスを崩しマルーシャの体をかすめ地面に突き刺さってしまった。
マルーシャは体をずらした瞬間ブーツに仕込んである短剣をとりだしフツ王のわき腹に突き刺した。
「ウ…キッ貴様…」
フツ王がよろめいた瞬間ランドが叫んだ。
「離れろマルーシャ!」
その声と同時にマルーシャはよろめきながらフツ王から離れると後ろからランドが、左右からはアルとルカがほぼ同時にフツ王の体に剣を突き刺さした。
その瞬間けたたましい断末魔のような叫び声をあげたかと思うと、フツ王の体から黒い何かが抜け出たかのように見えた。
それと同時にフツ王はその場に崩れ落ち命つきてしまった。
ランドは冷静に剣を鞘に戻すと大きなため息を一つついた。
「終わったのか…」
アルが呟いた。
「ああ、終わったんだよ」
ランドが繰り返した。
「フツ王を倒したぞ! ラールシアの勝利だ!」
ルカは叫び声と同時に大きく拳を空に向って突き上げた。ルカの声と同時にいっせいにラールシア兵達の歓声の声がフィスノダ城に響き渡った。
その声にマルーシャは気を失いそうになりその場に崩れそうになった。
「マルーシャ」
ランドはあわてて駆け寄り抱きとめた。
「マルーシャよくやったな。これでラールシアに帰れるぞ」
ランドの言葉にマルーシャは知らず知らずに涙を流していた。
マルーシャははじめて人目も気にせずランドの胸で泣いた。その時東の山の峰から朝日が差し込んできた。
新しい夜明けである。
それはまるで一つの時代の終わりを告げる光のようでもあった。




