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18、母

18、母


 

チルトは子どもの頃、(といっても、眉根のつき方が少しりりしくなったくらいのこと以外、さほど容姿は変わらないのだが)ヒトを驚かせることが好きだった。

チルトは柱と棚の陰に隠れて、夜の只中、家の闇に紛れていた。

近所のヒトを驚かせることもたびたびだったが、狙いはもっぱら母親だった。

「チルトー、どおこお、どおこかなー」

 母はチルトを呼んで、ろうそくを掲げながら家の中をうろつく。

「ど、こ、か、な、」

 母は、向かい側の扉の陰に、チルトがひそんでいると狙いをつけたようだった。

そこらに、足を忍ばせながらそろりと近付いていく。

そんな母を、チルトは背後の影で息をこらえて笑っていた。

よし、驚かすなら今だと思って、チルトは胸をどきどきさせながら飛び出した。

「そこだ!」

瞬間、母が見計らったように反転した。

してやったりと笑う母の顔が突然眼の前に現れて、チルト心は臓が止まりそうになった。

「捕まえたー」

甲高く叫んで母はチルトを身体で抱きしめて捕まえた。

呆気に取られたチルトは悔しくも、母はそのまま身体をくすぐってこらしめるので笑い転げそうになった。

それがすむと、チルトはそのまま抱え上げられ、だっこされる形になった。

その時分では、チルトはもう何だか恥ずかしくてだっこされたりするのを嫌がっていたが、この時は笑い疲れてなすがままに母の腕の内に収まっていた。

そんなチルトに、母は言った。

 それは星が、砂糖をまぶしたように輝く夜だった。

「ごらんなさい、チルト。硝子の斜塔を。」

 薄汚れたボロ布に身を包んだ母の声は、澄み切っていた。

 小さな、部屋一つ分の家の窓から覗ける、街の中心に聳えた天まで届く塔。

石積みの家と焦げ色に葺かれた屋根と煙突(チムニー)の向こう。

  硝子の斜塔(グラス・バベル)は星明りに照らされて、いつもより一際輝いて見えた。

「今日あの中では、“斜塔祭”が行われているのよ。」

 まだ糸を縫う作業道具と、糸くずが床に散らばる夜。

 眠る時間となったチルトは、母親に抱きかかえられていた。

「“しゃとうさい”?」

「そう、硝子の斜塔の上の方に巣食うと言われる“悪魔(スキード)”を追い払うの。生徒は勉に励み、統治者は国を過ごし易くするために、無心に努力するあの斜塔の中も、今夜ばかりはお祭り騒ぎ。みんな子どもみたいに、それは楽しくはしゃぎ回っているのよ。」

「ふうん、」

幼いチルトは呟いて、窓の向こうの 硝子の斜塔(グラス・バベル)を眺め続ける。

 斜塔という見知らぬ世界の不思議なお祭りを思い浮かべて、幼いチルトは胸を高鳴らせていた。

「だけどいいかしら、チルト、」

ふと、チルトを抱える手に、力がこもった。

「どんな悪魔だって、あるヒトを抱きしめたいって思う感情には勝てないものなのよ、」

 母は、チルトが恥ずかしくなるくらいの輝かしい眼をしながら、気取って言った。

しかし次には、眼を細めてしまう。俯くと、髪で顔が隠れた。

「こんなふうに、おばあちゃんに教えられた、それで、チルト、あなたが生まれる時に分かって、それでまた、教えてる。恥ずかしい、チルト?」

 チルトはよく分からないままに、腕の中で一度コクンと頷いた。

「そうね、お母さんも、ちょっと恥ずかしい」

照れくささを隠すように、母はチルトをぎゅっと抱きしめて、チルトの小さな肩に、顔をうずめた。

そこで少しだけ震えていたのは、少しだけ笑っているのだと、チルトは思った。




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