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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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118/213

【コメディ】怪異の労働実態

 午前2時。都市伝説維持機構(通称:伝維機構)の事務所に、俺、中村健一は出勤した。32歳、中間管理職。人間だが、怪異の労務管理を担当している。

「おはようございます、中村さん」

 事務員の幽霊、田中さんが挨拶してくる。彼女は昭和30年に死んだらしいが、今も残業代未払いで労働基準監督署に訴えようか悩んでいる。

「おはよう。今日の出勤状況は?」

「はい、口裂け女さんが遅刻です」

「また?」

「マスク忘れたそうです」

 俺は溜息をついた。口裂け女のマスク着用は業務上の必須装備だ。忘れると労災扱いになる。

「連絡して。あと、今日の配置確認」

 田中さんが資料を渡してくる。

 本日の配置表

 トンネル怪異:田中太郎(深夜2時〜4時)

 学校の七不思議:鈴木花子(深夜1時〜3時)

 タクシー幽霊:山田次郎(深夜0時〜5時)

 踏切の女:佐藤美咲(深夜2時〜3時)

「今日は全員定刻出勤ですね」

「いや、口裂け女が...」

 その時、ドアが開いた。口裂け女が息を切らして入ってくる。

「すみません!遅刻しました!」

 彼女は30代くらいの女性で、確かにマスクをしていない。口が...裂けている。

「マスクは?」

「すみません!洗濯中で...」

「業務規定第3条、『口裂け女はマスク着用を義務とする』。違反すると減給だよ」

「わかってます!でも、昨日のシフト、雨で強制出勤だったんです!マスク、びしょ濡れで...」

 口裂け女が泣き出す。

「...わかった。今日は予備マスク使って。次からは予備を用意しておいて」

「ありがとうございます!」

 口裂け女が駆けていく。

 田中さんが呟く。

「彼女、ノルマきついんですよね」

「月間悲鳴30件だっけ?」

「ええ。今月まだ18件です」

「あと12件...厳しいな」

 午前2時30分。現場視察に行くことにした。

 最初の現場は、某トンネル。

 トンネル怪異の田中太郎が立っている。40代くらいの男性。昭和40年に交通事故で死んだらしい。

「中村さん、お疲れ様です」

「お疲れ様。今日の状況は?」

 田中太郎が資料を見せる。

「本日、車両通過3台。うち、悲鳴確認1件」

「成功率33%か...低いな」

「すみません...最近の若者、全然怖がってくれなくて」

「原因は?」

「スマホ見ながら運転してるんです。俺が出現しても気づかない」

「それ、別の問題じゃないか」

 田中太郎が頭を抱える。

「あと、ドライブレコーダーのせいで、俺の出現が『心霊映像』としてDouTubeに上がるんですよ」

「それ、いいことじゃないの?」

「再生数2000回でした」

「...少ないな」

「『CGっぽい』ってコメントされました」

 田中太郎が泣き出す。

「俺、本物なのに...」

「まあ、頑張って。あと、安全確認はちゃんとやってる?」

「もちろんです!出現前に車両速度確認、ドライバーの意識レベル確認、同乗者の有無確認、全部やってます」

「よし。じゃあ、次の現場行くね」

 次の現場は、某学校。

 学校の七不思議担当、鈴木花子が音楽室にいた。トイレの花子さんとして有名だったが、最近は配置転換で音楽室も担当している。

「中村さん、お疲れ様です」

「お疲れ様。今日のノック対応は?」

 花子が疲れた顔をする。

「30回中、28回対応しました」

「おお、頑張ってるね」

「でも...」

「でも?」

「悲鳴、1件もなかったんです」

「え?」

 花子が資料を見せる。

「全員、配信者でした」

 来訪者リスト

 19歳男性 - DouTube配信者 - 「花子さんいるー?」と明るく声かけ

 21歳女性 - PikPok配信者 - 「映えスポット」として撮影

 17歳男性 - Tinstagram配信者 - 自撮り要求

「...花子さん、大変だな」

「はい...もう疲れました。自撮り、10回も要求されて...」

 花子が泣く。

「あと、『花子さん、可愛くない』ってコメントされました」

「ひどいな」

「私、怖さで評価されるべきなのに、ルックスで評価されてます」

「...労基に訴える?」

「検討中です」

 午前3時。事務所に戻ると、緊急会議が開かれていた。

 怪異たちが集まっている。

 口裂け女

 トンネル怪異

 学校の花子さん

 タクシー幽霊

 踏切の女

 その他、約20名の怪異

 司会はベテラン怪異、田中課長(元・赤マント)だ。

「皆さん、集まっていただきありがとうございます」

 田中課長が咳払いする。

「本日の議題は、労働環境改善要求です」

 怪異たちがざわつく。

「現在の労働条件、あまりにも過酷です。深夜2時固定勤務、有給なし、ノルマ過多、お祓いは労災扱いにならない」

 口裂け女が手を挙げる。

「私、先月お祓いされました。休養1週間必要でしたが、欠勤扱いで減給されました」

「それ、完全に労基法違反だよ」

俺が言う。

「でも、機構は『怪異は労働者じゃない』って言うんです」

「それもおかしいだろ」

 田中課長が続ける。

「さらに、都市伝説アップデート義務。昭和設定を平成、令和に変えろと強制されます」

 トンネル怪異が言う。

「俺、昭和40年設定なんですけど、『今の若者に刺さらない』って理由で再教育受けろと言われました」

「具体的には?」

「『スマホを持った怪異』になれと」

「意味不明だな」

 花子さんが言う。「私も、『トイレの花子さん』から『ティンスタの花子さん』に変えろって言われました」

「それ、もう怪異じゃないだろ」

 会議室が騒然とする。

 田中課長が拳を握る。

「よって、我々はストライキを決行します」

「ストライキ!?」

「そうです。本日深夜0時より、全怪異、出現を停止します」

 俺は焦った。

「待って、それ、まずいって」

「何がまずいんですか?」

「ホラー産業、崩壊するよ」

 田中課長が冷たく言う。

「それは人間の問題です。我々の労働環境改善が先です」

「でも...」

「中村さん、あなたは労務管理担当でしょう?我々の味方をしてください」

 俺は悩んだ。確かに、怪異たちの労働環境は酷い。でも、ストライキは...

「...わかった。機構と交渉してみる」

「ありがとうございます」

 翌日、俺は機構本部に行った。

 部長の山田(人間、55歳)が机に座っている。

「中村、何の用だ」

「怪異たちがストライキを計画しています」

「ストライキ?馬鹿な。怪異に労働権などない」

「でも、彼らにも権利があるはずです」

「ない」

 山田が断言する。

「怪異は『現象』だ。労働者じゃない」

「でも、彼らは意思を持って働いています」

「それは錯覚だ」

「錯覚じゃありません!彼らはノルマに追われ、お祓いで傷つき、配信者に疲弊しています!」

 山田が立ち上がる。

「中村、お前は怪異に同情しすぎだ」

「同情じゃありません。正義です」

「正義?」

 山田が嘲笑う。

「怪異に正義など必要ない。彼らは恐怖を提供するコンテンツだ」

「コンテンツ...ですか」

「そうだ。我々はコンテンツを管理している。怪異は商品だ」

 俺は怒りを感じた。

「それは、搾取です」

「搾取?違う。これはビジネスだ」

 山田が資料を見せる。

「ホラー産業、年間売上3000億円。心霊スポット観光、年間500億円。配信者の広告収入、年間200億円。全て、怪異のおかげだ」

「だからこそ、彼らに正当な報酬を」

「報酬?」

 山田が笑う。

「怪異に給料など払えるか。彼らは死んでるんだぞ」

「でも——」

「もういい。ストライキなど認めない。もし実行したら、全員解雇だ」

「解雇って...消滅させるんですか?」

「そうだ」

 俺は愕然とした。

 その夜、俺は怪異たちに報告した。

「...というわけで、機構は交渉を拒否しました」

 怪異たちが絶望する。

「やっぱり...」

 口裂け女が呟く。

「でも」

 俺は続けた。

「俺は、君たちの味方だ」

「中村さん...」

「ストライキ、やろう。俺も協力する」

 田中課長が驚く。

「本当ですか?あなた、クビになりますよ」

「構わない。これは正しいことだ」

 怪異たちが拍手する。

「ありがとうございます!」

 こうして、史上初の怪異ストライキが決行された。

 ストライキ初日。

 日本全国のトンネルが、ただのトンネルになった。

 学校の七不思議が、三不思議に減少した。

 心霊スポットが、ただの廃墟になった。

 ホラー配信者たちが困惑する。

「花子さん出てこない...」

「トンネル、何もない...」

「心霊現象、ゼロ...」

 再生数が激減。広告収入も激減。

 ホラー産業が崩壊し始めた。

 観光地も閑散とする。

「心霊スポット、つまらない」

「何も起きない」

「金返せ」

 観光収入が激減。

 3日後、機構にクレームが殺到した。

「怪異を出せ!」

「心霊スポット、詐欺だ!」

「配信できない!」

 山田部長が焦る。

「中村!怪異を説得しろ!」

「嫌です」

「お前!」

「彼らの要求を飲んでください」

「そんなことできるか!」

「なら、ストライキは続きます」

 山田が頭を抱える。

 1週間後、機構は降参した。

 怪異たちとの労働協約が結ばれた。

 労働協約内容

 有給制度導入(年間10日)

 ノルマ削減(月間悲鳴20件→10件)

 お祓いは労災扱い

 深夜手当支給

 都市伝説アップデート義務の撤廃

 配信者対応は別途手当

 怪異たちが喜ぶ。

「やった!」

「有給もらえる!」

「お祓い、労災になる!」

 口裂け女が俺に駆け寄る。

「中村さん、ありがとうございます!」

「いや、君たちが頑張ったからだよ」

 田中課長が握手を求める。

「中村さん、あなたは怪異の恩人です」

「いや、俺は当たり前のことをしただけ」

 花子さんが微笑む。

「これで、私たちも安心して怖がらせられます」

「...変な表現だな」

 その後、俺は機構をクビになった。

 だが、怪異たちが俺を雇ってくれた。

「怪異労働組合」の委員長として。

 今、俺は全国の怪異たちの労働環境改善に取り組んでいる。

 昨日は、座敷童の残業代未払い問題を解決した。

 今日は河童の労災申請をサポートする。

 明日は雪女の育休取得相談だ。

 怪異も働いている。

 だから、労働者としての権利がある。

 それを守るのが、俺の仕事だ。

 ある日、口裂け女が事務所に来た。

「中村さん、報告です」

「うん?」

「今月のノルマ、達成しました」

「おお、よかったね」

「しかも、SNS拡散数、1万回超えました」

「すごいじゃん」

 口裂け女が微笑む。

「有給も取れて、労災も保証されて、働きやすくなりました」

「それは良かった」

「中村さんのおかげです」

「いや、君たちが声を上げたからだよ」

 口裂け女が帰っていく。

 俺は窓の外を見た。

 夜の街。どこかで怪異たちが働いている。

 深夜2時。彼らの勤務時間だ。

 だが、今は有給もある。労災もある。ノルマも減った。

 少しは、働きやすくなったはずだ。

 翌週、新しい問題が起きた。

 妖怪たちも労働組合を作りたいと言ってきたのだ。

「妖怪も労働者です!」

 河童が叫ぶ。

「俺たち、きゅうり配給が少なすぎます!」

「それ、労働問題じゃなくて福利厚生では...」

 雪女が言う。

「私、夏は閑散期で収入ゼロです!休業補償ください!」

「それは...検討する」

 座敷童が言う。

「僕、24時間365日勤務です!過労死しそうです!」

「君、もう死んでるけど...」

 妖怪たちが一斉に叫ぶ。

「妖怪の権利を守れ!!」

 俺は頭を抱えた。

「...また忙しくなるな」

 だが、これが俺の仕事だ。

 怪異も、妖怪も、働いている。

 なら、労働者としての権利を守らなければならない。

 俺は立ち上がった。

「わかった。妖怪労働組合、設立しよう」

 妖怪たちが歓声を上げる。

 こうして、俺の戦いは続く。

 怪異と妖怪の、労働環境改善のために。

 数ヶ月後、日本労働組合総連合会(連合)から連絡が来た。

「怪異労働組合を、正式に加盟させたい」

 俺は驚いた。

「本当ですか?」

「ええ。怪異も労働者です。権利を守るべきです」

 こうして、怪異労働組合は連合に加盟した。

 史上初、怪異の労働組合が公的に認められた瞬間だった。

 ニュースで報道された。

「怪異にも労働権!画期的な判断」

 配信者たちも反応した。

「花子さん、労働者だったのか...」

「俺ら、搾取してたのかも...」

「これからは敬意を持って撮影します」

 社会が変わり始めた。

 1年後。

 怪異たちの労働環境は大幅に改善された。

 有給取得率90%。労災申請もスムーズ。ノルマは現実的な水準に。

 そして、怪異たちは今日も、夜の街で働いている。

 だが、今は笑顔で働いている。

 権利が守られているから。

 俺は、怪異労働組合の事務所で、新しい相談を受けている。

「ゾンビの労災、どうすれば...」

「吸血鬼の夜勤手当、計算方法は...」

「人魚の水中作業、安全基準は...」

 忙しいが、やりがいがある。

 怪異も、妖怪も、ゾンビも、吸血鬼も、人魚も。

 みんな、働いている。

 なら、みんなに権利がある。

 それを守るのが、俺の使命だ。

 ある夜、口裂け女が笑顔で言った。

「中村さん、私、結婚します」

「え、本当?おめでとう」

「相手はトンネル怪異の田中さんです」

「あの人か。お似合いだね」

「産休、取れますよね?」

「もちろん。育休もあるよ」

 口裂け女が嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます。怪異でも、普通に生活できる時代になったんですね」

「ああ。君たちが声を上げたからだよ」

 怪異の労働実態。

 かつては過酷だった。

 だが、今は違う。

 怪異たちは、労働者として認められた。

 権利を持ち、保護され、尊重されている。

 これが新しい時代だ。

 怪異と人間が、共に働く時代。

 俺は、その時代を作る一員であることを、誇りに思う。

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水が死んだ日

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