ロタ村のラバンナお婆さん③
翌朝、台所ではパンを焼くいい匂いが漂っていた。鶏の声で目を覚ましたランドは自分の下にひいていた毛布などをきれいにたたみ、身支度を整えた。
ランドがすっかり準備が整ったところでアルとルカも目ざめ、三人は夜の話しの途中でラバンナが愚痴をこぼしていた、オオカミよけの壊れた柵の修理にとりかかることにした。
外はまだ薄暗く、日は登ってきてはいなかったが、すがすがしい朝の静けさだった。三人が一通りの作業が終った頃ようやくマルーシャが目をさました。
「よくお休みになられましたか? 早くからバタバタして申し訳ありませんね。まだ日は昇っていませんからまだお休みになられていてもいいんですよ」
ラバンナは台所からマルーシャにチラッと視線を向けると、笑顔でまだ寝ぼけているマルーシャに向って言った。
「うーん! 大丈夫よ。よく眠れたわ」
マルーシャは大きく伸びをして言った。
「ランド達は?」
「それが、今朝早くに柵を直してくださるとおっしゃってくださって、今外で作業をしてくださっているんですよ」
「そう…ねえ、私にできることはないかしら?」
「とんでもありません。もうすぐ朝食の用意ができますので井戸で顔を洗ってきてくださいませ」
「わかったわ」
マルーシャは素直にしたがって外にでた、外は東の方角から今にも太陽が顔を出そうとしているところだった
「うーん。なんて気持ちいいのかしら、草や木達が新鮮な空気をたくさん吐き出してくれているおかげね。この静けさも素敵、朝露に濡れて草が光ってキラキラ輝いているわ」
マルーシャは暫く牧場を散歩していると、目の前に頭ぐらいの大きさの変わった形をしている石が無造作に散らばって転がっているのが目に付いた。
「あら、いろんな形の石があるわね。これなんか、ピクそっくりだわ。面白い! 他にもあるわ。あっこれなんか猫みたいだわ。それにあっこれは鳥だわ。これ何かに使えないかしら」
マルーシャは目の前に転がっていた大きな石の前にしゃがみ込んでなにやら考え始めた。
暫く考え込んでいたマルーシャは何か思いついたのか急に立ち上がり、まわりの転がっている小さな石を探し始めた。
そして、その石たちの中でとがった石をみつけるとその変わった形をした石の一つをとるとその石に傷を付け始めた。
どれだけの時間が過ぎただろう。ランドの声が聞こえてきた。
「マルーシャどこにいるんだぁ~」
「おおーいマルーシャ返事しろ~」
ルカの声も聞こえているが地面に座り込んで集中しているマルーシャの耳には入ってきていなかった。
マルーシャがいる場所はちょうど草が集中して茂っている場所でその場にいるマルーシャの姿は遠くからは見えなかった。だがいち早くマルーシャをみつけたものがいた。
「ワン!ワン!」
牧羊犬のピクがマルーシャに近づき尻尾を振りながらマルーシャに飛びついてマルーシャの顔をなめ始めた。
「あはははっもうピク止めて! もう後少しなんだからじゃましないで」
マルーシャはピクを押しのけながら、何かを一心に石に描いていた。
少ししてピクの姿が消えたかと思っていたらマルーシャの周りにランド達が来ていた。
「マルーシャ、そんなところで何をしているんだい」
アルの声でマルーシャが顔を上げると、たくさん茂っている草の外から不思議そうに顔をのぞき込んでいる三人がいた。
「あら、ちょうどよかったわ。あなた達、これ家までは運んでよ」
マルーシャはその辺に散らばっている石を五つ指差して三人にいた。
「なんだそれ?」
「何に見える?」
「なんだよ、こんな石ころ何にみえるったって・・・」
「わかった、ピクじゃないか?」
ルカの持った石を一緒に眺めていたアルが先に言った。
「当たり! やっぱりアルね。芸術センスがルカとは大違いね」
「なんだよこんな石ころがか?」
石をいろんな角度から眺めながら首をかしげているルカにフンッとそっぽを向きながらアルに機嫌よく話しかけた。
「実はね、さっきここを通りかかってひらめいたの。本当はペンキがあればいいんだけど石に可愛く絵を描いて、ラバンナおばあさんのお庭の花の横にいくつか飾ったら可愛いかなって。おばあさん花はたくさん植えてあるのに、花と道がごちゃ混ぜになっていて、花が踏まれていたでしょ。ここにころがっている石を花の周りに積み上げて道と区別つけてあげたら素敵な庭になるんじゃないかなって思ったの。だって、昨日は泊めてもらったんのよ、私も何かおばあさんにお礼したいもん。ねえ、いいアイデアだと思わない?」
「そうだね、いいかもしれないね。さっそく、朝食を食べたら作業に取りかかろう」
「ありがとうアル」
マルーシャは満面の笑顔をアルに向けた。
「はいはい、どうせ俺は芸術的センスはないですよ。なあランド、俺達は門の柵でも直すとするか?あそこ、はずれかかった木がたくさんあっただろ? 家のぐるりもみわたしてさ。あれぐらいだったら訓練で何度か奉仕作業をやっているからできそうじゃないか?」
「ええ? 貴族のおぼっちゃまのあなたにそんなことできるの?」
「失礼ですよお姫様。絵を描くぐらいしか特技のない姫と違って俺達は毎日鍛えていますからね」
ルカはわざと丁寧な言い回しでマルーシャに向かって言った。
「何よ、私だって他にも得意なことぐらいあるわ」
「ええ?何かなあ?」
ルカとマルーシャが睨みあいを始めたところでランドが二人の間に割ってはいり、無言で睨むと先に、マルーシャが指差した石を一つ拾い上げ、家の方にスタスタと先に歩き始めた。
それをみたルカとマルーシャはお互い舌を出し合いながらもランドの後を追いかけて歩き始めた。
アルは最後に石を三つ拾い上げると三人の後を追った。
四人が家の中に戻ると、ラバンナが忙しそうに窯の中からパンを取り出し、大きなかごに幾つものいろんな形のしたパンを取り出して詰め込んでいた。
「ねえ、ラバンナおばあさん、もしかして今日は朝市の日だったの?」
「いえね、本当は今日じゃないんですけどね、明日は雨乞いの祭りの日なもんですから、この村の広場の周りに多くの大道芸人が来たり、いろんな屋台が出たりしてすごく盛り上がるんですよ。この祭りを目当てにいろんなところから大勢人がくるんですよ。村中の人間が自分の家の前にいろんな物を並べて売るんですよ」
「すご~い、なんだか楽しそうね。じゃあいろんな店が村のあちこちにできるのね」
「ええ、そりゃあ楽しいですよ。私も家の前でパンを売ろうかなって思っているんですけどね。材料が思ったより少なくなってきたので、今日都でパンを売った帰りに材料を仕入れてこようかと思っているのですよ。準備は夕方からでもできますから。今年息子は仕事で来られないって言っていましたしね。私一人なら辞めようかとも思っていたのですけど、この間、朝市でなじみのお客さんから、毎年お祭りのときに売る特別のパンを楽しみにしているって言われましてね。今年も少し出そうかと」
「そういえば昨日も祭りがあるっていっていたわよね。ねえランド」
「だめだ」
「私はまだ何も言っていないわよ」
「どうせ、祭りに参加したいとかいうつもりだろ」
「一日ぐらいいいじゃない。いろんな人がくるんでしょ」
「マルーシャ、祭りに参加するつもりなのか?」
ランドとマルーシャの会話を聞いていたルカがたずねるとマルーシャはランドを睨んだまま答えた。
「そうよ。いいじゃない。ねえラバンナおばあさん、私もお店お手伝いしてもいいかしら?」
「えっ姫様がお手伝いをしてくださるのですか? ですがこんな田舎に姫様がいらしているなんてしれたら大騒ぎになりますよ。それに姫様はどこかに行くご予定があるのではありませんか?」
「そうだよマルーシャ、都からだってたくさんくるかもしれないだろ。お前のその髪の色と目は珍しいから、お前だってすぐばれるんじゃないか? ばれたら大騒ぎになるぞ」
「でも、ばれないかもしれないじゃない、こうして帽子に髪をいれて深くかぶったらわからないわよ。みんなそんなに人の顔なんかみないわ。目的はラバンナおばあさんのパンでしょ」
「だけどなあ」
「ねえいいでしょ。お祭りよ、私、お祭りなんて始めてよ」
マルーシャは目を輝かせながら険しい顔をしているランドに向って言った。
ランドは返事をしぶっていると、アルがランドに耳打ちした。
「なあ、どうせ無断外泊しているんだから今更一日や二日帰りが遅くなっても関係ないんじゃないか、マルーシャもこんなに楽しみにしていることだし、迷惑じゃなかったらもう暫く厄介になっても、このまま先に進んでも、どこにいけばいいのかまだわかっていないんだし、村を散策しながら、泉のことを調べても遅くないんじゃないか?」
アルの言葉にランドはしばらく考えてからラバンナにたずねた。
「あのラバンナさんは自分達がおじゃましていてもご迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんて、そんなことまったくありませんよ。おぼっちゃまたちがいつも食べているご馳走はお出しできませんが、こんな家でよろしければどうぞいてくださいませ」
「すみません、ではしばらくごやっかいになります。これはほんの気持ちです。受け取ってください」
ランドはそういうと、白い紙に包んだ紙をラバンナに渡した。
ラバンナは不思議そうにその包みを開くと中には100ペゾ銀貨が入っていた。
それは、ラバンナが一日都でパンを売っても稼ぐことが出来ないお金だった。
ラバンナはあわててそのお金を返そうとしたがランドは首を横にふった。
「こっこんなにいただけません」
困った顔のラバンナに対してマルーシャはラバンナの手を握り笑顔で言った。
「そうだわ、じゃあこうしましょうよ。これは私達が売る分の材料代ってことにしたらいいじゃない。私達パンなんて焼いたことないから材料は何がいるのか検討もつかないからラバンナおばあさんが仕入れてきてくれると助かるわ。ラバンナおばあさんのパンは最高だもの。すごくおいしいパンがたくさんできるわよきっと、このお金で明日のお祭りに売るパンの材料をいつもより多めに仕入れてきて、たくさん作って売りましょうよ。それで、売れたお金で私もいろんなお店でいろんなおいしいもの食べてみたいし、お祭りだものいろんなお店がでるんでしょ?」
「姫様、わかりました。そういうことでしたら100ペゾはお預かりいたします。お祭りは本当に楽しゅうございますよ。姫様のお口にあいますかわかりませんが、それぞれの家の自慢の料理が振舞われるんです」
「すてき! 食べ歩きもそうだけど、私一度売り子ってやってみたかったし。明日が楽しみ。ねえ、私も作るのを手伝うから、お祭りのとき限定のパン、私も食べてみたいわ。今日、都に馬車でいくんでしょ? 早くパンを売って、材料を仕入れてパン作りしましょうよ」
「そっそうですね。いつもの量の倍を焼くとなると久しぶりに外の大窯で焼かないと間に合わないかもしれませんね。大窯で焼くのは何年ぶりかしら、まだ使えると思うんですけど、まきもたくさんわらないといけないし、今日は忙しくなりそうですね。小麦も引いてこないと」
ラバンナは焼き立てのパンを大きなバスケットの中に全て詰め終わると、白いふきんを上にかぶせると、棚の中をあちこち開き、材料の確認をしはじめた。
マルーシャは目を輝かせながら言った。
「じゃあ、今日の朝市へは私も行くわ。二人で売れば早く売れるでしょ」
マルーシャの提案にルカがすぐに言い返した。
「都にお前が行けば、正体がばれて大騒ぎになるかもしれないだろ?」
「じゃあ、あなたが行ってよルカ」
「ええ~!なんで俺なんだよ」
「あなた売り子向いてそうじゃない」
「やだよ、めんどくさい」
「いいじゃない。あなたの特技でしょ愛想を振りまくの」
二人がにらみ合いを始めるとラバンナが二人の間に割ってはいってきた。
「けんかはおやめくださいませ。売るのも買出しも私一人で出来ますので、姫様たちはここで待っていてくださいませ。ご安心くださいませ、今から都にいけば、材料を仕入れても、おやつ時までには戻れると思いますので。それから準備しても間に合います。このお預かりした明日の材料代は100ペゾで十分あまりますから、今年は豪華なパンができそうですよ」
「やったあ、じゃあ、分担を決めましょうよ」
マルーシャが楽しそうに準備に取り掛かった。
結局、都に買出しに行くのはルカとラバンナになり、マルーシャとアルは庭に机を出したりと、店の準備をすることになり、ランドは裏庭の大釜の掃除とまき割りやヤギや羊の放牧など雑用をすることになった。




