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召喚は間違いだったようです(2回目)

「――嘘だろ?」

呼び出した召喚獣を見た俺は、驚きの余り心の叫びをそのまま声に出していた。

この衝撃は、過去に一度だけ覚えがある。

今更だが、俺は召喚術士に向いていないのかもしれない。


「師匠――またやっちゃいました」


呆れているような怒っているような師匠の顔を思い出し、一人項垂れた。



******



禁術を使って呼び出された召喚獣が、契約直後に召喚術士に怪我を負わせ逃げ出した――隊長の口からその言葉を聞いて胸の中がざわつく。

つい視線が下を向く。


「容疑者は軽傷で命に別状はなく、禁術と理解した上で使用したことを認めている。容疑者の自供と、押収した禁書から召喚獣は――」


だからお前とは違う。

そう言われているようで顔を上げたが、淡々と詳細と作戦を伝えている隊長と視線が合うことはなかった。

きっと尋ねたところであの人は素直に認めないだろう。さり気ない優しさに気持ちを引き締め直した。


「ハリー」

会議の終了間際、ようやく青灰色の瞳が俺を見る。仕事中の隊長に当然ながら普段見せる笑顔はない。

「召喚獣を頼む。呼び出す種族は任せる」

「分かりました」

信頼に応えるべく大きく頷いた。


諜報部はあらゆる事態を想定して様々な職種がいるが、召喚術士は俺を含めて三人しかいない。

この班で召喚術士は俺だけだ。

そして召喚獣と契約していないのも俺だけだ。

力を借りるときは一時的に契約するが、終われば帰ってもらっている。


『異世界から他者を呼び寄せ、召喚獣としてこの世界に留める責任は重い』


それまでの俺は、召喚術士は召喚獣を呼び出したら契約するものだと思っていた。

それがこの世界での召喚術士の不文律だった。

今でも召喚獣と契約していないと言うと、大抵は『契約もできない召喚術士』という憐れみと軽蔑の混ざった視線を投げつけられる。

だが知らない人間にどう思われようと気にはならない。

あの時の師匠の言葉が、俺の召喚術士としての信念になっている。



隊長から一任されたものの、何を召喚すれば最適なのか考える。

標的の召喚獣『ルフタナフ』はとにかく力が強い。捕まえるためにも、俺が召喚できる中で一番強い『バハ=ラングース』が妥当だろうか。


禁術を使って召喚された召喚獣は契約解除できないため、そのままでは元の世界に戻せない。残された道は『駆除』か『返還術での強制帰還』だけだ。

返還術は普通の人間には扱えない。唯一扱えた希代の天才は、もうこの世界にはいない。

使用できる召喚獣も限られている。

俺が召喚できる召喚獣の中ではやはりバハ=ラングースくらいだが、術の成功率は低い。

返還術が無理ならば残る手段は一つ。


禁術を使ってリアニークスを召喚した俺の罪は、周囲の尽力のおかげで不問になり、今、帝国魔術士として過ごしている。


同じ過ちを犯した俺がここにいていいのか?

犯した罪を贖うこともせず、どの面下げて召喚獣を駆除するつもりなんだ?


その思いが鈍い刃となって胸を抉り続けている。



城の離れにある召喚場は地下だと思えないほど広く、天井が高い。

何もないがらんとした閉鎖空間なのに、まるで古い神殿のような厳かさと静謐さに包まれていて、好きな場所の一つになっている。


図書館並みに揃えられている召喚本の中でバハ=ラングースに関する書を取り出す。

バハ=ラングースと言えば、ナツキさんを思い出す。

彼女は異世界の人間だがこの世界ではリアニークスになる。当然呼び出してはいけないし、それに孫のトーコさんの話では師匠と一緒にすでに鬼籍に入っている。

だからもう一度会いたいと思っていても、諦めるしかない。


慎重に魔法陣を描き、細部にわたって確認し本を閉じた。

意識を集中する。そのままで呪文を唱えると術が発動した。


でも目の前に現れたのは鱗に覆われた幻獣でも小柄なナツキさんでも青い髪の師匠でもなく――真っ白い毛の、見たこともない生き物が魔法陣の真ん中でちょこんと座っていた。



******



見ると魔法陣の文字が一部違う。


何やってんだ、俺。


あまりに初歩的な誤りに、情けなくなってさらに項垂れた。


「貴方が間違えたのではありません。私が『ばは=らんぐーす』にお願いして魔法陣の一部を勝手に変更しました」

その声は自然に耳に入ってきた。落ち着いた大人の男性の声のようだが、ところどころ発音がたどたどしい。

「『はりー=れいす』さんですね」

顔を上げると三角形の大きな耳がぴこぴこと動いていて、つい視線が釘付けになる。古傷なのか、右耳の先端は少し欠けていた。


沈黙に気が付き、慌てて俺は返事をした。

「え、あ、はい。そうです」

白い召喚獣は目を閉じた。その表情は微笑んでいるように見える。

「行き来の方法は教えてもらいましたが、初めての異世界へは『はりー』さんからの魔法陣が必要でしたので」


知性を感じさせる話し方だが、言っている内容が理解できない。

行き来の方法って――何のことだ?


白い召喚獣は俺の怪訝な視線を気にすることなく、召喚場を物珍しそうに見渡している。


「あの、すみません」

白い召喚獣は俺を見た。大きな瞳が真っ直ぐ見上げている。

俺は大きく息を吸うと勇気と声を振り絞った。

「あの、どちら様、でしょうか?」


呼び出しておいてこんな事を聞くのは、召喚術士としても人としても大概失礼だと重々承知している。でも目の前の召喚獣が呼び出そうとしていたバハ=ラングースでない以上、召喚した者としては必要な質問になる。


目の前の白い召喚獣は怒ることもせず身体に見合わない大きな尻尾を左右に振り続けていた。

でも待っていた声は、違う方向から聞こえてきた。

「ハリー」

振り返ると、いつの間にか隊長が召喚場の入り口に立っていた。

「確かに、何を召喚するかはお前に任せたが――」

溜息を吐きながら足音をさせずにこちらへやってくると、すっとしゃがみ込んで白い召喚獣と目の高さを合わせた。

「この可愛らしい動物でルフタナフに対抗するのか?」

俺を見上げる視線は呆れているようで、でもどこか楽しげだ。


「あ、いや、これは」


言葉に窮する。どう説明していいか分からない。

言い訳はしたくないし、何よりレオナールさんの信頼を裏切ったようで自分が情けなかった。


「ご心配なく。お任せあれ」

頼もしい言葉は白い召喚獣の細長い口から発せられた。

俺とレオナールさんの視線にまたにこりと笑うと、四本の足でするりと魔法陣から抜け出した。


「あっ!」


召喚獣は契約しないで外に出ると衰弱して死んでしまう。

咄嗟に出た声に白い召喚獣は振り返った。


「契約しなくても大丈夫です。衰弱はしませんから」


聞いていたとおり、貴方は優しい子ですね――そう言って笑うと軽やかな足取りで再び歩き出した。


何もかもが今までの召喚獣とは異なる。

何が何だか分からない。

「お前、何を召喚したんだ?」

立ち上がったレオナールさんの声は僅かな警戒感を孕んでいた。

「俺が一番知りたいです」


一体、俺は何を召喚したんだろう。




俺たちの心配は杞憂に終わった。

白い召喚獣は居場所を知っているような足取りで俺たちを先導すると、行方の分からなくなっていたルフタナフをあっさりと見つけた。


薄暗い森の中、体高が俺の膝くらいまでしかない小さな白い召喚獣は、自分の何十倍の大男の姿になったルフタナフと対峙した途端、聞いたことない言葉を呪文のように唱えた。

雄叫びを上げながらこちらへ突っ込んで来たルフタナフは、呪文が途切れた途端、地響きをさせてひっくり返った。


白い召喚獣はとことこと歩いて行き、倒れてもなお怒りを顕わにするルフタナフの耳に何か話し掛けた。それまで地面で藻掻いていたルフタナフは急に大人しくなった。

何を話しかけたのかは分からない。けれど昏く澱んでいたルフタナフの瞳に小さな光が戻ったことだけは分かった。


白い召喚獣は二、三歩後退すると小さく何かを唱えだした。しばらくするとルフタナフの身体の下に大きな魔法陣が現れた。

赤い光に包まれたルフタナフは山のように大きな元の姿に戻ると、跡形もなく消えた。

「何を――」

俺を含め、班員の戸惑う視線を受け止め、にこりと笑う。

「元の世界に還しました」

「えっ?!」


そうだ、あれは返還術だ。ナツキさんが元の世界に還った時と同じ光だった。


「そんな事――」

「そのために私は来たのですから」

白い召喚獣は俺を見上げてにこりと笑った。

「心優しい貴方が召喚獣を駆除しなくてもいいように」

そう言うと小さな白い前足で俺の足に軽く触れた。


久しぶりに涙が溢れた。


「色々な意味でそれは反則だろ」

レオナールさんの呟きが微かに耳に届いた。



レオナールさんと班員が撤収した森の中で、白い召喚獣は足を止め俺に言った。

「契約してここに留まることはできませんが、返還術を使いたいときはいつでも呼んで下さい」

「もう還るのですか?」

「長居は無用です」

可愛らしい容姿とは裏腹にあっさりと言い切った。


来たのも突然だが還るのも突然だ。


「でも、どうやって呼べば」

彼はにこりと笑うとその姿を変えた。


先ほどまで白い毛の生き物が、今は見慣れぬ赤い着物の男性になっていた。


「え?」


どうして契約していないのに姿が変わった?


「どちらも私の姿なので」

涼やかな目元の男はあまり表情を変えず薄く笑った。その顔は白い召喚獣にどこか似ていた。


よく分からない。が、これに関しては、もう何でもありだ。

納得したのか諦めたのかやけくそなのか、自分でも分からない境地に達している。


彼は俺の額に人差し指を当てた。指が触れた途端、頭の中に知らない魔法陣が浮かんできた。


「それが私を呼ぶ魔法陣です」


どうしてこの人はここまで親切にしてくれるのだろう?

召喚獣は召喚者と繋がりがある。彼もそうなのだろうか。


「違います」


彼の言葉で気が付いた。この人は言葉にしなくても、俺の考えている事が分かっている。

でも召喚獣は人間の考えていることは分からないはずだ。

だから人間の思考を読むと言われていたリアニークスは恐れられた。


「厳密に言うと召喚された訳ではないので、私は召喚獣ではありません」


契約もせずに魔法陣を出て普通にしている時点で、確かに召喚獣の定義から外れている。

一体、どういうことだろう。


「ある人に、貴方が過去の行いで苦しむ状況に陥った時、力になって欲しいとお願いされました」


誰に?


彼はふと微笑んだ。包み込むような優しいその笑顔が――似ていた。


「弟子の不始末は師匠が責任を持つものだから、と言っていましたよ」


厳しくてでも優しくて、兄のようだった師匠の笑顔を思い出して視界が滲んだ。



返還術の魔法陣に足を踏み入れようとした彼を慌てて止めた。

「あの、名前を教えて下さい」

「名乗っていませんでしたね。失礼しました」

言葉と表情が微妙に一致していない彼は淡々とした佇まいで振り返った。俺とそう変わらない見た目だが、雰囲気といい言葉遣いといい、本当の年齢は分からない。


「コノエと申します。種族名は――神様ですかね」

いまだに自覚が薄いのですが――と彼は真顔で付け加えた。


「か、神様!?」


師匠――貴方はやっぱりすごい人ですね。


「幻獣王に次いで、異世界の神まで呼び出せるようになったのか」

「トーコさんを泣かせたら言いつけますよ。何せ、向こうの世界の神様らしいですから」

「そういう容赦ないところ、ますますアリョーシカに似てきたねぇ」

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