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ロタ村のラバンナお婆さん②

しばらくして、中から女性の声が聞こえてきた。


「はい、どなた?」


声と同時に扉が開いて、中から灰色のゆったりとした麻の服に白のエプロンをまいた白髪交じりの女性が現れた。


「わあ! やっぱりここラバンナおばあさんの家だったんだ。こんにちは」


マルーシャはラバンナが姿を現した途端ラバンナに飛びついた。


「まあまあ、ひっ姫様じゃありませんか? こんなところにどうかなさったんですか?」


ラバンナはマルーシャを抱きとめながら背中を優しく撫でると、驚いた顔でたずねた。


「あのね、今家出中なんだけど、何か食べ物食べさせてもらえないかしら?」


「ええっ! いっいけませんよ。姫様! 早くお城にお戻りになりませんと、ああどうしましょう。今からですと都につく前に夜になってしまいますね。もうすぐ暗くなりますし、ああ大変だわ。そうだわ、姫様とりあえず、どうぞ中にお入りくださいませ」


ラバンナは驚きながらマルーシャが一人でないことをみて安心したのか、マルーシャを先に家の中に招き入れ、後ろで立っていたランドに笑顔を向けた。


「姫様のお友達かしら? 馬できてらっしゃるようね、この家の裏に昔の牛舎がありますから、そこに馬を繋いでおいたらいいわ。馬さんもお腹がすいているでしょうから、うちの牧草でよかったら食べさせてあげて、家の馬が繋いでありますから、その側に馬用の餌も積んでありますからどうぞ使ってくださいな」


笑顔でいうラバンナにランドは扉の前で一礼すると、くるりと向きを変え、自分の馬とマルーシャの馬を引っ張り、2人に合図して、家の裏の牛舎へと馬を連れて行った。


馬に牛舎の中にあった牧草と水をやり、家の中に入ると、室内はこじんまりとした感じで、暖炉の前に小さな白い犬がスヤスヤと寝息をたてていた。


そしてその横には安楽椅子があり、その上には編みかけの毛糸の服が置かれていた。


「すみませんね、一人暮らしなもんですから、座る椅子もなくて、皆さまの椅子は後で倉庫から出してきますから、姫様だけでもこれにお座りくださいませ」


ラバンナは家の中に一つだけある食卓に置かれていた椅子を手に持ち暖炉の前に運んできた。


「あっそんなに気を使わないで、この下、羊の毛かしら? ここすごく気持ちよさそうだからここに座らせてもらうわ」


マルーシャはそういうと下にひかれていた羊の毛で編みこまれた柔らかい毛並みの床マットの上にじかに腰をおろした。


「姫様、そんなおやめくださいませ。そこはピクも座っておりますし、こちらに腰をかけてくださいませ」

ラバンナは慌ててマルーシャに近づき何度も椅子に座ってくれるように頭をさげた。

「わかったわ」


マルーシャはあえてラバンナのやさしさに甘えることにした。


「ところで、姫様はどうしてこんなところに? 家出とおっしゃっていたように聞こえましたけれど」


「あっ、さっきのは冗談よ。実は私達、ラダ岬にある泉を探しているのよ。で、急に城を出発することになったものだから、今夜泊まる宿を手配してもらうの忘れちゃって、この辺りに宿か泊めてくれる場所を知らないかと思って、ちょうど、ラバンナおばあさんの家のことを思い出したものだからよってみただけなの?この辺りに宿はないかしら?」


「そうですねえ…この辺りは牧草地ですから、都に戻るにも今からですとかなり遅くなってしまいますし、宿といってもこの先の海岸沿いまでいかないとございませんが、明後日は祭りですから宿は満室でしょうし、この辺はオオカミもでるってうわさです。もうすぐ日が沈むとすぐ暗くなります。こんなあばら家でよろしければ家に泊まっていってくださいませ。姫様は私のベッドをお使いいただくとして、お友達の方々は息子家族がきた時に使う部屋がございますからそちらでお休みになってくださいませ。寝具は新品ではありませんがきちんと洗ってありますから」


「えっ本当? でも迷惑じゃないかしら?」


「いいえ、このまま姫様を野宿させてしまったらそれこそ、息子に叱られてしまいます。こんな家ですけど、よろしければ今日はここでお休みくださいませ」


「ありがとうラバンナおばあさん、ランド、今夜はここに泊めてもらいましょうよ」

「本当にご迷惑ではありませんか?」


ランドがもう一度聞き返すとラバンナは笑顔で頷き言った。


「ええ~、ええ、姫様がお泊りになってくださるなんてこんな名誉なことはありませんよ」


「ではお言葉に甘えさせていただきます。我々のことはお気遣いなく、どんな体勢でも睡眠をとることには慣れていますので」


「いいえいけませんよ、若い人はきちんと睡眠をとりませんと、きれいに洗ってありますのでご安心くださいませ」


ラバンナはそう言うと、奥の部屋に入っていってしまった。

「よかったあ。これで今夜の野宿はまぬがれそうだな」


「ルカ、感謝しなさいよ」

「はいはい」


「だけどマルーシャ、僕達が押しかけて本当に迷惑じゃないのかな? 裕福そうには見えないし」


アルは質素な家の中の様子を観察しながら小さい声で言った。


「そうね、今度城に来た時にはお礼を多く支払ってもらうように頼んでおくわ。そうだわ、何かお手伝いしましょうよ」

「そうだな」


四人は小声で話しあうと、さっそく背中にかけていた荷物を降ろし、ラバンナが奥の部屋からでてくるのを待ってマルーシャが話しかけた。


「ねえ、ラバンナおばあさん、私達何かお手伝いできることはないかしら、この三人はこう見えても兵士なのよ、毎日訓練で鍛えているから力仕事は得意よ。泊めてもらうのだったら何かさせてもらわないとお母様にも後で叱られるから」


マルーシャの申し出に困った顔をしたラバンナだったが、思いなおしたのか、軽く頷いて暫く考えこんだ。


「そうですね、なんでもよろしいのですか?」

「ええ、私達にできることでしたら」


「実は…この冬用に草をたくさん刈って乾かしていたんですが。ようやく乾いたのはいいのですが、その草を今度は納屋の二階の中にいれる作業が残っているんですよ。いつもは息子に頼んでいるのですが、この間訪ねていったら忙しいそうで、しばらくはこられないとかで、こまっていたんですよ。草は納屋の中まで麻袋に入れて積んでいるんですけどね。腰を痛めてしまって、私一人では納屋の二階に麻袋を担いではしごをのぼることができなくなってしまって」


「わかったわ、それぐらいなら任せて。あなた達できるわよね」


「そのようなことでしたら我々におまかせください、納屋のどの場所に置けばいいのかおっしゃっていただければ全てさせていただきますので」


ランドはさっそく腕の袖をまくり上げながらいった。


「まあ、頼もしいこと。じゃあ早速で申し訳ないですけどお願いしようかしら」


ラバンナはそういうと、うれしそうに家の裏口の扉に向って歩き出した。四人はその後に続いた。ラバンナは家の裏手にある牛舎の隣の納屋に行き、刈って乾燥させた草の入った大きな麻袋の数々を指差した。


「これなんですが、そのはしごをのぼった奥のスペースに積み上げてくだされば助かります」

「これぐらいでしたらお安い御用ですよ」


ランドはそういうと、さっそく草の入った袋を肩に担ぐと、はしごをのぼり始めた。

その後をアルとルカも無言で草の入った袋を担ぐと次々とはしごを交代で登りすごい速さで納屋の一階に置かれていた大量の麻袋を二階へと運び始めた。


「ありがたいねえ、姫様、本当にすみません」


「いいのよ。私達のほうこそ、急にたずねてきたんだから。それよりラバンナおばあさん、ここは三人に任せて、私達は家に戻りましょう。私も何かお手伝いできる事はないかしら?」

「そうですね。ではよろしくお願いします」


ラバンナは三人に頭をさげると、ラバンナは家の中に戻ると、台所で野菜を切り始めた。

マルーシャもラバンナの手伝いをそっせんしておこなった。


やがてあっという間に日が暮れ、暗くなってきた。

ラバンナが夕食の用意を終えた時、ちょうどランド達も草を全て納屋に入れて家の中に入ってきた。


「ああ、久しぶりに草のいい匂いをかいだ気がしたな。けど力仕事をしたらお腹がすいたな~」


ルカが先に家の中にお腹の辺りを手でさすりながら入ってきた。

後の二人もすぐ家の中に入ってきた。


「みなさん本当に御苦労さまでした。私一人ではいつになっていたやら…こんな田舎ですので、たいしたものはできませんでしたがシチューをたくさん作りましたのでどうぞめしあがってくださいませ」


ラバンナはそういうと部屋の中央に移動してきてある食卓と5脚の椅子を指さしながらいった。

その食卓の上にはすでにおいしそうなパンと空の皿などが用意されていた。

ラバンナは4人が座るのをまってシチューを皿によそった。


「うわあああ~いい匂いですね。いただきまーす」


真っ先にルカがシチューを食べ始めた。


「これすごくおいしいです。こんなの食べたことないですよ」

「本当だわ、おいしいわ」


ラバンナはうれしそうにしばらく四人が食べる様子を自分も食卓の空いている場所に自分用の食事を運び、椅子に腰をおろし眺めてから自分も食べ始めた。


そしてみんなが食べ終わると、食卓の真ん中に、庭になっていた切りたての林檎を並べた皿を置き、みんなに進めながらいった。


「こんなものしかお出しできなくてすみませんね」

「そんなことないわ、本当においしいかったわよ。何が違うのかしら」


「そうですね、この辺りの牧草を食べているヤギのミルクもそうですけれど、この村で育てた野菜はみんな生育がよくて、おいしいと評判なんですよ。野菜たちは、お日様の光をよく浴びて、地下に流れる聖なる水を存分に吸収しているからだと昔から言われていますね」

「聖なる水?」


「はい、遥か昔、この村の近くに大きな湖があったそうなんです。その湖は癒しの湖として多くの生きとし生けるものの命をつないできたそうです。けれど、この大陸に人が都を築き、争いばかり繰り広げた結果、多くの命が血に変わり、その湖に流れこんだそうです。その様子をたいそう嘆いた水の神様が、その湖全てを天に巻き上げ大雨を降らし、全てを洗い流してしまったそうなんです。何もなくなった大地にやがて緑が茂り、新たな営みが息づき始めたという神話があるんですよ。ですから、その湖はなくなってしまいましたが、地下には聖なる水がまだ流れ続けているので、その水を吸って大きくなる野菜や、その草を食べる動物達は生気にあふれおいしくなるそうなんです」


「ねえランド、もしかして、その湖がそうなんじゃない?」

「ああ、そうかもしれないな」

「あの? その湖がどうかなさったのですか?」

「あのね、ラバンナおばあさん、私達、その湖の水を探しているの」


「そうだったのですか? ですが姫様、聖なる水は土の中にしみ込んでしまっていて、唯一残っている広場の泉の水は今年は枯れておりますが」


「ええ? 枯れているの? そんなあ…どうしよう」


「仕方ない、他にないか先を探すしかないな。ラバンナさん、ごちそうさまでした。突然の訪問にもかかわらず、自分達を泊めていただき感謝いたします」


「いいえ、こちらこそ、お役にたてなくてすみませんねえ。その上、いろいろ手伝って頂いて、今日はなんていい日なのでしょう。お夕食がこんなに楽しかったのは久しぶりですよ」


ラバンナはエプロンで目頭を押さえながら言った。


「私もこんな楽しい夕食ははじめてよ。いつも音を立ててはいけないとか、お行儀よくとか小言ばかり聞こえてくるんだもの」


「マルーシャ、それはお前の作法がまずいからだけなんじゃないのか?」

「ええそうよ、私が悪いだけよ、ごめんなさいね」


マルーシャはルカにだけに向けて舌を出した。


「まあ姫様、そんな顔をするものじゃありませんよ。きれいなお顔が台無しですよ」


ラバンナの一言で一同から笑いが起こった。

マルーシャ達はその夜、遅くまでラバンナと語りあかした。





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