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面倒な人の面倒な人による面倒な人のための物語 その7

トーコを背負って暗い森を歩く。『夜目の術』を掛けているため光源がなくても平気だ。


トーコは背負われることに酷く抵抗を示した。

顔を真っ赤にして「歩けますから」と頑なに言い張る彼女に「帰りが遅いとハリーが泣いちゃうよ?」と真顔で言うと「それは困ります」とようやく了承した。

それでも背中に身体を預けてこない彼女に「早く森を抜けないと凍死するかも」と大げさに震えると慌てて乗っかってきた。

そういうところが妙に可愛い。


青白い光はトーコが俺に抱きついてきた後、避けられない俺の額に向かって思い切り体当たりしてきた。


まだ何もしていないだろ?!


心の中で叫びながら睨むと、青白い光はまるで笑っているようにゆらゆら揺れた後、何も残さずにすうっと消えた。


トーコが持ってきたネックレスには、昔ナツキを守るためアレクセイが魔力を込めていた。

その残っていた魔力が今度はトーコを守ったのかもしれない。


大事な人のためなら平気で一線を超える。

それは知っていたが、命や世界という概念さえも飛び越えたあいつに、懐かしさや嬉しさよりも呆れてしまった。

それと同時に、本当にもう会えないだろう、と寂しくなった。



「あの――」

トーコの躊躇いを含む声が耳元で聞こえ、思考を戻した。

顔を少しだけ向ける。

「今朝はごめんなさい。勝手に怒鳴って勝手に帰って――」

萎れていく声が彼女の後悔を物語っている。

「気にしない、気にしない。俺も悪かったから」

彼女はゆるゆると頭を振った。

「私の方こそレオナールさんに本当に言いたいことを言ってなかったのに。だから今、言っていいですか?」

突然の提案にぎょっとする。

「今?」

「だってこれから先何が起こるか分からないから」


崖から落ちちゃうかもしれないし、魔獣の襲われてしまうかもしれないでしょ? そうしたらもう二度と言えなくなるし――と想像を絶する、けれどあり得なくない話を例えに出されてしまえば「どうぞ」と苦笑するしかない。


「私、レオナールさんのことが好きです」

「あぁ、そう――えっ?」


俺も話の脈絡がないとよく言われるが、彼女はそれ以上だ。

きっと彼女の中では色々考えて整理してここに至るのだろうけど、心の準備がなっていない俺は焦るばかりだ。


「だからレオナールさんもちゃんと言って欲しい。私のこと、どう思っているか」


ここで?! 今、こんな状況で?


慌てる俺の横顔に彼女の真っ直ぐな視線が刺さる。


「嘘も誤魔化しもしなくて良いので遠慮せずにはっきり言って下さい。違う人が好きだとか私のことが好きじゃないとか――それで気持ちの整理もつけるし、その覚悟もできているから大丈夫です」


大丈夫――ナツキも大丈夫じゃないときに限ってその言葉を使っていたことを思い出した。


「君も突拍子もないこと言うんだね」

ふと漏れただけの何気ない言葉に、彼女はまるで分かっていたかのように反応した。

「お婆ちゃんみたいに?」


いつ気付いたのか分からない。けれど彼女は俺の爛れた想いを知っていた。

そしてそれを知った上で、覚悟を決めて聞いている。


「――そうだね」

自分が情けなくて、足下を見る振りをして顔を俯かせた。

歩いても歩いても暗い森を抜ける気配がない。

道は合っているはずだ。間違ってはいない。

だから俺も覚悟を決めた。


「ずっとナっちゃんのことが好きだったんだ」

俺の首に回されている彼女の腕に僅かに力が入った。でも彼女は何も言わなかった。

「残念ながら振り向いてはもらえなかったけどね」

しばらく沈黙が続く。聞こえるのは自分の鼓動と草を踏む足音だけだ。


「今でも――?」

恐る恐る声を発したのは彼女だった。

「君を初めて見たとき、彼女が帰ってきたと思った」

彼女の頭が俯いたことを背中で感じる。

「君の姿が彼女と重なってしまう。だから自分の気持ちが分からなくなった」

トーコは俯いたまま身じろぎ一つしなくなった。

「レオナールさん――私」

俺の話はまだ終わりじゃない。

「でもね」

だから掠れたその声を強引に遮った。


「今日は朝から色々あって、久しぶりに自分の気持ちと向き合えた」

顔を上げるとトーコは少し驚いたように身体を後ろに引いた。

彼女が落ちてしまわないように、腕に力を込める。

「いつまでも逢えない人のこと引きずっていて我ながら情けないと思うよ。幻滅しちゃった?」

トーコはふっと笑った。

「そんなに想ってもらえるなんて幸せだね、お婆ちゃんは」

その声音でこれが嫌味でも嘘でもない彼女の本心だと分かる。

「ナっちゃんやアリョーシカからしたら迷惑でしかないけどね」

アリョーシカがアレクセイのことで、それが自分の祖父だと知るとトーコは楽しそうに笑った。

つられて俺も笑っていた。

しばらくして二人の気持ちが収まると、大きく息を吸った。

「俺はトーコが好きだ」

「え?」

突然の告白に彼女の身体が強ばる。

「いなくなったと分かった時はおかしくなりそうだった。もう逢えないんじゃないかと思うと後悔しか残らなかった」


あれほどの後悔と焦りはブラッドの時以来だ。

もうあんな思いはしたくないと思っていたのに――。


「だから君が嫌だというまで傍にいることにした」

トーコが了承したようにぎゅっと抱きついてきた。その柔らかい感触に身体や心が温かくなる。

「私、レオナールさんを幸せにしますから」


ん? ちょっと待て――何て言った?


耳元で囁かれたその言葉に嬉しさよりも面白さが勝る。

「――それはさ、僕の台詞じゃない?」

苦笑しながらそう言うと彼女は「そうですか?」と首を傾げた。


他愛もない会話が続く。気負うことも偽ることもなく、こんなに驚いて笑って楽しいのは久しぶりだ。

いつの間にか深く暗い森を抜けていた。

けれど背中に感じる温もりが愛おしく、家に着くまでずっと彼女を離さなかった。



家に帰るとハリーは本当に泣きそうで玄関にやってきた。

恋愛とは異なる愛情深いその表情に、恋の鞘当てを演じられそれにまんまと乗った自分に腹が立つやら情けないやらで複雑な心境になる。


だから感謝と嫌味を込めて言ってやった。

「これからハリーのことをお義兄さんって呼ぶよ」

「――冗談でしょう?」

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。君はトーコの『兄』だろう?」

俺の笑顔を見てハリーは端整な顔を盛大に顰めた。

「ああぁもう! どうしてこんなに面倒なんだ!」

「誰の事ですかね?」

トーコが不思議そうに俺を見上げた。小さな声だったにもかかわらず、ハリーがキッと俺たちを睨んだ。

「あなたたちしかいないでしょ!」

一番年下のハリーの嘆きは静かな夜に吸い込まれていった。


久しぶりに心の底から笑えた気がした。


「ったく――よりによってあいつになんだ?」

「いいじゃない。当人同士がよければ」

「お前は心配じゃないのか?」

「全然。あの子ならレオナールと上手くいく気がするし」

「何でハリーじゃない?」

「そんなこと言って――本当はずっと心配していたでしょ、レオナールのこと」

「何で俺が――」

「一人ぼっちになった冬子がお墓の前で途方に暮れていたから、ハル君やレオナールのいる世界に飛ばしたんでしょ?」

「――」

「冬子が魔力を持っていたことも、分かっていたんじゃないの?」

「――さぁね」

「これでもう安心でしょ? そろそろ行こうよ」

「そうだな。出歯亀は趣味じゃない」

「相変わらず素直じゃないね、圭護さん――というか今の姿はアレクセイか」

「どうした?」

「いや――圭護さんも格好良かったけどアレクセイの姿が久しぶりで緊張しちゃう」

「お前は――変わらないな。いや、むしろ小さくなった――」

「だから前にも言ったけど、胸の大きさを基準にしない!」


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