第36話 残された思い
村長の家の中は静かだった。外ではまだ村人たちの笑い声が聞こえる。
森の主を倒した祝い。村に戻ってきた喜び。
本来なら、俺もその輪の中にいるはずだった。
だが。
村長の表情は、いつもの穏やかなものとは少し違っていた。
「ヴァルディ。」
「お主に話しておきたいことがある。」
俺は黙って頷く。
「はい。」
村長はゆっくりとお茶を飲む。
「まずは……。」
「礼を言わせてほしい。」
「本当にありがとう。」
「この村を守ってくれたこと。」
「そして、あの子を笑顔にしてくれたこと。」
「あの子?」
「マロンじゃ。」
村長は優しく笑う。
「フォッフォッフォ。」
「あの子があんなに楽しそうにしているのを見たのは、久しぶりじゃ。」
俺は少し驚く。
確かにマロンはいつも明るい。
でも、その裏に何かあったなんて考えたこともなかった。
「マロンは……。」
「昔からあんな性格だったんですか?」
村長は少しだけ目を伏せる。
「いや。」
「昔はもっと泣き虫じゃった。」
「無理に笑おうとしていた時期もあった。」
その言葉に、胸が少し締まる。
「理由は……。」
村長は窓の外を見る。
「両親を失ったからじゃ。」
静かな声だった。
「あの子の母はマロンが生まれたと同時に死んでしまったんじゃ。」
「それでもマロンの父親はマロンだけでも育て切ると、いっておった。」
「この村では、弱音もはかずとても強い男じゃった。」
「優しくてな。」
「困っている者がいれば、誰よりも先に助けに行くような男じゃった。」
「あ奴は弱音をはかすぎたんだと思うんじゃ。」
俺は黙って聞く。
「じゃが、ある日。」
村長の声が少し重くなる。
「この村を大きな魔物の群れが襲った。」
「今よりも昔じゃ。」
「戦える者も少なかった。」
「村を守れる者など、ほとんどおらんかった。」
村長は拳を握る。
「わしは……弱かった。」
「戦う力もなく。」
「ただ逃げることしかできなかった。」
「そんなわしに、あいつは言った。」
村長はゆっくり目を閉じる。
「『お前は逃げろ。』」
「『ここは俺が止める。』」
一瞬、部屋が静かになる。
「……わしは。」
「逃げた。」
「生き残るために。」
「じゃが……。」
村長の手が震える。
「今でも後悔しておる。」
「なぜ、あいつを一人で行かせたのか。」
「なぜ、共に戦えなかったのか。」
「なぜ……。」
そこまで言って、村長は言葉を止めた。
「その戦いで、マロンの父親は魔物を倒した。」
「じゃが。」
「帰ってきた時には……。」
「もう、以前のあいつではなかった。」
俺は息を呑む。
「心が壊れてしまったんじゃ。」
「強さだけを求めるようになった。」
「わし達はそんな奴を見て逃げてしまった。」
「そして……。」
村長は静かに言う。
「あの男は、サブロークハントになった。」
「……。」
頭の中に、あの巨大な魔物の姿が浮かぶ。
鎧のような体。
巨大な剣。
そして最後に見せた、マロンを見る優しい目。
「でも……。」
「最後に。」
「サブロークハントはマロンを見ていました。」
村長は頷く。
「きっと。」
「心の奥底では、覚えていたんじゃろう。」
「自分が父親だったことを。」
「……。」
言葉が出なかった。あの最後の視線。
あれは偶然じゃなかったのかもしれない。
「マロンには、このことを?」
「話しておらん。」
村長は首を横に振る。
「まだ幼い。」
「それに……。」
「父親が自分を守るために戦い、その果てに魔物になったなど。」
「簡単に受け止められる話ではない。」
「……そうですね。」
俺も頷く。
村長はしばらく黙った後、顔を上げた。
「ヴァルディ。」
「頼みがある。」
「はい。」
「マロンを……。」
「お主たちの旅へ連れて行ってほしい。」
「……え?」
予想していなかった言葉だった。
「フォッフォッフォ。」
「驚くじゃろうな。」
「じゃがな。」
「わしには分かる。」
「マロンが一番楽しそうにしている時。」
「それは、お主とガルドと一緒にいる時じゃ。」
「……。」
「わしはあの子の父親代わりとして、ずっとそばにいた。」
「じゃが。」
「親ならば。」
「子どもの未来を縛ってはいかん。」
村長は優しく笑った。
「寂しくないと言えば嘘になる。」
「じゃが……。」
「行かせてやりたいんじゃ。」
「マロンには、もっと広い世界を見てほしい。」
俺は静かに頷く。
「分かりました。」
「必ず。」
「マロンを守ります。」
村長は目を細める。
「ありがとう。」
「明日。」
「本人にも話すつもりじゃ。」
「その前に、お主には伝えておきたかった。」
外から風が吹く。
静かな夜だった。
俺は立ち上がる。
「それでは。」
「おやすみなさい。」
「フォッフォッフォ。」
「おやすみ。ヴァルディ」
「今夜はありがとう」
扉を閉める。
こんな世界でも前を見ないといけない。
そんなことを考えてるうちに俺の目からは涙が流れていた。
リアクションお待ちしております!




