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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【ディストピアコメディ】優しすぎる世界

 朝7時。目覚ましが鳴る。

 俺、田中一郎は目を覚まし、思わず呟いた。

「...めんどくさ」

 その瞬間、スマホが振動した。

【感情管理システムより通知】

 軽度の倦怠感を検知しました。

 モチベーション向上プログラムを開始します。

「は?」

 玄関のチャイムが鳴る。開けると、笑顔の女性が5人立っていた。

「おはようございます!モチベーション向上チームです!」

「いや、何で?」

「あなた、『めんどくさい』と言いましたよね?」

「言ったけど、普通の朝のつぶやきだよ」

「いいえ!軽度倦怠感は放置すると鬱に繋がります!」

 女性たちが部屋に入ってくる。

「まずアロマ散布!」

 シュー。部屋中にラベンダーの香りが広がる。

「次に、励ましのメッセージ朗読!」

「田中一郎さん、あなたは素晴らしい!」

「あなたの存在に意味がある!」

「今日も頑張りましょう!」

「いや、頑張るけど、こんな朝早くから...」

「そして!モチベーション向上動画、強制視聴!」

 テレビが勝手についた。画面には笑顔の人々が映っている。

「君はできる!君は素晴らしい!さあ、今日も笑顔で!」

「消させてくれ...」

「視聴完了まで退室できません!」

 動画は30分続いた。

 ようやく家を出て、カフェに入った。

「アイスコーヒーください」

「かしこまりました!」

 店員が笑顔でコーヒーを出す。一口飲む。

「...ぬるい」

 その瞬間、店員の顔が青ざめた。

「申し訳ございません!!!」

 店員が土下座する。

「え、いや、そこまでしなくても...」

「不満検知システムが作動しました!店長を呼びます!」

 店長が走ってくる。彼も土下座。

「申し訳ございません!!!」

「いや、ぬるいって言っただけで...」

「不満を抱かせたことは重大な問題です!」

 店長がスマホを取り出す。

「本社に報告します!補償金を!」

「補償金!?」

 5分後、本社から担当者が来た。彼も土下座。

「この度は不快な思いをさせて申し訳ございません!」

「いや、だからぬるいって言っただけで...」

「補償金10万円をお支払いします!」

「10万!?コーヒー1杯で!?」

「さらに!生涯無料パスを!」

「いらないって!」

「そして!カウンセラーを手配しました!」

「なんでだよ!」

 カウンセラーが現れた。優しい笑顔の女性。

「田中さん、今のお気持ち、聞かせてください」

「もういい!帰る!」

 俺はカフェを飛び出した。

 会社に着いた。上司が朝礼で話している。

「では、今日のプロジェクト、よろしく頼む」

 俺は内心、「この上司、いつも丸投げだな」と思った。

 その瞬間、スマホが振動。

【感情管理システムより通知】

 職場ストレス(軽度)を検知しました。

 職場環境改善プログラムを開始します。

「え?」

 人事部長が駆けつけてきた。

「田中くん!上司に不満があるね?」

「いや、別に...」

「脳波分析で判明している!すぐに対処する!」

 人事部長が上司を呼ぶ。

「課長、田中くんがストレスを感じています」

「何!?」

 上司が驚く。

「すまない、田中!何か不満があったか!?」

「いや、何も...」

「遠慮するな!何でも言ってくれ!」

「だから何も...」

 人事部長が続ける。

「お二人には、職場関係改善セミナーに参加していただきます」

「セミナー!?」

「今日の午後、3時間です」

「仕事は!?」

「セミナーが優先です!心の健康が第一!」

 セミナー会場。俺と上司が向かい合って座っている。カウンセラーが司会。

「では、お互いの良いところを言い合いましょう」

「良いところ...?」

「はい。田中さん、上司の良いところは?」

「...仕事、早いですね」

 上司が涙を流す。

「田中...ありがとう...」

 泣くほどか?

 カウンセラーが続ける。

「では、上司さん、田中さんの良いところは?」

「田中は...真面目で...優秀で...」

 上司が嗚咽し始める。

「俺、田中を大事にしてなかった...ごめん...」

「いや、大事にされてるから!」

 カウンセラーが満足そうに頷く。

「素晴らしい!絆が深まりましたね!」

「深まってない!」

 セミナーは3時間続いた。

 仕事後、恋人の美咲に会った。カフェで向かい合う。

「あのさ、一郎」

「うん?」

「最近、なんか...冷たくない?」

 俺は少しイラッとした。

「冷たくないよ」

 その瞬間、二人のスマホが同時に振動。

【感情管理システムより通知】

 恋人間の軽度不和を検知しました。

 関係改善プログラムを開始します。

「え!?」

 美咲が驚く。

 カウンセラーが3人、突然現れた。

「お二人、恋人間のトラブルですね」

「トラブルじゃない!」

「いいえ、感情分析で確認済みです」

 カウンセラーが椅子を持ってきて座る。

「まず、お互いの不満を聞きましょう」

「不満ないって!」

 美咲が慌てる。

「そうです!ちょっと話しただけで!」

「いいえ、田中さん、あなたは『イラッ』としましたね」

「内心だよ!」

「内心も管理対象です」

「怖いわ!」

 カウンセラーが資料を開く。

「お二人の適合度、再分析しました。現在87%です」

「高いじゃん!」

「90%以下は要改善です」

「基準厳しすぎる!」

「では、恋愛セミナーに参加していただきます」

「もういい!別れる!」

 俺は思わず叫んだ。

 その瞬間、美咲のスマホが鳴った。

【感情管理システムより通知】

 失恋(予測)を検知しました。

 緊急対応を開始します。

「予測って何だよ!」

 カウンセラーが増えた。今度は10人。

「失恋は重大事案です!」

「まだ別れてない!」

「予防が大事です!」

 カウンセラーたちが俺と美咲を囲む。

「お二人、まず深呼吸しましょう」

「深呼吸してどうする!」

「そして、お互いの良いところを100個挙げましょう」

「100個!?」

 美咲が泣き出した。

「もう無理...この世界、おかしい...」

【感情管理システムより通知】

 涙を検知しました。

 悲しみケアチームを派遣します。

「これ以上増やすな!」

 その夜、俺は一人、公園のベンチに座っていた。

「はぁ...」

 深いため息をついた。

 スマホが鳴る。

【感情管理システムより通知】

 落ち込み(中度)を検知しました。

 応援メッセージを送信します。

 次の瞬間、スマホに通知が殺到した。

 100件。200件。300件。

「田中一郎さん、頑張って!」

「あなたは素晴らしい!」

「落ち込まないで!」

「うるさい!」

 俺はスマホを地面に叩きつけた。

【感情管理システムより通知】

 怒り(軽度)を検知しました。

 アンガーマネジメントチームを派遣します。

「来るな!」

 5分後、カウンセラーが20人現れた。

「田中さん、怒りを感じていますね」

「感じてるよ!」

「大丈夫、私たちが寄り添います」

「寄り添わないでくれ!」

「まず、怒りの原因を探りましょう」

「原因はお前らだ!」

「それは転嫁です。本当の原因を見つけましょう」

「だからお前らだって!」

 カウンセラーたちが俺を囲んで座る。

「では、怒りを10段階で評価してください」

「10だ!最高潮だ!」

「それは問題ですね。アロマを」

 シュー。

「やめろ!」

「そして、共感の輪に参加しましょう」

「何それ!」

 カウンセラーたちが手を繋ぐ。

「さあ、田中さんも」

「絶対嫌だ!」

「参加は義務です」

「義務って何だよ!」

 俺は走って逃げた。

 走り続けて、街外れの廃工場に辿り着いた。

「はぁ...はぁ...」

 誰もいない。静かだ。

「ようやく...一人に...」

 その時、背後から声がした。

「田中一郎さんですね」

 振り返ると、黒いスーツの男が立っていた。

「誰だ!?」

「感情管理システム、特別対応班です」

「特別対応班?」

「あなた、逃走しましたね」

「逃げたよ!もう限界だ!」

 男が端末を見る。

「あなたの感情値、危険域に達しています」

「当たり前だ!毎日カウンセラーに囲まれて、優しさを押し付けられて!」

「それは、あなたのためです」

「俺のためじゃない!放っておいてくれ!」

「それはできません」

 男が無線で連絡する。

「対象発見。感情暴走レベル。強制介入を要請」

「強制介入!?」

 5分後、ヘリコプターが飛んできた。

「は!?」

 ヘリからカウンセラーが降りてくる。50人。

「田中一郎さん、大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない!」

「私たちがいます」

「だからそれが嫌なんだ!」

 カウンセラーたちが俺を囲む。

「まず、ハグしましょう」

「やめろ!」

「ハグは効果的です」

 カウンセラーたちが一斉に抱きついてきた。

「うわああああ!」

 翌朝。俺は自宅のベッドで目を覚ました。

「...夢?」

 いや、夢じゃない。部屋にカウンセラーが3人、寝ずの番をしていた。

「おはようございます、田中さん」

「まだいるのかよ...」

「あなたの感情が安定するまで、24時間体制です」

「24時間!?」

「はい。食事、睡眠、全て見守ります」

「プライバシーは!?」

「感情の安定が優先です」

 俺は頭を抱えた。

「もう...無理だ...」

 カウンセラーが優しく言う。

「大丈夫。私たちがいます」

「だからそれが...」

 俺は諦めた。

 この世界では、怒ることも、悲しむことも、イラッとすることも許されない。

 全て「管理」される。

 犯罪ゼロ。争いゼロ。不幸ゼロ。

 でも、自由もゼロ。

 1週間後。俺は「感情管理適応優等生」として表彰された。

 市長が笑顔で言う。

「田中一郎さん、あなたは感情管理システムに見事に適応しました」

「...はい」

「あなたの怒りレベル、ゼロです。素晴らしい」

「...ありがとうございます」

「これからも、優しい世界で生きてください」

「...はい」

 俺は笑顔を作った。作り笑顔だ。

 だが、それでいい。

 この世界では、本音は不要だ。

 優しさだけが、求められている。

 その夜、俺は一人、部屋で呟いた。

「...クソが」

 スマホが鳴る。

【感情管理システムより通知】

 軽度の不満を検知しました。

 カウンセラーを派遣——

 俺は画面を見て、笑った。

「もう、どうでもいいや」

 チャイムが鳴る。

「田中さん、カウンセラーです!」

「はいはい、どうぞ」

 ドアを開ける。カウンセラーが5人。

「今日のお気持ち、聞かせてください」

「最高に優しい世界ですね」

「素晴らしい!」

 カウンセラーたちが拍手する。

 俺は笑顔を保ったまま、心の中で叫んだ。

(誰か、この世界を壊してくれ)

 だが、その願いすら、検知されるかもしれない。

 これが、優しすぎる世界。

 誰も傷つかない。

 誰も争わない。

 誰も不幸にならない。

 でも、誰も本気で生きていない。

 優しさに包まれて、窒息する世界。

 俺は今日も、笑顔で生きていく。

 本当の感情を、心の奥底に隠して。

【感情管理システムより通知】

 本日も良好な感情状態です。

 素晴らしい一日をお過ごしください。

「...ああ、素晴らしいね」

 俺は画面を消した。

 明日も、優しすぎる世界は続く。

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同作者の完結作品

水が死んだ日

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