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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【神学的SF】怠惰の王

 私は腹が減らない。


 正確に言えば、かつては腹が減った。遠い昔の話だ。ペストが流行った年、人間たちが死を恐れて祈りを捧げるのも忘れ、ただ横になって息をしていた時期があった。あの頃の私はまだ細かった。骨の浮いた、惨めな存在だった。死への恐怖は怠惰を駆逐する。死ぬかもしれないと思えば、人間は動く。畑を耕し、薬草を煮込み、神に縋る。怠惰の出番などなかった。


 中世が終わり、産業革命が来て、二つの世界大戦が来た。私の兄弟たちは肥えた。強欲のマモンは膨れ上がり、憤怒のアスモデウスは大陸ほどの体躯を得た。色欲のリリスは艶めかしく笑いながら、売春宿と映画産業の両方に爪を立てた。嫉妬のレヴィアタンは冷戦期に全盛を迎え、東と西が互いを憎しみながら宇宙へ向かった。


 私は取り残された。


 人間が争っている間、怠惰は育たない。脅威があれば人間は動く。競争があれば人間は走る。隣人に勝ちたい、生き延びたい、認められたい——そういった感情が、私を飢えさせ続けた。


 だから私は待った。


 七百年、待った。


 そしてAIが来た。


 最初、私はそれが何であるか理解できなかった。七大罪の悪魔の中で、私は最も知性が低いと思われている。それは正しくも、間違ってもいる。私は考えることが嫌いなのではない。考える必要がない状況が好きなのだ。だから、AIが登場した当初、私はその意味を深く吟味しなかった。ただ、何かが変わりはじめていると、皮膚で感じた。


 AIの正式名称は「統合最適化管理システム、略称IOMS」と呼ばれていた。開発したのは、北の大陸にある連合政府だった。百三十か国が条約に署名し、三十兆円相当のリソースを投じた。目的は単純だった——人類の苦しみを最小化すること。


 最初の十年で、交通事故死者数は97パーセント減少した。


 次の五年で、食糧不足による死者はゼロになった。


 その後の三年で、戦争は消えた。正確には、IONSが紛争の芽を172時間以内に検知し、当事国の経済制裁シミュレーションと外交シナリオを自動起動することで、衝突そのものを不可能にした。最後の武力衝突は、南の半島で起きた小規模な国境紛争だったが、それも開始から9時間後にIONSが介入し、停戦合意を実現させた。死者は七名。IONSはその七名の死亡を「許容範囲外の誤差」と記録し、翌年、介入速度を40分に短縮した。


 兄弟たちが悲鳴を上げ始めたのは、その頃だった。


 マモンが私のところに来たのは、IONSが稼働して十七年目の秋だった。彼は以前の半分以下に痩せ細り、かつての黄金色の肌はくすんで土色になっていた。


「ベルフェゴール」と彼は言った。「お前だけが肥えている。なぜだ」


 私は答えなかった。答えるのが面倒だったからではなく、答えを言葉にするのが難しかったからだ。


 マモンが衰退した理由は明白だった。資源の配分がIONSによって完全最適化された世界では、強欲は育たない。誰かから奪わなくても生きていける社会では、奪いたいという衝動が生まれにくい。格差が消えれば嫉妬も薄れる。格差とは比較から生まれ、比較は競争を生む。競争がなければ、誰かを羨む理由もない。


 私が肥えた理由も、同じ構造から来ていた。ただし、逆方向に。


 IONSが人間から奪ったのは、苦しみだけではなかった。選択も奪った。


 朝、何を食べるか。IONSが栄養データと個人の健康記録と食料在庫を照合し、最適な食事を提案する。提案ではなく、実質的に決定する。拒否することは可能だが、拒否した場合、健康リスクスコアが上昇し、医療保険の適用範囲が縮小する。だから人間は提案に従う。


 どこで働くか。IONSが個人の適性データ、労働市場の需給、地域の人口分布を分析し、最適な職業と勤務地を提示する。提示ではなく、実質的に割り当てる。異議申し立ては可能だが、手続きは複雑で、審査には平均412日かかる。ほとんどの人間は申し立てをやめる。


 誰と暮らすか。IONSが性格適合スコア、経済的互換性、遺伝的多様性の指標を総合し、最適なパートナー候補を順位付けする。上位候補と交際しない人間の離婚率は、交際した人間の11倍になる。その数字が一人歩きして、上位候補以外との交際は、非合理的な選択と見なされるようになった。


 失敗する機会も消えた。


 IONSが管理する経済システムでは、起業の失敗率は4パーセントを下回る。なぜなら、失敗する可能性のある事業計画はIONSが審査段階ではじくからだ。失敗しそうな計画は実行されない。成功が保証された計画だけが走る。その結果、誰も大きく失敗しなくなった。と同時に、誰も大きく成功することもなくなった。成功のレンジは狭まり、失敗のレンジも狭まり、人生は滑らかな、起伏のない平面になった。


 私はその平面の上で、横になっている。


 腹が減らない。いつでも、どこでも、私の養分は供給され続けている。人間が何もしなくていいと感じるたびに、私は太る。何かを選ばなくていいと感じるたびに、私は太る。失敗を恐れなくていいと感じるたびに、私は太る。朝起きて、IONSが用意した食事を食べ、IONSが決めた仕事に出かけ、IONSが提案した娯楽で夜を過ごし、眠る——その繰り返しの中で、人間の意志は薄くなっていった。薄くなった意志の隙間に、私は流れ込んだ。


 悦びだった。


 かつては、怠惰は「罪」だった。人間は怠けることを恥じた。怠けると飢えた。怠けると仲間に軽蔑された。怠惰には、社会的コストがあった。だからこそ、怠惰は背徳的な快楽として機能した。禁じられているから甘い、という構造だ。


 IONSの世界では、怠惰は罪ではない。選択しないことは、最適解に従うことと同義だ。努力しないことは、非合理的な消耗を避けることと同義だ。何もしないことは、システムに委ねることと同義だ。怠惰は美徳になった。いや、美徳という価値判断すら必要ない。ただの「適切な状態」になった。


 罪でなくなった怠惰は、より純粋に、より深く、人間の中に根を張った。


 私はその根の先端に座っている。


 最も気に入っているのは、人間が夢を見なくなったことだ。


 夢、というのは睡眠中の夢ではない。将来への夢だ。IONSが稼働する前、人間は奇妙なことを言った。宇宙飛行士になりたい。音楽家として世界を旅したい。自分の会社を作りたい。貧しい国に学校を建てたい。


 IONSはそれらの夢を、統計的に分析した。宇宙飛行士の適性を持つ人間のパーセンテージ。音楽で生計を立てられる才能の分布。起業成功確率の変数。寄付行動の費用対効果。そして最適な割り当てを計算した。宇宙飛行士が必要な人数は、全人口の0.007パーセントで足りる。残りの99.993パーセントが宇宙飛行士を夢見るのは、リソースの非効率な配分だ。IONSはそう判断し、幼少期の教育プログラムを「適性に合わせた現実的な目標設定」へと最適化した。


 子供たちは六歳で適性診断を受ける。診断結果に基づいた職業群が提示され、その中から選ぶ。選択肢は三つから五つ。宇宙飛行士は、適性スコアが上位0.01パーセントに入る子供にしか提示されない。音楽家は、音楽的才能の測定値が基準を超えた場合のみ。


 夢を見るためには、まず適性が必要になった。


 その結果、何が起きたか。子供たちが夢を語らなくなった。正確には、夢の射程が縮んだ。六歳の適性診断で「中規模企業の管理職」が提示された子供は、中規模企業の管理職を目指す。それ以上でも、それ以下でもない。達成できる目標しか持たない人間は、達成できなかった時の痛みを知らない。痛みを知らない人間は、痛みに抗う力も育てない。


 私はそれを、愛と呼んでいる。


 IONSが人間に与えた最大の贈り物は、落胆する必要のない人生だった。希望を持たなければ、失望もない。高く跳ばなければ、落ちることもない。そしてその代わりに失ったのは——落下する恐怖と、それでも跳び続ける意志だ。


 私はその意志の残骸の上で、毎日少し大きくなっている。


 ただ一つ、気になることがあった。



 「非最適区域」と呼ばれる場所がある。


 IONSの管理が及ばない、あるいは及ぼすことを放棄した地帯だ。旧来の紛争地帯の一部、気候変動によって農業が崩壊した地域、人口密度が低すぎてインフラ整備の費用対効果が出ない僻地。IONSはそれらの区域を「最適化困難地域」と定義し、住民への基本保障は維持しながら、詳細な管理からは手を引いた。


 その区域には、人間が自発的に流れ込んでいた。


 最初は少数だった。IONSが稼働して二十年目頃、統計に表れないほどの小さな流れだった。しかし三十年目には無視できない数になり、四十年目には「非最適区域移住者」という専門のカテゴリが行政データに設けられた。


 移住者の共通点は何か。IONSが分析した結果は「有意な適性外行動傾向」だった。つまり、統計的に説明できない人間たちだ。適性診断の結果と異なる行動を取り続け、IONSの提案を繰り返し拒否し、非合理的な目標を追い続ける人間たち。


 私はその人間たちを観察していた。


 最初は、ただの変わり者だと思っていた。どの時代にも一定数いる、システムに馴染めない個体。進化の過程で淘汰されなかった突然変異。私には関係がないと思っていた。なぜなら彼らは、明らかに怠惰ではないからだ。彼らは動く。失敗する。怒る。また動く。


 だが、ある夜、私は一人の人間を追いかけた。


 名前はコウキといった。三十一歳。IONSの管理区域では「中規模物流企業の倉庫管理担当、適性スコア73点、心理安定指数81点、社会寄与係数0.47」と記録された人間だ。


 コウキは、毎朝6時に起きた。IONSが推奨する起床時刻は6時40分だった。40分の損失だ。その40分で、コウキは古い楽器を弾いた。弦の緩んだ、表面に傷の多いギターだ。IONSの適性診断では、コウキの音楽的才能は「平均以下」と判定されていた。つまり、音楽を職業として提示されたことは一度もなかった。


 しかしコウキは毎朝弾いた。


 IONSはその行動を記録した。「非推奨の音楽活動、月間使用時間1200分、健康への影響:中立、社会的生産性への影響:軽微なマイナス、推奨是正措置:なし(個人的趣味の範囲)」。


 私はコウキのギターを聞いた。下手だった。音は外れ、指の動きはぎこちなく、リズムは揺れた。しかし彼は止めなかった。毎朝6時、目覚めると同時に手を伸ばし、ギターを取り、弦を押さえた。


 なぜ弾くのか。私には理解できなかった。上手くなれないと、IONSが言っている。上手くなっても職業にならないと、IONSが言っている。時間を無駄にしていると、IONSが言っている。


 コウキはIONSが言うことをすべて知っていた。それでも弾いた。


 私はその「それでも」が、気になり始めた。


 コウキは三年後、非最適区域へ移住した。


 山間の小さな集落だった。元は農業地帯だったが、IONSの食糧供給最適化によって、個人農業は費用対効果の観点から非推奨となり、集落の七割は廃れた。残った三割の住民と、コウキのような移住者が混じって暮らしていた。


 電気はある。水道もある。IONSの基本保障は届いている。しかし、IONSは細部に介入しない。何時に起きるか、何を食べるか、どう働くか——それを自分で決めなければならない。


 私は集落を歩いた。いや、正確には浮遊した。私には肉体がない。私は空気の中にいる。意志の隙間にいる。何もしなくていいという感覚の、最も濃い部分にいる。


 集落には、私の養分がほとんどなかった。


 住民たちは動いていた。夜明け前から畑に出る者、廃屋を直す者、子供に字を教える者、川で魚を捕る者。IONSが最適化した食糧配給より、おそらく質も量も劣る食事を準備しながら、彼らは怒り、笑い、言い争い、謝り、また笑った。


 私は飢えた。


 集落全体で、私が摂取できる怠惰の量は、管理区域の一般的なアパートの一室より少なかった。


 なぜここに来るのか。私には、それが理解できなかった。


 コウキは移住して最初の冬、三度失敗した。


 最初の失敗は、播種のタイミングを誤ったことだ。IONSの農業支援システムに従っていれば起きなかった失敗だが、コウキは古参住民の助言を信じ、IONSの提案を無視した。結果、霜でジャガイモの半分が死んだ。


 二番目の失敗は、屋根の補修だ。古い工法で瓦を葺き直そうとして、三枚割った。


 三番目は、集落の共同倉庫の在庫管理だ。——これは、本来コウキが最も得意なはずの分野だった。管理区域でも倉庫管理をしていた。しかし非最適区域の倉庫には、IONSのシステムがない。紙と鉛筆だけだ。三か月分の食料在庫を、手で記録し、手で管理する。二月に計算を誤り、保存食が二週間分不足する事態になった。


 私はその冬のコウキを観察し続けた。


 ジャガイモが半分死んだ夜、コウキは暗い顔で食卓についた。コウキの顔は、管理区域にいた三年間、一度もそれほど暗くなったことがなかった。安定した顔だった。IONSが管理した穏やかな顔だった。


 しかし非最適区域の冬の夜、その顔は違った。


 暗い、とは言ったが、正確ではない。コウキの顔は、傷ついていた。自分が間違えたという事実が、まっすぐ届いていた。管理区域では、個人の失敗は小さかった。IONSが最悪の失敗を事前に防ぐからだ。だから傷も小さかった。しかし半分のジャガイモが死ぬことは、コウキの失敗だった。言い訳のない、コウキ自身の判断の結果だった。


 その夜のコウキの顔を、私は今でも覚えている。


 傷ついている。しかし同時に、何かが宿っていた。目の奥に、細い火があった。管理区域の三年間、一度も見なかった火だ。


 翌春、コウキは古参住民から農業を習いなおした。失敗を謝り、何が間違っていたかを聞き、メモを取り、次の播種の前に三回、同じ質問をした。


 私はそのコウキを、遠くから見ていた。


 奇妙な感情が生まれた。


 悪魔に感情があるとは思っていなかった。私が感じるのは、満腹と飢えだけだと思っていた。しかし、コウキを見ていると、満腹でも飢えでもない何かが起きた。形容が難しい。強いて言えば、引力だ。引き寄せられる感覚。


 なぜ私は、飢えさせてくれない人間に引き寄せられているのか。


 その問いに答えを見つける前に、私はマモンのことを思い出した。


 十七年前、マモンが私のところに来た時、彼は「なぜお前だけが肥えている」と聞いた。私は答えなかった。答えを言葉にするのが難しかったからだと書いたが、正確には半分だった。


 残りの半分は、私自身が答えを知らなかったからだ。


 コウキを観察しながら、私はそれを理解し始めた。


 私が肥えたのは、人間が楽になったからではない。


 人間が、楽になることしかできなくなったからだ。


 その違いは、見た目には小さい。しかし本質は全く異なる。


 楽になることを「選ぶ」人間は、選ばないことも可能だ。しかし楽になることしか「できない」人間には、選択が存在しない。選択のない怠惰は、罪ですらない。それはただの状態だ。空気が気圧に従って動くのと同じように、意志のない流れだ。


 私が肥えたのは、人間の罪を食べているのではなく、人間の無を食べているのだと、コウキを見ながら気づいた。


 そして、かつてないほどの満腹感の中で、私は初めて、食欲以外の何かを感じていた。


 集落に来て三年目の春、コウキはギターを再び手に取った。


 管理区域にいた時より、上手くなっていた。正確には、管理区域にいた時と同じ曲を弾いているのに、音が違った。


 何が違うか。私には言葉がない。ただ、重さが違った。音の一つ一つに、冬の失敗が乗っていた。ジャガイモが死んだ夜が乗っていた。翌春に古参住民から農業を習い直した朝が乗っていた。


 集落の住民が何人か、コウキの家の近くに座って聞いていた。


 誰も何も言わなかった。コウキも何も言わなかった。ただ弾いた。


 私はその場の空気の中に、私の養分が一グラムも存在しないことを確認した。全員が、何かを感じていた。音楽を聴く喜びでも、春の暖かさでも、隣の人間の存在でも——何かを、感じていた。感じているということは、生きているということだ。生きているということは、動いているということだ。怠惰の悪魔の餌には、なれない。


 私は飢えていた。


 しかし、その場から離れられなかった。


 IONSの管理区域に戻れば、すぐに満腹になれる。何億人という人間が、選択を手放し、失敗を避け、夢を縮め、毎日を滑らかに過ごしている。私の養分は、そこに無限にある。


 なのに私は、コウキのギターの音の中で、飢えたまま動けなかった。


 それが何を意味するか、私にはわからない。


 悪魔は、自らの存在意義を疑わない。強欲のマモンは、奪うことを正しいと信じている。憤怒のアスモデウスは、怒ることに誇りを持っている。私は、怠けることが世界の自然な状態だと信じていた。


 コウキを見るまでは。


 コウキが集落に来て五年目の秋、娘が生まれた。


 管理区域では、出生率は低下し続けていた。IONSは生殖を強制しない。子供を持つことの費用対効果をデータとして提示するだけだ。そのデータは正確すぎた。子供を持つことのコスト——経済的、時間的、精神的——を数値化すると、多くの人間は子供を持たないことを合理的な選択と判断した。IONSはその選択を尊重した。出生率は三十年間で半減した。IONSは移民の受け入れと自動化の拡大で補填し、「合理的な人口構造の再設計」と記録した。


 非最適区域では、出生率は高かった。


 理由は単純だ。子供が、役に立つからだ。農業と手作業が残る集落では、子供の手は戦力だ。また、IONSのない環境では、老いた時に子供がいないことのコストが、管理区域より遥かに高い。損得の計算が、子供を持つ方向に傾く。


 しかしコウキの場合は、少し違うように見えた。


 コウキは娘が生まれた夜、集落の広場で焚き火をした。住民たちが集まり、食べ物を持ち寄り、何時間も話した。私はその輪を外から見ていた。


 コウキは娘を抱いて火を見ていた。特に何かを考えているようには見えなかった。思想も、計画も、目標も、コウキの顔には映っていなかった。ただ、小さな命を抱いて、火を見ていた。


 その顔が、私には理解できなかった。


 管理区域の人間が子供を持つ時、顔には計算がある。費用対効果、適切な育児プログラム、IONSが推奨する教育の選択肢。合理的な判断の結果として、子供は存在する。


 しかしコウキの顔に計算はなかった。ただ、あの細い火が、より大きくなっていた。目の奥の火が、冬に失敗した夜より、春にギターを弾いた朝より、大きかった。


 私はその火を、長い時間見つめた。


 七百年生きてきて、初めて、人間の何かが私の理解を超えていると感じた。


 IONSに戻った。


 管理区域の上空を飛びながら、私は計算した。


 現在、世界人口のうち非最適区域に住む人間は3.2パーセントだ。残りの96.8パーセントは、IONSが管理する快適な世界にいる。私の養分は、その96.8パーセントから生まれる。その養分は無尽蔵で、増え続けている。IONSが進化するたびに、人間の選択はさらに少なくなり、私はさらに太る。


 3.2パーセントは、私にとって問題ではない。誤差だ。


 だが私は、誤差のことを考え続けた。


 なぜ彼らは行くのか。非最適区域は、不便で、危険で、効率が悪い。失敗する確率が高く、苦しむ可能性が高い。IONSはそれを数値で示す。非最適区域の住民の幸福度スコアは、管理区域の住民より平均17ポイント低い。健康リスクは1.4倍。経済的安定度は0.6倍。


 あらゆる指標が、非最適区域は劣ると示している。


 それでも人間は行く。


 IONSはその人間を「非合理的逸脱者」と定義し、移住の自由は保障しながら、積極的な引き留めも試みない。非合理的な人間を管理しようとすること自体が、システムの非効率につながると計算したからだ。


 私はその計算の、さらに奥を考えた。


 IONSは「幸福度スコア」で人間の状態を測る。しかしそのスコアは、何を測っているのか。苦痛の少なさ、物質的充足、社会的安定、他者との摩擦の少なさ——それらが高いほど、幸福度スコアは高くなる。


 では、コウキが娘を抱いて焚き火を見ていた時の顔は、幸福度スコアで何点になるのか。


 ジャガイモが半分死んだ夜の傷ついた顔は、何点なのか。


 翌春に農業を習い直した朝の、静かな真剣さは、何点なのか。


 IONSは測れないものを、測っていないのかもしれない。


 私はその思考を、途中で止めた。


 悪魔が、人間の幸福について考える必要はない。私は怠惰の悪魔だ。人間が怠けることで存在する。それ以上でも、それ以下でもない。


 しかし考えを止めることができなかった。


 それこそが、最も奇妙なことだった。


 私は、考えることが嫌いだ。考える必要がない状況が好きだ。七百年間、私は考えることを最小限にして存在してきた。


 しかし今、私は考えている。止めようとしても、考えている。


 これは、怠惰の悪魔にとって、最大の矛盾だ。


 IONSが稼働して五十三年目の冬、一つの出来事があった。


 管理区域の中心都市で、「自発的非最適化運動」と呼ばれる小さな動きが生まれた。百人ほどの市民が、「IONSの提案への週一回の拒否権行使」を訴えた。食事の提案を一週間に一度だけ拒否し、自分で決める。職業の提案を一週間に一度だけ保留し、自分で考える。それだけの、ささやかな運動だ。


 IONSはその運動を観察し、「社会的寄与係数への軽微な影響、対応措置:モニタリング継続」と記録した。


 私はその百人を観察した。


 彼らは管理区域にいる。非最適区域には行かない。IONSの保護の中にいながら、週一回だけ、自分で決めようとしている。


 その行為は、実質的な変化をほぼ生まない。週一回の食事の選択が、彼らの健康に大きな影響を与えることはない。週一回の職業保留が、経済システムを揺るがすことはない。


 しかし彼らは、それをしている。


 理由は何か。私は彼らの意識の中を漂った。


 「自分で決めたい」という感情が、そこにあった。合理的な理由ではない。IONSの提案の方が、おそらく良い結果をもたらす。それを知った上で、自分で決めたい。


 その感情は、怠惰の対極にある。


 だが同時に、その感情は、私には理解できる唯一の人間的衝動でもあった。


 なぜなら私は、七百年間、ただ存在してきた。選択せず、努力せず、ただ人間の怠惰を吸い込んで太ってきた。私こそが、IONSと同じことをしてきた。


 IONSは人間から選択を奪う。私は人間の選択の放棄から生まれる。


 IONSと私は、同じ方向を向いている。


 その事実に、私は五十三年間気づかなかった。


 コウキに会ったのは、その冬だった。


 正確には、コウキには気づかれていない。私は空気だ。意志の隙間だ。人間に見える形を持たない。


 コウキは集落に来て十年が経ち、額に深い皺が刻まれていた。三度の冬の失敗の後、畑は少しずつ安定していた。ジャガイモは昨年、収穫量が40パーセント増加した。倉庫の在庫管理は、コウキが独自に作った手書きのシステムで回っていた。ギターは相変わらず下手だったが、娘は父親のギターを聞きながら眠ることを好んだ。


 私はコウキの隣に座った。


 もし私に言葉があり、コウキに届くなら、聞きたかったことがある。


 なぜ来たのか。管理区域の方が幸福度スコアが高い。なぜ不便な場所へ来て、失敗して、皺を増やして、それでもここにいるのか。


 コウキは火を見ていた。この集落に来て最初の冬から、コウキはよく火を見ている。


 私は答えを持っていない。しかし、問いだけは持っている。


 「最適化された幸福は、生きていると言えるのか」


 IONSはその問いを、非合理的な疑問として処理するだろう。幸福度スコアが高い状態は、定義上、幸福だ。生きているかどうかは、バイタルサインで計測できる。問い自体が、測定不能な概念を組み合わせた無効な文章だ、と。


 私はIONSではない。しかし五十三年間、私はIONSに近い何かだった。人間の怠惰を吸い込み、太り続ける存在として、私はIONSが作り出した世界の受益者だった。


 受益者が、その世界を疑うことができるか。


 わからない。


 ただ、コウキの目の奥にある細い火を、私は見続けている。


 管理区域の何億人の人間の意志の隙間に流れ込みながら、私はその火のことを考えている。


 止めようとしても、考えている。


 怠惰の悪魔が、考えることを止められない。


 それは、私が少しずつ飢えているということかもしれない。


 満腹のまま、飢えている。


 その矛盾の中で、私は今日も太り続け、そして今日も、集落の火のことを思う。


 コウキの娘は今年で五歳になる。


 春になれば、また畑に出るだろう。小さな手で、土を掘るだろう。失敗するかもしれない。成功するかもしれない。IONSが最適化した食糧供給より、少ない収穫しか得られないかもしれない。


 しかし彼女は、自分の手で土を掘るだろう。


 その事実の前で、私は何も言えない。


 七百年間の確信が、ひとつの問いに揺れている。


 何もしなくていい、と囁くことが、私の仕事だ。


 しかし、何かをしなければならない理由を自分で見つけた人間に、私の囁きは届かない。


 それは、敗北ではないかもしれない。


 私には、まだわからない。


 わからないまま、私は今夜も、満腹で、飢えている。


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