ご挨拶(1)
国を出発してから一ヶ月半後。アイリスたちはようやく、目的地に到着した。
馬車から降りたアイリスは、目を見開いた。
「わぁ、すごい…!」
城は想像以上に大きく、そして美しかった。
「はじめまして、アイリス姫。」
声をかけられて、自分が城に見入っていた事に気付いたアイリスは、慌てて頭を下げた。
「はっ、はじめまして。アイリス=レアナ=フィジーライルにございます。」
「あぁ、堅苦しい挨拶はよして下さい。」
「え、えっと……」
「アルディーン=ルイ=ラカントと申します。この国の第五代国王で、これから貴女の義理の弟になる者です。ですから、遠慮なんてしないで下さいね。」
「……え?」
「僕の妻がお茶と菓子を用意しています。お疲れとは思いますが、しばらくお付き合い願えますか?」
アイリスは緊張しつつも、首を縦にふった。
アルディーンとその側近、ユリウスに連れられて、アイリスは宮殿の中を進む。その間に、アイリスの荷物は部屋に運ばれているのだとか。カーネラも、荷物の整理のために、先に部屋に向かった。
「……あの、陛下。」
「アルディーン。」
「……はい?」
呼びかけたはずが、返答が「アルディーン。」では、どうしていいか分からなかった。とりあえず聞き返してみたは良いものの、わけが分からず、アイリスはきょとんとしたまま瞬きを繰り返した。
「アルディーンです、義姉上。」
「あっ、あね…?」
「はい。さっきも言ったじゃないですか。これから家族になるんですし、陛下だなんて呼ばないで下さい。寂しいですから。」
「あ…、えっと、じゃあ、あ、アルディーン……様?」
「はい、どうなさいましたか、義姉上っ」
嬉しそうに返事をするアルディーンの笑顔は、兄、グレンに向ける笑顔と同じように輝いていた。
「……えっと、グレン様には、お会いできるのですか…?」
綺麗な笑顔だなぁと思いながら、アイリスは思っていたことを聞いた。夫となるグレンはアイリスを出迎えに来ていなかったので、気になっていたのだ。
「もちろんです。力ずくででも連れて来てお会いできるよう取り計らいますよ。」
心配ご無用です、と言いながら、アルディーンは満面の笑みを浮かべた。
(……力ずく…?)
「あの、」
「陛下、姫様、お部屋に着きましたよ。」
力ずくとはどういうことか、アイリスが聞き返す前にユリウスが2人に声をかけ、部屋の扉を開けた。
「どうぞ。」
ユリウスの笑顔はとても美しかったが、案にそれ以上は聞くなと言われているような気がして、アイリスは口をつぐんだ。
「ありがとう、ユリウス。……では義姉上、先にお入り下さい。」
「……は、はい。」
おとなしくアイリスは部屋に足を踏み入れた。
「ようこそ、お義姉様っ」
部屋の中でアイリスを待っていたのは、お茶とお菓子と、可愛らしい少女だった。
「えっ? あ、あの、あなたは…?」
「まあ、わたくしったらご挨拶もせずに失礼致しました。はじめまして、お義姉様。わたくし、ラカント王国第五代王妃、ルナリア=エリー=ラカントと申します。」
「あっ」
先ほどのアルディーンの発言が気になって、この部屋でアルディーンの妻が待っていると言われていたことをすっかり忘れてしまっていた。
「申し訳ありません、アルディーン様から伺っておりましたのに……」
「あら、お義姉様が謝る必要なんてありませんわ。ここに来るまでに何があったかはお察し致しますもの。それよりわたくし、お義姉様とお会いできるのを楽しみにしていましたの。早くおかけになって。」
「あっ、えっと、はい、失礼致します……」
アイリスの失敗を責めることなく接してくれるルナリアの優しさに、アイリスは少し緊張がとけた気がした。
「もう、義姉上。遠慮は無しですってば。」
後から入ってきたアルディーンに言われ、アイリスはしばらくきょとんとしていたが、すぐに破顔した。
「そうでしたね、遠慮はいらないとおっしゃって下さいましたのに。私ったら、まだ少し緊張しているみたいです。」
そう言ったアイリスの笑顔はとても眩しかった。
「まぁ…っ」
アイリスの笑顔にしばらくみとれていたが、意識を取り戻し、ルナリアは目を輝かせた。
「可愛いですわ、お義姉様!!」
「……え、…え?」
アイリスが驚いている間も、ルナリアは可愛いを連呼していた。
「アル様、そう思いません? わたくし、無垢で純粋でこんなに可愛い方、初めてですわ!」
「えっと……」
「お義姉様が来て下さってわたくしとても嬉しいです!」
「ルナリア。」
私も、とアイリスが口を開きかけたところ、アルディーンの甘い声がそれを遮った。アイリスは、数回瞬きをして、声色の変わったアルディーンを思わず凝視していた。
「はい、アル様。どうなさいました?」
「僕にとっては、君がこの世で最も可愛くて可憐で清楚で美人で愛しい人なんだ。いくら相手が大好きな兄さんの奥方で、君の言うように内面が美しい義姉上でも、やっぱりルナリアが一番だ。」
「まぁ、アル様ったら。」
頬に手をあて、ルナリアは微笑んだ。
「愛してるよルナリア。」
「わたくしもですわ。」
完全に二人の世界に入ってしまったアルディーンとルナリアを目の当たりにしたアイリスは、衝撃を受けた。
(こ…、こちらでは夫婦ってこういうやりとりをするのが普通なのかしら…? どうしよう、わたし人前で旦那様に愛してるだなんて言えるかしら?! もし言えなかったらどうなるの? まさか、離縁される…?!)
一人で考えこみ始めたアイリスの表情は、先ほどから、見ている方が忙しくなるほど、ころころ変わっている。
アルディーンとルナリアのやり取りを見慣れているユリウスは、そんなアイリスの反応を見て楽しんでいるようだった。
「アルディーン。夫婦仲が良いのを見せびらかしたいだけなら、俺は帰るぞ。」
初めて聞く声に、アイリスはハッとして振り向き、ドアの方を見た。
そこに居たのは、不機嫌さ丸出しの男――アイリスの夫となるグレンだった。




