出発②
やがて空が少し明るくなりかけてきた頃、マルーシャは厩舎の中の干草の上にいた。
ランドが夜明け前には出発するだろうと予想してグレナが出て行ってすぐにこっそり部屋を抜け出してこの厩舎に隠れていたのだ。
どれだけ時間が過ぎただろうか、マルーシャが干草が積まれていた場所の上で居眠りをしてしまっていた頃、朝靄の中を馬屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。
マルーシャはハッと目を覚まし、干草の中に身を隠して様子を伺っていると、足音の主はランドだった。
マルーシャは干草の中から飛び出してランドに近づいた。
「ランド! 出発するつもりなんでしょ。そろそろかなって思って待っていたのよ」
「マルーシャ! どうしてお前がここにいるんだ!」
ランドはマルーシャの姿を見てビックリしたような顔をしながらも、大きなため息を一つ付き、小声だが怒鳴り声に近い口調で言った。
マルーシャはランドの怒鳴り声で一瞬顔を背けたが、ここで引き下がれば置いていかれると直感したマルーシャはあえて落ち着こうと深呼吸してから顔をあげてランドを見上げた。
マルーシャはランドがいらだっていることを感じとっていたがここで引き下がるわけにはいかなかった。
「ランド、私も一緒に戻るわ」
マルーシャの答えにランドは首を横に振った。
「マルーシャ、戻るのは俺一人だけだ。お前の気持ちはわかるが、これから先はよりいっそう危険が増す任務だ。やはりお前はここにいたほうがまだましだ。お前の警護は総帥に頼んである」
それだけ言うとランドはマルーシャの横をすり抜け、足早に自分の馬の方に向かった。
マルーシャは一瞬ためらったが意を決して走り出し、ランドの前に割り込んで両手を広げた。
「そんなこと改めて言われなくてもわかっているわ。それに私はあなたにとって足手まといな存在なのもわかっている。そりゃあ、お母様を刺した敵がどこの誰なのか、犯人がこの城に侵入してきて既に死んでいる中にいたのかや、ここにいて本当にお父様も大丈夫なのか、気になることだらけよ。だけど、私が今いるべき場所はここじゃないことだけはわかるわ。だって…」
マルーシャはランドの鋭い睨みに心がくじけそうになりながらも、負けずに睨み返しながら話を続けた。
「だって私は兵士なのよ。これ以上犠牲者が出さない為にも早く決着をつけなきゃいけないのよ」
「だが、それをお前がやらなくてもフツ王さえ打てば蹴りがつく。もしお前に何かあったらラールシアがもっと状況が悪化するんだぞ」
「わかってる。わかってるけど、私は嫌なの、何もしないでお姫様をしているのが、兵士になってこの半年、既に私のこの手は誰かの血で染まってる。だけど、誰かが終わらせなきゃいけないのよ。私はこの国の王女として、それを他の人に背負わすことはしたくない。あなたでもね」
「マル―シャ」
「ランド、私が一緒だったらあなたの足手まといになるかもしれない。誰かが私の犠牲になるかもしれない。だけど、私はそんなことにはならないように未来を変えてみせる。私が今しなきゃいけないことは城にいてお姫様をやることじゃないわ。ここにいても命の保障はどこにもないでしょ。今私も死ぬ運命にあるのだとしたらどこにいても同じはず。ねっランドお願い、ラールシアの王女である私がこの手でこんな戦いに終止符を打たなきゃいけないの。それにはあなたの手助けが必要なの。それがこの戦いで命を無くしてしまった多くの兵士たちのせめてもの罪滅ぼしなの」
「マルーシャお前は…」
ランドは言いかけた言葉を飲み込んで心を落ち着かせようと厩舎の天井を見上げた。
マルーシャは不安な気持ちを押し殺しながらランドが口を開くのを待った。
暫く沈黙が続いてランドが重い口を開いた。
「わかった。お前の命一つぐらい俺が守ってやる。一緒に行こう。ただしこの戦いが終わったらお前は軍を辞めてお姫様に戻るんだぞ。いいな」
「でも…」
「でもはなし、この約束が出来ないのなら話は終わりだ。今すぐ部屋に送り返す」
ランドからの予想外な交換条件に戸惑ったマルーシャだったが、暫く考えている内にいいアイデアを思い付いた。
「わかったわ…約束する。でもランドも約束して、この戦いが終わったら私の願い事を一つでいいからなんでも聞くこと」
ランドはマルーシャの返答に面食らいながらも、さっきまでの苛立ちが消えていくのを感じていた。
ランドはマルーシャに笑みを向けて言い返した。
「その約束…俺の方が不利じゃないのか?」
「そっ、そんなことないわよ。だって私の方が大変じゃない…」
最後の方はランドには聞きとれないほど小さな声でつぶやいた。
マルーシャは下を向いて小さくブツブツ言っていると、ランドが突然笑い出した。
「まったく…俺の負けだ。約束するよ。戦いが終わったら何でもいうことを聞いてやるよ。但し俺ができることでだ」
「じゃあ…一緒に行ってもいいのね。ありがとうランド! 大好き」
そう言うなり、マルーシャはランドに飛びついた。
「そうと決まれば急いで出発しないと夜が明けてしまうぞ。夜勤の門番には話しがついてある。お前はフードを深く被って俺についてこい」
ランドはそっけなくマルーシャを放し、くるりと向きをかえて馬の方に歩きだした。
ランドは厩舎の中がまだ薄暗いのを神に感謝した。




