地底人④
そんなルカの代わりに反応したのはマルーシャだった。
マルーシャはルカを押しのけ、目を輝かせながらその少年に近づこうと歩き出した。
「私はマルーシャよ。ねえ、あなた地底人なの? この水が何なのか知っているなら教えてもらえないかしら?」
マルーシャはその少年にさらに近づこうとしたので、マルーシャの腕をルカが引っ張って自分の後ろに引き戻した。
「もう痛いじゃない」
「マルーシャ、敵だったらどうするんだよ」
「大丈夫よ、もし地底人がいるんだったらすごい発見じゃない」
まるで危機感のないマルーシャに飽きれながらもルカはランド達がいないこの状況でマルーシャを守らなければいけないという意識で神経をピリピリさせながら目の前の少年から目が離せずにいた。すると突然、その少年が笑い出した。
「何がおかしいんだ」
「これは失礼、こんな場所でラールシアの王女様にお目にかかれるとは我ながらなんという幸運だと思ってね。確かにここでこのギロダ産の剣で君達をやればラールシアは面白いことになるだろうな。ラールシアはフィスノダ以外にギロダとももめることになれば自滅も近いだろうな」
「なんだと、やはり貴様フィスノダのスパイか!」
ルカは剣を目の前で構えなおした。
「ちょっと待ちなさいよルカ、彼は敵じゃないわ」
「マルーシャ! こいつの今の言葉を聞いていなかったのか? こいつは明らかに敵だろうが。お前の正体を知っていること自体あやしいじゃねえか」
ルカはそういうなり謎の少年に切りかかった。少年はルカの短剣の先を軽々とかわすとスッと体を反転させ、すばやくルカの後ろへ回り込むと、首の辺りを力強く叩き、ルカをその場に気絶させた。
「ルカ!」
マルーシャは目の前に崩れ落ちたルカに駆け寄り気絶しているルカが息をしているか確かめキッと目の前の少年を睨み付けた。
「どこの誰だか知らないけど、今のはルカが悪いわ。命をとらないでいてくれて感謝するわ。でもこれ以上ルカに何かしようと思っているのなら、今度は私が相手よ。でもその前に一つ訂正があるわ。あなたは間違っているわラールシアは自滅なんかけっしてしない」
「うわさ以上に気が強い王女様だ。命乞いをする気は毛頭なさそうだな」
剣を出す様子もなく無表情のままの少年はマルーシャと同じ赤い瞳をじっとマルーシャにむけながらいった。
「ねえ、どうして私が王女だってわかったのか教えてもらえないかしら? あなた私に会ったことがあるのかしら?」
「さて、どうしてかな」
少年は面白そうに笑みを浮かべた。
「残念だけど、あなたの予想ははずれるわ。私の命はまだ尽きる予定にはなっていないもの」
「たいした自信だな。まあいいさ、僕も今ここで君達を殺すつもりはないよ。君が言ったように、君の未来はこの先も続いていて先の未来で光の存在になるだろうからね。たとえラールノダが復活しなかったとしてもね」
「あら、どうして私が思っていることがわかったの? 私はいつかフィスノダ国とも必ず仲直りして、ラールノダを復活させるために、みんなを導く光みたいな存在になるつもりなのよ。あなたはラールノダを知っているのね」
「ああ知っているとも。悪霊に滅ぼされた伝説の国の名前だろう。あんな国を復活させたところでなんになるっていうんだ。2つの国の片方が勝利したら、もう一つの国は奴隷としてこき使われて、とことん衰退していくだけだ。いっそのこと、ドノーエ大陸から人間なんかいなくなればいいんだ。闇神に支配された国なんか再生するはずがない」
「そんなことはないわ」
「私はいつかこの大陸のみんなを仲良くさせて見せるわ」
「みんな仲良く、そんな夢物語をみているようじゃあ、フィスノダ国に攻め込まれるのに時間はかからないだろうな」
「夢じゃないわよ!」
「何も知らないお姫様の空想にすぎないな。まっせいぜい、攻め込まれたら、命だけは助かるように逃げ道は探しておくことを進めるよ」
「そんなことにはならないわ。だってこの国にはイクーリア様がいらっしゃるもの、いつかフィスノダ国も私達と仲良くしてくれるわ」
「ふん、ただの気休めだな、神なんてこの世にいるわけがないんだよ。いるのはこの世に未練たらたらの間抜けな亡霊だけだ」
「亡霊? じゃあ、私がその亡霊たちも神様と仲直りさせてあげるわ。そうしたらきっと、戦いなんかすぐやんじゃうわ。ラールシアとフィスノダ国が仲良くなったらキューラ城は現れるわ」
「ふん、何百年もいがみあっている国なんかどう考えたって一つになんかになれないさ、どちらかが倒れるまで終らない。また瓦礫の山がつもるだけだ。夢は持つだけ損だ」
「違う違う! 夢は希望の光になって、きっと未来を照らすってお母様がおっしゃっていたわ。ラールノダは復活するわ。そして人々を幸せに導く希望の象徴になるんだから」
「ラールノダか…まだ、大昔の昔話を信じている人間がいるなんてな。だけど、あったとしても廃墟になっているだけだろうな。朽ち果てた大昔の城跡をみつけたところで戦いで壊れた絆なんか一つになるわけがないさ。それこそ幻だ」
「そんなことない。フィスノダとだってきっと仲良くなれるわ。今は戦いをしているけれど、いつかお父様がきっと終らせてくださるわ。そしたら、いつか私はラールノダの女王になるのよ」
「フィスノダ国が勝つかもしれないのにか?」
少年の言葉にマルーシャは始めて言葉に詰まってしまった。
そして暫く沈黙が続いてマルーシャの口から飛び出したのはラールノダ語だった。
「グルーバローン オンベリーム デニローバ」
青年は驚いたよう顔をマルーシャに向け同じ言葉を呟いた。
「全ての世界が永久に一つであれか。そんな夢物語の世の中なんか来るわけがない。もし、君に2つの国の心を一つにすることができたら、僕は君のしもべになってやるさ。闇の王に勝つことができるものならな。せいぜい闇神に命をとられないように気をつけるんだな」
小年はそういうと向きを変えて二人の前から遠ざかろうとしていた。
「待って! あなたどうしてこの言葉の意味を知っているの? あなた名前は?」
「セジ、いやジイールだ」
ジイールと名乗った少年は振り向きもせず答えた。
「ジイール。これあなたにあげるわ」
マルーシャは自分の首にかけていた石のネックレスをはずすと少年にむかって投げた。
「それね、四葉のクローバーの形をしているでしょ。スシュル湖でみつけたのをネックレスに加工してもらったの、私の宝物よ。お母様に聞いたんだけど、四葉は幸せの象徴だけど、もう一つ、石には身代わりも引き受けてくれる力を秘めた石もあるんですって。あなたを悪いものから守ってくれるわ。だからそれをいつも持っていたらあなたが危険な時守ってくれるわ。ルカを毒から救ってくれたお礼よ。この水人間には毒水なんでしょ。ねえ、いつか私が2つの国を一つにできたらジイールもラールノダの復活を手伝ってね」
その石をジイールが受け取ると急に笑い出した。
「はははははっ、ラールノダに、幸せの象徴か、おめでたい王女様だな。全部僕には縁を切った代物だ。あいかわらず変った王女様だな。君は、こんな石ころで幸せになんかになれるわけないだろう」
そういいながら手に受け取っていた石を投げ返そうとしたジイールだったが、小さく微笑むと、ポケットにその石を突っ込んで、足元に置いていた小さな小瓶を持ち上げるとマルーシャに背を向けて言った。
「マルーシャス王女、君がもし僕の本当の願いを叶えてくれたら約束するよ。まっ無理だろうけどね」
「待って! あなたの願いって何? あなた何者なの?」
マルーシャの言葉に何も答えようとせず、そのまま立ち去ろうとしたジイールだったが、ふと足を止め、マルーシャに向ってその小瓶を投げた。マルーシャがそれを受け取るのを見届けてから言った。
「ここの水は湖の水を完全に元に戻す効力はない。この水は単なる枯れた大地に少しの潤いをもたらすきっかけを大地に起こさせる水だ、人間が飲むと、のどが焼けどのような症状になってしまうけど、枯れた泉には効果があるようだよ。君の湖の水を元に戻すには湧き水もしくは、二つの聖水の水と別の場所に湧き出ている湖の水と、雨乞いの儀式の後に天から降り注がれる最初の神の涙を入れることができたら、そいつと合わせれば聖なる湖の水は元に戻るはずだ」
「あなたどうしてそれを」
「フィスノダ国はお前達の湖を汚して、内側からダメージを受けさせるつもりらしいけど、この国の光はまだ失われていないようだな」
「雨乞いの最初の神の涙…」
マルーシャがそういいかけた時、マルーシャとルカが通ってきた道の方から二人を呼ぶランドの声が聞こえてきた。
「マルーシャ! ルカどこにいるんだ!」
「ここよ」
マルーシャは一瞬、声のする方に視線を移して叫んだ。ランドの声とアルの声だった。
「また会おう!」
マルーシャが振り向くとそこにはジイールと名乗った少年の姿はなかった。




