ルッソラの森の秘密①
生きとし生けるもの全て死に絶えているかのように静まり返った辺り一面広がる白銀の世界のルアボ村での休憩を終え、すぐに出発したラールシア軍がようやくルアボ村を抜け、目の前の深いルッソラの森を進んで行った。
当たりはもう既にかなり夕闇がせまろうとしていた。日が沈むとルアボ村を出たあたりから降り始めた雪が猛吹雪に変わっていた。
先頭を歩いていたランドも森の中にまで舞い降りてくる猛烈な風と雪で思うように前に進むことができずにいた。足元も雪が降り積もっていた。
さすがのランドもこの吹雪では先に進むことを諦め吹雪を避ける為に、少し道をそれ、大きな洞穴の中に避難し暖をとることにした。
今夜はここで一夜を明かすことに決めた。
そこはかなり大きな洞窟のようで奥がかなり深いようだったが、どこかに通じているということはないようだった。
一行は洞窟に入り吹雪をやり過ごす間にこれ以上体温低下を防ぐために早めに食事を取り目前に迫ったバルデ城の襲撃に備えることにした。
「しかしすげえなあ~この吹雪…にしても不思議な国だなフィスタノダ国ってのは、同じドノーエ大陸にあるってのによ、気候がシアフィスの森を挟んでまったく違うんだからな。もしシアフィスの森がなくなっちまったらどうなるんだろうな…それにしても、こんな洞窟がタイミングよくあって助かったよな。腹は減し、寒いしで俺バルデ城につく前に凍死するんじゃねえかと一瞬頭をよぎったぜ」
ルカが洞窟の入り口に立ち、外の様子をみながら口笛を吹いた。
「おいルカそんなところで突っ立って何一人でブツブツ言っているんだ。いい加減にしないとどんどん体温を奪われるぞ。吹雪を甘くみるな! 外気温はこれからさらに下がっていくんだぞ。少しでも体を休めて体力を残しておかないと身が持たないぞ! 俺達はバルデ城に辿りつけばいいってわけじゃないんだからな」
厳しい口調で言うランドだったが、この森での吹雪を昔経験しているだけに吹雪の恐ろしさを身にしみていた。ルカはランドの怒鳴り声でおとなしく洞窟の中に入り、火のそばに戻り兵士の一人から手渡されたスープをすすった。
「ああ~生き返るな。食料担当の奴らたいしたもんだな。ルアボ村にいた短い時間で食料の仕込みを終わらせていたなんてな。火をおこす用の乾燥した木も確保して移動していたなんてたいしたもんだ」
「食べるだけのお前とは大違いだな」
アルの言葉にルカが膨れた。
「おいアル、お前だって同じだろ!」
ルカがアルにつかみかかった。
「ちょっとやめなさいよルカ!」
慌ててマル―シャが仲裁に入る。膨れているルカを放置してアルが隣で地図のようなものを真剣に見ているランドに話かけた。
「ところでランド、お前あのルアボ村のことといい、この洞窟のことといい、どうしてそんなに詳しいんだ? この森はシアフィスの森同様やばいんじゃないのか? 俺の記憶じゃあ、お前は昔、親父さんとフィスタノダ国に行ったことがあったよな、その時に通ったのか?」
アルの鋭い問いかけにランドは飲んでいたスープを一気に飲み干しながら外の吹雪に視線をやった。
「いや、この道は昔、親父ともめて暫く俺が家出していた時期があっただろう。あの時あちこち移動していたが、ドンバ港に行った時にフィスノダ国に買い付けに行っている商人のグルダ爺さんと縁があってな。一時期はフィスノダ国に住んでいたらしいっていっていた気がしたんでな、ルカにバルデ城の事を聞きに行ってもらったってわけだ。まあ、素性は怪しいが信用できる爺さんだ。一緒にフィスノダ国に行ったんだよ。だけどあの爺さんあの当時でもフィスノダ国側でもかなり幅広く商売をしていたらしくてな。正規のルートじゃなくてちょうど俺達が通っているこのルートでバルデの都まで行っていたんだよ。ペルトウ平原を馬で突っ切る方が速いんだが、山間の村に立ち寄ることで昔の古い骨董品とかが眠っているとかで、いい商売になるらしい。この森にも遥か昔の物が眠っているらしいな。今は森になっているがこの森の中にも遥か昔は人が住んでいたらしいからな。そこででもお宝さがしをしたりしていたようだな。まああの当時でもタフな爺さんだったな」
「ああ、そう言えばその爺さんからお前に伝言があったんだ。早く戦争を終わらせねえと物騒でお宝さがしにもいけねえから、もたもたしてんじゃねえって言っとけってさ」
ルカがランドに向かっていうと、それを聞いたランドは珍しくニヤリとしただけだったが、どこか懐かしそうな眼差しを見せた。
「そうだな、普通の人間はこの森の異様な気配で近寄らねえだろうな。以前とはけた違いだ。何が原因かはしらねえが」
「なんだ、そうなのか、俺達呪われたりしねえのか? フィスノダ国の昔の墓とかあるんだろう? 人間が迫ってきたら返り討ちにできる自信があるけどよ亡霊は無理だぜ。俺霊感ねえし」
ルカは身震いをするふりをして後ろを振り返ったりしてみせた。
「あら大丈夫じゃないかしら、少なくともあなたは」
「おいマル―シャどういう意味だよ」
「そのままの意味よ、あなた霊感ないんでしょ。亡霊が何かしたくてもあなた気付かないんだから、効果ないわよ」
「そっそれならいいけどよ、呪い殺されるのはごめんだからな」
「確証はないけど、悲しんでいる気がするのよね。今のフィスノダの状況を、だから大丈夫よ、戦いが終わればこの森も変わるわよ、きっと」
マル―シャは自分の感じたことに頷きながら言った。
「マル―シャのいう通りだといいな。こんな戦いは早く終わらせる方が両国にもいいことのはずだ」
アルの言葉でマル―シャ同様ルカも頷いた。
「しかし、あの時の旅がこんな形で役にたつとは、ダルダ爺さんがまだ健在で何よりだ」
「お前、あの時の家出であちこち行っていたんだな。かなり長い間いなかったもんな。そうだそうだ、思い出したぞ、あの時期はお前が行方不明だからってマルーシャが荒れてご機嫌取りで大変だったっけなあ。なあアル」
ルカが思い出したようにアルのほうに向きながら言った。
「そんなことあったなあ…」
「そうだよ。あの時は確かアルはまだましだっただろう。なんだか知らないけど、ランドがだまっていなくなったのは俺のせいだって言って、マルーシャは俺ばっかりに八つ当たりしてさ、ご機嫌とるのにあんなに苦労したことはなかったなあ…まっそのおかげで今はこんなにご機嫌とりが得意になったけどな」
「いえてるな。確かにマル―シャはあの時期は荒れていたな」
ルカはアルと顔を突き合わせながら笑い出した。
「もう何よ二人ともそんな昔のこと! 今さらそんなことランドに告げ口しなくてもいいでしょう」
「あーそうだったな、内緒だったんだよな、ごめんごめん」
マルーシャは真っ赤になりながらアルとルカにポカポカと叩いていった。そんなマルーシャを笑いながら楽しそうになだめている二人をランドは知らず知らずにほほ笑んでいる自分に気付いて顔を引き締め直した。
(俺達は敵国に侵入しているんだ。一瞬の気のゆるみが死につながる。俺はラールシアの未来を背負っているだからな。笑っている場合じゃねえな)
ランドは気を引き締め直したが、自分にこんなに暖かい仲間がいることが誇りだった。父親と喧嘩して家を飛び出した後も想いだすのはいつもこの仲間達の笑顔だった。結局父親に頭を下げて家に戻ったのも、生きる厳しさと辛さを知り、共に笑える仲間がいるという環境が何にも変えがたい、捨ててはいけない宝物だと思い知ったからに他ならなかった。
ふとランドは突然現れたジイールのことを思い出していた。
(あいつにもしこんな仲間がいたら、あんな事態にはならなかったのだろうか…)
ランドはふとそんなことを考えていると、急にマルーシャの暖かい手がランドの頬に触れた。ランドがハッとして正気を取り戻すと、マルーシャが目の前に来て顔を近づけ、自分の顔をゆがませながらおかしな顔をしてみせていた。
「マルーシャ…それが王女様のする顔か?」
「あーやっぱり私の言葉聞いていなかったでしょう。何よ! 私は今はただの兵士ですよーだ」
「悪かったよ、機嫌直せよ。マルーシャはどんな格好をしてても十分可愛い王女様だよ」
「えっ、いっ今なんて言った」
「可愛いって言ったんだよ」
「もうランドのばか! そんなことでごまかされませんからね。でもいいわ、許してあげる」
そう言うとマルーシャはランドから離れ、他の兵士達のところへ話かけに行ってしまった。それを目で追いながらアルに話しかけた。
「マルーシャは何て言っていたんだ?」
「お前が家出していた時、自分のことを少しでも思い出してくれたかって聞いたんだよ」
「そうか」
ランドはアルの言葉を聞くとおもむろに立ち上がりマルーシャのそばに行くと、腰をかがめマルーシャにだけ聞こえる小さな声でそっと一言ささやいた。
それを聞いたマルーシャはランドの頬に軽くキスをしてまた何事もなかったかのように兵士達と楽しそうにおしゃべりを始めた。
兵士達も普段からマルーシャがランド、アル、ルカの三人にはひんぱんに頬にキスするのをみているせいか別段驚きもせず話に戻った。
ランドはそんなマルーシャをやれやれといった態度で首を振ると、またアルとルカの元に戻った。
「あのマルーシャス様? ランシェルド様は何をいいにきたのですか?」
そばで見ていたルサミュがマルーシャに聞いたがマルーシャはただ笑って「内緒!」とだけ答えるのだった。
マルーシャは内心飛び上がるほどうれしかった。いつも決して言わないランドの本音の言葉がきけたのだから。
(あの時はお前の笑顔が見たくなったから戻ったんだよ)
だからマルーシャはランドの言ったその言葉は二人だけの秘密にしたかった。普通なら追いかけてきて決して答えてはくれないランド、明日をも知れない戦場に向かう今だからこそ、ランドの言葉は真実を言ってくれていると信じたかった。そしてなんだか複雑な心境のマルーシャだった。
バルデ城はもうすぐそばだった。




