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面倒な人の面倒な人による面倒な人のための物語 その4

夜道の一人歩きはどこの世界でも怖い。ちょうど夕食の時間なのか、それともたまたまなのか、今この道を歩いているのは私だけだ。

けれど道の左右は煉瓦造りのアパートがずらりと並び、窓の多くに明かりが点いている。

それだけのことで、そこに誰かがいると思えて、少し心強くなれる。


仕事の行き帰りの道は同じだ。防犯上、別の道を通った方が良いのは分かるけれど、重度の方向音痴である私にはそれが難しい。


学校に入学したての頃は、その学校に通うことさえも難しかった。

最初は祖父母が頼んだ友達が家の前まで送り迎えしてくれていた。

でも友達に都合があり、一人で帰らなくていは行けなくなると必ず迷子になった。

その度にお婆ちゃんやお爺ちゃんが探して迎えに来てくれた。

お婆ちゃんは「私も良く迷子になったから大丈夫」と笑って、お爺ちゃんは「夏樹と大して変わらないから気にするな」とぶっきらぼうにそれぞれ慰めてくれた。

そしてゴールデンウィークが間近に迫る頃には、一人でも迷うことなく登下校できるようになっていた。


そんな大好きな二人はもういない。

気が付くとネックレスを触っていた。心細くなるとついしてしまう癖だ。

でも最近ではネックレスの留め金が緩くなっていて、ちゃんと着いているかを確かめることも兼ねている。


今朝、あんな別れ方をしてしまったせいで、レオナールさんとどう向き合っていけばいいか分からない。

すぐに気持ちを切り替えられるほど器用じゃない。顔を合わせなければそのうち諦められるかもしれないけれど、ハリーさんの家に住んでいる限りそれは難しい。


お金を貯めて一人暮らしするかな。いつまでも恋人でもない男の人の家に居候する訳にもいかないし。

結局この世界でも一人になるのか。


今まで忘れようとしていた不安が、胸の中で急速に広がっていく。


あれこれ悩んでいたせいか、背後から近づいてくる複数の足音に気付くのが遅くなった。

気が付いて振り返ると同時に背後から肩と腕を掴まれた。驚いて開いた口は別の掌で塞がれている。

「死にたくなければ大人しくしていろ」

聞いたことのない声が耳元で警告する。

逃げようとしても掴まれている上に足に力が入らない。呪文を唱えようとしても口が塞がれてしまっている。

強い力で引っ張られ、馬車の幌に押し込まれた。固い荷台に身体を打ち付け、悲鳴が漏れる。

「早く出せ」

誰かの合図で荷台が激しく揺れだした。


薄暗い中、にやけた顔で私を見下ろす知らない男達の中に唯一見覚えのある顔があった。

あの貴族の男だ。

「止め――」

驚いて暴れる私の口を誰かの分厚い掌が塞ぎ、両手や両足首も誰かの手に掴まれてしまった。

それでも頭を振って抵抗する私の首に冷たくて固いものが宛がわれた

「動くと切れるぞ」

坊主頭の男は首に宛がっていたそれを私の顔の前に持ってきた。目の前で閃くそれは鈍色の光るナイフだった。

「暴れるなよ」

静かに凄んだ坊主の男は再びそれを私の首に押しつけた。その冷たさと恐怖で身体が竦む。

貴族の男は動かなくなった私にのし掛かってきた。

「俺を馬鹿にするから悪いんだ」

そう吐き捨てるように叫ぶとスカートの中に手を入れてきた。

「全員の相手をしてもらうからな」

目の前の男の顔が一層歪む。

「この澄ました顔でどんな風に啼くのか楽しみだ」

周囲の男達は一斉に下卑た笑い声を漏らした。


冗談じゃない! こんな男達にいいようにされるくらいなら死んだ方がマシだ!


その途端に私の中で何かが切れた。口を押さえていた男の掌の肉を思い切り噛む。

「痛ぇ!!」

分厚い掌が外れ呼吸が楽になった。空気を吸うと今朝の練習を思いだしながら口の中だけで素早く詠唱し始めた。

男たちは醜い笑みから一転して目をむき、眉をつり上げた。

「このっ――」

あからさまな怒りをぶつけられた身体は言うことを聞かなくなる。けれど必死に声を振り絞った。

「レイボル!」

私の声に反応し幌の中が目映い光で溢れる。視界はあっという間に何も見えないほど真っ白になった。



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