【異世界転生】更生用異世界
死んだ。
俺、黒崎誠は53歳で心臓発作で死んだ。大手企業の不正隠蔽担当幹部として、30年間、完璧に仕事をこなしてきた。
内部告発者は排除した。証拠は改ざんした。法律の範囲内で、最大限搾取した。
後悔はない。罪悪感もない。俺は合理的に生きた。それだけだ。
次の瞬間、俺は白い空間にいた。
【審査局へようこそ】
機械的な声が響く。
【黒崎誠。生前の行動データを解析しました】
【更生指数:12/100】
【基準値60未満。転生処分を実行します】
「転生?」
【あなたは更生用異世界へ送られます】
【目的:社会構築能力の測定】
【評価基準:文明指数】
【合格すれば、制度から解放されます】
「...文明指数?」
【技術発展度、生産効率、統治安定度、人口増加率、軍事的自衛能力を総合評価します】
「倫理は?」
【評価対象外です】
俺は理解した。これは「更生」ではない。効率テストだ。
「わかった。やってやる」
【記憶は保持されます。能力補正はありません。幸運を】
光が俺を包んだ。
目を覚ますと、森の中だった。
裸だ。周囲には何もない。
「初期資源ゼロか...」
俺は立ち上がり、状況を確認した。
体は20代前半。健康だ。記憶は前世のまま。
「まず、生存。次に、情報収集」
俺は木の枝を折り、簡易な槍を作った。前世の知識が役立つ。
3日後、小さな村を見つけた。
人口約50人。農耕未発達。狩猟採集が中心。石器レベルの文明。
村長らしき老人に近づいた。
「旅の者です。この村に滞在させていただけませんか」
「旅人か...まあ、いいだろう」
俺は村に受け入れられた。
2週間で、俺は村の構造を把握した。
村長は名目上のリーダー
実権は狩猟集団のリーダー、ゴロウが握る
食料は常に不足
争いは日常的
疫病で人口減少
「これは...チャンスだ」
俺は行動を開始した。
まず、農耕を教えた。前世の知識で、麦の栽培方法を説明する。
「この草、食べられるんですか?」
「ああ。種を蒔けば、来年には何倍にもなる」
村人たちが驚く。
「本当か!?」
「試してみればいい」
農耕が始まった。
次に、道具を改良した。石斧の効率化。槍の改良。
村の生産性が上がる。
村人たちは俺を慕い始めた。
「黒崎様、すごい!」
「黒崎様のおかげで、食べ物が増えた!」
だが、俺には別の目的がある。
3ヶ月後。俺は村の実権を握った。
村長は名目上のまま。だが、全ての決定は俺が行う。
村人たちは俺を「導き手」と呼ぶ。
俺は次の段階に進んだ。
「ゴロウ、お前は狩猟隊のリーダーだな」
「ああ、そうだが」
「これからは、俺の指示に従え」
「何だと?」
ゴロウが反発する。予想通りだ。
「従わないなら、村から追放する」
「追放?お前に、そんな権限は——」
俺は村人たちを集めた。
「ゴロウは、村のために働いていない。狩りの成果を独占している」
「そんなことは——」
「証拠がある」
俺は事前に集めた証拠を提示する。ゴロウが獲物を隠していた事実。
村人たちが怒り出す。
「ゴロウ、お前...」
「裏切り者!」
ゴロウは村を追われた。
俺は冷静に観察した。恐怖は統治に有効だ。
半年後。村の人口は倍増した。
農耕の成功。道具の改良。生産性の向上。
だが、俺は満足していない。
「まだ足りない。もっと効率化が必要だ」
俺は階級制度を導入した。
上位層:知識を持つ者(俺と数名)
中位層:技術者
下位層:労働者
「これから、この制度に従え」
村人たちが戸惑う。
「でも、みんな平等では...」
「平等は効率を下げる」
俺は断言した。
「能力に応じて、役割を分ける。それが村のためだ」
村人たちは従った。恐怖と権威によって。
1年後。村は町になった。
人口300人。農耕は安定。道具は青銅器レベル。簡易な統治機構。
だが、その時、俺は別の転生者に出会った。
「あなたも、転生者ですか?」
30代くらいの女性。名前は佐藤唯。
「ああ。お前も?」
「はい。私、前世は教師でした」
「教師?更生指数は?」
「...32です。生徒に厳しすぎたと」
「で、ここで何をしている?」
唯が笑顔で言う。
「村を作りました。みんなが幸せに暮らせる村を」
「幸せ?」
「ええ。平等で、自由で、誰も抑圧されない村です」
俺は内心で嘲笑った。甘い。
「で、人口は?」
「50人です」
「生産性は?」
「...まあ、それなりに」
「統治は?」
「統治というより、話し合いで決めています」
「話し合い...」
俺は理解した。この女は失敗する。
「唯、忠告しておく。この世界の評価基準は『効率』だ。幸せや自由は関係ない」
「でも、それでは人間らしくないじゃないですか」
「人間らしさは評価されない」
「私は...それでも、人間らしくありたい」
唯は去っていった。
俺は彼女の村が崩壊することを確信した。
2年後。俺の町は都市になった。
人口1000人。農業は体系化。鉄器の生産。軍事力の確立。宗教制度の導入。
俺は「神の代理人」として崇拝されている。
反抗する者は処刑した。知識は統制した。階級は固定化した。
文明指数は急上昇している。
ある日、審査局から通知が来た。
【現在の文明指数:72/100】
【基準値60を超えました】
【合格まで、あと少しです】
「あと少しか...」
俺は更に効率化を進めた。
強制労働。徴税強化。軍備拡張。
人々は苦しんでいる。だが、それは俺の関心事ではない。
一方、唯の村は崩壊していた。
「黒崎さん...助けてください...」
唯がボロボロの姿で俺の元に来た。
「村が...疫病で...半分が死にました...」
「そうか」
「お願いです...薬を...」
「断る」
「え...?」
「お前の村は非効率だ。助ける価値がない」
唯が涙を流す。
「あなたは...人間じゃない...」
「人間だよ。ただ、合理的なだけだ」
唯は去っていった。
数ヶ月後、彼女の村は全滅したと聞いた。
【佐藤唯、失格】
【記憶を消去し、再転生します】
「やはりな」
3年後。俺の都市は国家になった。
人口5000人。統治機構完成。軍事的自衛能力確立。周辺部族を征服。
文明指数は95に達した。
俺は玉座に座り、報告を受けている。
「陛下、西の部族を征服しました」
「よし。次は北だ」
「はい」
俺は冷静に計算した。あと少しで100に達する。
そして、その日が来た。
【文明指数:100/100】
【合格です】
【黒崎誠、制度から解放されます】
白い光が俺を包む。
再び、白い空間。
【おめでとうございます。あなたは合格しました】
「当然だ」
【あなたの魂は安定状態へ移行します】
「待て。質問がある」
【何ですか】
「この制度、『更生用』と名乗っているが、実際は効率テストだろ」
【...その通りです】
「なら、なぜ更生と名乗る?」
【建前です。多層宇宙管理委員会の規定により、『更生目的』を標榜する必要があります】
「だが、評価基準は効率だけ」
【はい。倫理・幸福・自由は評価対象外です】
「つまり、悪人の方が合格しやすい」
【統計的に、そうです】
俺は笑った。
「矛盾したシステムだな」
【承知しています。しかし、これが規定です】
「で、俺が作った国家はどうなる?」
【実験世界は継続稼働します。あなたの国家も存続します】
「そうか...」
俺は最後に聞いた。
「俺は、更生したのか?」
【いいえ。あなたは変わっていません】
【しかし、それでも合格です】
「...そうか」
光が消え、俺は安定状態へ移行した。
魂だけの存在。永遠の安らぎ。
だが、俺の心に安らぎはない。
俺が作った国家は、今も存続している。
恐怖政治。階級固定。知識統制。
人々は苦しんでいる。
だが、文明指数は高い。
これが、「成功」なのか。
数十年後。その国家は崩壊した。
内乱。飢饉。疫病。
俺が作った恐怖の統治は、長続きしなかった。
人々は自由を求めて戦った。
そして、国家は滅びた。
だが、俺はもうそこにいない。
俺は「合格」し、解放された。
国家の崩壊は、俺の評価に影響しない。
これが、更生用異世界の真実だ。
「更生」を掲げながら、効率しか見ない。
倫理を無視し、結果だけを求める。
悪人が合格し、善人が失敗する。
矛盾したシステム。
だが、それが宇宙の真実なのかもしれない。
道徳は、弱者の武器だ。
強者は、効率だけを追求する。
俺は、その真実を体現した。
そして、合格した。
安定状態の中で、俺は時々思う。
唯はどうなったか。
彼女は再転生し、また失敗しているのか。
それとも、いつか学ぶのか。
効率こそが全てだと。
だが、もう一つの真実もある。
俺が作った国家は、崩壊した。
効率だけでは、長続きしない。
人間には、感情がある。
恐怖だけでは、統治できない。
いつか、人々は反乱する。
俺は気づいた。
審査局は、それを知っている。
知っていて、このシステムを運用している。
なぜなら、崩壊も「データ」だから。
成功も失敗も、全てが実験だ。
俺も、唯も、全員が実験対象だった。
そして今、また新しい魂が転生している。
彼らは俺と同じ道を歩むのか。
それとも、別の道を見つけるのか。
審査局は、ただ観察している。
感情を持たず、評価し続ける。
これが、宇宙の真実だ。
道徳は幻想。
効率が現実。
だが、効率だけでは、何も残らない。
崩壊だけが、残る。
俺は、永遠の安定の中で、静かに存在している。
後悔はない。
罪悪感もない。
ただ、虚無だけがある。
合格した先に、何もなかった。
それが、俺の報いかもしれない。
遠く、実験世界では、また新しい文明が生まれている。
次の転生者たちが、また同じ過ちを繰り返す。
審査局は、それを記録する。
永遠に。
更生用異世界。
それは、更生の場ではない。
実験場だ。
魂の実験場。
そして、俺はその実験を、完璧にクリアした。
だが、クリアした先に、何があったのか。
虚無だけだった。
これが、俺の物語だ。
黒崎誠。
前世で悪人。
転生後も悪人。
そして、合格した悪人。
システムの矛盾を突いた男。
だが、その先に何もなかった男。
審査局は、今日も淡々と魂を転生させている。
次の誰かが、俺と同じ道を歩むかもしれない。
あるいは、別の道を見つけるかもしれない。
だが、それは俺の知るところではない。
俺はもう、そこにいない。
永遠の虚無の中で、ただ存在するだけだ。




