変わり者マンタ④
マンタはマルーシャたちがついてきているのを確認するかのように、時折後ろを振り返りながら来た道を少しくだり、少しくだった先に右に逸れていたわき道を横切り、細い草が茂っている道を歩き続けた。
しばらく行くと、先が開けた場所にでた。そこはぐるりと木々がその場所を取り囲むかのように茂っているが、その場所の中央にはバラが咲きほこっており、芝のようなものが周りにはびこり、手入れの行き届いた憩いの場所のようなところだった。
水があるようには見えなかったが、バラや葉も生き生きとしていた。
ただ、どのバラも花びらには黒点がまだら模様のようになって一面満開になっていた。マルーシャはその光景をみて、頬から一筋の涙を流していた。
「まあ…こんな場所があったなんて知らなかったわ。でも聖なるバラと同じバラが黒くなっているわ?」
「こっここは、みっ湖に咲いている花と同じなんだ。けど、あっあそこの水が黒くなってすぐ、ここもこんなになった。本当はすっすごくきれいなんだ。あっあそこはオラたちははいっちゃなんねえって言われているから、オラはここによく来ているんだ。ほっ本当にいつもはきれいなんだ、オラ草むしりもしているし…」
「そうね、ここはきれいに手入れされているわ。あなたがしてくれていたの?」
マンタは無言でうなずいた。
「マンタは優秀な庭師になれるわね。でも許せないわね…誰があんなことを」
「おっオラ、母ちゃんや村のみんなに何度も言っただ。あのおっ男達がここのかっ神様の水にどこかのみっ湖の水を入れるって話しているのを聞いただ。そしたらすぐそのあっ後で、みっ水の色が黒くなったんだ。この国の全部のみっ水もじきに黒くなっていくって話していたんだ。だけど、しっ信じてくれないんだ。オッオラはあっ頭わっ悪いから…」
少年は黒く斑点のように染まったバラをみながら小さい声で言った。
マルーシャはその場にしゃがみ込むと少年の目をじっと見つめながら大きく頷いた。
「私は信じるわ。あなたの目はうそをついている目じゃない」
「オッオラのいっいうこと、しっ信じてくれるだか?」
「ええ」
マンタはうれしそうに笑顔を見せた。
「おーい、とりあえず昼食のやり直ししようぜ」
声の方を振り返ると、ルカがバラから少し離れた場所に既に布を広げ、リュックにつめていた食料を取り出していた。
「話は食べてからにしましょう。早く行かないとルカが全部食べちゃいそうだから、マンタもいらっしゃい」
マルーシャはマンタの手を掴んでルカのところにかけよった。
五人は昼食を食べ終わるとランドが突然立ち上がり、咲いているバラの一つを短剣で一厘切断した。
「この切り口は黒くなっていない、もしかしたらこの森に黒い雨が降ったんじゃないか」
「くっ黒い雨なら一回降っただ。だっだけんど一回だけだ」
「じゃあマンタ、黒く斑点になっている場所は他にもあるんじゃないのか?」
マンタは返事の代わりに首を横にふった。
「ねえ、黒い水の正体って何かしら? 誰かあの水の成分がわかる人物がいないのかしら?」
「それなら、陛下が既に専門の人間に依頼しているはずだ。あそこが今どうなっているかわかったんだからもういいだろう。これ以上俺達がどうにかできる事態じゃない。城に戻るぞ」
「何言っているのよ。あなたマンタの言った言葉を聞いていなかったの?」
「何って、黒い雨はここだけに影響したってことだろ」
「違うでしょ、マンタが聞いた犯人たちが言っていた言葉でしょ」
「だけど、どこの湖かわからないんだろう? 調べようがないじゃないか?」
「それに、あったとしても湖の水を少し混ぜたぐらいで湖自体が黒くなるってのはおかしいんじゃないのか?」
「アルもルカもマンタがうそを言っているって思っているの?」
「いや、そうじゃなくて常識としてだな」
マルーシャが二人をキッとにらんだ。
「オッオラはうっうそつきじゃねえ。そっそりゃあたまにうそはつくけど、だっけんど、オッオラ聞いたんだ。ふっ二つのかっ神の水を混ぜると、こっこの国も黒く染まるって」
「二つの神の水?」
マルーシャは考えこむようにマンタの言葉を繰り返した。
「マンタ、確かに男達がそう言ったの?」
「うん、オッオラ父ちゃんにも言ったけど、またほら吹きだっていわれるから誰にもいうんじゃねえって、でっでも、それからすぐここの花まで黒くなっちまったから…オッオラ誰かまた悪さしにこねえか見張ることにしたんだ」
「そう、ありがとうマンタ」
マンタは照れたように頭を何度もかいた。
「だけど、俺達に何ができるっていうんだ、黒い水になった原因がわかったところで水の色を元の色に変えるなんてできないんじゃないのか、まず、城に戻って総帥にでも相談して大人たちに任せるのが一番いいんじゃないのか?」
「ばかねルカ、マンタの話聞いていなかったの? 大人たちに話したって誰も信じてくれなかったって、すでにそのことは総帥の耳にも入っているわよ。水を混ぜたぐらいで湖の色が黒くなるなんて話誰も信じていないのよ。だからとりあえず誰も立ち入らないようにしているんじゃない」
「マルーシャのいう通りだ。おそらく誰も信じないだろうな」
「ランド、だけどこれからどうする? もうとっくに昼休憩は過ぎているはずだからそう長くここにはいられない。マルーシャだって無断で脱け出してきているから、夕刻までに戻らないと大変なさわぎになる」
アルの言葉でランドも頷いたが、突然マルーシャが叫んだ。
「じゃあ二つの湖の水で黒くなったんだったら、別の湖の水を混ぜれば元に戻るんじゃないの?」
「別の湖っていったって、湖なんてラールシアにはここにしかないんじゃなかったか?」
ルカの言葉にマルーシャはすぐに言い返した。
「カルタスにはあるわ。あそこはラールシア領じゃない」
「カルタス? 本気か? あそこは立ち入り禁止区域だぜ、もっとも、立ち入りたくても入れないってきいたぜ」
「そうだけど、どこかに秘密のルートがあるはずよ。そうだわ、私城に戻ってお母様に聞いてみるわ」
「マルーシャ、お前のは憶測でしかない。もしかしたら、別の湖の水っていうのがカルタスの水かもしれないだろうが」
「そっそうかもしれないけど、じゃあランドはいい案でもあるの? このまま放置していたら大変なことになるんでしょ」
「・・・」
ランド達はマルーシャの一言で押し黙ってしまい、暫く沈黙が続いた。
その時ふと、足音が聞こえてきた。
五人は一斉にその方角に視線を向けると、そこには黒く長いローブを身にまとい、銀の長い髪を三つ編にし、右肩から前にたらしている小柄な女性が立っていた。
「ランナ婆さん!」
「あっあっ、まっ魔女!」
ランドの声とマンタの声が同時に辺りに響いた。
「あっはっはっは! 婆さんと魔女かい、私もたいそうな言われ方だね。ランシェルド、久しぶりだというのにたいがいな呼び方だね。私はまだ婆さんじゃないよ。そこのお前さんはマンタだね。最近この湖の辺りをうろうろしているようだけど、ビルが心配していたよ。さっきもお前さんを探しているようだったけどね」
「あっそっそうだった。オッオラまき拾いの途中だったんだ。父ちゃんにどやされる。はっ早く帰らねえと」
マンタは急に立ち上がるとそわそわしだした。
「あっあの、おっ王女様、オッオラ…湖が元に戻ったら、もっときっきれいに咲いてる場所しっしってるからこっ今度、その花おっお城にとっ届けてやる」
「まあ、ありがとうマンタ、楽しみにしているわ。また一緒に食べましょう」
マンタはうれしそうに、大きく頷くと、慌ててその場から走り去っていった。マルーシャはマンタを見送ると、突然現れたランナに鋭い視線を向けてたずねた。
「ところで、あなたはどなたかしら?」
「マルーシャ、この人はスシュル湖の管理人だ。簡単に言えば、この森の番人だな。ランナ婆さんもこの森に住むことを許されている一人だ」
「森の番人? じゃあ怪しい人じゃないのね」
マルーシャはランドの説明を聞いて、警戒を解いた。




