バルデ城侵入①
その頃ラールシア軍はひたすら暗い地下通路を進んでいた。
「ねえランド、この階段どこまで続いているのかしらね。あの場所からバルデ城までの距離を考えてもこんなに長くなかったんじゃないかしら、本当に城に続いているのかしら?」
ランドのすぐ後ろにいたマルーシャがしびれをきらせてランドに話かけた。
「マルーシャ、しゃべってばかりいたら下まで滑り落ちるぞ。この地下通路はあの谷の底を通っているんだ。ここは元々あった空洞を城まで無理やり繋げたんだろう。多少長くても仕方ないだろう。だがそろそろ底につくようだぞ」
ランドはたいまつを前にかざしながら後ろのマルーシャに向かって言った。
「どうしてわかるの? 私には何も見えないわよ」
マルーシャは立ち止まっているランドに追いつき、ランドのかざしたたいまつの火で前を覗き込んだ。
「音だよ、耳を澄ましてみろ! 何か聞こえるだろう」
ランドの言葉にマルーシャは耳を澄ました。
「水の流れる音が聞こえるわ。ねえ、ここ地下水が流れているんじゃない? どうするの? 道がなくなっているかも知れないじゃない」
「そう焦らなくても大丈夫だ。城を流れる谷底の水は不思議とこの氷点下でも凍らないようだが、雨季と比べても今は水かさもそんなに深くないはずだ。この地下通路を作った人物も地下水路が流れていることを承知で通路を作ったんだろうから、どんな状況でも渡れるぐらいの空洞と仕掛けを底には作っているはずだ。問題は後どれくらいで底かってことだな、ぼんやりしていたらいきなり地下水路に落ちるぞ」
ランスの言葉にマルーシャはあわててランドの後ろに戻った。
「冗談だよ。まったく…好奇心が旺盛なくせして相変わらず怖がりだな…」
ランドは笑いながらマルーシャが自分の後ろに戻ったのを確認してから、また慎重におり始めた。
マルーシャに言ったことはあながち嘘ではなかった。長い歳月そのままになっている地下通路である、いきなり階段が崩れているおそれも否定できなかった。先頭を行くランドは一段一段慎重に階段をおりていた。
すると突然、今まで頭すれすれだった天井が急に高くなり目の前に大きな空洞が現れた。足元には右側から左側へと凍ることもなく水が勢いよく流れていた。たいまつの火を前方に向けると、川岸の向こう側にぼんやりとのぼりの階段がみてとれた。
「ようやく城の底についたらしいな。さて問題はここをどう渡るかだな。流れはきつそうだし、泳いで渡るには寒すぎるしな…どこかに通路が現れる仕掛けみたいなものがあるはずなんだがな」
ランドはそう言うと、階段が途切れた壁や床を手探りで触れてみた。だが変わった所は見当たらなかった。後ろに続くマルーシャやアル達も少し水路の近くにスペースがあったためそこまでおり、一緒に仕掛けがないか探し始めた。
そこへサミュがランドに縄が必要か確認するため、兵士達を一人また一人と追い越しながら急ぎ足で階段をおりてきていた。
「ランシェルド様! 縄はもう必要ありませんか? ワァーッ!」
サミュがちょうどもう少しで底につきそうだという瞬間、足元がツルッと滑り、お尻から数段滑りながらランドの立っている底まで滑り落ちてしまった。
もう少しのところで水路に飛び込みそうになるところだった。
サミュはお尻をなでながら痛みを我慢してうずくまっていると、マルーシャが笑いながらたいまつを持っていない方の手を差し出してやさしく話しかけた。
「サミュ大丈夫? あなた私よりおっちょこちょいね。でもそこで止まってよかったわね。お尻から階段をおりるなんてさぞ痛かったでしょう」
「マルーシャス様ありがとうございます。それが階段はそれほどいたくなかったのですが、階段の一番下にとがって角ばっている石があったみたいで、それにお尻が当たって…」
サミュは階段の終わりのすぐ下の方を指差しながらマルーシャの手を借りて立ち上がった。たいまつと縄は無事だった。その会話をあきれながら聞き流していたランドがハッとしてサミュに問いただした。
「おいサミュ、今なんて言った?」
「エッ!お尻が階段の下の石に当たっていたかったと…」
サミュはビクッとさせながら、てっきり滑ってしまった事をとがめられると目をつぶって直立不動の姿勢になったが、ランドはそれ以上は何も言わず、サミュが滑ってきた辺りを手で探ってみた。
するとサミュの言うとおり最後の階段の一箇所だけが他の石に比べ異様に硬い石が埋め込まれているようだった。
ランドはたいまつをアルに渡し、その石の角に短剣の刃先を刺し押し上げてみた。すると簡単にはずれ、中には大きな鉄でできた丸いリングのようなものが底についていた。
ランドはそれを力任せに引っ張ってみると、ギギギッと音が響いた。ランドが水路を見ると、今まで見えなかった川底が水面ギリギリまでせり上がってきていた。
「サミュお手柄だな。お前が滑らなかったらわからなかったところだ、よくやったぞ」
アルはそばに立っていたサミュの肩を軽く叩いた。ランドはせりあがってきた通路にたいまつの火をかざしながら足を片方だけ乗せてみた。
「渡れそうだな」
そう言うとランドは両足を乗せ、沈まないか念入りに確認すると、岸にあがり向こう岸の方向にたいまつをかざし、全員が安全に渡り待機できる場所があるのか念入りに調べた。
「ランド、本当に大丈夫なのか? その石滑るんじゃないのか? 滑って足を踏み外したら真っ黒い水路にのみこまれるぞ」
ルカが左側の水路の先をたいまつでかざしながらランドに言った。
「念のため縄を向こう岸まで渡してからそれを伝って渡ったほうが安全なんじゃないのか?」
アルが水路の底の石に片方だけ足をつけ滑り具合を確認しながらランドに言うと、ランドも頷きサミュとマルーシャの方に視線をやった。
「そうだな、ドジな奴が数名いるようだしな…俺が縄を持って先に向こう岸まで渡ってから縄をひっぱるから、ルカお前はこっち側の縄をしっかり掴んでおいてくれ。アルはマルーシャが滑らないように一緒に渡ってやれ、おいサミュ、縄を持って来い」
ランドはひとまずたいまつをアルに預け、サミュから縄を受け取ると自分の腰にくくり付け、もう片方の縄の端をルカに手渡した。縄を受け取ったルカもそばにいたサミュにたいまつを預けると自分の腰に縄をくくり付けた。
「アル、お前のたいまつも俺が先に持って行ってやる。片方の手は縄を掴む用にあけておかないとお前もろとも滑りそうだからな」
「ランド! 私はそんなにドジじゃないわよ!」
マルーシャはランドにくってかかったが、ランドとアルは顔を見合せると、アルは何も言わずランドに自分のたいまつを手渡した。
「アルもそれどういう意味よ!」
真っ赤になって頬を膨らませながら言うマルーシャに対して、アルは頭をかきながらただにっこりと笑うだけで何も反論しなかった。
「よしルカ! 地下水路に飛び込まないようによく踏ん張っておけよ」
「オーケー。みんながドジらないように祈っとくよ」
ルカも言われたように後ろに下がり、階段に腰掛けながら足をふんばった。それを見届けるとランドはゆっくりと水路を渡りはじめた。さすがのランドもずっと水に沈んでいた石は滑りやすいのか何度も滑りそうになりながらもバランスを取って渡りきった。
そしてそのままのぼり階段の一段目に腰をおろすと、ルカと同じように土の部分を少し掘り、足場が滑らないように固定しふんばると、片方の手の平の部分に綱を数回巻きつけ、向こう岸に合図した。
「ルカ! 縄をピンと張れ!」
ルカはランドの言葉で縄をピンと張るところまで縄を引っ張り、ランドと同じように手の平でひと巻きして構えた。
「おーいランド、これから渡らせるぞー!」
「よし! 先にアルとマルーシャがまず渡ってこい」
その声にアルは先に川の石の橋に入り、縄を右手で掴むと、左手でマルーシャの右手を握りながらアルは横向きに進みはじめた。二人は慎重に渡り、ランドの心配した通り何度かマルーシャが足を滑らせ、そのたびに縄が大きく揺れたが、アルとマルーシャは何とか無事渡りきった。
「アルご苦労だったな。お前達はもう一人がこっちに渡ってきたら、先に階段をのぼって待っててくれ、ルカが渡りきったら俺達もすぐ追いかける」
「わかった」
アルはランドからたいまつを二つ受け取ると、ランドの横をすり抜けのぼり階段を少し上り、次に渡ってくる者のためにたいまつを上にかざした。
「ランド、頑張ってね」
マルーシャも一言言うとアルのところまで階段をあがった。ランドは返事の変わりに空いた片手を大きく上げた。そして縄を握り両手でしっかりと掴み前を向いて合図を送った。
その合図と共に次々と兵士達は滑る水路を渡りはじめた。最後まで残っていたサミュは、持っていたたいまつを一つルカにわたし、先に渡りきり、その後ルカは片手でたいまつを持ちランドが手繰り寄せている縄につかまりながら渡りきった。
「お疲れ!」
互いに声を掛け合い腰に巻いていた縄を短剣で切り落とすと、足元を気にしながらも、足早に階段で待機している兵士達を追い越しながら先に駆けあがって行った。
ランドはようやくアルとマルーシャが待つ場所に追いついた。ランドは休む間もなくアルからたいまつを受け取ると、階段をのぼりはじめた。
「よし行くぞ!」
ラールシア軍は今度は長い上り階段を黙々と上りはじめた。上り階段は下りと違い滑ることのない明らかに人工的に作られた階段が続いていたが、下りのなだらかさとは違い急な階段が幾度か曲がりながら続いていた。暫く上ると、微かに上の方に光が見えてきた。
「城の中に近づいたようだ。この先に人の気配がないか俺が先に様子を見てくるから、お前達はここで息を整えていろ。誰もいなかったら俺が上から合図を送る!」
そう言うとランドはたいまつを消し、微かに見える光を目指して階段を静かに上りだした。ランドが光のする壁に着くと、行き止まりの壁に耳をあてて向こうの様子を伺い、人の気配がないかを確認し、横の壁を探りレバーを探し当て、そのレバーをおろした。
すると不意に壁が静かに開いた。ランドは用心深くそっと外の様子を伺うと、そこは使用人達が使う広間に通じる裏通路らしかった。
こんな裏通路のあちこちにもろうそくに火がともされ全体が見渡せるほど明るかった。
ランドはそっとアルに右手をあげて合図を送った。ランドの合図でアルを先頭に次々と使用人の裏通路にラールシアの兵士達が到達した。ランドは最後のサミュが見えたのを確認すると剣を大きく振り上げ突撃の合図を送った。
走り出したランドはマルーシャが後ろをついてきているのを確認すると、広間をでて走り出した。




