シアフィスの森③
翌朝、先に目を覚ましたのはランドだった。
ランドは夜中にも一度目を覚ましていた。
少し横になるだけのつもりが知らないうちに熟睡してしまっていたらしく、時間はすっかり真夜中を過ぎていた。
さらに驚いたことに、マルーシャは熟睡しているにもかかわらず、ランドの服をしっかり握りしめたまま眠っていた。
ランドは体を横に向け、そっとマルーシャの手を離そうと試みたが、マルーシャの手は一向に力が緩む気配がなかった。
仕方なく服から手を引き離すのを諦め、自分の体を少しずらし、自分の体にかけられていた毛布をマルーシャの体にかけて、また仰向けになり満天の星に視線を向けた。
(そういや何年ぶりかな、こんな場所で仰向けで星を眺めるってのは…これから戦場に向かうっていうのになんだか昔に戻った気分だ。ラールノダ…この戦が終わったら時間を作って調べてみるか…結局王妃様は何も語らずに逝ってしまわれたしな…まあ緑の宝玉を俺にといった真意がいつかわかる時がくるだろう。だがもう少し待ってくれ、お前達の望みのものはいつか必ず探しだしてみせる。だが今は無理だ、この戦が終わるまでどうか俺達に力を貸してくれ、もし俺の身に何かあったらマルーシャを守ってくれ)
ランドは暗闇に向かって心の中で叫んだ。
ランドにも気づいていたのだ。
周りを取り巻く魂の存在を…暫くするとランドはまた眠りこんでしまった。
それからまた時が過ぎ、辺りは霧が立ち込め、かなり明るくなり始めていた。
「きゃあ!」
川の流れる音だけが響く静けさの中に突然マルーシャの悲鳴がとどろいた。ランドは反射的に飛び起き身構え、辺りに目をこらしたが何の気配もない
「マルーシャどうしたんだ?」
ランドは周囲に意識を集中させながらマルーシャを見ずに言った。
「あっ足の辺りになっ何かいる…」
ランドがマルーシャの足に視線を移すと、確かに夜中ランドがかけた毛布の中で何かがうごめく気配があった。硬直しているマルーシャにランドは勢いよく毛布をめくった。
するとそこには小さなリスが紛れ込んでいた。思わぬ侵入者に思わずランドは笑いだした。
「マルーシャ…こんなことでビビッているようじゃどうしようもないな」
「なっ何よ、ちょっちょっとビックリしただけじゃない!」
マルーシャは足元のリスを手に取ると、そっと岩の下におろし逃がしてやりながら真っ赤になって反論した。
「ビックリねえ…くっくっくっ」
笑いをこらえているランドにマルーシャはプーと口元を膨らませてそっぽをむいた。
「ごめんごめん、機嫌をなおせよ」
ランドは毛布をたたむと側にいる愛馬のダノンにつけているサドルバッグの中に毛布をたたんでしまいながらふくれているマルーシャにもう一度あやまった。
そして立ち上がると川岸に行き、冷たい水で顔を洗い腰の水袋に水を入れた。
「わっわかればいいのよ」
マルーシャも立ち上がるとあわててランドの横に行き、真っ赤になった顔を冷たい水で冷やした。
マルーシャは自分の顔に水をかけながらランドのあんな笑顔を久しぶりに見た気がして心の中で小さな侵入者に感謝しながら自分も水袋に水を注ぎ入れた。
(ランドのあんな笑顔は久しぶりに見た気がするわ。なんだか得しちゃった。ありがとうリスさん)
マルーシャはそんなことを心の中でつぶやきながらボーッと水辺を眺めていると、ランドのいつもの鋭い声が飛んできた。
「おいマルーシャ、いつまで顔を洗っているんだ! さっさと出発するぞ。どうやら雲の流れが速いからな天候が荒れるかもしれないからな」
マルーシャは声のした方を振り向くと、ランドはすでに二頭の馬の手綱を引いて待っていた。マルーシャはあわてて立ち上がりランドの方に駆け出したが、突然立ち止まると振り向いて川向こうの方角に向かって一礼した。
「ランド待って!」
マルーシャは野外のそれも硬い岩場で寝たにもかかわらず、うそのように体が軽くなっていたのに気付いた。今までにないすがすがしい気分の朝を迎えられたことに、ランドの言うように、遠いご先祖様達が心と体を癒し守ってくださったのかもしれないと、昨夜の不気味さは吹き飛び、聖域を身にしみて実感しつつ、つかの間の休息をランドと自分に与えてくれたことに感謝した。
「ねえランド、この戦が終わったら、いつかこの森で眠るご先祖様達のお墓の場所に連れて行ってよね」
マルーシャはもう馬に乗り待っているランドに向かって言った。
「ああ、この体調の回復のお礼と戦いの終結の報告をしになっ」
そう言いながらランドは今までの疲れがうそのように消え、軽くなった自分の体の変化を実感しつつ、周囲に視線を向け先に馬を走らせ始めた。
マルーシャも急いで馬に跨り微笑みながらランドの後を追った。
もう二人は戦士の顔に戻っていた。
二人が立ち去った後にはそよ風に混じって懐かしいふるさとの歌声のような風の音が微かに静まり返った川辺に漂っていた。




