ルアボ村⑤
「おいランド! あいつと知り合いか? あいつをあのまま行かせても大丈夫なのか?」
ルカは男達に視線を向けたままランドに言った。
「ああいいんだ」
ランドは込み上がってくる怒りをなんとか抑えながらルカに言った。ランド以外の兵士達はまだ呆然と林の中を見つめていた。
「ランドさっきの男の人あなたの知り合いなの? あのシアフィスの森であった人でしょ」
マルーシャはランドに詰め寄ったがランドはその質問には答えなかった。ランドは考え込むように腰をおろし、今まで短剣の突き刺さっていた地図を掴むと真剣な眼差しで眺めていた。
短剣が地図に刺さっていた場所はバルデの都のすぐ南側の森の中を示していた。
暫くしてランドは覚悟を決めたように立ち上がると、兵士達を集めた。
「作戦を変更する。すぐに出発だ。サランへは行かずバルデ城の都の手前にあるルッソラの森へ向かい夜を待つぞ。ここからはまた山岳地帯が続く、気を緩めるな。以上だ。出発するぞ」
それだけ言うとランドは荷造りを始めた。
「えっ? 出発ってどういうことよ! 今夜はここで寝るんじゃなかったの? 直ぐに出発するの? えっ? もうみんな集まったの? それにサランへはいかないって? もう説明しなさいよ!」
マル―シャがランドに詰め寄ったがいつものごとく決定事項のようでいっさい細かい説明はされなかった。アルもルカも他の兵士たちもランドの一言に首をひそめるだけで、黙々と出発の準備を始めた。
マルーシャはあきらめて自分の荷物を背負いながらもさっきの男のことを思い起こしていた。
マルーシャはなぜあの時とっさに彼を殺しちゃいけないと思ってしまったのか自分でも不思議でならなかった。自分の心の奥底に眠る記憶を思い起こそうとしたがいっこうに思い出せずにいた。
やがてラールシア軍はルアボ村を後に再び険しい山岳より下にくだりサラン村への道ではなく別の道を通り、一路ルッソラの森を目指した。
ラールシア軍が目的地を変更し、サランへ向かう道ではなくルッソラの森への道を進んで行ったしばらく後、バルデ城から偵察隊がサランから崖の細い雪道でも進むフィスノダ国のルーノベ山脈にのみ生息するククロという動物に乗って偵察部隊が見回りに来ていたのをラールシア軍は気付いていなかった。しかし、そのままルアボ村に滞在していれば見つかっていたことは確実だった。
そして、もう一つ幸運だったのは、ランドたちラールシア軍が出発してすぐに再び雪がふりだし彼らがいた形成を隠してしまっていたのだ。こうして、ラールシア軍はフィスノダ国側の気づかれることなくその夜ルッソラの森に到着した。
ランドたちがルアボ村を去っていくのをルアボ村を一望できる断崖の上から先ほどの男達がラールシア軍一行を見下ろしていた。
突然どこからともなく突風が吹き抜け、その男の顔を覆っていた布が空へと舞い上がり、後ろに束ねていた長い黒髪が風になびいていた。猛々しいその姿はどことなくランドに似ているようでもあった。
「ランシェルド! 俺達の定めはもう動き始めているんだ。早くあいつを解き放て!」
男は腰につけていた剣に手をやりながら呟いた。
「ジイール様、そろそろお戻りになりませんと」
「わかった」
ジイールと呼ばれたこの男が、のちにランドとマルーシャにとって新たな敵となって立ちはだかり、この戦いの終結が、新たなる戦いの序章に繋がっているということを予感しているのは、今この瞬間ランドただ一人だけであった。




