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アンル館②

アンルは立ち上がるとマル―シャを抱きしめながらマル―シャの背中をポンポン軽くたたくとニコニコしながらまたマル―シャを離すとひとしきりマル―シャの顔を眺めてからまたしゃべり出した。


「見たところお前様は母親似だね。昔のスーリアによく似ているねえ。魔女じゃなくて申し訳ないんだけどね、ランナは薬師、私はラールノダ文字を主に研究している考古学者、二人とも今は引退しているただの老いぼれだ」


「考古学者? 失礼ですがあなたはいったい何者なのですか? この国でお母様の名を呼び捨てにするなんて普通の人間ではありえないことだわ…でもそんなことよりも、そこに刻まれている文字のようなものはラールノダ文字ですよね。あなたはラールノダ文字を読めるのですね。そうだわ、もしかして、お母様の若い頃をご存知ということは、カタルスのこともご存知なのではありませんか? ご存知なら教えてくださいませんか? 私お母様の生まれたカタルスのことをもっと知りたいんです。カタルスに入れる方法をご存知ありませんか? うううん、それより、ああ…聞きたいことがたくさんありすぎて頭が混乱してきたわ」


マルーシャは目をキラキラさせながらアンルの顔を真剣に見つめてから、両手で頭を抱え込んだ。それを見ていたアンルがマルーシャがしゃべり終わると再び豪快に笑い出した。ひとしきり笑い、大きなため息をついて静かに話しだした。


「どうやらうわさ以上のようだね。気に入ったよ。さて、では王女様の質問に返答をしなくてはね。残念だが私は今はただの隠居老人だ」


「ですが、考古学者ということは少なくとも文字は読めるということですよね」


食い下がるマル―シャに急に真剣な顔になったアンルが続けた。


「アルーシャス王女、世の中にはお前様の理解できないことや、今は知らなくてもいいことがたくさんあるもんなんだよ。いつか分かる時が来るかもしれないし、こないかもしれない、人生とはそういうものだ。そうだね…今お前様に教えてあげられることといえば、お前様の母親の生まれ育ったカルタスは、最後のラールノダと呼ばれている土地だってことぐらいかね」

「最後のラールノダ?」


アンルは椅子の横にある天井までびっしりと本が並んでいる本棚の中から一つの古そうな手作りの書籍を一つ取り出し、もう一度椅子に座りなおしてからその書籍をパラパラとめくると、中央に大きな美しい湖の絵が描かれたページを開くと、向きを変えてマルーシャに見せながら話を続けた。


「この絵は昔ある場所からお前様の母親の故郷カルタスを描いた絵だよ。今はあそこに通じている唯一のこのニリアからの道は全て閉ざされていてね、秘密ルートがないわけじゃないが、今はそこを通るにはカルタス側からの許可が必要なんだよ。まっお前様達なら入国の許可はおりるかもしれないけどね。すぐにいけるかどうか聞いてみないことには私もなんともいえないんだよ。カルタスは昔から今もそこに住むカルタス人は厳しい規律を守りながら生活している場所でね。中でも絶対的な掟として、カルタスの民以外の者と婚姻してカルタス人以外の場所で生活をする者は二度とカルタスに戻る事は許されないという掟が今もあるほどなんだよ。だからカルタスは容易には立ち入れない場所なんだよ」


「二度と戻れない…そうですか…それなら今回はあきらめるしかありませんね。お母様が生前故郷に一度も里帰りをしなかったのはその掟があったからなのですね」


「この書籍はね。私が長い年月をかけてさまざまな場所に残されていたラールノダ王国に関することを書き記したものなのだよ。ラールノダ国が何故滅んでしまったのか? もう復活はできないのかを調べる為にね。だけど人間の時間は短いねえ…気がついたらもうこんな婆さんだ」


アンルはその書籍を閉じ、その書籍に手を当てて言った。するとマルーシャはアンルに近づき、アンルの顔をじっとみすえ真剣な表情で話しだした。


「アンルフィアさん、私にそのお手伝いができないかしら? 今日行ったお墓にもラールノダの文字がたくさん刻まれていたのを見ましたわ。あの、私にラールノダ文字を教えてくださいませんか? 私、自分であの文字を読めるようになってみたいんです。私ではラールノダが滅んだ真実も、今日お会いしたゼルジオラス国王様のおっしゃっていた砕け散った宝の破片がなんなのかも突き止めることは出来ないかもしれないですけれど…でも私にできることがあるなら諦めたくないんです」


マルーシャの言葉でアンルは驚いたような顔になって立ち上がった。


「ゼルジオラスとな、そなた達ラールノダ最後の王の霊と会ったというんじゃないだろうね?」


アンルが驚いた顔でランドをみると、ランドは無言のまま頷いたのをみてアンルは再び椅子に腰をおろして手に持っている書籍をさすりながら言った。


「私が散々探して見つけられなかった王家の墓をいとも簡単にみつけたというのかい…もしかして、その剣の鞘は…」

「お察しの通り、ゼルジオラス国王の棺の上にありました」

ランドの言葉で驚きの表情を浮かべつつアンルは何度も頷いてみせた。


「そうかい、そうかいお前さんの輪の剣の鞘は王家の墓の中にあったのかい、どうりであの森には一つしかないはず輪の剣の気配が二つ感じると…それにしても、私が散々探しても場所すら特定できなかったというのに…やはり選ばれし子らってわけかい」


アンルはまるで二人がいないかのように書籍をパラパラとめくりながらブツブツと独り言をいいはじめた。そんなアンルにマルーシャはそれ以上何も言わずそこから離れようとした時、アンルは書籍の中に何か書き込みながらマルーシャに言った。


「お前様、本気なのかい?」

「えっ?」


「ラールノダ文字のことだよ。新しい言葉を覚えるということは容易なことではないよ。そうだね、一年もあれば簡単な文字ぐらいは読めるようになるかもしれないけど、話せるようになるにはかなりの時間が必要だね。王女様のお前様にそんな時間と覚悟があるのかい?」


「はい、時間なら作ります。私、どうしても知りたいんです。昔の人達が何を思い何を残してくれているのかを…お願いします私にラールノダ文字を教えてください、アンルフィアさん、いえ先生!」


マルーシャが言うとアンルは書いていた手を休めマルーシャの顔を見上げて静かに言った。

「私の事はアンルでいいよ」


「マルーシャ無理だ! お前にそんな時間があるわけがないだろう。ましてここにいられるのは長くて後二十日間だ」


アンルの言葉にランドは口を挟んだ。

「…二十日とは…話にならないね」

アンルはそう言い放つとまたその本を手に取り視線を落としてそれに目を通し始めた。




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