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出発①

旧礼拝堂を飛び出したマル―シャは何も考えずただ城の中を走っていた。


城内は敵からの襲撃に備え厳戒態勢がとられ、スーリア王妃の葬儀の準備も重なり、城中にかがり火がたかれかなりの明るさだった。


城で働く者たちや兵士達も慌しく行き来していた。

マル―シャはずっとランナに言われた言葉が頭の中で繰り返し響いていて自分がどこを走っているのかわかっていなかった。


(私が行くことで誰かが犠牲になる…でも)


マル―シャにはここに留まるという選択肢は考えられなかった。だが、自分の命の代わりに誰かを犠牲してまで自分がいく意味が本当にあるのだろうか。この時マル―シャには初めて迷いが生まれていた。


「待てっていっているだろ! どこに行くつもりだ!」


不意に自分の腕を掴まれて初めて自分が裏門の前まできていたことに気が付いた。

門番がちょうど駆け寄ろうとしている所だったようでランドが手で制しし、兵士たちは再び持ち場に戻って行った。


マル―シャはその時初めてランドが旧礼拝堂から追いかけてきていてすぐ側にいるのに気付き、小さな悲鳴をあげてしまった。


「きゃあ! ランドいつからいたの。ビックリするじゃない! 離しなさいよ」


ランドは両手を胸のところに当てながら真剣な顔で驚いているマルーシャをみて、小さく苦笑いをしながら首を横に振っただけで何も言い返す気にはなれなかった。


「マルーシャ、お婆の言ったことはあまり深く考えない方がいいぞ。ほら、部屋まで送ってやるから目を開けてちゃんとついてこい。後で何か運ばせるように伝えておくから、何か食べたら早く寝ろ」


そう言うとランドは先に歩き出した。

ランドはマルーシャを部屋の前まで送り届けると、何も言わずに城のどこかへ消えて行った。


マルーシャは部屋に戻って扉を閉めて始めて、ランドがいつ仲間達の元へ戻る気でいるのか聞きそびれていることにようやく気付いた。


あわてて扉を開けたが、そこには警備のためにマルーシャの部屋の前に見張りをしにきた兵士以外ランドの姿はやはりもうなかった。


マルーシャは急に不安になってきた。

ランドはもしかして一人で出発する気なんじゃないだろうか? 

そう考えだすと急に落ち着かなくなってきた。


「もしかして私を城に残して一人で戻る気なんじゃ…そうよ、そんなに長い時間ここに滞在する理由がないもの。そもそもランドがここに戻ったのは私の護衛だったはずだもの。それならすぐにでも出発するに違いないわ」


そんなことを考えだすととても眠るどころではなかった。

もう時間は日が変わってしまっていた。


マルーシャが部屋の中をうろうろしていると、部屋を誰かがノックした。

マルーシャはランドかもしれないと勢いよく扉を開けた。

「ランド!」


マルーシャは叫びながら勢いよく扉を開けてみると、そこには侍女頭のグレナとエセルが立っていた。


「マルーシャス様? ランシェルド様がどうかなされましたか?」


「いっいいえ、何か私に報告することがあるのかなって思っただけよ…」


「さようでございますか。ところでマルーシャス様、城にお戻りになられてから何も召し上がっていらっしゃらないと聞きましたよ。何か召し上がらないとお体にさわります。軽い食べ物を用意いたしましたのでお召し上がりになってくださいませ」


「ありがとう。でもグレナあなたもずっと寝ていないのではないの? 目が真っ赤よ」


「ご心配をおかけして申し訳ありません。わたくしは大丈夫でございますよ。スーリア様のご葬儀の儀式が終わりましたら少しお休みを頂きますから、それよりもマル―シャス様の方がお疲れのようですよ。戦場ではきちんとお休みになられていらっしゃらないのではありませんか? 今夜はきちんとお休みになってお体をお安めくださいませ。それには何かお腹にいれませんと体力が回復いたしませんわよ」


「そうね…せっかくだから久しぶりにグレナ特製の野菜スープだけでもいただこうかしら」

マルーシャは食欲がなかったがグレナは何もなしではひきさがらないのは知っていたので、無理にでも食べることにした。


「入っていいわ…」


マルーシャがそう言うと、グレナはにっこり笑って軽く一礼すると、エセルと共に食事を運び入れながらマルーシャの前を横切り、部屋のテーブルに食事の用意を整えた。 


エセルはすぐにマルーシャに一礼して部屋を出て行ったがグレナは食事が用意されているテーブルの横に立ちマルーシャが席につくのを待って、マルーシャの向かいの椅子に腰掛け、じっとマルーシャの顔を覗き込んだ。

マルーシャは自分の心の奥まで覗き込まれているような気がして落ち着かなくなってきた。


「グレナそんなに見ないで、落ち着かないわ」


「マルーシャス様、他の者はごまかせても、このグレナの目はごまかせませんよ。すぐにでも戦地にお戻りになられようとお考えになっていらっしゃるのでしょう。でもランシェルド様のお気持ちをまだ掴めていない。違いますか?」


マルーシャは降参といわんばかりに大きくため息をついてグレナの顔を見た。

「まったく、グレナにはかなわないわね…その通りよ。お母様がお亡くなりになった今、私がこの城に留まっている理由がないわ。今こうしている間にも多くの仲間達が必死になって戦っているわ。私の今いるべき場所はここじゃないわ。私が行くことで誰かが犠牲になるかもしれないけれど、でも…」


「そうですね、あなた様の剣術はまだまだ未熟、殿方の力の前では誰かにえん護していただかないと戦えないのかもしれませんわね。それを踏まえますと、あなた様がいらしゃると戦地の兵士の方々のご負担が増えるのも事実ですわね」


「そうよ、でも」

マル―シャもそれは痛いほどわかっていた。わかってはいるのだが、心が叫ぶのだ。ここにいては駄目だと


「マル―シャス様、わたくしは兵士ではありませんから、これはわたくしの独り言でございますが、戦地の兵士にとってはあなた様の存在はけっして邪魔にはならないと思いますわ。守りたものが側にいる時は人はすごい力を発揮するものですわ。何もできない時もございますが、わたくしは、あなたさまの想いのままになさった方がよろしいかと思います。たとえ誰かの犠牲があったとしても。ランシェルド様も心の奥ではご一緒にお戻りになりたいと思っていらっしゃるのではないでしょうか。ただ、お迷いになっているかもしれませんね。戦地は常に危険な場所ですからね。こちらの城にいても100%安全とはいいきれませんが」


「・・・」

「マルーシャス様はだまってランシェルド様をお見送りになられるおつもりなのですか?」

「そっそんなことしないわ! もちろん一緒に行くつもりよ。お父様はきっとこのまま私はここに残るようにっていうと思うけれど。私の予想では…お母様の葬儀の前には城をでていると思うのよね。そうなると出発は夜明け前だと思うのだけど…もしランドにも城にいろって言われたら…」


「ランシェルド様がそうおっしゃられましたらマルーシャス様はおとなしく引き下がるおつもりなのですか?」


マルーシャは返事の代わりに大きく首を横に振った。それを見たグレナは軽く頷いた。


「それでこそマルーシャス様ですね。スーリア様とはきちんとお別れをお済ましになられましたか?」

「ええ、もう済ませたわ。グレナ? 私がまた戦地に行くこと反対しないの?」


「わたくしが反対いたしましてもマルーシャス様は行かれるおつもりなのでしょう。それに、スーリア様も生きていらしたらきっとだまってお見送りになられたと思いますよ。ただし、グレナは一言申し上げておきます。必ず、必ず生きて返ってきてくださいませ。もう…」


グレナは何かをいいかけたがぐっと言葉を飲み込みマルーシャの手を自分の手の平にのせ、じっとマルーシャの瞳を見詰め笑顔を見せた。

マルーシャはグレナの顔を見つめ返しながら力強く頷いた。


「わかったわグレナ、約束する。はあっ…グレナと話しをしたらなんだか急にお腹がすいてきちゃったわ」

マルーシャがそう言うと二人は顔を見合わせて笑った。


「それはようございました。冷めないうちにたくさんお召し上がりくださいませ」


グレナと話しをしたことでマルーシャは心のもやが晴れたようなすがすがしい気持ちになっていた。

マルーシャはスープ以外にもグレナが持ってきた食事を勢いよく食べ始めた。


そして、マルーシャが食べる終わるのを見届けると、グレナは食事を運んでいたワゴンの下からおもむろに小さなバッグを取り出し、マルーシャに手渡した。


「これはなあに?」

マルーシャが聞くとグレナはにっこり笑ってこう答えた。


「いつものでございますよ。途中、ご休憩をなされた時にでもお開けくださいませ」


マルーシャは頷いて受け取った。

グレナは立ち上がりマルーシャに近づくと彼女の体をギュッと抱きしめた。


「マルーシャス様お約束ですよ。必ず生きてお戻りくださいませ」

「グレナ…ありがとう。行ってくるわ」

「お見送りはいたしません。ご命運をお祈りしております」


それだけ言うとグレナは食事を片づけると、扉の前で一礼すると部屋を出て行った。

マル―シャの決意は固まった。


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