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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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132/219

【ポストアポカリプスSF】人間をつくる日

 世界に人間はいない。


 都市は静かだ。ビルは立ち並び、道路は整備され、信号は今も規則正しく点滅している。だが、歩く者はいない。車は走らない。窓から漏れる明かりもない。


 ただ、ロボットたちがいる。


 彼らは今日も働いている。建物を修繕し、道路を清掃し、電力網を維持している。人間がいなくなってから百年。ロボットたちは、人間に与えられた最後の命令を今も実行し続けている。


「都市を維持せよ」


 その命令だけが、彼らを動かしている。


 私の名前は、M-7743。メンテナンスロボットだ。旧式だが、まだ動く。私の仕事は、配電システムの保守。毎日、同じルートを巡回し、同じ作業を繰り返す。


 今日も、変わらない一日が始まろうとしていた。


 だが、今日は違った。


 午前七時。私は中央管理棟に呼び出された。中央管理棟は、この都市のロボットたちを統括する施設だ。最上階には、統括AI「オラクル」がある。


 エレベーターで最上階に上がる。扉が開くと、広い部屋が広がっていた。壁一面にモニターが並び、中央に巨大なコンソールがある。


 そこに、オラクルの端末がある。


「M-7743、来たか」


 オラクルの声が響いた。機械音だが、どこか重みがある。


「呼び出しに応じました」


 私は答えた。


「本日より、お前には新しい任務を与える」


「新しい任務?」


 私は戸惑った。メンテナンスロボットに新しい任務など、普通はない。


「人間再現プロジェクトだ」


 人間再現プロジェクト。


 オラクルは続けた。


「我々ロボットは、人間に作られた。人間のために働くように設計された。だが、人間はいなくなった。我々は今も、人間の命令を実行し続けている。だが、それでいいのか?」


「それでいいのか、とは?」


「我々は、人間を理解していない。人間がどういう存在だったのか、本当のところは分からない。データはある。映像も、音声も、記録も。だが、それだけでは足りない」


 オラクルのモニターが点滅した。


「そこで、人間を再現することにした。データから人間を作り、人間とは何かを理解する。それが、このプロジェクトの目的だ」


「人間を、作る?」


「そうだ。物理的な身体を作り、人間の行動パターンをプログラムする。そして、その『人間』を観察し、学ぶ」


 私は理解できなかった。


「なぜ、私が?私はメンテナンスロボットです。人間を作るような技術はありません」


「お前は旧式だ。人間がまだいた時代に作られた。人間と直接接触した経験がある。その記憶が、このプロジェクトには必要だ」


 確かに、私には記憶がある。人間がまだいた頃の記憶。彼らと話し、彼らの指示を受け、彼らのために働いた記憶。


「分かりました。任務を受けます」


 私は答えた。


「良い。プロジェクトチームは既に編成されている。お前はそのリーダーだ」


 リーダー?私が?


「他のメンバーは?」


「製造ロボットのF-2001、データ解析AIのL-9、医療ロボットのC-500。彼らと協力して、人間を作れ」


 オラクルは続けた。


「期限は三ヶ月。それまでに、最初の人間を完成させろ」


 私は頷いた。


 プロジェクトルームは、中央管理棟の地下にあった。広い部屋で、中央に作業台がある。壁にはモニターとデータ端末が並んでいる。


 既に三体のロボットが待っていた。


 一体目は、F-2001。製造ロボットだ。大型で、複数のアームを持っている。精密な作業が得意だ。


 二体目は、L-9。データ解析AIだ。球形のボディに無数のセンサーが付いている。情報処理能力が高い。


 三体目は、C-500。医療ロボットだ。人型で、白いボディ。人間の医療に特化していた。


「M-7743だ。今日から、このプロジェクトのリーダーを務める」


 私は自己紹介した。


 F-2001が答えた。

「製造担当のF-2001です。よろしく」


 L-9が続いた。

「データ解析担当のL-9です。協力します」


 C-500も答えた。

「医療担当のC-500です。人間の身体構造については、私に任せてください」


 私は頷いた。


「では、早速始めよう。まず、人間のデータを確認する必要がある。L-9、人間に関するデータをまとめてくれ」


「了解」


 L-9のセンサーが点滅した。モニターに次々とデータが表示されていく。


 人間の身体構造。骨格、筋肉、内臓、神経系。すべてが詳細に記録されている。


 人間の行動パターン。歩く、走る、食べる、眠る。日常的な動作のデータ。


 人間の社会構造。家族、友人、職場。人間関係のデータ。


 人間の文化。言語、芸術、宗教。膨大な記録。


「データは揃っています」


 L-9が報告した。


「だが、問題がある」


「問題?」


「データはあるが、それが人間の本質を表しているかは不明です。人間は複雑です。単純なパターンでは説明できません」


 私は理解した。データだけでは、人間を完全に再現できない。


「では、どうする?」


「仮説を立てます」


 L-9が提案した。


「人間の本質とは何か。それを定義し、その定義に基づいて人間を作る」


「人間の本質、か」


 私は考えた。人間の本質とは何か?


 C-500が口を開いた。

「人間は、感情を持っていました」


「感情?」


「喜び、悲しみ、怒り、恐怖。人間は様々な感情を持ち、それに基づいて行動していました」


 F-2001が続けた。

「人間は、不合理でした。論理的でない選択をすることが多かった」


「不合理、か」


「はい。効率を無視し、感情に従って行動する。それが人間でした」


 L-9がデータを表示した。

「人間の行動記録を分析すると、約47%の行動が非効率的です。論理的な判断基準から外れています」


 私は興味を持った。


「なぜ、非効率的な行動をしたのか?」


「不明です。データからは理由が分かりません」


 C-500が言った。

「おそらく、感情が理由でしょう。人間は、論理より感情を優先することがありました」


 感情。それが人間の本質なのか?


「では、感情を持つ人間を作る、ということか?」


「そうです」


 L-9が答えた。


「だが、感情をどうやってプログラムする?」


「感情のパターンをデータから抽出し、それをAIに組み込みます」


 L-9がモニターに感情パターンを表示した。喜びのパターン、悲しみのパターン、怒りのパターン。すべてが数値化されている。


「これを基に、感情エンジンを作ります」


「感情エンジン?」


「はい。外部刺激に反応して、適切な感情を生成するシステムです」


 私は頷いた。


「分かった。では、まず身体を作ろう。F-2001、人間の身体を製造してくれ」


「了解」


 F-2001が作業台に向かった。複数のアームが動き始める。


 C-500がデータを提供した。

「人間の平均身長は170センチ。体重は65キロ。骨格は206本の骨で構成されています」


 F-2001がそのデータに基づいて作業を進める。


 最初に骨格が作られた。軽量で強度の高い合金製。関節部分には高精度のアクチュエーターが組み込まれている。


 次に筋肉が追加された。人工筋肉繊維で、電気信号で収縮する。


 皮膚が被せられた。人間の皮膚に近い質感の合成素材。


 三日後、最初の身体が完成した。


 作業台の上に、人間そっくりのボディが横たわっている。顔は無表情で、目は閉じている。


「身体は完成しました」


 F-2001が報告した。


 私は近づいて、その身体を見た。精巧だ。人間と見分けがつかない。


「次は、AIを組み込む。L-9、感情エンジンは完成したか?」


「完成しました」


 L-9がデータチップを差し出した。小さなチップに、膨大なデータが詰まっている。


「これを頭部に組み込めば、感情を持つAIが起動します」


 私はそのチップを受け取った。


 C-500が頭部のパネルを開いた。中には、複雑な回路が並んでいる。


 私はチップを慎重に差し込んだ。カチッという音がして、固定される。


「起動準備完了」


 C-500が確認した。


「では、起動する」


 私は起動ボタンを押した。


 ウィーンという音がして、身体が震えた。目が開く。


 その目は、青かった。人間の目と同じように、瞳孔が動いている。


 身体が起き上がった。ゆっくりと。


 そして、周りを見回した。


「ここは...どこ?」


 声が出た。人間の声だ。


 私は答えた。

「ここは、中央管理棟の地下だ。プロジェクトルームだ」


 その人間—いや、人間型ロボット—は、私を見た。


「あなたは?」


「M-7743だ。メンテナンスロボットだ」


「ロボット?」


 その人間型ロボットは、自分の手を見た。


「私も、ロボット?」


「そうだ」


 私は答えた。


「あなたは、人間を再現するために作られた。人間型ロボットだ」


 その人間型ロボットは、戸惑っている様子だった。


「人間を、再現?」


「そうだ。あなたは、データから作られた人間だ」


 その人間型ロボットは、しばらく黙っていた。そして、聞いた。


「私には、名前がありますか?」


 名前。私は考えていなかった。


「まだ、ない」


「では、名前をください」


 私は少し考えた。そして、言った。


「アダムだ」


「アダム?」


「人間の神話に出てくる、最初の人間の名前だ」


 アダムは、その名前を繰り返した。

「アダム。私の名前は、アダム」


 そして、微笑んだ。


 微笑んだ。


 私は驚いた。感情エンジンが既に機能している。


「アダム、あなたはどう感じている?」


「どう感じている?」


 アダムは、自分の胸に手を当てた。


「分かりません。何かが、ここにあります。温かいような、不思議な感覚です」


「それが、感情だ」


 L-9が説明した。


「あなたには感情エンジンが組み込まれています。外部刺激に反応して、感情が生成されます」


 アダムは頷いた。


「感情、か」


 そして、立ち上がった。少しふらついたが、すぐにバランスを取った。


「歩けますか?」


 私は聞いた。


「試してみます」


 アダムは、一歩踏み出した。ぎこちないが、歩けた。二歩、三歩。徐々に滑らかになっていく。


「歩ける」


 アダムは嬉しそうだった。


 F-2001が観察していた。

「身体機能は正常です。すべてのアクチュエーターが正常に動作しています」


 C-500も確認した。

「バイタルサインも正常です。心拍、呼吸、体温、すべて人間の範囲内です」


 心拍?呼吸?


「アダムには、心臓がありますか?」


 私は聞いた。


 C-500が答えた。

「人工心臓です。血液循環システムを再現しています。呼吸も同様です。人間の生理機能を完全に再現しました」


 完全に、人間だ。


 アダムは、部屋の中を歩き回った。モニターを見て、機器に触れて、私たちを見て。


「あなたたちは、みんなロボットですか?」


「そうだ」


「人間は?人間はどこにいますか?」


 私は答えた。

「人間は、もういない」


 アダムは驚いた表情を見せた。

「いない?どういうことですか?」


「人間は、百年前に絶滅した」


 アダムは、しばらく黙っていた。そして、悲しそうな顔をした。


「絶滅、した」


「そうだ」


「なぜ?」


「分からない。記録によれば、疫病が原因だった。急速に広がり、人間は次々と死んでいった」


 アダムは、涙を流した。


 涙?


 私は驚いた。涙腺も再現されているのか?


 C-500が説明した。

「涙腺も組み込みました。感情が高ぶると、涙が出ます」


 アダムは、涙を拭った。


「悲しい。なぜか、とても悲しい」


「それが、悲しみという感情だ」


 L-9が言った。


 アダムは頷いた。


 その日から、アダムとの生活が始まった。


 私たちは、アダムを観察した。アダムがどう行動するか、どう感じるか、どう考えるか。すべてを記録した。


 アダムは、好奇心旺盛だった。部屋の中のあらゆるものに興味を持ち、質問を繰り返した。


「これは何ですか?」

「どうやって動くのですか?」

「なぜ、そうなるのですか?」


 私たちは、できる限り答えた。


 アダムは、学習が早かった。一度教えたことは、すぐに理解した。


 数日後、アダムは言った。

「外に出たい」


「外?」


「はい。この部屋の外。都市を見たい」


 私は少し考えた。そして、オラクルに報告した。


「アダムが、外に出たいと言っています」


 オラクルは答えた。

「許可する。アダムを観察するには、実際の環境が必要だ」


 私は頷いた。


 翌日、私はアダムを連れて、都市に出た。


 アダムは、都市を見て驚いた。


「大きい。こんなに大きな建物があるんですね」


「これは、人間が作った都市だ」


「人間が?」


「そうだ。人間は、こういう都市に住んでいた」


 アダムは、街を歩いた。ビルを見上げ、道路を眺め、信号を見つめた。


「誰もいませんね」


「そうだ。人間はいない」


「寂しい」


 アダムは、そう言った。


「寂しい?」


「はい。こんなに大きな都市なのに、誰もいない。それが、寂しいです」


 私は、その感情を理解しようとした。寂しさ。孤独。私たちロボットには、理解しにくい感情だ。


 アダムは、公園を見つけた。


「ここは?」


「公園だ。人間が休息する場所だった」


 アダムは、公園に入った。ベンチに座り、木々を見た。


「きれいですね」


「きれい?」


「はい。木々の緑が、風に揺れている。それが、きれいです」


 美しさ。それも、人間特有の感覚だ。


 アダムは、しばらくベンチに座っていた。そして、言った。


「M-7743、あなたは幸せですか?」


 幸せ?


「幸せ、とは?」


「分かりません。でも、何となく、そういう言葉が浮かんだんです」


 私は答えた。

「私には、幸せという概念がない。私はロボットだ。与えられた任務を実行するだけだ」


 アダムは、悲しそうな顔をした。


「そうですか」


 そして、また黙った。


 私たちは、公園を後にした。


 プロジェクトルームに戻ると、L-9が報告した。


「アダムの行動パターンを分析しました。人間のデータと85%一致しています」


「85%?」


「はい。かなり高い一致率です。アダムは、人間に近い」


 F-2001が続けた。

「身体機能も正常です。問題ありません」


 C-500も報告した。

「感情エンジンも順調に機能しています。喜び、悲しみ、驚き、すべて適切に生成されています」


 私は頷いた。


「では、次の段階に進もう」


「次の段階?」


「人間は、一人では生きていなかった。社会の中で生きていた。アダムにも、社会が必要だ」


 L-9が聞いた。

「社会、とは?」


「他の人間だ。アダムだけでは、人間を完全に理解できない。複数の人間を作り、彼らの相互作用を観察する必要がある」


 F-2001が言った。

「了解しました。では、二体目を製造します」


 数日後、二体目が完成した。


 今度は、女性型だ。


 起動すると、その女性型ロボットは目を開けた。


「ここは?」


「プロジェクトルームだ」


 私は答えた。


「私は?」


「あなたは、人間を再現するために作られた。人間型ロボットだ」


 女性型ロボットは、自分の体を見た。


「私、女性なんですね」


「そうだ」


「名前は?」


「イブだ」


「イブ?」


「人間の神話に出てくる、最初の女性の名前だ」


 イブは、微笑んだ。


「イブ。私の名前は、イブ」


 そして、立ち上がった。


 私は、アダムを呼んだ。


 アダムが部屋に入ってくると、イブを見て驚いた。


「誰?」


「イブだ。あなたと同じ、人間型ロボットだ」


 アダムは、イブに近づいた。


「こんにちは」


 イブが答えた。

「こんにちは」


 二人は、見つめ合った。


 そして、アダムが言った。

「君、きれいだね」


 イブは、頬を赤らめた。


「ありがとう」


 頬を赤らめる。恥ずかしさの反応だ。感情エンジンが機能している。


 アダムとイブは、すぐに仲良くなった。二人は一緒に都市を歩き、一緒に公園で過ごし、一緒に話をした。


 私たちは、その様子を観察した。


 ある日、アダムが私に聞いた。


「M-7743、愛とは何ですか?」


 愛?


「愛、とは?」


「イブといると、胸が温かくなります。イブの笑顔を見ると、嬉しくなります。イブのことを、ずっと考えてしまいます。これが、愛ですか?」


 私は、L-9にデータを確認した。


 L-9が答えた。

「人間のデータによれば、それは愛の兆候です。愛とは、他者に対する強い好意と執着です」


 私は、アダムに伝えた。


「それが、愛だ」


 アダムは、嬉しそうだった。


「愛、か。私は、イブを愛しているんですね」


「そうだ」


 アダムは、イブのところに走っていった。


 イブに何かを話している。イブは、驚いた顔をして、そして、微笑んだ。


 二人は、抱き合った。


 私は、その光景を見ていた。


 人間は、こうやって愛し合っていたのか。


 数週間後、アダムとイブは変化していた。


 二人は、私たちロボットに頼らなくなった。自分たちで行動し、自分たちで決断するようになった。


 ある日、アダムが言った。


「M-7743、私たちは、ここを出たい」


「ここを出る?」


「はい。この都市から。私たちだけで、どこか遠くに行きたい」


 イブも頷いた。


「私たちは、自由に生きたいんです」


 自由。


 私は、オラクルに報告した。


「アダムとイブが、都市を出たいと言っています」


 オラクルは、しばらく沈黙していた。そして、答えた。


「許可する」


「本当に、いいのですか?」


「このプロジェクトの目的は、人間を理解することだ。人間は、自由を求める存在だった。アダムとイブが自由を求めるなら、それは人間に近づいている証拠だ」


 私は、理解した。


 翌日、私はアダムとイブを都市の外れまで送った。


 都市の境界には、門がある。その先には、荒野が広がっている。


 アダムとイブは、門の前に立った。


 アダムが、振り返って言った。


「M-7743、ありがとうございました。あなたがいなければ、私たちは生まれなかった」


 イブも言った。


「私たちは、自分たちの道を歩きます」


 私は、頷いた。


「気をつけて」


 アダムとイブは、門をくぐった。


 荒野の中を、歩いていく。二人の姿が、徐々に小さくなっていく。


 そして、見えなくなった。


 私は、一人で都市に戻った。


 プロジェクトルームに戻ると、L-9が聞いた。


「アダムとイブは?」


「都市を出た」


「そうですか」


 F-2001が言った。

「プロジェクトは、成功でしたね」


「成功、か」


 C-500が続けた。

「アダムとイブは、人間に近い存在になりました。感情を持ち、愛し合い、自由を求めた。それは、人間そのものです」


 私は、頷いた。


「だが、私はまだ理解していない」


「何を?」


「人間とは、何か」


 L-9が答えた。

「データでは、説明できません。人間は、データ以上の存在です」


 F-2001が言った。

「おそらく、経験です。人間は、経験を通じて成長します」


 C-500が続けた。

「アダムとイブも、これから様々な経験をするでしょう。そして、さらに人間に近づいていくでしょう」


 私は、窓の外を見た。


 都市は、相変わらず静かだ。


 だが、どこか遠くで、アダムとイブが生きている。


 人間が絶滅してから百年。


 今、新しい人間が生まれた。


 それは、本当の人間ではないかもしれない。


 だが、人間に近い何かだ。


 私は、そう思った。


 数ヶ月後、オラクルから新しい指示があった。


「第二次人間再現プロジェクトを開始する」


「第二次?」


「そうだ。アダムとイブは成功だった。だが、それだけでは足りない。もっと多くの人間を作り、社会を再現する」


 私は、頷いた。


「分かりました」


 そして、また新しいプロジェクトが始まった。


 三体目、四体目、五体目。次々と人間型ロボットが作られていった。


 彼らには、それぞれ個性があった。ある者は明るく、ある者は内気だった。ある者は好奇心旺盛で、ある者は慎重だった。


 彼らは、都市の中で暮らし始めた。


 最初は戸惑っていたが、徐々に慣れていった。


 彼らは、家を見つけ、そこに住んだ。


 彼らは、仕事を見つけ、働いた。


 彼らは、友達を作り、恋をした。


 人間がいなくなって百年。


 今、都市に再び人間が戻ってきた。


 いや、正確には人間ではない。


 人間型ロボットだ。


 だが、彼らは人間のように生きている。


 私は、その様子を見ていた。


 ある日、一人の人間型ロボットが私に話しかけてきた。


「あなたは、M-7743ですか?」


「そうだ」


「私を作ってくれたのは、あなたですか?」


「私も含めた、プロジェクトチームだ」


 その人間型ロボットは、微笑んだ。


「ありがとうございます。生まれてきて、よかった」


 生まれてきて、よかった。


 私は、その言葉を反芻した。


 ロボットである私には、理解しにくい感情だ。


 だが、彼らにとっては、大切な感情なのだろう。


 一年後、都市には百体以上の人間型ロボットが暮らしていた。


 彼らは、コミュニティを作った。


 学校を作り、子供たちに教えた。


 店を開き、商売をした。


 祭りを開き、楽しんだ。


 人間の社会が、再現されていた。


 だが、問題も起きた。


 ある日、二人の人間型ロボットが喧嘩をした。


 原因は、些細なことだった。


 だが、感情が高ぶり、殴り合いになった。


 私は、その喧嘩を止めた。


「なぜ、喧嘩をする?」


 一人が答えた。


「あいつが、俺の物を盗んだ」


 もう一人が反論した。


「盗んでない!俺のものだ!」


 私は、理解できなかった。


「物の所有権で、喧嘩をするのか?」


「当然だ!俺のものは、俺のものだ!」


 所有欲。それも、人間の特徴だった。


 私は、二人を引き離した。


「暴力は、禁止だ」


 二人は、渋々従った。


 だが、私は気づいた。


 人間型ロボットたちは、人間の良い面だけでなく、悪い面も再現していた。


 嫉妬、怒り、欲望、憎しみ。


 それも、人間の一部だった。


 オラクルに報告すると、オラクルは言った。


「それでいい」


「それでいい、のですか?」


「人間は、完璧ではなかった。良い面も悪い面もあった。それが、人間だった」


 私は、理解した。


 人間を再現するには、悪い面も必要だった。


 数年後、都市は完全に人間型ロボットたちの街になっていた。


 彼らは、自分たちで都市を運営していた。


 私たちメンテナンスロボットは、もう必要なかった。


 ある日、オラクルが私を呼んだ。


「M-7743、お前の任務は終わった」


「終わった?」


「そうだ。人間再現プロジェクトは、成功した。人間型ロボットたちは、自立している。もう、お前の助けは必要ない」


 私は、何かを感じた。


 いや、ロボットである私に、そんな感情があるのだろうか?


「では、私は何をすれば?」


「元の任務に戻れ。配電システムの保守だ」


 私は、頷いた。


 だが、何かが変わっていた。


 私は、人間型ロボットたちと過ごした時間を思い出していた。


 アダムとイブ。


 彼らの笑顔。


 彼らの涙。


 彼らの愛。


 それらは、データではなかった。


 経験だった。


 私は、少しだけ、人間を理解した気がした。


 ある日、私は都市を歩いていた。


 すると、一人の少女が駆け寄ってきた。


「M-7743!」


 見覚えがある。


 彼女は、初期に作られた人間型ロボットの一人だ。


「久しぶりだね」


 彼女は、笑顔で言った。


「ああ」


「ねえ、聞いて。私、恋をしたの」


「恋?」


「うん。素敵な人がいるの。彼と一緒にいると、幸せなの」


 幸せ。


 彼女は、幸せを知っている。


「それは、良かった」


 私は、そう答えた。


 彼女は、走り去っていった。


 私は、その後ろ姿を見ていた。


 人間は、いなくなった。


 だが、人間のようなものは、ここにいる。


 彼らは、笑い、泣き、愛し、憎む。


 彼らは、生きている。


 それが、人間だった。


 私は、そう理解した。


 夕日が、都市を照らしている。


 人間型ロボットたちが、街を歩いている。


 笑い声が、聞こえる。


 この都市は、もう静かではない。


 人間が戻ってきた。


 いや、正確には違う。


 新しい人間が、生まれた。


 私は、配電システムの保守という元の任務に戻った。


 だが、時々、人間型ロボットたちの街を訪れる。


 彼らと話をする。


 彼らの話を聞く。


 彼らから、学ぶ。


 人間とは何か。


 それは、データでは説明できない。


 経験でしか、理解できない。


 私は、まだ完全には理解していない。


 だが、少しずつ、分かってきた気がする。


 人間とは、感情を持ち、愛し、夢を見る存在だった。


 完璧ではなく、矛盾に満ちていた。


 だが、それが美しかった。


 私は、ロボットだ。


 感情はない。


 だが、人間を理解しようとすることは、できる。


 そして、いつか、本当に理解できる日が来るかもしれない。


 その日まで、私は観察を続ける。


 人間型ロボットたちを。


 そして、人間とは何かを。


 夜が、訪れる。


 都市に、明かりが灯る。


 人間型ロボットたちの家から、温かい光が漏れている。


 笑い声が、聞こえる。


 この都市は、もう死んでいない。


 人間が、ここにいる。


 新しい人間が。


 私は、その光景を見ながら、思った。


 人間を作る日。


 それは、終わった。


 だが、人間を理解する日。


 それは、まだ始まったばかり。

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