面倒な人の面倒な人による面倒な人のための物語 その5
彼女の働いている露天はすでに畳まれていた。違う店の主に聞いたところ、店は一刻も前に閉まったという。
いつも通っている道を追いかけるように進む。けれど薄暗い道で彼女の姿は見つからずハリーの家に着いてしまった。
明かりの点いていない家が誰もいないことを物語っている。
念のため鍵を開けて家の中を探したが、冷えた空気が俺の心を凍らせるだけだった。
また迷子になったのか?
でも彼女が一度覚えた道は迷子にならないことを思いだす。
迷子になっていないならもう帰ってきても良いはずだ。
どこかに寄っているとしても、酒場以外の店はほとんど閉まっている。
彼女は「一人で食べる食事は美味しくないから」と言って誰かがいない限り滅多に外食をしない。
それに今日もすぐ帰る、と家を出る前のハリーに言っていたらしい。
じゃあどこへ?
『トーコさんも手の届かない場所にいってしまうかもしれませんよ』
ハリーの言葉が頭の中で響く。
「まさか――」
いても立ってもいられず走り回った。
家の裏の丘、大通り、酒場、裏路地。けれどどこにも彼女の姿はなかった。
もう会えないかも知れない――そんな不安に押しつぶされそうで髪を掻きむしった。
「トーコ――」
俯く額にバチンと何かがぶつかった。
「いてっ!」
顔を上げると、目の前に薄青の光の玉がふわふわと浮いている。
発光虫か? でもこんな色だったか?
掌で掴もうとすると、それは怒ったようにもう一度俺の額目がけて突進してきた。
「なっ!」
その容赦も躊躇もない動きをかろうじて避ける。
何だ、一体?
けれど今は虫に構っている暇はない。トーコを探そうと身を翻す。
あてはない。けれどここで立ち止まっても見つからない。
駆け出そうしていた俺の目の前にその光が再び現れた。
「――邪魔だな」
苛立ちでつい言葉が漏れた。
光は言葉が分かっているかのようにバシバシと俺の頭にぶつかってくる。
たいした痛みではなかったがトーコが見つからない苛立ちと不安が怒りと言う形で頂点に達した。
「っざけんな!」
握り潰そうと手を伸ばすが、光はひらひらと掌を躱しながら、馬鹿にしたようにふらふらと逃げていく。
その雰囲気がこの世界から消えた親友を思い出させる。
腹立たしさと懐かしさにその光を追いかけていた。
気が付けば街を外れ、森へ向かう薄暗い小道にいた。
あの光もいなくなっている。
あいつ、どこ行った?
周りを見渡すと小道の外れで人だかりができていた。近づくと警邏隊と数人の野次馬が放置された古びた荷馬車を取り囲んでいた。
警邏隊に聞いたところ、突然目映い光が道に溢れ、気が付いた人が慌てて来たところ、この馬車の荷台の中で男達が目を押さえてうずくまっていた、という。
調べたところ、男達は街のごろつき共と有名な貴族の三男だった。
ごろつき共は貴族の三男に酒場で大金を渡され、ある女を攫って欲しいと依頼されたと言う。
けれどその女を捕まえたら返り討ちに遭った、魔術士だったとは聞いていない、と貴族の男への恨み辛みを口にし、怒りの視線を向けている。
一方、貴族の三男は、自分は騙されたと言い張っているらしい。
魔術士の若い女と聞いてトーコの顔が浮かぶ。
捕縛され座らされているのはごろつき共は諦めているのか大人しくしている。
「ふざけるな! 俺を誰だと思っているんだ!」
その甲高い耳障りな声は身なりのいい若い男から発せられている。自分の周りを取り囲む警邏隊に一方的に捲し立てていた。
警邏隊はすでにその正体を知っているからなのか、子供のように喚く男の対応に困っているようだ。
あの顔は――知っている。
ほぼ網羅している貴族たちの記憶の中から目の前の顔を引っ張り出す。
この男の履歴はろくなものじゃなかったはずだ。
「俺はツェ――」
「ツェザール=フォトンベルグ」
警邏隊も名前を呼ばれた男も俺の声にこちらを向いた。
「何だよ、お前」
ツェザールが動揺を隠そうとしているのか強い口調で吠えた。
「キュヴィエか?」
見ると当時より一回り横に大きくなった同期がいた。会うのは十五年ぶりくらいだ。
「やぁ元気?」
「お前は相変わらずだな」
若い部下たちの前で、同期は目尻に深い皺を寄せて苦笑した。
「無視すんなよ!」
ツェザールが真っ赤になって怒鳴り出した。
「レオナール=キュヴィエ。帝国魔術師団参謀本部保安局の所属です」
「保安局って――諜報部か!」
今度は顔面蒼白になった。
「ご存じでしたか?」
「貴族で知らない奴はいないだろ」
馬鹿にされた、と気付いたらしく再び顔を赤くした。
赤くしたり青くなったり忙しい奴だ。
「ところで――ある女って誰ですか?」
「関係ないだろ」
ツェザールの目がわかりやすく泳ぐ。
「青い髪の女性ですか?」
「し、知らない!」
ツェザールは分かりやすくむきになった。明らかに嘘を吐いているが、証拠がなくてはこれ以上突き詰められない。
焦る俺の目の前を青白い光が素通りし、ツェザールのズボンのポケットの辺りを彷徨きはじめた。
長い上着に隠れていたが、よく見ると何がを詰め込んだ様に膨らんでいる。
「そのポケットには何が隠してあるのですか?」
「あ、え?」
ツェザールは慌てて隠そうとして、警邏隊に腕を掴まれた。
警邏隊の一人がポケットから取り出したのは白銀鋼のネックレスだった。
「そ、それは、拾ったんだ」
誰も何も聞いてもいないのに勝手に答えだす。
「これはトーコのだ」
俺の口から彼女の名前が出たことにツェザールは驚いている。
「し、知らない。そんなものどこにでもある安物だ」
「いや、かなり良い物だぞ。タルキスタ骨董店の店主に聞けばわかるかもしれないな」
そう言うや同期がすかさず部下らしき男に目配せした。それに気付いたツェザールは態度を豹変させた。
「あ、あの女が悪いんだ!」
自白ともとれる発言に警邏隊の視線が向けられる。
「俺はその女に唆された、誘われたんだよ!」
トーコが唆す? 誘う?
余りにも身勝手で都合の良い言葉に、頭が真っ白になる。
「気のない振りして時々色目を使うんだ。俺にだけ分かるようにさ」
半笑いのツェザールは事情を知らない警邏隊の前で嘘を吐き続ける。
「あの女は売――」
「――それ以上口を開くな」
ツェザールの裏返る声を低い声で遮った。
皆が俺を見る。その視線のおかげで腰の短剣に伸びかけていた手が止まる。
一呼吸で何とか冷静さを取り戻した。
「もし彼女が君に気があるのなら、何故彼女は逃げるのさ?」
「それは」
「君も自分に気のあると分かっている女を誘うのに、何故こいつらを雇うの?
互いに気のある者同士なら、こんな誘拐じみた真似をする必要はないよね?」
ツェザールは気に入った女に手をつけては金と恫喝で黙らせる最低な男だが、
ここまで荒っぽいことは今までしていなかった。おそらく中途半端な顔立ちや
家柄がトーコには通じず、相手にされなかったため強硬手段に出たのだろう。
何も言えなくなり睨むだけで精一杯のツェザールの真正面に立つ。
「二度と彼女に近づくな。それからそんな嘘を今後吐いてみろ――俺の全てを賭けてお前を潰すからな」
声音と口調が変わった事に気付いたのかツェザールは怯えたように目を瞠った。けれどすぐに強気の色を纏う。
「諜報部だがなんだか知らないが、一人でフォトンベルグに勝てるわけないだろ! そんなことをすればお前だってタダじゃ済まないぞ!」
家柄しか盾にできないツェザールに憐れみさえ覚える。
「俺の地位も名誉も欲しければくれてやる。でもその時はお前もフォトンベルグ家も一緒に消えることになる」
ツェザールは頬を引きつらせながら笑う。
「そ、そんなこと、できるわけ――」
「俺の全てと彼女を天秤にかけるなら、俺は迷わず彼女を取る――試してみるか?」
ツェザールは唾を飲み込み、完全に黙り込んだ。そして蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。
「お前ならやりかねないよな。だってあのエデュター家をぶっ壊した張本人だし」
同期ののんびりとした声が間に入った。
「え、あ――何だって――」
ツェザールはますます青ざめた。同期の横やりのおかげで幾分冷静さを取り戻す。
「それは言っちゃ駄目なやつでしょ?」
いつもの調子に戻った俺に同期はふっと表情を緩めた。
「そうだったか? 最近年のせいか、どうも忘れっぽくて」
同期は全く反省していない顔でわざとらしく肩を竦めた。
彼の気遣いに感謝すると同時に少しだけ抗議した。
「俺も同い年なんだから、それも言っちゃ駄目でしょ?」
青白い光が目の前を横切り、森へ向かっていく。
慌てて事情を説明しトーコのネックレスを受け取った。
捕縛され地面に座っていたごろつき共がやけに俺を見ている。
走り抜けようとして目が合った瞬間、口々に「兄貴って呼ばせてください!」と何故か願い出てきた。
「そういう趣味はないよ」
走る速度を少しも緩めることなく、笑顔で速攻断ってやった。
「お前は昔から変わった奴に好かれるよな」
――そうか。だからトーコは俺に懐いたのか、と同期の言葉に納得した。




