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地底人①

真夜中、ランドが熟睡しているマルーシャを起こした。


「どうしたの、もう朝なの?」

「寝ぼけていないで目を覚ませ、出発するぞ」


ランドは小声でマルーシャの耳元でささやいた。よく見ると、すでにマントもつけ準備を整えていた。


「まだ真夜中でしょ! 今から出発ってどういうことよ。パンを売るお手伝いをするって約束しているのよ」


マルーシャは信じられないというかのように小声で反論した。


「このまま祭りに参加したら俺達のことが兵士達に見つかって水を持って帰れなくなるかもしれないだろ。先に水を汲みに行って水を汲んでから、戻って手伝っても十分手伝える時間はとれるはずだ」

「でも…」


マルーシャは納得がいかないというかのようにベッドから起き上がろうとせずぐずっていた。その時、パンを焼く準備を始めていたラバンナが扉の向こうに立っていた。


「姫様、私の事はお気遣いご無用ですよ。パンは焼きあがるのを待つだけですし、売るのは一人ででもできますから。ここは都からくる方達がたくさん通る道ですから、毎年パンを買ってくださるお客さんはかなりいらっしゃるんですよ。それに今頃の海の干潮は明け方ですから今から出発すれば間に合いますよ」


「ラバンナさん、最後までお手伝いできなくて申し訳ありません」


ランドの隣に立っていたアルが頭をさげた。


「いいえ、もう十分すぎるぐらい手伝っていただきましたよ。そうだわ、家の幌馬車でよろしければぜひ使ってくださいませ。姫様方の馬で行かれますと、巡回している兵士の方々に見つかってしまう恐れもありますでしょ」

「えっ?」


ラバンナは全て見透かしているかのようにほほ笑んでウインクしてみせた。


「いいのですか?」


ランドも驚いてラバンナのほうに振り向きながら聞き返すとラバンナは大きく頷いてみせた。


「でも、そしたらラバンナおばあさんが困るでしょ」

「もう祭りの準備は終っていますから、帰りに返してくだされば大丈夫ですよ」

「でも」


「ねえマルーシャ、お祭りの開始には間に合わないかもしれないけど、今から馬車を借りて急いで海岸に行って水を汲んで戻ればお昼過ぎには戻ってこられるんじゃないかな。そしたら、手伝いができるんじゃないのかい」


アルの説得で迷いがでてきたマルーシャにラバンナが優しく付け足した。


「姫様、祭りの本番は夜ですから十分間に合うと思いますよ」

「夜?」


「はい、昼間はどちらかといえば、バザーや食べ物関係の屋台がメインですが、夕方から泉のある広場で、村人そうでで、楽器を奏でて雨乞いの舞を踊るんですよ。そして、一番盛り上がるのは日が暮れてからですよ。その時は見物客も入り乱れて凄いにぎやかなんですよ。もちろん屋台もたくさんでるんですよ。あちこちにたいまつを焚いてきれいなんですよ」


「へえ~、なんだか楽しそう。じゃあ早く行きましょうよ。ラバンナおばあさん、本当にありがとう。このお礼はまた今度城に来てくれた時にするわ」


マルーシャはそう言うと、早速扉に向って歩きだした時、ラバンナがマルーシャを引き留めた。


「では、出発前にせめてこれを飲んで行ってくださいな。寝ている間には大量に汗をかくものですから水分補給をしておかないと一日元気よく動けませんからね」


 ラバンナはそういうと、ヤギのミルクをコップに注ぐと、出発しようとしていた四人にそれぞれ手渡した。四人はそのミルクを飲み干すとテーブルに飲み終えたコップを置きラバンナにそれぞれ礼を言った。


「よし、じゃあ出発だな。ラバンナさん本当にお世話になりました。幌馬車は遠慮なく借りて行きます」


ランドはそう言うと、さり気なく、ポケットから紙に包んだ硬貨をそっと、飲み干したコップのそばに置き、裏の牛舎に向かって歩きだした。


「おっおい待てよ、朝飯抜きで行く気かよー」


ルカは、お腹の辺りをさすりながらランドに向って言った。


「何言っているのよ、朝食なんか食べていたら間に合わないでしょ。戻ってきたらお祭り会場でいろんな料理を食べればいいじゃない」


先に扉の方に歩き出しているマルーシャが振り向きながらルカに向かって言った。


「マルーシャの言う通りだ! ほらお前も早く行くぞ」


ランドとアルも既にリュックを肩にかけ、扉のところまで移動し、家の外に出るところだった。


「まったく、せっかちな奴ばかりで嫌になるなあ」


ルカはブツブツ言いながら、足元に置いていたリュックを肩にかけた。


「ラバンナさんのパンは絶品ですからきっと完売しますよ。お手伝いできなくて本当に残念です。もし昼を過ぎても売れ残っていたら俺が全部買取りますから安心してください」


「あらあら、ルカさんにそう言っていただけると、私も安心ですよ。お気をつけていってらっしゃいませ。そうそう、これを」


最後に家を出ようとしていたルカにそっと近づいたラバンナは売り物用のパンを四つ包みに入れ、それをルカの手に持たせた。


「お腹がすいていては何もできませんからね」


そう言うとラバンナは笑顔で自分も庭にでるために扉に向って歩き出した。

ルカは貰ったばかりの焼きたてのパンをリュックの中に詰め込むと、足早に扉に向った。



それから四人はラバンナから借りた幌馬車で一路海岸を目指した。道なりに進んでいくと、途中祭り会場の広場を通り過ぎた。既に広場には多くの屋台が所狭しと並べられており、中央には矢倉が組まれていた。


さすがに広場にはまだ人は一人もいなかったが、広場の隅には軍のテントらしきものが見えた。さらに道なりに進むにつれて、所どころにある家の中からは既に起きている人がいるようで、かなりの家から明かりが漏れていた。四人をのせた幌馬車はまっすぐ続く道をひたすら海岸を目指して走らせていた。



どれだけ走っただろうか、家が点在していた村は既に通りすぎ、辺りは草原が広がっていた。それと同時に少しずつ上空が明るくなり始めたころ、目の前に広大な海が目に飛び込んできた。


静まり返った朝の静けさの中、波が打ち寄せる音だけが響いていた。


「海はいつ見てもいいわね。ちっぽけな悩みなんかどうでもよくなっちゃうわ」

「そうか? ただの塩水だろ」


「ランド、あなたは相変わらず感性がひねくれているわね。どうして素直に海が奏でる音に感動できないのかしら?」


「マルーシャ、ランドにそれを求めても無理だと思うよ」


アルは小さく笑いながら隣に座ってふくれているマルーシャに向って言った。


「それもそうね、あら、いい匂いがするわね」


マルーシャはどこからかかすかにパンのいい匂いがするのに気が付いて後ろを振り向いた。すると、荷台の一番後ろに座っていたルカがみんなとは反対に座り、足を荷台からぶらぶらとさせながらリュックから2つ目のパンを取り出そうとしていたところだった。


「あー! ちょっとルカ、それ何よ」


「あっやべ、あっあのこれはだな、ラバンナさんが出かけしなに俺にくれたんだよ」

「何言っているのよ、それはみんなで食べてねって意味でしょ」


マルーシャはそういうと、よろけながら立ち上がると、ルカの座っている荷台のほうに移動し、ルカがひざの上に抱え込んでいたリュックを後ろから奪いとって中身を覗き込んだ。


「あー! やっぱり、もう2つしか残っていないじゃない。それは私達の分でしょ、よこしなさいよ」


「何すんだよ、俺にくれたんだから、全部食べたっていいじゃねえかよ」

「はあ⁈ 何言っているのよ、あなたそれでも兵士なの?」

「何で兵士が今関係あるんだよ」


「おおありよ、兵士は王女様を守らなきゃいけないんでしょ。王女様の食べ物まで食べようなんてありえないわよ」


「なんだよ、今は家出中で兵士は休業中だから関係ないだろ」

「なんですって」


マルーシャはそういうと、一口かじりかけたルカが手にしているパンもルカの手から奪い取った。


「ちきしょー、一個じゃたりねえよ、お前ら朝食は食べねえって言っていたじゃないか」


「あんなの、ラバンナおばあさんに遠慮したからに決まっているでしょ。ずうずうしく貰ってくるなんて」


「ああ、どうせ食いしん坊でずうずうしいですよ。だったら、そのパンは俺が全部食べたっていいはずだよな」

「それとこれとは別よ」


マルーシャは奪い返そうとするルカの手をスッとかわすと、また馬車の前のほうによろめきながら戻った。


ルカは諦めきれなさそうに、奪われたパンを恨めしそうに見つめていた。

マルーシャはそんなルカにお構いなしに、奪ったパンを二人に配り自分も早速パンを口に運んだ。


「少しさめてるけど、やっぱり焼きたてのパンはおいしいわね」

「ルカ、僕のを半分やるよ」


欲しそうにしているルカに向かって、アルが貰ったパンを半分にわかると、後ろですねているルカに向かって言った。


「えっいいのか? やっぱりアルはやさしいな、どこかの鬼とは大違いだ」


「なんですってアル、そんなやつほっておきなさいよ。自分の分はちゃんと先に食べちゃっているんだから」


「いいんだ、僕はいつも朝はほとんど食べないから、食欲がわかないんだ」


「そうなの? でも朝からしっかり食べないと一日元気がわかないわよ。今はまだ訓練は本格化してないけど、しっかり食べないと倒れちゃうわよ」


「うん、そうだね」


アルはそういってマルーシャに微笑み返しながらも、すでにアルのすぐそばまで近付いてきていたルカに半分パンをやった。


「悪いなあアル、今日はお前の分まで動くからよ」


ルカはそういうと半分のパンをおいしそうに口にほうばった。

ランドも何もいわなかったが、無言のまま馬の手綱をあやつりながらパンを口に放り込んでいた。





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