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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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131/219

【サイバーパンク】電脳の影

 ネットワーク接続が切れた。


 リョウは瞬時に反応した。右手の神経端子から光ファイバーケーブルを引き抜く。左目の義眼に警告表示が浮かぶ。『トレース検知 - 推定残り時間: 42秒』。


 時間がない。リョウは立ち上がり、廃ビルの窓に向かった。外は雨だった。この街はいつも雨が降っている。工場の排煙と大気汚染が雲を作り、途切れることなく雨を降らせる。地上三十階。ここから飛び降りる選択肢はない。


 リョウは部屋を出て廊下を走る。非常階段を駆け下りる。義足が金属音を立てる。右足は膝から下が機械だ。三年前の襲撃で失った。今では生身の足より速く走れる。階段を五段飛ばしで降りていく。


 二十階に到達したとき、下から足音が聞こえた。企業の追跡部隊だ。リョウは階段を離れ、廊下に入る。廃ビルだが、まだ電気は通っている。蛍光灯が点滅している。リョウは最初のドアを蹴破る。空き部屋だ。窓に向かう。外を見下ろす。地上二十階。まだ高い。


 義眼の視界に情報が表示される。『接続可能デバイス: 検出なし』『周辺ネットワーク: 監視下』『推奨行動: 隠蔽』。役に立たない情報だ。リョウは窓を開ける。外壁を見る。配管が走っている。古い建物だ。雨水が配管を伝って流れている。


 リョウは窓から身を乗り出し、配管を掴んだ。義手の握力は強い。生身の三倍だ。配管を伝って降りる。雨が顔を打つ。視界が悪い。義眼が自動で補正する。十五階まで降りた。配管が途切れている。


 リョウは下を見た。五階分の距離がある。飛び降りるには高すぎる。横を見る。隣のビルまで三メートル。飛べる距離だ。リョウは配管から手を離し、助走をつけて跳んだ。


 空中で三秒。義眼がカウントダウンを表示する。『2.8秒』『2.5秒』『2.2秒』。隣のビルの外壁に激突する。両手で縁を掴む。義手が軋む。足を蹴って、体を引き上げる。屋上に転がり込む。


 息が上がる。生身の肺だ。義肺に換装すれば持久力は上がるが、リョウはそこまでしたくなかった。まだ半分は人間でいたい。リョウは立ち上がる。屋上から街を見下ろす。


 ネオン街が広がっている。高層ビルが林立し、広告ホログラムが空中に浮かぶ。企業のロゴ、商品の宣伝、ニュース速報。情報が溢れている。しかし、この街を支配しているのは情報ではない。企業だ。巨大企業が政府を超える力を持つ。法律は企業が作る。警察は企業の私兵だ。この街には正義がない。あるのは力だけだ。


 リョウの義眼に通信が入った。暗号化された回線だ。『リョウ、逃げ切ったか?』。声は女性のものだった。カナだ。リョウの仲間であり、情報屋だ。


 「何とかな。トレースされたのはお前のせいか?」リョウは義眼に内蔵されたマイクに向かって話す。


 『違う。お前がハッキングしたサーバーにトラップが仕掛けてあった。カナダイン社の最新型だ。回避できなかった』カナの声には焦りがあった。


 カナダイン社。この街最大の企業だ。セキュリティ技術、軍事兵器、サイバーウェア。あらゆる分野で独占的地位を持つ。そのカナダイン社のサーバーに、リョウは侵入していた。目的は情報の窃取だ。ある人物の記録を探していた。


 「データは取れたのか?」


 『一部だけ。完全なファイルじゃない。でも、手がかりにはなる』


 「送れ」


 『暗号化して送る。受信に三分かかる』


 リョウは周囲を警戒する。追跡部隊はまだ来ていない。しかし、時間の問題だ。カナダイン社の追跡能力は高い。義眼を通じて位置を特定される可能性がある。


 「カナ、義眼の位置情報を遮断しろ」


 『了解。ただし、視覚補助機能も停止する』


 「構わない」


 義眼の視界が暗転する。通常の視力に戻る。右目だけだが、問題ない。リョウは屋上を横切り、反対側に向かう。非常階段がある。降りていく。十階、五階、地上。


 裏通りに出る。人通りは少ない。ゴミが散乱している。ホームレスが段ボールの中で眠っている。リョウはフードを被り、顔を隠す。歩く。路地を抜ける。大通りに出る。


 ネオンが眩しい。人々が行き交う。サラリーマン、娼婦、ストリートキッズ。みんな疲れた顔をしている。この街で生きるのは疲れる。リョウは人混みに紛れる。カナダイン社のビルが見える。百階建ての超高層ビルだ。頂上には企業のロゴが輝いている。


 リョウの義眼が再起動する。視界に情報が戻る。カナからのメッセージだ。『データ送信完了。確認しろ』。リョウは立ち止まり、データを開く。


 映像ファイルだ。ある研究施設の監視カメラの記録。日付は五年前。画面には白衣を着た研究者たちが映っている。そして、一人の男が中央にいる。椅子に座り、頭に複数のケーブルが接続されている。


 記憶改竄の実験だ。カナダイン社は記憶改竄技術を開発していた。人間の記憶を書き換え、消去し、新しい記憶を植え付ける技術。表向きは医療目的だと言っている。トラウマ治療、精神疾患の治療。しかし、実際には別の用途がある。企業秘密を知った社員の記憶を消す。不都合な証人の記憶を改竄する。犯罪の証拠を消す。


 映像の中の男が叫んでいる。音声はない。しかし、苦痛に歪んだ表情が全てを物語っている。研究者たちは冷静に機器を操作している。男の身体が痙攣する。やがて動かなくなる。


 映像が終わる。リョウは拳を握った。あの男は、リョウの兄だった。五年前に行方不明になった。そして今、この映像で真実が分かった。兄はカナダイン社の実験台にされ、殺された。


 リョウは歩き出す。目的地は決まっている。カナダイン社のビルだ。あの企業を潰す。兄の仇を取る。しかし、一人では無理だ。仲間が必要だ。


 リョウは路地に入り、隠しドアを開ける。地下に続く階段がある。降りていく。地下はバーになっている。非合法のバーだ。ハッカー、傭兵、密売人。アンダーグラウンドの住人が集まる場所。


 バーに入る。薄暗い。カウンターには数人の客がいる。リョウは奥のブースに向かう。そこに、一人の男が座っていた。筋肉質の大男だ。全身サイボーグだ。顔の半分が機械で覆われている。


 「ジン」リョウが声をかける。


 男は顔を上げる。「リョウか。珍しいな。何の用だ?」


 「仕事だ。カナダイン社を襲う。手を貸せ」


 ジンは笑った。金属的な笑い声だ。「正気か?あの企業はこの街で最強だぞ。セキュリティは鉄壁だ。私兵軍団も持っている」


 「知っている。だから、お前の力が必要だ」


 ジンは腕を組む。「報酬は?」


 「カナダイン社の金庫から好きなだけ持っていけ」


 「魅力的だな。しかし、命がけだ。もっと詳しく聞かせろ」


 リョウはブースに座り、計画を説明し始めた。




 三日後。


 リョウは仲間を集めていた。ジン、カナ、そしてもう二人。


 一人目はレイ。爆破の専門家だ。小柄な男だが、その腕は確かだ。どんな建物も吹き飛ばせる。


 二人目はミカ。元カナダイン社の社員だ。内部構造を知っている。裏切って逃げた。今は追われている。


 五人は廃工場に集まった。リョウがホログラムでカナダイン社のビルの構造図を表示する。


 「目標はこのビルの最上階だ。カナダイン社の研究部門がある。記憶改竄装置のデータサーバーがそこにある。データを盗み出し、破壊する。そして、研究施設も破壊する」


 ミカが口を開く。「最上階には厳重なセキュリティがある。認証ゲート、武装警備員、自動砲台。正面から行くのは不可能だ」


 「だから、裏から行く」リョウは構造図を操作する。「このビルには秘密のメンテナンス通路がある。ミカ、お前が知っているはずだ」


 ミカは頷く。「ある。地下駐車場から繋がっている。しかし、そこも監視されている」


 「カナが監視カメラをハッキングする。レイが警備員を眠らせる。ジンが突破口を開く。俺がデータを盗む」


 レイが笑う。「簡単に言うな。失敗したら全員死ぬぞ」


 「失敗しない。成功させる」リョウの声に迷いはなかった。


 カナが心配そうに見る。「リョウ、お前は兄さんの仇を取りたいだけじゃないのか?」


 「それもある。しかし、これはそれだけじゃない。カナダイン社の記憶改竄技術が広まれば、この街はさらに地獄になる。企業が人々の記憶を自由に操る。反抗する者の記憶を消す。歴史を書き換える。それを止めなければならない」


 ジンが立ち上がる。「いい演説だ。だが、俺は金のためにやる。他の理由はいらない」


 リョウは頷く。「構わない。各自、準備しろ。実行は明日の夜だ」


 ミカが不安そうに訊く。「もし、捕まったら?」


 「捕まらない」リョウは断言する。「しかし、万が一の場合は、各自で逃げろ。仲間を見捨てるな、という綺麗事は言わない。生き延びることが最優先だ」


 レイがタバコに火をつける。「リョウ、お前の兄貴はどんな奴だったんだ?」


 リョウは少し黙る。兄の顔を思い出す。「優しかった。真面目で、正義感が強かった。カナダイン社に就職したのも、技術で世界を良くしたいと思ったからだ。しかし、企業の闇を知ってしまった。内部告発しようとした。それで消された」


 ジンが腕を組む。「正義感が強すぎたんだな」


 「そうだ。俺はもっと冷静だ。正義のためじゃない。復讐のためだ」


 カナがリョウの肩に手を置く。「リョウ、復讐が終わったら、どうするの?」


 「分からない。その時考える」


 会議は終わった。各自、準備に取り掛かる。リョウは装備を点検する。義眼のファームウェアを更新する。義手のメンテナンスをする。義足の動作確認をする。武器を準備する。小型の自動拳銃、ナイフ、スタンロッド。


 カナが隣に座る。「リョウ、本当に大丈夫?あなた、最近無理してる」


 「無理はしていない。必要なことをしているだけだ」


 「でも、あなたの身体、もう半分以上機械よ。いつまで持つの?」


 リョウは自分の手を見る。義手だ。感覚はある。しかし、本物ではない。「分からない。でも、今はこれでいい」


 カナは何も言わない。ただ、隣に座っている。


 夜が更けていく。リョウは眠れなかった。兄の顔が浮かぶ。笑顔だ。いつも笑っていた。リョウはその笑顔を守れなかった。だから、今、戦う。


 翌日。


 リョウは街を歩いていた。情報収集だ。カナダイン社のビル周辺の警備状況を確認する。警備員の配置、パトロールの頻度、監視カメラの位置。全てをメモする。義眼が自動で記録する。


 ビルの前を通り過ぎる。巨大だ。ガラスと鋼鉄でできている。上を見上げる。頂上が見えない。雲に隠れている。この街を支配する象徴だ。


 リョウは路地に入る。ホームレスが段ボールの中で眠っている。リョウはその一人に近づく。老人だ。顔が汚れている。


 「爺さん、起きろ」リョウが声をかける。


 老人が目を開ける。「何だ?」


 「情報が欲しい。カナダイン社のビルの地下、何か知っているか?」


 老人は警戒する。「誰だお前は?」


 リョウは紙幣を差し出す。「金は払う」


 老人は紙幣を受け取る。「地下には秘密の入口がある。昔、建設作業員をしていた。知っている」


 「場所は?」


 「ビルの裏側、ゴミ捨て場の奥だ。壁に隠しドアがある。しかし、電子ロックがかかっている」


 「ロックは俺が何とかする。他には?」


 「ない。それだけだ」


 リョウは頷く。「ありがとう」


 老人は紙幣を握りしめる。「あんた、何をする気だ?」


 「関係ない」


 リョウは立ち去る。情報は手に入った。計画は順調だ。


 夕方。


 リョウは仲間と合流する。廃工場で最終確認をする。装備を整える。カナがノートパソコンを操作している。ハッキングツールを準備している。ジンは武器を点検している。レイは爆薬を鞄に詰めている。ミカは緊張した顔で地図を見ている。


 「準備はいいか?」リョウが訊く。


 全員が頷く。


 「では、行くぞ」


 五人は廃工場を出る。車に乗り込む。カナが運転する。夜の街を走る。ネオンが流れていく。雨が降り始める。いつものことだ。


 カナダイン社のビルに近づく。裏側に回る。ゴミ捨て場がある。車を止める。全員が降りる。


 リョウが先導する。ゴミ捨て場の奥に進む。壁がある。一見、普通の壁だ。しかし、リョウは義眼でスキャンする。隠しドアが検出される。


 「ここだ」リョウが言う。


 カナが端末を接続する。ロック解除プログラムを走らせる。一分後、ドアが開く。暗い通路が続いている。


 五人は中に入る。懐中電灯を点ける。通路を進む。湿気がある。壁には苔が生えている。古い通路だ。建設時に使われたものだろう。


 十分歩いて、階段に辿り着く。上に続いている。リョウが登り始める。仲間が続く。


 地下駐車場に出る。車が並んでいる。高級車だ。企業の役員用だろう。人の気配はない。夜だからだ。


 リョウの義眼が周囲をスキャンする。『監視カメラ検出: 12台』『警備員検出: なし』『ネットワーク接続: 確認』。


 「カナ、カメラを無効化しろ」


 カナが端末を操作する。「完了。三十分は大丈夫」


 「十分だ。行くぞ」


 五人は駐車場を横切る。エレベーターがある。しかし、使えない。セキュリティカードが必要だ。


 ミカが前に出る。彼女のカードをかざす。認証が通る。エレベーターのドアが開く。


 「まだ、カードが有効なのか?」リョウが訊く。


 「会社を辞めてから三ヶ月。普通ならもう無効になっている。でも、まだ使える。カナダイン社の管理はずさんだ」


 五人はエレベーターに乗る。最上階のボタンを押す。エレベーターが上昇する。階数表示が増えていく。10、20、30、50、70、90、100。


 最上階に到着する。ドアが開く。


 廊下が続いている。明るい。白い壁、白い床。清潔な空間だ。研究施設らしい。人の気配はない。夜だからだ。しかし、セキュリティは稼働している。


 リョウの義眼が警告を表示する。『熱源検知: 前方100メートル』『識別: 自動砲台×3』。


 「自動砲台が三台ある。カナ、無効化できるか?」


 カナが端末を操作する。「無理。独立したシステムだ。ネットワークに接続されていない。物理的に破壊するしかない」


 ジンが前に出る。「俺に任せろ」。彼は両腕を上げる。腕が開き、内蔵された武器が露出する。小型のレールガンだ。照準を合わせる。発射する。


 無音。しかし、前方で爆発音が響く。一台目の自動砲台が破壊された。すぐに二発目、三発目を撃つ。全ての砲台が沈黙する。


 警報が鳴る。


 「急げ!」リョウが叫ぶ。五人は走り出す。廊下を駆け抜ける。次の角を曲がる。警備員が現れる。五人だ。武装している。自動小銃を持っている。


 ジンが盾になる。警備員が発砲する。弾丸がジンの装甲に当たる。火花が散る。しかし、貫通しない。ジンが突進する。最初の警備員に体当たり。壁に叩きつける。肋骨が折れる音がする。


 二人目の警備員が銃を向ける。リョウが先に撃つ。自動拳銃だ。サプレッサー付きだ。静かな銃声。警備員の肩に命中する。銃を落とす。リョウがもう一発撃つ。脚に命中する。警備員が倒れる。


 三人目の警備員がレイに銃を向ける。ミカが飛び出す。警備員の腕を掴む。銃口を逸らす。レイがスタンロッドで警備員の腹を突く。電流が流れる。警備員が痙攣して倒れる。


 四人目と五人目の警備員が後退する。カナが端末を操作する。警備員の通信機器をジャミングする。援軍を呼べないようにする。リョウが二人に向かって走る。距離を詰める。ナイフを抜く。一人目の警備員の喉を切る。血が噴き出る。二人目の警備員が銃を撃つ。リョウは避ける。義足で蹴り上げる。顎に命中する。警備員が昏倒する。


 「先に進むぞ」リョウが言う。


 研究室のドアに辿り着く。厚い金属製だ。生体認証が必要だ。ミカが前に出る。彼女の手のひらをスキャナーに当てる。認証が通る。ドアが開く。


 中は広い部屋だった。複数のサーバーラックが並んでいる。中央には大型のコンピューターがある。そして、奥には椅子がある。頭にケーブルが接続できるようになっている。記憶改竄装置だ。


 リョウは装置に近づく。兄が座っていた椅子だ。ここで苦しんだ。ここで殺された。リョウは拳を握る。


 「リョウ、時間がない」カナが言う。


 リョウは頷く。中央のコンピューターに近づく。端末を接続する。データのダウンロードを開始する。進行状況が表示される。『8%』『15%』『22%』。


 カナが周辺のセキュリティを監視する。「警備員が集まってきている。このフロアに百人以上」


 「どれくらい持つ?」


 「五分。それ以上は無理」


 リョウはダウンロードの進行を見る。『34%』『41%』。遅い。


 ジンがドアの前に立つ。「俺がここで防ぐ。お前たちはデータを取れ」


 「ジン、一人では無理だ」


 「大丈夫だ。俺の装甲は頑丈だ」


 そのとき、ドアが爆発した。煙が立ち込める。警備員が突入してくる。


 ジンが迎え撃つ。腕のレールガンを連射する。警備員が倒れていく。しかし、数が多い。ジンが押される。


 レイが爆弾を投げる。閃光弾だ。爆発する。警備員が目を押さえる。ジンが反撃する。拳で殴る。蹴り飛ばす。投げ飛ばす。


 リョウはダウンロードの進行を見る。『67%』『74%』『81%』。もう少しだ。


 ミカが叫ぶ。「後ろからも来る!」


 リョウは振り返る。別のドアから警備員が入ってくる。リョウは銃を撃つ。ミカも撃つ。警備員が倒れる。しかし、次々と入ってくる。


 カナが端末を操作する。「部屋の照明を消す」。部屋が暗くなる。リョウの義眼が暗視モードに切り替わる。警備員は見えない。リョウが暗闇の中で動く。警備員の背後に回る。ナイフで刺す。次の警備員に移る。喉を切る。


 ダウンロードが完了する。『100%』。


 「終わった!」リョウが叫ぶ。「レイ、爆弾を!」


 レイが鞄からC4爆薬を取り出す。サーバーラックに貼り付けていく。記憶改竄装置にも貼る。起爆装置を設定する。「三分後に爆発する」


 「撤退だ!」


 ジンがドアを塞いでいる警備員を蹴散らす。五人は部屋を出る。廊下を走る。警備員たちが追ってくる。リョウが閃光弾を投げる。爆発する。追跡が遅れる。


 エレベーターに戻る。しかし、停止している。セキュリティで止められた。


 「階段だ!」ミカが叫ぶ。


 五人は非常階段に向かう。ドアを開ける。階段を駆け下りる。足音が反響する。


 九十階、八十階、七十階。警備員が下から登ってくる。ジンが突進する。階段を駆け上がってくる警備員を蹴り飛ばす。転がり落ちる。


 六十階、五十階、四十階。息が上がる。足が痛い。しかし、止まれない。


 三十階で爆発音が聞こえる。上からだ。最上階が爆発した。ビルが揺れる。


 「急げ!ビルが崩れる!」


 二十階、十階、地上。


 地下駐車場に戻る。車に走る。全員が乗り込む。カナがエンジンをかける。


 「待て」ジンが言う。「俺の腕が動かない。損傷している」


 リョウはジンの腕を見る。装甲が剥がれている。内部の機械が露出している。


 「動けるか?」


 「動ける。しかし、武器は使えない」


 「構わない。とにかく逃げるぞ」


 車が発進する。地下駐車場を出る。ビルから離れる。


 リョウは後ろを振り返る。カナダイン社のビルの最上階が炎に包まれている。煙が上がっている。しかし、ビルは崩れていない。頑丈だ。


 「成功したのか?」レイが訊く。


 「データは取った。施設も破壊した。しかし、企業は終わらない」


 「では、無駄だったのか?」


 「いや」リョウは端末を見る。「データがある。これを使って、次の手を打つ」


 車は街の中を走り続ける。警察のサイレンが聞こえる。しかし、追ってこない。カナダイン社は企業秘密を守るため、警察を呼ばない。自分たちで処理する。


 車は安全な場所に着く。廃工場だ。全員が降りる。


 ジンが肩を回す。「痛てぇ。修理代がかかるぞ」


 「カナダイン社から奪った金で払え」


 「そうする」


 レイがタバコに火をつける。「リョウ、次はどうする?」


 「データを解析する。そして、被害者たちに連絡する」


 「それで?」


 「企業と戦う。長い戦いになる」


 ミカが不安そうに訊く。「私たちは勝てるの?」


 リョウは答えない。勝てるかどうか、分からない。しかし、戦わなければならない。それだけは確かだ。




 翌日の夜。


 リョウたちは地下駐車場に侵入していた。カナがセキュリティシステムをハッキングし、監視カメラを無効化している。レイが警備員の巡回ルートを記憶している。ジンが先頭を歩く。ミカがメンテナンス通路の入口に案内する。


 通路は狭い。一人ずつしか通れない。リョウは懐中電灯を点ける。壁には配線が走っている。湿気がある。足音が反響する。


 三十分歩いて、階段に辿り着く。上に続いている。ミカが先導する。階段を登る。五十階分だ。全員、息が上がる。ジン以外は。彼の肺は人工だ。


 最上階に到達する。ドアがある。電子ロックだ。カナが端末を接続する。ロック解除プログラムを走らせる。三十秒後、ドアが開く。


 廊下に出る。明るい。白い壁、白い床。清潔な空間だ。研究施設らしい。人の気配はない。夜だからだ。しかし、セキュリティは稼働している。


 リョウの義眼が警告を表示する。『熱源検知: 前方100メートル』『識別: 自動砲台』。リョウは手を上げて仲間を止める。


 「自動砲台がある。カナ、無効化できるか?」


 カナが端末を操作する。「難しい。独立したシステムだ。ネットワークに接続されていない」


 ジンが前に出る。「俺に任せろ」。彼は腕を上げる。腕が開き、内蔵された武器が露出する。小型のレールガンだ。照準を合わせる。発射する。


 無音。しかし、前方で爆発音が響く。自動砲台が破壊された。警報が鳴る。


 「急げ!」リョウが叫ぶ。五人は走り出す。廊下を駆け抜ける。次の角を曲がる。警備員が現れる。三人だ。武装している。


 ジンが突進する。最初の警備員に体当たり。壁に叩きつける。二人目の警備員が銃を撃つ。ジンの装甲に弾丸が当たるが、弾かれる。ジンが拳を振るう。警備員の顎を砕く。三人目が逃げようとする。レイが追いかけ、後ろから首を絞める。警備員が気絶する。


 「先に進むぞ」リョウが言う。


 研究室のドアに辿り着く。厚い金属製だ。生体認証が必要だ。ミカが前に出る。彼女の手のひらをスキャナーに当てる。認証が通る。ドアが開く。


 中は広い部屋だった。複数のサーバーラックが並んでいる。中央には大型のコンピューターがある。そして、奥には椅子がある。頭にケーブルが接続できるようになっている。記憶改竄装置だ。


 リョウは中央のコンピューターに近づく。端末を接続する。データのダウンロードを開始する。進行状況が表示される。『15%』『28%』『41%』。


 そのとき、後ろでドアが開く音がした。リョウは振り返る。


 入ってきたのは、一人の男だった。スーツを着ている。中年だ。冷たい目をしている。


 「侵入者だな」男は落ち着いた声で言う。


 ジンが男に向かって銃を向ける。「動くな」


 男は微笑む。「君たちは勘違いをしている。私を殺しても無駄だ。このビルには何百人もの警備員がいる。既に包囲されている」


 リョウの義眼が周辺をスキャンする。建物内の熱源を検知する。階段に集まっている。多数。男の言う通りだ。


 「データのダウンロードはまだか?」ジンが訊く。


 リョウは端末を見る。『87%』『92%』『98%』『完了』。


 「終わった」リョウは端末を外す。「レイ、爆弾を仕掛けろ」


 レイが鞄からC4爆薬を取り出す。サーバーラックに貼り付けていく。記憶改竄装置にも貼る。


 男が眉をひそめる。「やめろ。このデータは人類の未来だ。記憶を制御する技術は、戦争を終わらせる。憎しみを消し、平和をもたらす」


 リョウは男を睨む。「嘘をつくな。お前たちは支配のためにこの技術を使う。人々を操り、反抗を許さない世界を作る」


 「それが何だ?」男は冷たく言う。「人間は愚かだ。自由意志など幻想だ。管理された方が幸せだ」


 リョウは何も答えない。レイが爆弾の設置を終える。「完了した。起爆装置はこれだ」。レイがリモコンを渡す。


 「行くぞ」リョウが言う。五人は部屋を出る。男は動かない。ただ、冷たい目で見送る。


 廊下を走る。警備員たちが階段から上がってくる。ジンが先頭で突破する。殴り、蹴り、投げ飛ばす。リョウたちはその後ろを走る。


 メンテナンス通路に戻る。階段を駆け下りる。後ろから追跡の足音が聞こえる。リョウは起爆装置のボタンに指をかける。


 地下駐車場に出る。車が待っている。カナが運転席に座る。全員が乗り込む。車が発進する。


 リョウはボタンを押す。


 背後で爆発音が響く。ビルが揺れる。炎が噴き出す。最上階が崩れ落ちる。


 車は地下駐車場を出て、街の中に消えていく。


 リョウは後ろを振り返る。カナダイン社のビルが燃えている。しかし、完全には崩れていない。企業は強い。これだけでは終わらない。しかし、始まりだ。


 リョウは前を向く。これからも戦いは続く。この街で生き延びるために。兄のために。そして、自由のために。




 二週間後。


 リョウはバーにいた。カウンターに座り、酒を飲んでいる。テレビがニュースを流している。カナダイン社の爆発事故について報道している。死者はゼロ。負傷者数名。データは一部消失。しかし、企業の活動は継続している。


 失敗だったのかもしれない。リョウは思う。しかし、何もしないよりはマシだ。


 バーのドアが開く。女が入ってくる。カナだ。リョウの隣に座る。


 「リョウ、見つけたわ」カナが端末を取り出す。画面を見せる。


 「何を?」


 「記憶改竄の被験者リスト。カナダイン社のサーバーから盗んだデータの中にあった。お兄さんの名前もある。そして、他にも何百人も」


 リョウは画面を見る。名前が並んでいる。日付と実験内容も記載されている。多くの人々が犠牲になっている。


 「これを公開するのか?」


 「できない。カナダイン社が握りつぶす。メディアも企業の支配下だ」


 「では、どうする?」


 カナは微笑む。「直接行動よ。このリストにある人々に連絡する。真実を伝える。企業に対抗する仲間を集める」


 リョウは頷く。「時間がかかる」


 「構わない。急ぐ必要はない。確実に進める」


 リョウは酒を飲み干す。「分かった。やろう」


 カナは立ち上がる。「じゃあ、始めましょう」


 リョウも立ち上がる。二人はバーを出る。外は相変わらず雨だった。


 義眼の視界に通信が入る。ジンからだ。『リョウ、次の仕事がある。興味あるか?』


 リョウは返信する。『内容は?』


 『カナダイン社の武器工場だ。破壊する。報酬はいい』


 「カナ、ジンから連絡が来た。次の仕事だ」


 「また危険なやつね」


 「いつもの通りだ」


 二人は雨の中を歩いていく。ネオンが輝く街の中を。

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