風呂と和食と忍者と
カポーン、と間の抜けた音が響く露天風呂。
透き通った湯の中に体を横たえ、身を任せる。
湯気越しに覗く万天の星空。
……………久し振りに、ゆっくり風呂に浸かった気がする。
老廃物も代謝も無い不死者には本来なら必要ない行為とは言え、やはり心地が良い。
隣から聞こえてくる姦しい声。
なんでも、壁一枚隔てた向こうは女風呂らしい。
石造りの壁に凭れ掛かり、黙って目を閉じて───────────────
「………………失礼、隊長殿。お隣宜しいか?」
────────鴉羽の少年が乱入してきた。
離れの露天風呂に。
状況が呑みこめずに硬直する俺。
不思議そうな顔をする少年。
「…………ここは上位武官専用の浴場だぞ?己が居てもおかしくは無いと思うが…………」
そうだったのか。
ざぶりと風呂に入る少年。
シュウゥと奇妙な音がして、少年の近くから白煙が吹き上がる。
「………あの、それって………………」
「…………ここは『霊泉』と呼ばれる場所でな?己はあまり詳しくないが………………複数の龍脈が混ざり合い、生者も亡者も纏めて癒すらしい」
「マジかよ」
ほら、と示すように翼を広げる少年。
所々抜けていた羽根が、逆再生の様に生え揃う。
思っていたよりも凄い場所だった。
そして流れる気まずい沈黙。
どうやって話しかけるべきか分からない。
………………そうだ。
「あの首無しの……………ケイハ嬢だったか?とはどういう関係なんだ?」
「夫婦だな」
「そうか…………………え?」
「夫婦だ。………………ああ見えて料理が上手でな?戦終わりによく飯を作ってくれる」
惚気話かよチクショウ。
「いい嫁さんじゃないか…………………突然だが、俺は不死者………吸血鬼なんだ」
「珍しいな…………それがどうかしたのか?」
「吸血鬼ってのは、普通の人間より感覚が鋭いんだ。そして、今この露天風呂にいるヒトの数は合計で7人。強襲部隊のメンバーが5人、アンタを含めて6人。………まぁ、アレだ。多分だが、今アンタの嫁さんが隣りにいるぞ?」
隣で上がる甲高い悲鳴。
バシャリと湯が波打つ。赤面する鴉羽の少年。
「…………………すまないが、もうのぼせてしまったようだ。先に上がらせていただく」
慌てて出ていく少年。水音と気配から察して、首無しの少女も露天風呂から上がったようだ。
…………………そういえば、この隣が女湯だったか。
男湯と女湯を隔てる壁に目を向ける。
実は先程から見つけていた、壁に開いた穴。
何処の紳士がナニに使うつもりで開けたものかは知らないが、そういう目的なのだろう。
健全な元男子高校生として、使わないというか選択肢は無い。
そんな行為はクズの所業だと分かっているが………………クズで結構。
もし仮に、其処に浪漫が或るのなら、ソレを達成する責務が発生するものだ。
大義名分は我に在り。
意を決して壁の向こうを見ようとして――――――――――――――
「おい、ゾンビ。こっち見たら殺す」
「……………………誰もそんなものを見ようとしないだろ」
桶が降って来た。
高々度から彗星の如く撃ち放たれた桶の直撃を受けた後、俺達は、強襲部隊のメンバー+2名で長机を囲んでいた。
うちの女性陣と首無しの少女が、どうやら意気投合したらしく、一緒に食事を摂ることになったのだが………………………
「隊長殿、どうかされたのか?」
「いや、首が繋がっているなと思って………………………」
鴉羽の少年の隣に正座で座る首無しの少女。
その首が繋がっていた。
「あぁ、そういう事か。御勤め中は兎も角、首が無くては飯も喰えぬからな。己がこうやって糸で縫い合わせて……………」
よく見れば、少女の首辺に乱雑に縫われた跡があった。
それで良いのか。
そして「モン娘は正義」などと馬鹿げた事を言うアヤメ。
気持ちはわからなくもないが、今ここで言うセリフじゃないだろう。
そうこうしている合間に運ばれてきた夕食。
山盛りの白飯に刺身の盛り合わせ。
大魚の煮付けと山菜のお浸し。
ホカホカと湯気を上げるすまし汁。
やはりと言うか、故郷を感じさせる献立。
清酒の注がれた杯を打ち鳴らした。
心地よい満腹感と暗闇の中、一人溜息をつく。
久し振りの和食は実に旨かった。
本職の料理人が作った飯は、やはりレベルが違う。
というか、あのサイズの魚に味を染み込ませる方法がわからない。
特別製の鍋でも使ったのか、それとも技量の差か。
多分後者。
鴉羽の少年は、早々に酔い潰れた少女を背負ってお持ち帰りしていた。
隣の布団では、大の字になって爆睡中のギンカと、ソレを抱き締めてアヤメ。
リリアナの申し出で、急遽このような部屋分けになったのだが…………………………オネットさんが一人部屋を独占する理由がわからない。
理由を訊ねても曖昧に微笑むだけで答えてくれないから、何か言いたくない事情があるのだろうが………………あまり追及しないほうがいいだろう。
今考えるべきなのは…………………………………
「やっぱり居るか」
ギシリ、と、僅かに木製の廊下が軋んだ。複数人の匂いがする。こちらに近づいてくる気配に、慌てて布団に潜り込む。
音も無く、滑るように戸が開いた。
恐らくは闖入者。強盗か、誘拐か。
それとも……………………
「…………隊長、どういたしましょうか」
「標的以外は殺せ」
暗殺かよチクショウ。
俺の喉仏に刃が宛てがわれ、勢いよく引かれた。
熱い赤が溢れ、喉奥に血が流れ込むが、敢えて再生も抵抗もしない。
脈も無いし呼吸も瞳孔も死人のソレ。
今の俺は完璧な他殺体だ。
眉間に小刀が突き立てられた。
ヒデェ事しやがる。
俺が無事?死亡したのを確認してから立ち去っていく黒尽くめのローブ達。
その凶刃が眠りこけるギンカの喉を裂く寸前で。
「【叩き潰せ】」
放たれた不可視の掌が、ローブをボロ雑巾のように捻り潰した。
「気付いていたか」
「これくらい当たり前」
「それもそうだな」
暢気に話しながら、それぞれの武器を構える。
多種多様な得物を携えたローブ達。
さてどうしようかと考え、面倒くさくなって突っ込もうとして。
ギンカの直上の天井が砕け、人が降って来た。
その姿形に驚き、一瞬硬直するギンカ。
その腹に黒刃が振るわれ………
「ッ!」
…………斬り裂かれる前に押し倒す。
油断無く打刀を取り廻す人影。
体格線にフィットした黒服に、鈍く光る金鉢。
シュタッという擬音がつきそうな動作で整列した彼らは正しく――――
「…………………忍者かよ」
返答の代わりに獰猛な殺意を伴って放たれたクナイを切り落とす。
忍者が3人にローブが6人。………………………全く。
「舐めんなよクソ雑魚共が」
身体強化からの行呪。最
高速度の飛び膝蹴りで忍者を抹殺。
左右から挟み込むように振るわれた首刈りの剣閃を弾き、ローブを引き裂こうとして。
「【火遁】」
アヤメを巻き込むように撃ち出された焦炎に燃やされる。
忍者だと思っていたらNINJAだったか。
「死ねよパチモン」
赦されざる大罪人の顔面を掴み、叩き伏せる。
そのまま持ち上げ、回転の勢いを乗せて床の染みに。
不利を悟ったのか、逃げ出すNINJA。
その頭を撃ち抜く雷光と炎。
振り返った俺の視界に映る、全裸のアヤメと弩弓を構えたオネットさん。
鉈と突剣を振り翳したローブを切り裂き、血を浴びながら突貫。
一際偉そうなローブを壁に叩きつける。
「おい、目的と依頼人について吐け」
「ククク…………………目的なら既に達した!今ここで自分を殺しても我が教会の儀式は」
「ああっもう!こっちに来ないでくださピニャアアァァ?!」
叫び声を上げて逃げ惑うリリアナ。
放たれたナイフが、赤錆色の結界に弾かれる。
右腕で輝く蛇を模した腕輪。
あっけにとられる俺の後頭部を穿つ刃。
引き抜いて偉そうな黒ローブに突き刺す。
痙攣して崩れ落ちるローブを尻目に、背後の黒ローブへ向き直り………………死んでいた。
口から血を吐いているところを見るに、毒でも仕込んでいたのか?
死屍累々と周りに広がる惨状。
騒動を聞きつけたのか、やってきた下働きさんが悲鳴を上げる。
………………………さてと、どうやって弁明しようか?
ケイハ=頸破
イリバ=射羽………………安直すぎたな。
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