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ラカントの王兄

「兄さん! 兄さん!! にいいいさああああんっ」


 嬉しそうな声で叫びながら、ノックもなしに部屋に入ってきたのは、ラカント王国の国王アルディーン。


「ご機嫌麗しゅう、兄さんっ」


 無邪気な弟を一瞥すると、その兄であるグレンは呆れた声で返事をした。


「……お前は今日も楽しそうだな。」


「うん、凄く楽しいよ! だって兄さんが居てくれたら、僕はそれだけで幸せだもの。」


 キラキラした笑顔で言うアルディーンだが、グレンからの返事はなかった。しかし、アルディーンは気にすることなく笑顔でグレンを見つめていた。



 先代の国王が王位を息子、アルディーンに譲ったのが半年前。現在は妻と二人で余生を楽しむとかなんとか言って、仲良く隠居生活中だ。


「…………それで? 何の用だ。用もないのに入って来ているなら問答無用で追い返すぞ。」


 普通の人は、と言うより、アルディーン以外の人は、誰もが竦み上がってしまうような目つきでグレンが言い放った。


「またまたぁー、そんな歪んだ愛情表現じゃ兄さんの愛が伝わってこないよー。」


 しかし、アルディーンにはまったく効果はないらしく、明るい声で返事が返ってくる。

 グレンはしばらく弟への対応を考え、静かに口を開いた。


「……ギルバート。国王陛下は用があってこちらにお見えになったのではないようだ。執務室までおくって差し上げろ。」


「えっ? えっと……」


 グレンの側に控えていた、彼の従者であるギルバートは困ったように笑った。


「ギルバート。」


「待って! 待って待って待って! 冗談だよ兄さん! 大事な話があって来たの!!」


 ギルバートを促すグレンの目が本気だったので、アルディーンは慌てて話を戻した。ギルバートも、隠れてほっと息をついている。


「大事な話?」


「うん! きっと兄さん喜ぶよ!」


「そうか。……で?」


 喜ぶと言われても、グレンは興味を示すこともなく続きを促す。


「うん、えっとね?」


 そこで言葉を切り、アルディーンは笑顔でグレンを見つめた。


 グレンに早くしろ、と言わんばかりの目で睨まれたが、そんなことは気にせずに、アルディーンは嬉しそうに言い放った。


「兄さんの結婚が決まったんだっ」


 部屋の中の空気が凍りついたような感覚に、ギルバートは身震いした。


「結婚?」


 その単語に反応したグレンは、心底嫌だという感じだ。


「そう、結婚! ……ね? 嬉しいでしょう?」


 グレンの反応にはお構いなしに、アルディーンは嬉しそうに言った。


「ちなみに決定事項だから、兄さんに拒否権はないよ。」


 ただ、グレンの逃げ道はぬかりなく塞ぐ。


「嬉しくない。そもそも俺は結婚などする気もない。断れ。」


「だから、兄さんに拒否権はないんだってば。」


「…………だったら俺が直接話に行く。どこのどいつだ。」


「駄目だよー。この結婚は、父さんが決めたんだから。」


「……は?」


「父さんね、フィジーライルの国王からお願いされたんだって。娘をもらって下さい、って。だけど、兄さんに許可を貰うなんて出来っこないでしょう? どうしようって相談されたから、先に話を進めといたんだー。うまくまとまって良かったよね!」


 アルディーンはとびきりの笑顔で言った。


「フィジーライルの姫は、兄さんの妻になるためにもうフィジーライルを出発してこっちに向かってるよ。わざわざ来てくれたのに追い返すなんて、そんなことできないよねー?」


 グレンはじりじりと外堀を埋められている感覚に苛まれた。


「あとね、僕、女性にどこのどいつ、だなんて言うのは良くないと思うな。」


「…………ああ、そうだな。」


 これは完全に逃げ道を塞がれた。そう思ったグレンは、それでも結婚しない方法を必死に考えた。そして案外、その方法はすぐに思い付いた。


「…………だったら、お前が結婚すればいい。」


「駄目だよー! 僕、ルナリア以外に奥さんはいらないもん!」


 もちろん、すぐに断られるのは目に見えていたが。

 即位と同時に結婚したアルディーンは、側室を迎えることもなく、妻1人へ惜しみなく愛を注いでいる。


「なにがそんなに嫌なの? 兄さんももう23歳なんだし、そろそろ結婚して身を固めたいって思う年頃でしょう? ちなみに、フィジーライルの姫君は17歳だって言ってたよ。僕と同い年だね。ってことは年齢も釣り合いとれてるし問題ないじゃない! あ、もしかしてもっと年下がいいの? えっと、ロリコン、ってやつ?」


「……アルディーン。」


 グレンが口を挟んでも、アルディーンのマシンガントークは続く。


「……あ、分かった! 兄さん、実は熟女好きなんだね!? それならもっと早く言ってくれればよかったのに!」


「アル! 落ち着け!」


「え? でも兄さん、熟女がいいんでしょう? 兄さんの頼みなら僕だってどうにかしたいけど、熟女好きだなんて噂が流れたら、兄さんがどう思われるか心配だなぁ。そもそも、今回の縁談は断れないし……」


「あぁ! 分かったから! 黙ってフィジーライルの姫と結婚してやるから!! 変な憶測を喋るのをやめろお前はっ」


 苛々が頂点に達し、一気に言い切ったグレン。それを聞いたアルディーンは満足そうに微笑んだ。


「流石僕の大好きな兄さん! そう言ってくれると思ってたよ。」


 半ば強制的に言わされたグレンは、短く息を吐いた。


「……まぁ、お前だから、この国の王が務まるんだろうな。」


 アルディーンはちゃらんぽらんに見えて、実は相手のことを良く見ている。相手の性格を考えて断れないように先に手を回し、自分の思うように、うまくことを運ぶのだ。

 グレンは、自分には絶対にできないことだと思った。


「そんなことないよ…!」


 アルディーンは、悲しそうな顔をした。


「……そんなこと、ないよ。……本当なら、今頃は僕じゃなくて兄さんか、兄さんの御父上のアレン様が……」


 そこまで言うと、アルディーンは下を向いた。続きが、言えなかったのだ。


「アル。」


 兄に愛称で呼ばれ、アルディーンは顔を上げた。


「その話はするな。……俺の父はラカント王国第四代国王、ルクシオ様で、この国の第五代国王は誰が何と言おうと、アルディーン、お前だ。」


 グレンの目は少しだけ細められた。


「……はい、兄さん。」


 グレンに頭をぽんぽんと撫でられ、アルディーンは目を閉じた。

 無関心だなんて言われているけれど、本当はそうじゃない。アルディーンは下唇を噛んで、いつものようにやるせない思いに蓋をした。


「うん、じゃあ、そういう事だから、兄さん。」


 先程までのしんみりした雰囲気を掻き消そうと、アルディーンは元気よくドアの向こうにいる側近を呼び、大量の書類をグレンに渡した。


「……何だ、これは。」


「西の堤防の工事の作業内容や費用についての案と、民からの嘆願書です。明日、会議が行われますので、それまでにまとめていただければと。」


 笑顔で返事をしたのは、アルディーンの側近のユリウス。


「……アルディーン。こういう仕事を俺に回すなと言っているだろう。俺には俺の仕事が別にある。断じて暇ではない。」


「いやー、それは分かってるんだけどさー?」


 そこで言葉を切り、アルディーンはへらり、笑ってみせた。


「でも、僕より兄さんのほうがこういうの得意だし、いつもの事でしょ?」


「…………だから言っているんだ、いい加減自分でやれ!」


「お願い兄さん! 僕これからルナリアとお茶する約束で!」


「は?」


「ありがとう兄さん! いつも頼りにしてるよ、愛してるよ兄さーん!!」


 そう叫びながら、ユリウスと共にグレンの部屋を後にするアルディーン。


「……ってお前、絶対後者が理由だろうが! (まつりごと)より妻が先か!!」


 もちろん、グレンの声が届いているはずもなく。


「殿下。僕も手伝いますから、落ち着いて下さい。ね?」


 ギルバートに言われ、グレンは渋々さっき渡された書類と向き合った。


「……ギルバート。これが明日までに終わると思うか?」


「うーん、あんまり自信はないです。……でも、殿下が可愛い弟の頼みを断らないのはいつもの事じゃないですか。」


「……別に可愛いなどとは思っていない。」


「え? でも、大切に思ってらっしゃるから、縁談も承諾なさったのでしょう?」


「……お前はいつも一言多い。」


「ふふ、はい。申し訳ありません。」


「笑うな。」


 軍の統帥権を持ち、冷徹で何事にも無関心と言われる、武術に長けたラカント王国の王兄グレン。

 人との関わりを出来るだけ避け、淡々と仕事をこなしてきたが、国王である弟の仕事も手伝うのが、彼の日常になりつつあるのであった。

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