スーリア王妃の死⑥
マル―シャはストンとその場に腰を落とすと茫然としたように言葉を無くしていた。
最初に立ち上がったのはランナだった。
ランナは杖を突きながら中央まで歩いて行くとそこに敷いていた白い布を手に掴むときれいに折りたたんで小さな声で呟いた。
「まさか、あの場で会話をするなんて聞いたことがないわ。まったくお前さんといい、スーリアといい、私の忠告を無視ばかりしおって、なんだいあの笑顔は…わしは一言もしゃべりかけることができなかったではないか。ここを準備したのはわしだというのに、ただ疲れただけじゃわい」
ランナはブツブツと文句をいいながら呟いた。
「あの、すみません。今のはいったい、それにあの少年はもしかして」
我に返って立ち上がると白い布を肩にかけている鞄に終いこんでいるランナに近づき話しかけた。
「はあ…お前さんの想像通りだよ。この場所はね、この城で死んだ者が天に行く為に通る道だ。わしはスーリアの命を救ってやることができなんだ。だからせめて最後にわびの一言でも言おうとここで待っていたっていうに、とんだ邪魔が入っちまって何もいえなかったではないか。世界一の薬師ランナフィア・リルハーンの大失態に謝罪もできなかったとは」
「大失態?」
「ああそうだよ、お前さんの母親の体内に入った毒の解毒薬をあ奴が生きている間に完成させることができなかったんだよ。完成しても間に合わなかったら同じだからね。まったくあやつには前からどこかに避難しておれとあれだけ忠告してやったのに、あのざまだ。わかっていながら救えなかったなんて、一世一代の恥だっていってるんだよ」
「もしかしてお母様は命の危険が迫っていることを知っていたっていうのですか?」
マル―シャの問いかけにランナはジロっとマル―シャの顔を睨みつけたかと思うと、またため息をついてめんどくさそうに言った。
「この世の中にいる人間にはお前さんの知らない能力を持つ人間なんか腐るほどいるんだよ。何も珍しいことでもないわ。現にお前さんだって声が聞こえるんだろう。大地やいろんな声がね」
「どうしてそれを…」
「ふん、私を誰だと思っているんだい。あああ、くたびれもうけだよ。まっお前さんには何を忠告しても聞きやしないとは思うが、忠告ぐらいはしてやるよ。戦場に行くのはおやめ、後悔することが起きるよ」
「後悔? 何を後悔するっていうんですか?」
「さあね、そこまでお前さんに教えてやる義理もないね。女だてらに兵士になって戦場に乗り込んで多くの犠牲者をだして何がしたいんだい。お前さんが行かなくてもそこにいるランドらが勝利を掴んでくる未来ぐらいお前さんにだって想像できるだろうに」
「わっ私はただ…」
マル―シャが言いかけてランナがさえぎった。
「ただ、じっとしていられなかったっていいたいんだろうけどね、覚えておくんだね。お前さんが行くことで、お前さんを助ける為に犠牲になる命があるかもしれないってことだよ。自己満足で戦場に行ってせいぜいあがいてくるといいさ」
「言われなくてもわかっているわ、私は足手まといよ。だけど、あなたになんか絶対わかりっこないわ。未来は変えられるからこそ未来なんだもの。暗雲が立ち込めていたって必ず晴らしてみせるわ。この悲しい戦いは誰かの手で終止符を打たないといけないのよ。それは誰かに背負わせていいものじゃない。王家に生まれた人間の誰かが終止符を打つ必要があるんだから」
マル―シャはそういうと、その場から勢いよく離れて礼拝堂を出て行ってしまった。
「おっおいマルーシャ待てよ!」
ランドがあわててマルーシャの後を追いかけてランナの横を通り過ぎようとした時、ランナがランドに向けて小さな小瓶を投げた。
それを受け取ったランドがその小瓶を握りしめながらランナの顔をみると、ランナはいつになく真剣な表情でランドの顔を見て言った。
「その小瓶には新しい毒の中和液が入っておる。スーリア王妃の為に作っておったのだが間にあわなんだ。それはお前さんが持ってお行き。これから先、それが必要な時がくるやもしれぬでな。ランシェルドよ…再び運命の歯車が動き始めてしまった。今となってはもはやどうにもできぬ…気を付けるのじゃぞ。本当の敵はフツ王以上に厄介じゃ。お前さんの周りに暗雲が立ち込め始めておる。必ず生きて戻ってくるのだぞ、あの王女共々じゃ」
「お婆こそ、後のことは俺に任せろ。戦いが終わったら俺がけりをつけてやる。それまでくたばらないでくれよ」
ランドは受け取った小瓶をポケットに突っ込むと、何かを改めて決意したかのように凛とした表情でもう一度ランナを見て急いでマルーシャの後を追って行った。
後に残ったランナは小さく笑みを浮かべながら天井を眺めながらつぶやいた。
「ふん、あやつも生意気を言える歳になったってことかい。じゃあ老いぼれは大人しく待つとしようかね。未来ある若さとは羨ましいものじゃ。スーリアよ…少なからずお前様の運命を変えてしまった罪滅ぼしに、せめてあそこの最後の守り番として、この年寄りがお前様の代わりに見届けようではないか、お前様が命と引き換えにして守ったものが果たしてあの子らの未来をどう変えてゆくのか…ランシェルド・ティーゼルン、マルーシャス・ロウェン・ラールシア、未来が今を生きる人間の行動によって常に変化し続けているように、人に課せられた運命もまた常に変化し続けておる。じゃが、それに飲み込まれるかまた未来を自ら光に変えて行くかは、今を生きる者達の心意気次第でどうとでも変化するものじゃ。必ず生きて勝利を掴んでくるのだぞ。ラールノダの選ばれし光の子らよ」
ランナの目にはまだ若い二人をやさしく見守るイクーリア神と亡きスーリア王妃の姿が映っていた。




